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無料500連ガチャと漆黒の円柱

 大聖堂祭の当日、聖女ヒトミ・フジノミヤは、大広間の上方に設けられた聖女専用席へ静かに腰を下ろしていた。


 高い位置から見下ろす大広間は壮観だった。白い石柱が規則正しく並び、その合間を色とりどりの法衣が埋めている。王国全土から集められた高位聖職者、若い神官やシスターたちの数は五百を超えていた。地方ごとに少しずつ違う刺繍、色の褪せ方、布の質、身につけた聖印の意匠。祈りの場でありながら、同時に権威と見栄の見本市でもある。


 教皇からは、今朝こう言われている。地方から貴重な聖遺物を持ってきている者がいるかもしれないので、神の眼で見ておいてほしい――と。


 富士宮は表向き、静かな口調でそれに応じた。


「承知いたしました」


 低く、穏やかで、いかにも神秘性のある聖女の声で答えるその胸の内は、実際にはまったく別の意味で沸騰していた。


 ヒーラー枠ピックアップガチャ、無料五百連!!

 しかも教皇のお墨付き!!

 まさに神イベント!!

 ありがとう教皇!

 今日だけは見直してあげてもいい!


 大広間のざわめきの中で、富士宮は顔色ひとつ変えずに視線を流した。幸いなことに、彼女の席の近くへ高位聖職者たちはほとんど寄ってこない。教会内での人気が圧倒的に低いからだ。黒髪への忌避やエメラルドの瞳を持つ従者への偏見、さらには何となく不吉という程度の、実にくだらない感情が彼らを遠ざけている。


 富士宮はそれをまったく気にしない。むしろ、ありがたい。だってガチャに集中できるから!!、とそう思っていたのに、途中で見たことのない聖職者が隣へ座ってきた。


 もっとも富士宮はそちらを見ようともしなかった。全く興味がないからだ。今日は年に一度の大聖堂祭、普段こうした式典へほとんど顔を出さない聖職者も、今日は参列せざるを得ないと聞いている。遅れて来て席がなく仕方なくここへ座った、恐らくそんなところだろう。今はそれどころではない。


 富士宮の視界には、すでに《鑑定眼・宵》による円柱状の表示板が一度に何十本も浮かび上がっていた。青白く半透明の円柱が、広間いっぱいへ林立している。その一本一本へ、現在ステータス、潜在ステータス、スキル、到達可能ジョブ、適性の情報が表示されている。


 富士宮はそれらを、頭の中でくるくると回転させる。何一つ見落とさないよう、一心不乱に情報を読み漁っていった。最初の百人ほどを見たあたりまでは、普通に興奮していた。


 さすが優秀とされる神官やシスターを王国中から集めただけのことはある。現在値がそこそこ高く、知力と精神がB以上の個体がごろごろいる。スキル構成も、ヒーラーとして見ればかなり整っている者が多い。


 初級の回復魔術や状態異常回復といったいわゆるヒーラー的なスキルだけでなく、自己バフ系の祝福強化や祈祷集中、比較的珍しい防御系の聖光小結界を持っている個体もいた。


 しかし、二百人を越えたあたりから、富士宮は徐々に飽き始めた。結局、皆同じようなステータスだったからである。もちろん無能ではないのだが、良く言えば優等生、悪く言えば量産品といった感じか。


 富士宮は徐々にイライラしてきた。


 どこかにいないの、アントニオのヒーラー版みたいな個体は

 こっちは五百連も回してるのよ?

 こんな大量生産品ばっかり見てても、正直テンションが続かないのよね

 もっとこう、見た瞬間に「何これ!?」って脳汁吹き出るのが欲しいわけ

 

 結局、王国の有力地方出身者に、富士宮が求めるような人材はいなかった。残るは、王国辺境から来ている十名程度。ここまで来ると、富士宮は半ば諦めていた。ヒーラーの力の源になる信仰心は、中央に近いほど洗練される傾向がある。辺境出身者は、教会的人材としては能力のまとまりに欠ける傾向が強かった。


 せっかく五百連できたのに

 まあ、こういう日もあるか

 あーあ、ついてないわー


 そう思いながら、辺境出身者の方へ視線を向けた、その瞬間だった。


 ーー視界が揺れた。


 現実の景色は変わらない。大広間は大広間のままだ。人々のざわめきも、祈りの声も、そのまま聞こえている。なのに、《鑑定眼・宵》を通した視界の中だけ、異変が起きた。


 黒い光線が大広間中を駆け巡るように縦横無尽に走る。何本もの線が空間を裂くみたいに飛び交い、青白い円柱群を貫き、絡まり、次の瞬間には景色そのものがぐるぐると回転し始めた。


「……うっ!!」


 吐き気がする。頭が揺れ、平衡感覚が崩れ、視界の奥が焼けるみたいに痛い。こんなことは初めてだった。


 何これ何これ何これ!?

 見たことないよ、こんな演出!!

 なに、バグ!?

 いや、待って、ワンチャン確定演出!?

 

 富士宮は混乱しながらも、かろうじて意識を繋いだ。異変は数秒か、あるいはもっと短かったのかもしれない。だが体感ではずいぶん長く感じた。


 やがて黒い光線が消え、回転も止まる。そして視線を戻した時、通常の青白い円柱の中に、一本だけ異様なものが立っていた。


 ーー漆黒。黒曜石を磨き上げ、その表面へさらに悪意を致死量まで混ぜ込んだような、濁り切った漆黒の円柱だった。


 それが表示板だと気づくまで、富士宮であっても一拍の時間を要した。富士宮は混乱しつつも、その漆黒の円柱表示が出た女に目を向けた。


 外見は、金髪碧眼の二十代半ばの女性。埃っぽいローブを纏った姿は、いかにも地方の貧乏シスターといった風情だ。ただ顔立ちは整っているし、肉体には男の目を引く種類の扇情さがあった。


 一瞬、マリア・ゴールド系の淫乱シスターでは、と疑う。だが表示板に刻まれた情報は、富士宮の想像をはるかに超えていた。


【エリー・カーペンター】

【25歳/女性】

【ジョブ:シスター】

【ジョブランク:C】


【現在ステータス】

【統率F/武力F/知力C/精神C/魅力D/幸運E】


 いかにも一般的な地方シスターだ。そこまではいい。問題は、その次だ。


【ユニークスキル:サキュバス】


 富士宮の目が見開かれ、さらに内容を読んだ瞬間、思考が一旦停止した。


【効果①:魅力値に関わらず、男性への誘惑成功率極大】

【効果②:肉体関係を持った男性からの好感度極大上昇】

【効果③:肉体関係を継続的に結んでいる男性が同一パーティにいる場合に限り、武力Sに上昇】


 富士宮は震えた。意味がわからないのに、強いことだけはわかる。しかも潜在値がさらに凶悪だった。


【潜在ステータス】

【統率A/武力E/知力S/精神S/魅力B/幸運C】


【潜在取得可能ジョブ:光の大神官】

【URランク】


 富士宮の内心はここで大爆発した。


 何よ何よ何なのよ、これ!?

 マリア・ゴールドの完全上位互換じゃない!!

 しかもマリアのシモのだらしなさはただの悪徳だったけど、この個体の淫乱さは、そのまま戦術価値になる

 男と関係持って近くにいるだけで武力Sとか意味不明だから!!

 しかも、潜在ジョブが【光の大神官】

 各種上級回復スキルを網羅しつつ、天空から光の柱を降らして神敵を滅殺するチート攻撃スキルまで持つやつか!

 つまり何か、最終形態まで行けば、近接の殴り合い、後衛の高火力、さらに広範囲回復の全部を一人でこなせるということか、そういうことなのか


 ーーチートすぎる

 

 しかも、アントニオよりコントロール簡単そう

 要するに常に男を与えておきゃいいんでしょ?

 ……いやそら言い方は悪いけどさ、そういうことでしょ?


 そして富士宮の脳裏に、自然と一人の男の顔が浮かんだ。


 ごめんね、イニゴ

 若い男の子たちには変な女に近づいてほしくないの

 ナビルとかハリーとか、あの辺にはまだちょっと刺激が強すぎるのよね

 でもイニゴなら年長だし、女日照りっぽいし、そろそろ身を固める時期だと思うの

 だから夜はエリーと、ね?

 イニゴはほんとに頼りになるわ

 ありがとう、そしてごめん、イニゴ


 そんなふうに富士宮が一人で盛り上がっていると、ふいに隣の男が苦しそうな息をした。富士宮はそこで、ようやく隣に知らない聖職者がいたことを思い出し、気遣いを見せるふりをして声をかけた。


 その時、その男と目が合った。たぶん、自分の中にエリーの能力を見抜いて興奮した感情の残滓が残っていたのだと思う。それは些細なものだったはずだし、すぐに聖女の仮面で覆い隠したつもりだった。そう思っていたのに、男は震えていた。顔色が悪く、明らかに怯えている。


 そしてすぐに「人が多くて気疲れした」という、誰が聞いても嘘とわかる理由を口にして退席していく。富士宮は、その背中を見つめながら、言葉にできない不安を感じ、咄嗟に《鑑定眼・宵》を起動した。


 富士宮は、浮かんできた男の能力表示を見た瞬間、目をすっと細めた。


 ああ、なるほど

 そういうことか

 ようやく完成形が見え始めた局面に、小汚い犬ころが迷い込もうとしている


 富士宮の思考が、すうっと暗い方へ沈んでいく。黒髪の聖女は大広間の喧騒の中、誰にも気づかれないまま、次に殺すべき相手について考え始めていた。

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