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聖女、初めての処刑教育

 夜の大聖堂は、昼とはまるで別の生き物だった。


 昼間はとにかく人が多く、音も多い。厳かな建物ではあるけれど、同時に巨大な公共施設みたいな顔もしているので、ひっきりなしに人の出入りがあるからだ。


 でも夜になると、それが一変する。石の壁は冷たく佇み、長い廊下は闇を溜め込み、灯りの届かない角から何か別のものがこちらを見ていそうな気配すらある。夜の大聖堂にはそんな独特の静けさがあった。


 そんな時間に、富士宮ひとみは外出の支度をしていた。表向きには、聖女の気まぐれなお忍び外出、実際にはオーエン・ハーグから届いた報告への緊急対応である。


 明けの商店街を嗅ぎ回っていた怪しげな男を捕らえた――と、そういう内容だった。


 富士宮は、その短い文面を読んだ瞬間、なんとなく嫌な予感がしたので、すぐに現場に行くことを決めたのだ。


 同行者はジェシカ・パークと、カディジャ・ショー。


 ジェシカは今後の宵闇の実行役候補なので、経験を積ませる意味でもこういう場には連れて行きたい。カディジャは純粋に護衛役だ。


 外出することをナビルたちには知らせていないが、実際のところ完全な秘密というわけでもない。聖女が夜にふらっと出ていくこと自体は、最近では彼らの中で「またいつものお忍びですね」という扱いになりつつある。特にカディジャが従者になってからは、その傾向が強い。彼女自身が一騎当千の戦力なので、夜間の外出に対するハードルがだいぶ下がったのだ。


 見送りの時、ナビルが少し寂しそうな顔をしていたのが印象に残っている。一方で、アントニオも妙に不満そうな顔をしていた。


 あれはよくわからない

 お前、何で毎回そんな顔してるの

 いや別に拗ねる要素なくない?

 最近ちょっとヘイト下がってきたと思ったのに、表情だけ見ると常に不満そうなんだよな

 ほんとわからん


 そんなことを考えながら、富士宮は夜の王都南部へ向かった。


     *


 明けの商店街は、表通りのいくつかの店は、まだ灯りを残していた。けれど、奥へ入れば入るほど人の声は減っていく。


 雑貨店の裏口で待っていたオーエンは、いつも通り穏やかだった。


「お待ちしておりました」


 その笑顔の柔らかさだけ見れば、本当にただの感じのいい店主だ。


「状況を」


「地下でご説明いたします」


 オーエンはさらりと言った。


 一行は店の奥を通り、倉庫の裏を抜け、床下へ続く階段を降りていく。すると空気が変わった。冷たく、乾いて、少しだけ金属っぽい匂いがする。


 そこにあったのは、広い地下室だった。富士宮の想像よりもはるかに広い。薄暗くはあるが、地下室特有の雑然とした感じはなく、棚はきっちり整理され、木箱の並びにも無駄がなく、道具は用途別に分けられている。仄暗い雰囲気にも関わらず、何なら妙に清潔感すらあった。


 富士宮は歩きながら、微妙に眉の奥を引きつらせた。


 こんな地下空間、最初なかったよな?

 あってもせいぜい物置レベルだったはず

 何でこんなちょっとした秘密基地みたいになってるの


 聖女らしく、清楚に尋ねる。


「……こんな空間、以前からありましたか?」


 オーエンは一瞬だけ振り返り、にこやかに答えた。


「必要に応じて整備いたしました」


 答えてはいるのだけど、その実、答えになっていない。


 必要に応じて整備って何

 そんな一言で済ませる規模じゃないだろこれ

 怖っ

 ちょっと私も怖くなってきたんですけど


 そのままさらに奥へ進むと、これまたやたらと立派な地下牢があった。格子や錠前も完備されていて、やっつけ仕事ではない本格的なやつ。


 富士宮は思わず足を止め、カディジャもさすがに少しだけ眉を上げていた。


「……ずいぶん立派だな」


「利便性を考慮いたしました」


 オーエンは穏やかにそう言った。


 利便性って何だ

 誰の利便だ


 そう内心でつっこんでいると、その地下牢の一つに血塗れの肉塊のようなものが転がっているのに気づいた。最初、ただの肉塊に見えたが、よく見ると人間だとわかる。


 手足の形は残っているし、顔も一応ついてはいるが、腫れ上がり、ところどころ裂けたり潰れたりしているので、もう人相どころではない。しかも血と汗と尿と、何だかよくわからない液体の匂いが混ざって異臭を放っている。辛うじて生きている、というレベルだった。


 いやいやいや、待て待て待て

 怪しい男を捕らえた、って報告じゃなかった?

 これはどう見ても、拷問の限りを尽くした末の残骸なんだが?


「……オーエン」


「はい」


「怪しい男を捕らえた、と聞いています」


「はい」


「これは?」


 富士宮が静かに問うと、オーエンは本当に誇らしげな顔をした。


「新たなスキルを取得いたしました」


 嫌な予感しかしない。


「【拷問官吏】です」


 オーエンは地下牢の前で、まるで上司へ業務報告でもするみたいに淡々と説明を始めた。


「このスキルにより、拷問のバリエーションと対象に与える苦痛の大きさが跳ね上がりました。これで今まで以上に聖女様のお役に立てます。早速試してみたところ、この男は全てを吐きました。異端審問局子飼いの情報屋だそうです」


 富士宮は内心で、うわあ、と少し引いた。


「もちろん、吐かせた後に間違った情報も流させております。この男が消息を絶った場所は王国北部になるよう偽装済みです」


 完璧なんだけど、やってることが怖い。富士宮はドン引きしながらも、宵闇の長として、言葉の上では落ち着いて対応した。


「……ご苦労さまでした。さすがオーエンです」


「ありがとうございます」


 オーエンは本当に嬉しそうだ。そんな顔をされると責めづらい。


 隣のカディジャも、珍しくちょっと引いた顔をしていた。


「……聖女も色々大変だな」


 やめて

 そういうかわいそうな管理職を見る目でこっちを見るのをやめて

 これ、聖女関係ないから

 

 富士宮は、聖女らしい穏やかな顔を保ちながら、内心を落ち着かせようと必死だった。と、その時、横から異様な熱量の気配を感じる。見ると、ジェシカが、目を輝かせるようにしてオーエンを見つめていた。そこに含まれる成分は、尊敬と憧れ、あと少しの崇拝と狂気だ。


 すると、ジェシカの気配に触発されたわけでもないだろうが、《タナトス》がじわりと騒めいた。


 目の前の男はもう用がない、生かしておく意味はない、殺せ


 富士宮は静かに思考した。


 今回ばかりはその通りだ

 情報は吐いたし、誤情報も流させたので、生かしておく意味はないな

 でも私がやる必要もない


 富士宮はジェシカへ視線を向けた。


「ジェシカ」


「はい」


 目がきらきらしている。何その「待ってました」みたいな感じ。


「この男を処分しなさい」


 本当は、無理はしなくていい、と一言添えるつもりだった。つもりだったのだが、その言葉が口から出る前に、ジェシカはもう動いていた。あっという間に牢の格子を開け、血塗れの男の前へしゃがみ込み、腰から素早くナイフを抜く。


 男が何か言った。多分、命乞いだったのだと思う。でもジェシカは全く聞いていなかった。


 細い腕で、迷いなく男の顎を上げ、喉へ刃を走らせる。ざ、と湿った音がし、男の首から血が溢れる。男の体が痙攣し、倒れ込んで、それで終わりだった。処理を終えたジェシカは、血のついたナイフを持ったまま、くるりと富士宮を見た。それは、褒めて、とでも言いたげな目だった。


 おい、何だその躊躇のなさは

 いや、私も人のこと言えないけど

 でも一応この男、命乞いしてたよな?

 

 富士宮は内心で少しだけ引きつつも、ジェシカのアサシン適性の高さに同時に手応えを感じていた。



     *


 翌日の晩、富士宮は私室でスティーナと向かい合っていた。夜もだいぶ更けているが、彼女はやたら元気で、帽子を脱いでもなお、派手な女性らしい雰囲気がある。もっとも、その雰囲気とは対照に、富士宮は今やスティーナを半ば軍師にように信用していた。


「アルバロさんの基礎は、かなり整ってきましたわ」


 スティーナが言い、富士宮は静かに頷いて応じる。


「そうですね、そろそろ護衛組と合流させてもよいかと思っています」


「ええ、個人技能だけ伸ばしてもパーティ全体へ噛み合わなければ意味がありませんものね。ナビルさんたちと連携を深めつつ、もう少し経験効率の良い実戦に出した方がいいでしょうね」


 そして、スティーナはやや声を潜めて提案してくる。


「ひとつ、提案がありますの」


 スティーナが、指先でカップの縁をなぞりながら言った。


「王都地下迷宮へ潜るのはどうかしら」


「地下迷宮」


 富士宮は目を細めた。名前だけは知っている。神代から存在すると言われる迷宮型ダンジョンにして、宝物と死が交差する魔物の巣窟。B級以上の冒険者しか入れないと言われ、中堅以降の育成場としては最適だが、一方で最奥には神話の怪物が跋扈するとまで噂される。


 何でそんな危ないものが王都の地下にあるのか、については諸説ある。王国直属の賢者と、その弟子たちが代々管理しているらしい、という話もある。ついでに、その賢者ちょっと鑑定してみたいな、とも思う。


 富士宮は横道にそれた思考を引き戻し、先を促すようにスティーナを見つめる。


「急激な成長には、多少の危険が必要ですわ」


「それは賛成です」


 富士宮はすぐに答えた。やはり格上に勝ってこそ成長するし、ルナアリスでも実際にそうだった。安全圏だけで育てた個体は、どこかで頭打ちになってしまう。危険と美味しい経験値は常にワンセットなのだ。


「ただ、」


 と、富士宮は指を組む。


「大きな問題があります」


「回復役、ですわね」


「はい」


 そこはスティーナも同意見だった。護衛組にはヒーラーがいない。ハリーが少し自己回復できる程度で、パーティ全体を支える回復役は不在だ。回復役がいないパーティで、数日に及ぶ迷宮探索は無理だ。


 スティーナは肩をすくめた。


「嫌々でしたけれど、わたくしが勇者パーティへ残っていたのも、マリアがいたからですもの」


 富士宮は内心で、あっさり殺したけど結構大物だったのね、と今さら少しだけ評価を修正した。


 そういうことなら、やることは決まっている。将来性のあるヒーラーを見つけることだ。


 富士宮はそこで、ふと日付を思い出した。明日から、年に一度の大聖堂祭が始まる。王国中から聖職者が集う大イベントで、若く有能な神官やシスターも多く集まると聞いている。


 聖職者たちの集まりなので、鑑定を使いにくい環境ではある。


 それでも――ガチャ祭りには違いない。

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