伝説の槍
富士宮ひとみは、ひとり静かに考えごとをしていた。
場所は聖女の私室。窓の外では、昼下がりの陽光が大聖堂の白い石壁へ柔らかく反射している。部屋の中は静かで、むしろ整いすぎていて、気を抜くと本当に神に祈るしかすることのない人間になったような気分になる。
もちろん、富士宮の頭の中は相変わらず人材の育成計画でぎっしりだった。
まず、トーマス・トゥヘルの件。トーマスは思った以上に、あっさり手に入った。
イバン・コナンから名前を聞かされて、翌朝のミサで鑑定し、漆黒演出まで入った時はどうなることかと思ったが、いざ勧誘の段になってみると拍子抜けするほど障害がなかった。
理由は単純で、トーマスの主人が親教会派だったからだ。貴族社会において、聖女から直々に「その少年をお借りしたい」と言われて断る人間はそう多くない。しかも相手は中央での影響力を高めたい側の家だ。恩を売れると考えて喜んで差し出そうというもの。
もっともトーマス本人は、最初こそ少し戸惑っていた。自分がなぜ聖女から声をかけられるのかという、ごく真っ当な困惑だ。だが、そこへ富士宮がこう告げた瞬間、反応が変わった。
「私の宮廷代理人をお任せしたいのです」
トーマスの目の色が変わった。
ああ、なるほど
あの時、富士宮は思った。
この子、見た目は穏やかな常識人だけど、内心では結構、自分の実力に自信があるタイプだ
それは自分の器を薄々わかっている者の反応だった。自己評価が変に低い人間なら、ここで過剰に謙遜する。逆にアントニオみたいな馬鹿なら、最初から「俺はできる」と全身でアピールしてくる。しかしトーマスはそのどちらでもなく、静かだが確かな自負を抱えている。
富士宮はそこで、宮廷代理人としての運用をほぼ即決した。宮廷代理人というのは、王族や貴族が集まる社交の場へ、自分の代理として出席させる役割のことを指す。もちろん何でもかんでも代理人に任せれば軽んじられる。だが一方で、貴族自身がすべての催しへ顔を出すわけでもない。まして教会関係者は、世俗の社交へそこまでがっつり関わらない建前がある。だから、ライトに代理人を使ってもそこまで不自然には見えない。
つまり、私がトーマスを代理人にするの普通にアリなのよね
しかも、トーマスは知的で金髪イケメンの常識人
今の能力値でも、宮廷の空気を読むことぐらいは十分できるはずだ。ユニークスキル【リヴァイアサン】がどこまで低位の社交へ適用されるかはまだ未知数だが、少なくとも派閥形成や人脈づくりに補正が乗るのは間違いない。
富士宮にとって目下重要なのは、地下迷宮へ潜るためのコネ作りだった。幸いなことに、王国の貴族たちはパーティ好きだった。舞踏会、晩餐会、観劇会、私的な茶会、名目だけの慈善会。毎晩のようにどこかしらで社交の場が開かれている。
トーマスには、できるだけ多く参加するよう指示した。特に王国騎士団関係者が来る場は重点的に。富士宮自身も、騎士団上層部へつながりそうな貴族がいるなら、そこそこの頻度で顔を出すようにしている。
どの貴族も、聖女が来ると聞けば基本的に喜んだ。あまり信心深そうでない連中ですらそうだった。興味が薄そうに見えても、「鑑定眼を少しだけ披露します」と伝えればイチコロである。
人間、わかりやすくて大変よろしい
トーマスには、ここで一気に活躍してもらいたい
富士宮はそこまで考えてから、雑貨店組へ思考を移した。
こちらも、順調と言えば順調だ。
ニコラス・フュルクルクとブラヒム・ディアスは、相変わらずカディジャ・ショーによって地獄の特訓を受けている。リュシエンヌの舞台での評判は上がり続け、イバンは新聞社で記者業に励みながら宵闇に有用な情報を拾ってくれている。
その中で、問題というか、進捗を聞くのが富士宮であっても少し怖いのは、オーエンとジェシカの師弟だ。そう、いつの間にかジェシカはオーエンに弟子入りしていたのだ。死の事務次官の仕事を手伝いながら、暗殺者技能を高めていっていると聞いてはいた。
しかし、その成長速度は通常の伸び方の比ではなく、爆伸びと言っていい。なにせ武力なんてもうCになっている。確か、先月までFだったよね?
オーエンの指導がヤバいのか、ジェシカの才能とのめり込み具合が異常なのか、それともその両方なのか。富士宮は、その辺を深く考えないようにした。
ともあれ事実として、オーエンの策謀とジェシカの機動力のシナジーは凄まじかった。この一週間で、異端審問局の関係者を狩りまくっていたのである。
いや待て待て待て、と富士宮は内心で激しくツッコミを入れる。富士宮としては、ジェンナーロ・ガットゥーゾにこちらの存在が多少察知されたらしい、という情報をオーエンに伝えた時点で、慎重に動いてほしいと思っていたし、当然そういう常識的な方向へ行くと思っていた。
ところが師弟の結論は逆だった。近いうちに全面戦争になるなら今から徹底的に削る、とそういう理屈らしい。
味方なのに怖い
でも、オーエンの報告書は毎回すごく丁寧で、ジェシカもたぶんキラキラした目で働いているのだろうと思うと、何だか強く止めにくい。富士宮は薄く息をついた。
最近、トーマスの工作が本格的に成功するまでは、自分自身がやることは意外と少ない。もちろん厳密に言えば、週一で聖遺物の鑑定をさせられているのだが、あれはもうルーティンでこなせるようになってしまった。
今日も神秘的な聖女を演じながら、淡々と鑑定していた。そして、その最中に見つけてしまったのだ。
一振りの槍、それを見た瞬間また視界中を黒雷が縦横無尽に走った。少し驚いたが、もうエリーやトーマスの時ほど慌てはしない。さすがに耐性ができている。
また富士宮には別の妙な予感もあった。どうせまた、地球由来の伝説にあやかったとんでも性能があるに違いない、と。
エリーの【サキュバス】とトーマスの【リヴァイアサン】。鑑定後、富士宮は一応それぞれの伝承を確認した。この世界にも似た存在はいるが、地球のそれとまったく同じ概念はない。つまり、この世界の神だか摂理だかは、地球の伝説・伝承や神話上の存在を模したスキルやジョブを設定している。そして、それらは押し並べて高性能だと富士宮はそう考察していた。
そして案の定、今回もその法則は当てはまった。
鑑定して得られた槍の真名は【蜻蛉切り】。持ち主の武力に応じて、レンジと威力が上昇する。武器ランクとしては最高位のアーティファクトには一歩届かないが、その一段下――ゴッドランクに属する、いわゆる国宝級の武具だ。
また変なの出た
これって日本由来のものよね?
地味にめちゃくちゃ強いタイプ
でも問題はそこじゃない
この槍を持ち込んだのが、国内でも俗物で有名な子爵だったことだ。強い者に媚び、弱い者には徹底して残酷という悪徳貴族の鏡のような男。奴隷や侍女への悪逆非道は有名で、なのに見逃されているのは宰相である公爵の縁者だから。そんな、わかりやすく腐った貴族。
富士宮は、その男の手にこの槍が渡ったままになる未来を一瞬で想像した。奴隷で試し突きをする、侍女に産ませた赤子を切って遊ぶ、そんな未来が容易に想像できた。この世界は、そういうことが実際に起こり得て、しかも見逃される世界だ。
だから富士宮は決めた。この槍については、ノーマルランクの何の変哲もない槍だと鑑定する。子爵は、はなから期待していなかったのか、悔しがりもしなかった。
*
その日の夜、子爵の屋敷に二人組の強盗が押し入った。
屋敷の使用人たちは、夜半に響いた短い悲鳴を聞いたという。だが次に駆けつけた時には、もう全てが終わっていた。
子爵とその取り巻きは、まるで一撃で殺されたかのような惨殺死体となって転がっていた。宝物庫は荒らされ、金銀財宝や装飾品、美術品がいくつも持ち去られていた。
そして現場には、血で書かれた署名が残されていた。
――宵闇。
後日、子爵の宝物庫から持ち出された品々の一部が市場へ流れ、売却代金と思われる金が各種福祉施設へ寄贈される。送り主の名は、やはり宵闇。
民はざわめき、義賊だと讃える者がいた。単なる連続殺人鬼だと蔑む者もいた。だが、不思議と槍だけはその流れた品々の中へ含まれておらず、市井の噂にも上がらなかった。聖女に「ノーマルランクの何の変哲もない槍」と鑑定された品の行方に興味を持つ者などいなかったからである。




