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攻略失敗

 ストーンワイバーンを撃破した富士宮たち一行は、その勢いで王都地下迷宮十一層へ踏み込んだ。


 六層から十層まで続いた地底湖の暗闇地帯とは対照に、一層から五層までと同じように床と壁が再び淡く発光している。しかし、迷宮の構造が一本道ではなくなっていた。


 目の前へ広がるのは、光る石床と石壁に囲まれた、緩く入り組んだ通路の群れだった。左右に枝分かれし、先でまた交差し、曲がった先に小部屋があり、さらにその奥で通路が二つ、三つと分岐している。まるで迷宮自身が両腕を広げて攻略者を招き入れようとしているかのようだった。


「……また趣が変わりましたね」


 富士宮は低い声でそう呟いた。


 実際、そこからダンジョンの趣が変わった。敵の戦闘能力が跳ね上がったのだ。


 通路を右へ折れたところで、壁の陰から低い唸り声が響いた。次の瞬間、背丈の低い人影が二つ、三つと石柱の脇から滑り出る。最初はただのゴブリンに見えたが、似ているのは体格だけで武器の持ち方と纏う雰囲気は別物だった。


 ハイゴブリン・レイダー、ゴブリンの上位種で、皮鎧の上から複数の短剣を差し、湾曲した刃の曲刀を両手に持って武技を繰り出してくる、痩せた二足歩行の怪物たちだ。こいつらはただ突っ込んでくるだけではない。先頭の一体が囮のように正面へ飛び出したかと思うと、後ろの二体が左右へ散り、半円を描くように包み込んでくる。


「右、二体!」


 ナビルの短い声が飛ぶ。その声が終わるより早く、乾いた銃声が二発、連続して狭い通路の空気を裂いた。左へ流れようとしていた一体の額が弾けて絶命する。もう一体の肩口も銃弾で抉れるが、なお突っ込んでこようとする。


 そこで前へ出たのはハリーだった。大柄な体をねじ込むようにして通路幅を埋め、盾の面で正面と右からの敵を押し返す。鈍い衝突音がしてハイゴブリン・レイダー2体が吹き飛ぶが、見事な身のこなしで飛ばされながらも体を捻り、床へ着く前にはもう刃を構えて再攻撃の体勢になっていた。


 しかし、イニゴが着地の瞬間を捉えてハイゴブリン・レイダーたちの間合いに踏み込む。鋭く振られたハルバードは、最小限の手首の返しだけで敵の刃を外へ流し、そのまま喉へ鋭く突きを差し込む。肉を裂く感触が、薄い悲鳴より先に空間へ響く。倒れた体の向こう側からもう一体が潜り込んでくるが、それはアントニオの刀が横殴りに切り払った。以前の彼なら、もっと乱暴に叩き斬っていたのだろう。だが今の刀筋には、荒さの中にも一本の線が通っていて、上から押し潰すような斬撃ではなくなっていた。


 富士宮は、この短い戦闘だけで敵の質が変わったことを理解する。個々の戦闘力が急激に上がっただけではなく、敵は連携戦も駆使してくる。ここから先は、訓練の成果がまさに試される時間になる。 


 やがて犬の頭に兵士めいた体の影が数体現れた。細い鎖鎧をまとい、短槍と丸盾を持っている。鼻先を低く鳴らしながら、二体、三体が間隔を揃えて進み、狭い通路の中で半円陣を組んだ。


 コボルト・ハウンドナイト、コボルトの上位種で隊列行動を得意とする亜種だ。本来は、コボルトキングのような最上位種が現れた時に付随して発生する種族のはず。こちらはハイゴブリン・レイダーたちよりもさらに知能が高い。無闇に突撃してくるのではなく、槍の穂先を前へ出しながらじりじりと間合いを詰め、こちらが踏み込んだ瞬間にわずかに下がってかわし、次の瞬間に前進して刺してくるという戦法を徹底してくる。撤退と再突撃の切り替えの判断が異様に早く、前衛のリズムが乱れる。


 さらに、通路の奥から重い足音を響かせて現れた巨大な影。オーク・ブルートセンチュリオン、土色の肌と分厚い筋肉を板金のような鉄皮で覆い、斧槍や鉄棍を握っているオークの上位種だ。こいつはただ単体で硬くて強いだけではなく、通路の真ん中へわざと体をねじ込んで壁役になり、その後ろからハイゴブリン・レイダーやコボルト・ハウンドナイトが攻撃する時間を与えていた。厄介極まりないタンクのくせに、自身で攻撃する能力も一級なので、前衛は常に気が休まらず、パーティ全体の攻撃力が大幅に削がれる。


 それならばと、ナビルやアルバロのアウトレンジ攻撃にシフトしようとした時、戦場に猫頭の獣人型魔獣が現れた。フェルミナ・シャドウクロウ、細身で四肢が長く毛並みは灰色、目だけが不気味に金色に光る魔獣だ。爪と短刀を併用し、壁や天井を使って立体的に移動する。こいつらははなから前衛と正面からやり合おうとしない。壁を蹴り、天井の出っ張りへ爪をかけ、一気に後衛へ襲いかかってくる。ナビルが射撃で必死に牽制するが、フェルミナ・シャドウクロウの爪撃がアルバロやエリーの肩や腕をかすめ血飛沫が飛ぶ。前衛と後衛が完全に分断されてしまい、一気に連携が機能しなくなった。


 度々、前衛が崩れそうになり、後衛もフェルミナに切り裂かれそうになる。しかし、そのたびにナビルの銃声が走って間一髪で戦線を維持していた。細い通路にすえた火薬の匂いがこもり、衝撃音に耳鳴りが残る。ナビルは半身で立って戦場全体を俯瞰しながら、前衛の肩越しに最短の射線を見つけて、そこに銃弾を通し続けていた。徐々に十一層の敵の連携に慣れ始めたのか、敵よりも判断が一歩早くなり、前衛の支援のために銃撃する余裕が出てきている。また、フェルミナがエリーの背後へ降りようとした瞬間、左手の銃でそのこめかみを撃ち抜いた。かと思うと、オークの横からコボルトがアントニオに向けて飛び込もうとしたところで、即座の判断で膝を砕いた。


 またアルバロも奮戦した。七属性のうち、最も通りやすい雷系統魔法を連発し、オークの動きを封じていく。どうやら雷系統が弱点の一つだったという幸運も重なり、徐々に弱ったところにより攻撃力と貫通力の高い魔法を打ち込み、オークが膝をつく。その隙にイニゴがオークの首を切り飛ばし、後ろから突進したアントニオがオークの背後に隠れていたゴブリンとコボルトを切り捨てていった。


 最終的には何とか敵を退けはしたものの、エリーは常に誰かの回復をしていて魔力消費が重たくなっていることは明白だった。


 富士宮はその様子を見ながら、冷静に現状を認めるしかなかった。チームとしての戦いは、ある程度できるようになったと思っていた。でもまだ強い敵集団と戦うための完成度には届いていない。十二層、十三層と進むにつれ、その現実はよりはっきりしていく。


 狭い通路の途中にある小部屋で一息つく回数が増え、全員の呼吸が進むたびに重くなっていった。ハリーの盾は何度も衝撃を受けて凹んでいたし、イニゴも極度の疲労からかハルバードの鋭さが失われている。アントニオは何も言わずに、肩で荒い息をしていた。ナビルの銃の回転も、心なしか最初より少しだけ遅くなり、アルバロとエリーは魔力の消耗で顔色が悪い。


 十四層手前までは何とかたどり着いたものの、そこで富士宮は決断する。


 十四層の先へ進みたい気持ちは当然あるが、今回は初挑戦だ。得た情報と経験を持ち帰ることこそ正解だと、富士宮は歯を食いしばりながら判断した。


「十層まで戻ります」


 パーティメンバーに静かな声で告げる。誰からも異論は出なかったし、あっても出せるような状態でもなかったのだろう。


 このままワープポイントのある十層まで戻れば地上へ脱出できる、そのはずだった。


 十一層の入り口付近まで戻った時に、《タナトス》が最大級の警報を鳴らした。背筋を氷でなぞられるような感覚とでも言えばいいのか、逃げろという本能に近い警報だった。


「――止まってください!」


 と、富士宮が叫んだその直後だった。


 迷宮の厚い石壁が、内側から爆ぜた。轟音の後に続いて粉塵が舞い散り、砕けた石片が雨のように飛ぶ。その向こうから現れたのは、巨大な角と人間の倍はある上半身を備えた牛頭の怪物だった。鋼鉄のような筋肉が褐色の皮膚の下で脈打っている。右手に抱えた巨斧は、武器というよりビルの建材に近いような質量だった。


 ミノタウロス、地球でも神話上の災害とされる名を持つ怪物はこの世界でもやはり別格の圧を放っていた。


 イニゴとハリーが、考えるよりも先に前へ出て、ハリーが盾を構え、イニゴがその少し後ろでハルバードを構える。その動きは何度も訓練してきた美しい連携そのものだ。だが、ミノタウロスはその完成度をあざ笑うように、真正面から突っ込んできた。


 烈風を纏った巨斧が横殴りに振り抜かれる。そこにハリーが盾を合わせにいった瞬間、不気味な音が響き渡った。鈍い音というよりも、金属と岩と肉がまとめて砕けるような耳障りな激突音だった。


 ハリーの巨体が、盾ごと後ろへ吹き飛ぶ。その後ろにいたイニゴも、吹き飛ぶハリーとの衝突だけで体勢を持っていかれた。衝撃のあまりの大きさにハリーを受け止めきれず、踏み込みかけた足がずれ、次の瞬間には二人ともものすごい勢いで壁へ叩きつけられていた。


 強いとかパワーがあるとか、もはやそういう次元ではない。そもそもの質量が違うことを痛感させられてしまい、いっそ現実離れした光景だった。


 ナビルが反射的に引き金を引いて銃声が連続し、ミノタウロスの肩や喉元へ弾丸が突き刺さる。表皮にわずかな傷はつくものの、全くダメージが入った様子はなく足止めにもならない。そこにアルバロの放った雷撃と風刃が重なってミノタウロスに衝突する。青白い閃光が怪物の胸を打ち、重い風刃が側頭部を直撃する。それでも巨体は少し揺れただけで、動きを一つも止めなかった。


 すぅっとミノタウロスの視線が、後衛を捉える。そして次の瞬間には、その巨体が一直線に踏み込んでくる。


 その進路上へ、アントニオが飛び込んだ。ミノタウロスを正面から睨みつけながら、刀を両手で持って真っ直ぐ上段に構える。足幅を狭く、身体をひと筋の線で支えるように屹立する。今までの彼なら、怒りと勢いで上段からに叩き切ろうとしただろうが、今は違った。


 スキル発動の白光が、刀身に沿って走る。空気が一瞬、張り詰める。


 次の瞬間、富士宮は見た。アントニオが、刀を上から下へ振り下ろした、その一太刀を。


 刀マスターのスキルの一つ【降らし裂き立つ虎爪の刀】、極限まで高めた集中力を媒介に放たれる強力な斬撃波によって敵を切り裂く奥義だ。


 ただ速いだけでの剣戟ではなく、重さも鋭さも切るべき線を見極めた精密さもある理想的な一刀だった。白光を帯びた斬撃は、まるで空間そのものを縦へ裂くように走り、ミノタウロスの胸を縦に真っ直ぐ引き裂いた。


 さすがに軽くはないダメージが入ったのか牛頭の怪物の巨体が、膝をつく。行動不能にまでは追い込めていないが、一瞬の隙は作れた。それで、十分だった。


「今です!」


 富士宮の声と同時に、ナビルとアントニオが即座に動く。ナビルは倒れたイニゴの腕を肩へ回し、アントニオはハリーの巨体を半ば引きずるように持ち上げる。アルバロが雷撃を二つ生み出してミノタウロスを牽制しながら後退し、エリーは蒼白の顔で後ろへついてくる。富士宮自身も最後尾に回り、ミノタウロスの再起動へ備えながら退却した。


 十層のワープポイントへ転がり込むようにたどり着いた時には、全員の息が切れ、体のあちこちが痛んでいた。富士宮は迷わずワープポイントを起動させる。


 視界が反転し、次の瞬間には地上だった。迷宮入口付近で待機していた王国騎士団の治療班が、驚きと緊張を顔へ浮かべながら一斉に駆け寄ってくる。イニゴ、ハリー、そしてアントニオも担架へ載せられて医務棟へ運ばれていった。ナビル、アルバロ、エリーも歩けはするが疲労困憊の状態で、治療班に付き添われながら治療に向かった。


 富士宮は、その光景を黙って見送った。


 私の愛する個体たち

 ようやく揃えた、自分の手札

 それがこんなにも通用しなかった

 悔しさはかなりあった

 十四層手前まで行けたことも、迷宮全体の傾向を掴めたことも、全部吹き飛ぶほどに、あのミノタウロスの一撃は重かった

 だが同時に、意味のある敗走でもある

 ここで知れたことすべてが、私にとっては収穫だ

 次こそは、必ず攻略してやる


 黒髪の聖女は、医務棟へ消えていく仲間たちの背を見送りながら、胸の奥で新たな攻略方法を組み立て始めていた。


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