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側仕え騎士を探しています

 教皇の間は、今日もよく磨かれていた。


 高い天井。重たい絨毯。壁に並ぶ聖像。窓から差し込む光が、金の装飾をいちいち神々しく見せている。いかにも「ここで物事が決まります」という空間だ。実際、決まるのだろう。主に、寄付金の額とか、誰がどれだけ教会に気に入られているかとか、そういうものが。


 富士宮ひとみは、今日もその中心に立たされていた。


 目の前の卓には、布に載せられた聖遺物が三つ。周囲には、教皇に呼ばれた上位聖職者、有力貴族、地方領主、教会への大口寄進者たちが、期待に満ちた目でこちらを見ている。


 表向きには、聖女の奇跡による神聖な鑑定の場。


 内情は、かなり露骨な高額査定イベントである。


「ヒトミ・フジノミヤ殿。こちらを」


 教皇が穏やかに促す。いつもの、好々爺めいた笑みだ。だが、目の奥はしっかり利益を見ている。そういうところは、もうだいぶわかるようになってきた。


 ひとみは無言で頷き、最初の聖遺物へ視線を向けた。


《鑑定眼・宵》。


 淡く、視界の端で情報が浮かび上がる。


【聖杯】

【材質:銀、祝福加工】

【状態:表面良好、内側に微細な穢れ残留】

【真贋:本物】

【加護残量:低】


「本物です。ただし、浄化の力はかなり薄れています。今のままでは象徴以上の価値はありません」


 場がざわつく。


 続いて、封印布に包まれた指輪。


【指輪】

【材質:金、青石】

【真贋:偽造】

【付与:模造祝福】

【危険性:低】


「こちらは偽物です」


 さらにざわつく。貴族の一人の顔が青くなった。


 最後は古びた短剣。


【短剣】

【材質:聖銀、黒鉄】

【状態:良好】

【付与:退魔】

【真贋:本物】


「退魔の加護が残っています。今も実用品です」


 今度は、あからさまな感嘆の声。


 ひとみは静かに視線を引いた。


 はい、お仕事終わり。


 内心では、かなり乾いた声が響いている。


 今日も教会のマスコット兼金稼ぎ要員、よく頑張りました。

 別に頑張りたくて頑張ってるわけじゃないんだけど。

 でも教会にとって価値が高い方が切られにくいのは事実。そこは助かる。

 使われるなら、せめて高値で使われたい。


「さすがは聖女様……」

「神の眼……」

「これほど明晰とは……」


 勝手に感動している人々を眺めながら、ひとみはいつもの薄い顔を崩さなかった。こういう時にうっかり「はいどうも」と営業スマイルでも浮かべたら、たぶん神秘性が死ぬ。


 終わると教皇は満足そうに頷き、ひとみを応接室へと下がらせた。


     *


「見事でしたな、ヒトミ・フジノミヤ」


 応接室で、教皇は上機嫌だった。


「皆、大いに感服しておりました。聖遺物の真贋だけでなく、状態まで見抜くとは。これでまた、教会への信頼も厚くなりましょう」


 信頼というか、財布の紐が緩くなりそうですね、とひとみは内心でだけ思う。


 口では別のことを言った。


「……それなら、お願いがあります」


「ほう?」


「王都の中を、もっと見てみたいです」


 教皇が少しだけ眉を上げた。


「教会の外を、という意味ですかな」


「はい。教会の中だけでは、見えるものが限られるので」


 言い方はかなりぼかした。

 本音はもちろん、王都の人材ガチャを回したいからである。


 教会内の人材は、確かに悪くない。悪くないが、尖りが少ない。ひとみが欲しいのは、護衛もできて、ナビル育成も手伝えて、しかも序盤を安定させてくれる“教官役”だ。そんな都合のいい人材が、教会の廊下を歩いているなら、もうとっくに見つかっている。


 しかし教皇は、すぐには頷かなかった。


「気持ちはわかります。ですが、あなた様は聖女だ。不埒な輩が危害を加えないとも限らぬ。護衛なしの外出は許可できませんな」


 管理したいのだろう。けれど完全な拒否ではない。ひとみはその声音から、そう判断する。


 案の定、教皇は続けた。


「ただ、一週間後に王都西側の下町で、比較的大きなバザールが開かれます。教会から十キロほど離れておりますが、護衛の教会騎士と、高位聖職者を同行させれば、視察としては悪くない」


 きた。


 ひとみは無表情のまま、内心でだけ少し前のめりになる。


「さらに」


 教皇は指を組み、柔らかく笑った。


「教会内を見て、これはと思う者がいれば、あなた様専属の側仕え騎士として雇ってかまいません」


 その瞬間、ひとみの頭の中で鐘が鳴った。


 自由枠きた。

 側仕え騎士選定権、開放。

 ありがとう教皇。そこだけは褒める。

 でも教会内にいいのがいないんだよなあ……。


「ありがたく」


 表面上は、相変わらず静かに頷くだけだった。


     *


 そして一週間。


 富士宮ひとみは、それなりに頑張った。


 教会内を見て回り、「これは」という人物には限定的に《鑑定眼・宵》を使った。乱発しないのは、高位聖職者に“眼の奇跡”の発動気配を悟られたくないからだ。だから、期待値の低い相手まで片っ端からスキャンはできない。


 だが、そうして慎重に絞って見た結果でも――。


「いない」


 ひとみは自室で小さく呟いた。


 いや、正確には、いる。

 護衛としてはそこそこ優秀、という人材ならいる。

 真面目で従順、というだけなら山ほどいる。


 でも違う。


 欲しいのは、ナビルも育てられて、自分の護衛もこなして、なおかつ序盤の戦力として単純に強い人材だ。


 つまり、序盤無双枠兼教官役。


 そんな都合のいいキャラが、教会の中に転がっているわけがなかった。


 ナビルも、一週間でずいぶん健康的にはなってきた。頬のこけ方は薄れ、服も似合うようになり、動きも安定している。だが目に見える劇的な成長、というほどではない。


 やっぱり時間はかかる。

 本命URを引いたはいいけど、専属教官がいない。

 素材はある。環境も整える。けど育成効率がもったいない。

 誰かいないの。序盤から使えて、中盤まで支えて、後半は育成バフ役に移行する理想個体。


 そんなことを思っているうちに、バザール当日が来た。


     *


 王都西側の下町は、大聖堂周辺とは匂いから違った。


 焼いた肉や香辛料の匂い。革製品の醸す乾いた空気に、酒や干した魚の生ぬるい湿気にも似た雰囲気が混ざり合う。街行く人は汗を流す度、布でその汗を拭い取っている。泥道に荷車の軋む音や呼び込みの声が響き、行き交う人の郷愁を妙に誘ってくる。かと思えば、喧嘩寸前の怒鳴り合いや子どもの笑い声が路地の裏から聞こえてくる。


 バザールはにぎやかだった。


 富士宮は、教会騎士と高位聖職者、お目付役めいた顔をした侍女たちに囲まれて歩いている。表向きは聖女の慈善視察。実際には、富士宮ひとみにとっての王都人材ガチャ会場である。


 だが、ここでもスキルは乱発できない。


 眼の発動気配は、聖職者なら察知しうる。だから、本当に「これは」と感じた相手にしか使えない。


 つまり、まずは観察。


 歩き方、声、間合い、視線、周囲との関わり方。


 それで期待値を絞る。


 しばらく見て回ったが、序盤の期待ほどではなかった。


 商才がありそうな若者。

 手先が器用そうな職人見習い。

 兵站管理の才能がほの見える荷運び人。


 面白い人材はいる。だが、今ほしいのはそこじゃない。

 護衛・育成・実戦経験・戦闘現場の管理。

 全部をある程度回せる中核。


 その時、少し外れた通りの方で、小さな騒ぎが起きた。


 露店商に絡む男。ひっくり返りそうな荷車。泣きかけている子ども。周囲は見て見ぬふりか、半歩だけ下がって様子見。


 その中心へ、ひとりの男が歩いていった。


 最初の印象は、正直かなりひどかった。


 疲れた雰囲気の中年男性。長身で肩幅はあるが、立ち方が少し崩れている。王国騎士の鎧を着てはいるものの、手入れは最低限で、髪も髭も無精ではないがきっちり整ってはいない。酒場の端でも昼から酒を煽っていそうな、くたびれた中年騎士。


 教会側のひとりが、ひそかに眉をひそめた。


「あれで王国騎士、ですか……」


 当然、あまり好ましい印象ではないのだろう。


 けれど次の瞬間、その印象は変わった。


 男は露店商に絡んでいたごろつきの腕を、ほとんど雑に見えるくらい自然にひねり上げた。つまり力の入れ方に無駄がない。力任せではなく、最短の動きで重心を崩している。子どもが巻き込まれそうになると、空いた手でさりげなく後ろへ押しやる。荷車の傾きにも気づいていて、足先で支え、倒れるのを防ぐ。


 しかも、終わると別に威張らない。


「はい終わり。もうやるなよ、おっさん」


 だるそうにそう言って、暴れていた男を放す。老婆が震える手で礼を言うと、「気にしなくていい」とでも言うように片手を上げるだけ。子どもには「走るな」とだけ言って、近くの酒場へ入って行こうとする。


 ひとみの目が細くなった。


 これは、少し期待できる。


 ここでだけ、《鑑定眼・宵》を使う価値がある。


 彼女は何気ないふうを装いながら、その中年騎士へ視線を向けた。


 表示が立ち上がる。


【イニゴ・マルティネス】

【年齢:35】

【現職:王国騎士】

【ジョブランク:B】


 ここまでは、まあいい。


 続いて現在ステータス。


【統率:B】

【武力:B】

【知力:B】

【精神:B】

【魅力:B】

【幸運:D】


 ひとみの内心で、まず小さく鐘が鳴った。


 バランス良っ。

 めちゃくちゃ良っ。


 尖ってはいないけど、逆に序盤教官枠として理想的。

 全部Bでまとまってるの、教える側のテンプレなんだけど?


 そして潜在ステータス。


【潜在統率:B】

【潜在武力:B】

【潜在知力:B】

【潜在精神:A】

【潜在魅力:B】

【潜在幸運:D】


 ここで、ひとみは内心の椅子から立ち上がった。


 精神A。

 あ、これ単に真面目とかそういう話じゃない。

 自分は壊れにくく、他人を支えられる人材。つまり、現場で人を抱え込めるタイプ。まさに教官向き。


 さらに下へ視線を滑らせる。


【潜在ジョブ:キャプテン】

【レア度:SS】

【潜在ジョブランク:S】


 その瞬間。


 富士宮ひとみの脳内で何かが爆発した。


 来たーーーーーーーっ!!


 やばい、危うく顔に出るところだった。危なかった。

 いやちょっと待って。

 キャプテン!?

 育成系統レア度SSランクの特殊ジョブじゃない!?

 しかもジョブランクがSまで行く!?

 なにこれ、序盤にいていい人材じゃない。

 なんで昼酒かっくらっているような雰囲気だしてんのよ。おかしいでしょう設定が。


 だが真の本番はここからだった。


【取得可能スキル:トレーニングブースト】

【取得可能スキル:スキルコーチング】

【取得可能スキル:フォームチェック】

【取得可能スキル:ロールアサイン】

【取得可能スキル:メンタルサポート】

【取得可能スキル:チームビルド】

【取得可能スキル:リカバリーガイド】

【取得可能スキル:モチベート】

【取得可能スキル:リミットリード】

【取得可能スキル:ベテランズアイ】


 ひとみは、もはや内心で両手を机に叩きつけたい気分だった。


 はいはいはいはい。

 なんですかこの理想の教官パッケージ。

 ナビル育成補助、護衛、現場訓練、メンタルケア、役割配置、全部ありますけど?

 やばい。

 やばいって。

 序盤無双枠兼育成ブースターじゃん。

 しかも現職王国騎士Bだから、今すぐ使える。

 大当たりどころじゃない。攻略サイトなら赤字で「絶対確保」って書かれるやつ。


 さらに、最下段。


【ランクS到達スキル:パーフェクトオーダー】

【効果1:統率に1ランク補正】

【効果2:育成対象との信頼度に応じ、育成効果上昇】

【効果3:自身および主君への敵対的部下のヘイト大幅軽減】


 富士宮ひとみは、内心でそっと天を仰いだ。


 ありがとうございます。

 どこの誰かわからないけどありがとう。

 世界、まだ私に優しかった。

 ナビルとの相性まで完璧なんだけど。

 というかこれ、今の私のパーティに必要なもの全部乗せでは?


 表面上は、もちろんほとんど変わらない。


 周囲から見れば、黒髪の聖女が、少しだけくたびれた王国騎士に目を留めた。それだけだ。


 だが、イニゴ・マルティネスの方は違った。


 彼は最初、ごろつきの始末を終えて「さて酒の続きでも」と思っていた。そこへ、下町には場違いだと思うほど白い格好で静かな一団が目に入った。


 黒髪の聖女。


 噂は聞いていた。教会が拾った異邦の聖女だの、神の眼だの、黒髪なのに奇跡を使うだの。正直、半分は与太話だと思っていたし、残り半分は「どうせ上の連中の都合のいい飾りだろう」と思っていた。


 だからこそ、その聖女が自分を見ていることに戸惑った。


 いや、見られるだけならまだいい。

 ただ、視線が妙だった。


 美人だとか、神秘的だとか、そういうことは確かに思った。黒髪は珍しいし、近寄りがたいほど整った顔立ちをしている。けれど、それ以上に感じたのは、値踏みされているような感覚だった。


 この手の視線は、上官や貴族から向けられるものとは違う。

 もっと静かで、もっと具体的で、逃げ場がない。


 なんだ、この聖女。


 イニゴは少しだけ眉を寄せた。


 その聖女が、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。


 お目付役らしい高位聖職者が、やや困惑した顔でついてくる。


 ひとみはイニゴの前で足を止めた。


「……あなた」


 声は低い。冷たい、というほどではないが、熱は薄い。


「名前は」


 イニゴは少しだけ目を瞬かせた。戸惑ったのは事実だ。なぜ自分なのか、まったくわからない。


「……イニゴ・マルティネス」


 それでも、最低限の礼は取る。腐っても王国騎士だ。


「王国騎士だが、今はまあ、非番みたいなもんだ」


 ひとみは短く頷く。


 その様子がまた妙に静かで、イニゴは逆に調子を崩された。もっと神秘的な何かを期待していたわけではないが、こんなふうに、まるで普通の人間同士みたいな会話を聖女とするとは想像していなかった。


 教会側の聖職者が、やんわり口を挟んだ。


「聖女様。確かにこちらの方は王国騎士です。しかし、少々……」


 少々、の後に続く言葉はたぶん、だらしないとか、場末の酒場にいるような男だとか、そのへんだろう。


 イニゴは慣れているので気にしなかった。

 だが聖女は、そちらを見もせずに言った。


「そう」


 短い。


 だが、その一言に妙な重みがあった。

 少なくとも、見た目だけで切り捨てる気はなさそうだ。


 イニゴは少しだけ警戒した。

 同時に、少しだけ興味も湧いた。


 この聖女、自分を何として見ている?


 その問いに答えはなかった。

 ただ、黒髪の聖女はいつも通り薄い表情のまま、ほんの少しだけ目を細めた。


 内心では、富士宮ひとみが大暴れしていた。


 取りたい。

 これ絶対取りたい。

 でも今日いきなりスカウトしたら教会側が面倒。

 落ち着け。次の機会だ。

 でも確保案件。最優先。ロック。ピン止め。

 ああもう、なんでこんなのお外の酒場前に落ちてるの。

 ありがとうバザール。ありがとう王都西側下町。愛してる。


 表面上は、聖女らしく静かに。


「……覚えておきます」


 それだけ告げて、ひとみは踵を返した。


 教会関係者は意味がわからず戸惑っている。

 イニゴはなおさら意味がわからなかった。


 覚えておく?


 何をだ。


 自分の何を、だ。


 けれど、不思議と悪い感じはしなかった。

 あの聖女の目は、蔑みでも好奇でもなかった。

 もっと厄介で、もっと本気の何かだった。


 富士宮ひとみは、歩きながら内心でだけ大きく拳を振り上げる。


 序盤の無双枠兼育成役、発見。


 しかも、かなりの当たり。


 次は、取りに行くターンだ。



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