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もう一人の転生者

 スティーナ・ブラックステニウスとカディジャ・ショーを、聖女付きの従者として受け入れる。


 教皇がそう決めた時、富士宮ひとみは表面上は静かに頷いただけだった。


「承知いたしました」


 政治的には、そりゃそうだよね


 勇者なき今、この国の最高戦力に近い二人が、自分から教会へ転がり込んでくる。しかもそれを「聖女付き」にすれば、王国への牽制としてはかなり強い。勇者をきちんと制御できなかった王国から、勇者パーティの中核戦力が教会へ流れた、という構図を作れるからだ。


 問題は、スティーナの真意がまだ読めないことだった。


 カディジャの方は、まだわかりやすい。獣人らしいというか、気に入る・気に入らないが顔と態度に出るタイプだ。だがスティーナは違う。あの女は、柔らかく笑いながら、頭の中では何枚も先を読んでいる。

 

 はっきり言って、近くに置くには怖すぎる。怖すぎるのだが――、同時に魔法版イニゴ問題の解決策としては理想すぎる。


 富士宮は少しだけ目を伏せた。こういう時に必要なのは、駆け引きじゃなくて腹を割ることかもしれない。そう判断した彼女は、その日のうちに二人を自室へ招くことを決めた。


     *


 聖女の棟の一室に夜の帳が落ち、廊下の気配も薄くなった頃、富士宮は自室へ二人を通した。


 護衛組――ナビル、イニゴ、アントニオ、ハリーは外で待機である。理由は簡単だ。今夜の話は、下手をすると宵闇の存在に触れる。護衛組にそこを聞かせるわけにはいかない。


 ジェシカも本来なら外しておきたかった。だが、あの子は「近くにいます」と譲らなかった。それはもうものすごく譲らなかった。富士宮が静かに断っても、目を輝かせたまま「それでも近くにおります」と言い張るので、結局、屋根裏待機ということで妥協した。


 もちろん、気配なんか丸わかりである。まだ暗殺者としては新人だし、そもそも富士宮の周りにいる時のジェシカは、隠密というより大型犬の待機に近い。


 案の定、部屋へ入って数秒で、スティーナが天井を見上げた。


「あら」


 口元に笑みを乗せたまま、帽子のつばの下から視線だけを上げる。


「可愛らしい気配が一つ、屋根裏にありますわね」


 カディジャも鼻を鳴らした。


「隠れる気があるのか、あれは」


 富士宮は少しだけ肩をすくめた。


「まだ育成中ですので」


「いい部下を持っているな」


 カディジャはそう言ってから、少しだけ眉を寄せる。


「……おっと悪い。敬語は苦手な性分でな。従者にはなるが、話し方を変えるつもりはない」


 富士宮は、その素直さに少しだけ好感を持った。


「構いません」


 富士宮は静かに言った。


「話が通じるのであれば、問題ありません」


「そうか」


 カディジャは短く頷き、それで満足したらしかった。対してスティーナは、部屋の雰囲気をひとしきり眺めるみたいに見回したあと、いちばん面倒なところから切り込んできた。


「では、単刀直入に申し上げますわ」


 富士宮は、たぶん来るだろうな、と予感した。


「宵闇の首魁は、あなたですね。聖女様?」


 案の定、ストレートに聞いてきた。普通ならここで言葉を濁すのかもしれない。だが富士宮は、あっさりと答えた。


「ええ、そうです」


 スティーナの眉がわずかに上がる。カディジャも、興味を持ったように富士宮を見る。


 富士宮はそのまま、勇者殺害の経緯を二人へ伝えた。勇者が何をし、どのような脅威になっていたか、どうやって準備をし、どう処理したか。マリア・ゴールドについても同様に、経緯だけを簡潔に示した。


 話し終えたあと、室内には少し妙な沈黙が落ちた。そして、その沈黙を最初に破ったのはスティーナだった。


「……まさか」


 珍しく、本気で驚いた顔をしている。


「聖女様ご自身が手を下していたなんて」


 カディジャも腕を組んだまま、しばらく富士宮を見ていたが、やがて低く言った。


「なるほど、これは驚く。こうして会っていても、そんな武力があるとは思えないのだからな」


 富士宮は、そこで逆に少し意外に思った。もっと嫌悪されるか、少なくとも引かれるかと思っていたのだ。だが二人の反応は予想と全く違った。


 スティーナは、ふっと苦笑する。


「正直、感謝したいくらいですわ。わたくしには、あのやり方はできませんもの」


 そして、少しだけ肩をすくめた。


「勇者もマリアも、処理すべき対象でした。でも、だからと言ってあんな風に綺麗に落とすのは、わたくし向きではありませんの」


 カディジャも率直だった。


「よくやった」


 富士宮は少しだけ目を瞬く。


「そう、ですか」


「勇者もマリアも、生きているだけで害だった。私やスティーナには、ああいうやり方はできなかった」


 その言葉に、富士宮は内心で少しだけ安堵した。


 この二人、想像以上に話が通じる

 しかも勇者パーティの看板をまだ少しは引きずってるかと思ったら、まるでそんなことない

 ありがたい


 そこで三人の空気が、ほんの少しだけ近づいた。


 直後、スティーナの表情がすっと変わった。柔らかい笑みが引き、理知的で真剣な顔になる。


「では、わたくしからも重要なお話をいたしますわ」


 富士宮は、本当に重要そうな話だと直感し、背筋を伸ばして聞く姿勢になる。


「王国の東側にある共和国で、半年ほど前から妙な噂が立っておりますの」


「共和国……」


「ええ、共和国で信奉されている国教が、神子(みこ)の召喚に成功したらしいのです」


 富士宮の眉が、ほんのわずかに動く。スティーナが続ける。


「神子とは、男性の召喚者。王国で言うなら、聖女様に近い存在ですわ」


 富士宮は、そこで胸の奥がざわつくのを感じた。


「その神子は、聖女様と同じように、埋もれた人材を発掘することへ類稀な能力を発揮しているらしいのです」


 富士宮の中で、何かが噛み合う音がした。


「特に、広域破壊能力や対人戦闘に特化した人材を広く集めて、共和国の中でも屈指の私兵集団を組織している、と」


 もう答えが半分わかってきた。


「そのうえで、共和国上層部へ他国への戦争をけしかけているらしいのですわ」


 富士宮は心の中で膝を打ちたくなってきた。


 それ、明らかにプレイヤーじゃん


 スティーナの言葉は止まらない。


「名前は、ルイ・ムラサメ。二十歳前後の男性で、自身も格闘家として絶大な実力を持ち、実力主義気質な共和国民から高い人気を得ているそうです」


 ルイ・ムラサメ、どう考えても日本人名だ。つまり、自分と同じ転生者。


 しかも、そのプレースタイルに見覚えがある。広域破壊能力と対人戦闘に特化した戦闘系人材を優先して集め私兵化する。さらにプレーヤースキルはゴリゴリの火力極振りの格闘家系統。


 ……お前か


 富士宮の脳裏に、前世の記憶が鮮明によみがえる。


 先ほど富士宮が思い出していた、ライバルプレイヤーの特徴と酷似する。何より、その単純火力と物理で押し切ろうとするタイプはほぼ間違いない。最後の対戦では富士宮がビルド構成の妙で食らいついたものの、最終盤でルイ(前世のプレーヤーネームは違う名前だった気がするが)の純粋火力に押し切られて接戦負けした。


 その後、ルイはログインしなくなった。だから彼女は、てっきり引退したものだと思っていた。それが、こんな形で再会するとは。


 富士宮の心の奥で、危機感と、妙な高揚が同時に燃え上がる。


 お前かよ!

 マジか!

 前回は最後の最後に負けた

 でも今度は絶対勝つ

 共和国の政治事情からすると、クーデターなり全面戦争なりを起こすにしても、王国に戦争をしかけるのに少なくとも一年はかかるはず

 その一年で、こっちの育成を進めればいい


 黙り込んだ富士宮を見て、スティーナとカディジャが怪訝な顔をする。


「……聖女様?」


「驚かせすぎましたかしら?」


 そこへ、タイミングよく――というか何で今出てくるのか――天井の小窓からジェシカが顔を出した。


「聖女様が深い思考に入った時は、こうなるのです」


 スティーナとカディジャは、何とも言えない顔になった。


「……そうなのか?」


「そうみたいですわね……」


 話を戻す。


「……失礼しました」


 富士宮は小さく咳払いした。


「その共和国の神子、ルイ・ムラサメについては、今後の最大脅威候補と見てよさそうですね」


「ええ、共和国上層部を牛耳る穏健派は、急進派がルイを担ぎ上げたことで、かなり苦労していると聞きますわ」


「つまり、内部対立があるのですね」


「あります。ですが、だからこそ不安定です」


     *


 それから二週間後、カディジャは、大聖堂へ訓練結果の報告にやって来た。カディジャには、雑貨店組のニコラスとブラヒムの特訓をお願いしていたのだ。そして結果は、かなり良好だった。


 ニコラス・フュルクルクはいわゆる脳筋の好青年である。素直で、明るくて、強くなりたいという意志がわかりやすい。対してカディジャも、細かい理屈をこねるよりは、体で覚えろタイプだ。


 つまり相性がいいらしく、毎日のようにニコラスとブラヒムをしごいて半殺しにしているらしい。


 いや、ブラヒムはもう死んでるんだけど

 この場合、何て言えばいいんだろう

 もともと死体なんだけど?


 富士宮は内心で少し考えた末、答えが出なかったので放置した。そして、報告の区切りで、彼女は何の気なしに尋ねてみた。


「そう言えば、最初に会った時、どうして私をあんな珍しい獣を見るような目で見ていたのですか?」


 カディジャは、しばらく黙った後、あっさりと言う。


「最初は殺すつもりだった」


 富士宮は一瞬、まばたきを忘れた。


 えっ

 さらっと剣呑なこと言うなこの人


「……理由を伺っても?」


 カディジャは腕を組んだまま、視線を少しだけ外した。


「私の故郷は、王国と共和国の国境付近にある」


 そこから語られた話は、富士宮の想像よりずっと重かった。


 三か月ほど前、その故郷がルイ・ムラサメの私兵団に襲われたのだという。目的は人材集めだ。戦闘能力の高い個体を見抜き、狩り、共和国へ連れ去る。まるで家畜か何かみたいに、有望な若者が何人も攫われた。


 カディジャ自身は、その時勇者パーティの仕事で魔王領へ遠征していたため難を逃れた。だが戻ってきた時、故郷はすでに傷だらけだった。そこで彼女は、勇者パーティを離脱した。


 富士宮は、ふと納得する。


 たぶん、スティーナもそれで見切りをつけたのだろう

 話のできるカディジャが抜けたとして

 勇者はもともとアレ

 で、マリアもアレ

 そりゃスティーナからすれば「もう無理」になる


 カディジャは続けた。


「最初は、単身で共和国へ乗り込んで同胞を奪還するつもりだった」


 無茶にもほどがある。でもこの人なら、本気でやりかねない。


「そこへスティーナが来て、黒髪の聖女の話をした。ルイも黒髪の聖職者だと聞いていたから、お前も同じクズだと思った」


 富士宮は、そこで小さく息をついた。


 なるほどね

 そりゃ殺す気にもなる


「でも、実際に会ったら違った」


 カディジャはそう言って、真正面から富士宮を見る。


「少なくとも、ルイとは違う」


 その視線には、もう敵意はなかった。


「共和国へ攫われた同胞も、軟弱な奴らではない。すぐに助けへ行けなくても、しばらくは耐えられる。なら、王国で力を蓄え、仲間を集めてから奪還へ向かってもいいと考え直した」


「スティーナの予想では、一年後には王国と共和国の間で戦争が起きるということですね」


「その時まで、耐えるつもりだ」


「そうですか」


 富士宮は静かに頷いた。


 やはり、勇者殺害を決行して正解だった。

 あの時、勇者を落としたからこそ、スティーナもカディジャもこちらの陣営に入ることになったし、共和国の情報も得られた。ルイ・ムラサメという、自分と同じ転生者――しかも前世のライバルプレーヤーの存在も掴めたのだ。これは完全に、当たり分岐だ。


 富士宮の胸の奥で、黒い火が静かに燃えた。


 なら、ここから先一年

 やることは決まっている

 育成も人材探しも加速させる

 共和国との衝突、その先にいるルイとの再戦へ向けて戦力を整える


 今度こそ、勝つ


 富士宮ひとみは表面上こそ静かな聖女の顔を崩さなかったが、その内心では、プレイヤーとしての闘志が完全に再点火していた。

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