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翻し翔ける龍の太刀

 王都地下迷宮は、六層へ降りた瞬間に様子が変わった。


 それまで当たり前のように足元と壁面を照らしていた、迷宮自体の微かな発光が消えたのである。ほんのりと青白く視界を支えてくれていた光がなくなるだけで、世界はこれほど狭く、冷たく、底意地の悪いものに変わるのかと、富士宮ひとみは少し感心してしまった。


 もっとも、これは事前の攻略情報どおりだ。スティーナ・ブラックステニウスからも、「六階層から光がなくなりますわ」、と何度も念を押されていた。だからランタンの準備に抜かりはない。各自が手に灯りを持ち、暗闇に飲まれないよう慎重に進むことにする。


 ただ、その踏破方法には当然ながら問題もある。全員の片手が塞がるのだ。ランタンを持ったまま戦えば、武器も盾も魔術の使い方も不完全になる。かといって暗闇の中で魔物とやり合うなど論外である。そこで重用されるのが、光系統第二階梯呪文――【ライトボール】だった。


 効果は単純で、光る球を魔法で生み出し空間へ浮かせるという、たったそれだけ。しかし、この「たったそれだけ」が迷宮攻略においては死活的に重要になる。問題は、発動している間じわじわ魔力を食うこと。だから敵と遭遇していない間はランタンで節約し、戦闘の気配がしたらライトボールへ切り替えるのが常道だった。


 ただこの世界では、光属性に適性のある魔法使いが決して多くない。そのせいで、冒険者たちはわざわざ魔道具屋でライトボールの呪文書を高値で買い込み、迷宮に持ち込むのが常になっているらしい。スティーナも若い頃はそうしていたそうで、


『ライトボールの呪文書って階梯の割に高いのですわ。あれって絶対ボッタクリだと思いますのよ』


 と、しみじみぼやいていた。


 その点、今の富士宮パーティには全属性適性持ちのアルバロ・レコバがいる。スティーナも当然その価値を理解しており、アルバロにはライトボールを優先的に叩き込んでいた。そのため富士宮たちは、無駄に高価な呪文書を購入せずに済んでいる。聖女だって教会予算を無尽蔵におねだりできるわけではないのだから、本当にありがたい。


 迷宮六層から八層までは構造がかなり特徴的だった。大きな地底湖の真ん中に、小さな岩場が飛び石のように点々と連なっている。そこを渡っていくのが正規ルートらしい。もちろんただ歩くだけで済ませてくれるほど迷宮は甘くない。


 左右の水面から、次々と水棲型の魔物が襲ってくる。


 まず一体目は、鼻先が剣のように細長く尖った魚型の魔物【ソードノーズ・ピラーニャ】。普段は水中に潜み、獲物の気配を悟ると一気に飛び出してくる。突進の速度が異様に速く、しかも剣みたいな鼻先で刺し貫こうとしてくるので、正面から食らうと洒落にならない。


 二体目は、長槍を構えた二足歩行のトカゲ型魔物【ランサー・サラマンダ】。水辺の岩場へぬるりと這い上がり、そのまま滑るような歩法で間合いを詰めてくる。見た目よりも知性があり、単独より複数で襲って来るのが厄介だった。


 三体目は、イルカをひどくグロテスクにしたような魔物【グロウル・デルフィード】。水中から垂直に跳び上がり、巨大な口で噛み砕こうとしてくる。見た目が本当に気持ちが悪い。前世で水族館のイルカショーを見た記憶を、この世界が悪意をもって踏みにじりに来ている感じがした。


 富士宮たち一行は、序盤戦はさすがに翻弄された。敵は暗闇の向こうから現れる上、左右の水面からほぼ同時に別の魔物が襲ってくるので、守り方を合わせることもできない。また通常の前後の陣形がそのまま機能せず、前衛も後衛も関係なく狙われるから、後ろに配置しているアルバロやエリーが軽くない傷を負ってしまった。


 富士宮はそこですぐに陣形を変える。岩場の中央ラインに、富士宮、エリー、アルバロを置き、岩場の外側にイニゴとハリー、アントニオ、ナビルを配置した。


 この陣形変更は大当たりだった。イニゴとハリーが左右からの敵の突撃を食い止めている間に、アントニオが危険度の順番に敵を斬っていく。中央に集めたエリー、アルバロは魔法で外側のフォローをしやすくなり、ナビルの射撃も通りやすくなった。


 六層から八層にかけての行軍は、どれも簡単ではなかったが一行は何とか攻略できた。八層を突破した後、九層の手前で三泊目のキャンプを張る。


 ここまでの道のりで、エリーとイニゴの距離は急激に縮まっていた。特に大きかったのは、暗い足場の悪い移動中、エリーが怖がってイニゴの腕にしがみついた時のことだ。豊満な胸がずっと腕に当たっていたらしく、さすがのイニゴも少し戸惑った顔をしていた。


 ん?

 豊満な胸が何だって?

 私には関係ないことよ

 ……まあ、育成的にも良いことなので問題ない


 迷宮四日目、九層の構造も魔物の種類も基本的には昨日までと同じだった。ただ、敵の見た目が妙にキラキラしている。体表の色合いも濃く、明らかに上位種ですという雰囲気がある。でも、行動パターンは同じなので、昨日までで地底湖階層への対応法が身体に入ってきているパーティは十分対処できた。


 この対応能力と練度は、間違いなくイニゴの訓練の賜物だろう。


 いつもありがとう、イニゴ

 だから今回の潜入が終わったら、エリーとしばらくしっぽり行ってもいいんだぞ?


 そんなことを考えながら九層を抜け、そこで軽く休憩を挟んでからそのまま十層へ突入した。道中の魔物は九層と同じなので問題はなかったが、最後に辿り着いた空間だけが違っていた。


 それまでより少し小ぶりな地底湖で、しかしそれまでのように湖を横切る岩場がない。これもスティーナから聞いていた攻略情報どおりだ。


 つまり、ここはボス部屋で、この後にボスが現れるはず。しばらくすると、地底湖の中央から大きな波紋が広がった。次いで水を割って現れたのは、岩石でできた龍のような魔物。ドラゴン型のストーンゴーレム【ストーンワイバーン】が水上にその長い体躯を現し、大きく体をうねらせた。それは本物のドラゴンと見紛うほどの巨体と威圧感だった。


 好戦的な性質らしく、姿を見せた次の瞬間には空中へ跳び上がり、そのまま質量を乗せた体当たりを仕掛けてくる。基本方針は事前に決めていた通りで、向かってきた時にカウンターを合わせて削ることにする。だが問題は、残りHPが少なくなると地底湖へ潜って逃げることだった。つまり、どこかで集中攻撃を合わせなければ仕留めきれない。


 上空から降ってくる巨体の体当たりを、ハリーが盾で受け止める。そのまま引き飛ばされそうな衝撃が盾に伝わるが、足を踏ん張って何とか持ち堪える。盾の表面にスキル発動時の白光が散り、一種幻想的な光景を作り上げる。


 白光の中、敵の動きが止まった瞬間を見計らい、イニゴとアントニオが両側から踏み込んでハルバードと刀でストーンワイバーンを斬りつける。ストーンワイバーンの固い表皮に一撃ではダメージが入らなかったが、イニゴたちが連撃を加えていくと徐々に岩のような表皮が崩れていく。


 ダメージを受け始めたストーンワイバーンが思わず再行動しようと後ろへ下がったところを、ナビルとアルバロが遠距離から射撃と火炎魔法で追撃する。イニゴたちが崩した箇所を追撃するような嫌らしい攻撃が重なり、ストーンワイバーンの胸下部の辺りがさらに抉れていった。


 度重なる突撃もハリーに全て防がれ、その度にカウンターを浴びてストーンワイバーンの体全体が徐々に崩れていく。5度目の突撃も防がれて反撃を食らったのを受けて、ストーンワイバーンは傷を負ったまま湖へ退避しようとする動きを見せる。


 その瞬間、ナビルの目が鋭く光り、事前に決めていた集中砲火の合図を出す。


 「今です!」


 その一声に合わせて、ハリーがスキル【シールドバッシュ・反】を発動した。これまで受け止めてきたダメージを、追加補正つきで叩き返すカウンター型の盾技だ。ハリーが蓄積していた衝撃が、一気にストーンワイバーンへぶつけられる。


 ストーンワイバーンの胸上部が大きく弾け、コアと思しき光る石が遠目からでも確認できた。


 そこへイニゴとアントニオが踏み込み、ストーンワイバーンの胸下部に集中攻撃を叩き込む。胸上部は10メートルほどの高所にあり届かないので、まずは体勢を崩させる狙いだ。だがさすがに防御力が高く、どうしても体勢を崩し切るまでには至らない。


 ストーンワイバーンが最後の力を振り絞って大きく体をしならせ、その反動で尾部をイニゴに叩きつけて吹き飛ばす。そのまま正面からアントニオに突進しようとした、その時だ。


 アントニオが、不意に刀を鞘へ戻した後、腰だめに構えて姿勢を床につくほど低くしてから体を左後ろに大きく捻った。不思議に思いアントニオを見た富士宮だが、次の瞬間、アントニオの姿がぶれた。


 極限まで撓めた体を元に戻す反動で放つかのような高速の居合抜きが迸る。アントニオの手先は、速度型でタナトスによる視力補正のある富士宮でも軌跡を追うのがやっとだった。


 新たに発現した刀系統スキル【翻し翔ける龍の太刀】。刀の切り傷から不可視の斬撃が敵の体を駆け上がり滅ぼす、刀マスターの奥義の一つだ。


 アントニオの放った斬撃がストーンワイバーンの腹部を切り裂き、そこから不可視の斬撃が胸下部、胸上部へと一直線に昇っていく。ストーンワイバーンは自身の体の中で荒れ狂う斬撃に苦鳴を漏らすように体を捩って暴れ出したが、斬撃は止まらず、そのままコアを左右に断ち切った。一瞬遅れて巨大な胴体上部が真っ二つになり、体全体が崩壊するかのように岩塊が次々に砕け落ちていく。


 あまりに見事な一撃だった。それは荒くれ者の単純な暴力ではない、鍛え上げた末にようやく放たれる美しい技だ。富士宮は本気で驚いていた。


 アントニオ、いつの間にこんなに成長したの?

 なにさ、ちょっとかっこいいじゃない

 さすがにちょっと見直したわよ、今の


 戦闘終了後、富士宮は素直にアントニオを褒めた。


「お見事でした」


 アントニオは顔を逸らし、いつものように憎まれ口を叩いた。


「……別に、大したことじゃねえよ」


 けれど、富士宮に正面から誉められたその表情はものすごく嬉しそうだった。これはもうヘイトも確実に下がっただろう。ただ今回は、ヘイト値をわざわざ確認する気にもならなかった。そんなことより、アントニオの見せた成長そのものへ心から感心していたからだ。


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