表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/74

聖女巡礼と無料300連ガチャ

 月に一度の下町訪問の日は、表向きには聖女ヒトミ・フジノミヤの慈善巡礼ということになっていた。


 教会の上の連中からの評価は貧困地域への慰問、市井の人々に言わせれば黒髪の聖女様がわざわざ南部まで来てくださるありがたい日、 そして富士宮ひとみ本人に言わせれば――、


 ついに来た、下町大規模人材ガチャの日である。


 いやあ、長かった

 大聖堂の中でチマチマ回す単発や十連じゃ、やっぱり限界があるんだよな

 まとまった母数とまとまった群衆

 雑に見えて、ちゃんと下町の過酷さに揉まれた素体たち

 そういうのが欲しいわけで


 当然ながら、そんなことを顔に出すはずもなく、黒髪の聖女は今日も静かに馬車へ乗り込んだ。同行するのは護衛組――ナビル、イニゴ、アントニオ、ハリーの四人だ。


 王都南部は、中央から行くと空気の匂いが違う。石畳の欠け具合は明らかに中央と差があるし、建物も全体的に古びて見える。通りの隅にはゴミだか何だか分からない物体が積み上がっている。通りを歩く人たちの服のくたびれ具合も、いかにも貧困地域という感じだ。


 だが富士宮は、「こういう過酷な環境が拾えば化ける個体を育てるんだよなあ」などと考えながら、のほほんとその光景を眺めていた。


     *


 聖女一行を出迎えたのは、オーエン・ハーグとブラヒム・ディアスだった。


 オーエンはいつも通り、地味で目立たないのに不思議とすべてが整って見える服装をしている。雑貨店の店主と言われればそれらしいし、少し身なりのいい実務官と言われても納得できる、曖昧で便利な佇まいだ。一方のブラヒムは、やはりどこか普通ではない落ち着きをまとっていた。よくよく肌を見れば死人の色なのだが、ここまで自然に立っていられると、かえって「そういう体質の人です」と言われたら納得してしまいそうになるのが怖い。


 護衛組の四人は、彼らの姿を見るとすぐに表情をやわらげた。


「久しぶりですね、オーエンさん」


 ナビルが少し嬉しそうに言う。


「ええ、お元気そうで何よりです。ナビル様も、以前よりずいぶん堂々としておられますね」


「……そうでしょうか」


 否定しきれないところが、今のナビルらしい。


 イニゴはブラヒムへ向かって、わずかに顎を引いた。


「相変わらず元気そうで何よりだ」


「そちらもな」


 短いやり取りだが、妙に通じ合っている大人同士の空気がある。


 ハリーは少し緊張しながらも、一歩前へ出て丁寧に頭を下げた。


「ご無沙汰しております。以前はお世話になりました」


 ブラヒムはそんなハリーを見て、わずかに口元を緩めたようだった。


「少し、立ち方が変わったな」


「えっ、そうですか?」


 ハリーがぱっと顔を明るくする。


 そしてアントニオはというと、相変わらず雑だった。


「……死に損ないが」


 ブラヒムも慣れたものですぐに返答する。


「実際、死んでいるのだがな。そちらは少し騒がしさが減ったか」


「減ってねぇよ」


「それなら安心だ」


 妙に親しげだ。たぶんアントニオなりには気を許しているのだろうと、富士宮はそう判断した。


 旧交を温めたところで、富士宮はオーエンに表向きには静かに微笑しながら語りかけた。


「案内をお願いします」


「かしこまりました」


 オーエンはそう言って、一行を通りの奥へ導いた。


     *


 その光景を見て、富士宮は少しだけ目を見開いた。


 雑貨店一帯が、思っていた以上に街になっていたからだ。


 もともとは、小さな店が数店あるだけの区画だったはずだ。それが今では、両脇に露店と小店舗が並び、食べ物の匂いと人の声が途切れず、買い物をする人々が自然に行き交う空間へ変わっている。屋台や古着を売る露天だけでなく、小さな工房らしき店舗や魔道具屋らしき出店まである。つまりこの一角にはひとつの経済圏が生まれていた。


「……これは」


 富士宮が短く言うと、オーエンは穏やかに答えた。


「木を隠すなら森の中、ということです」


 なるほど理屈はわかる。雑貨店単体では確かに目立つ。慈善店一つだけが妙に機能していれば、そりゃ異端審問局みたいな連中に目をつけられる可能性がある。だから周りを商店街にして自分は埋没させる、と。その発想は正しいと認めざるを得ない。でも、


 短期間でこんな立派な森を作れたら苦労はないんだよなあ


 富士宮は表情を崩さず、内心で少し苦笑した。


「名前もつけております」


 オーエンが言う。


「この一帯は『明けの商店街』です」


 南部の人たちにとっては、将来に繋がる希望の名前、そして富士宮たちにとっては宵闇と対局の隠れ蓑、という意味合いなのだろう。 


「よい名前ですね」


 富士宮は低い声でそう言い、それに応えるようにオーエンはわずかに頭を下げる。たぶん、表面上の短い賞賛よりも、裏の意味まで理解されたことへ満足しているのだろう。


     *


 『明けの商店街へ聖女が巡礼に来る』


 その話は、どうやらかなり広く広まっていたらしい。商店街の広場へ近づくにつれ、人の気配が濃くなっていく。

期待に満ちたざわめきが大半な一方で、好奇心や不信感などいろんなものが混ざった空気だ。


 広場へ着く頃には、三百人以上は集まっていた。目を輝かせる子どもたち、「聖女なんてどうせ形だけの俗物だろう」と言わんばかりに斜に構えた中年、路地裏から様子を覗き見る素性不明の男たち、ただ人が多いから足を止めているだけの者、祈るように手を組んでいる老婆、商売のついでに覗きに来た露店主、実にさまざまだ。


 富士宮は、群衆を見た瞬間、内心で歓喜した。


 キターーーーーっ!!


 ようやく、聖職者のいないところで思う存分ガチャが回せる!!

 しかも三百人!?

 三百連!?

 無料の三百連なんて初めてなんだけど!?

 本当ならこれ、一回で何万も溶けるっていうのに。

 ああ幸せ、幸せすぎる

 今日もう来てよかった


 完全に廃人ゲーマーの思考だったが、もちろんそんな様子は一切見せない。富士宮は護衛組とともに広場の中央へ進み、聖女らしく厳かに足を止めた。

 

「本日は、お集まりいただきありがとうございます」


 富士宮は低い声でそう告げ、祝福の儀式へ入った。


 表向きには聖女が厳かな祝詞をあげている光景が広がり、その神秘的な所作と柔らかい祝福の言葉に観衆は酔いしれる。


 だが実際には、その最中に《鑑定眼・宵》を全力稼働させていた。視界の中へ、情報が次々に流れ込む。


 現在ステータス、潜在ステータス、到達可能ジョブ、各種適性、そして埋もれた特異性。


 富士宮は一人一人を、雑にではなく本気で見ていった。


 はい次、F、F、D、うん普通

 次、Cある、でも伸びは弱い

 次、惜しい

 次……うわ、生活が辛すぎて潰れかけてるな

 次、うん、商人適性はあるけど爆発力が足りない

 次……あ、そこそこ

 でも違う、もっとこう、心臓が跳ね回るような奴をよこせ


 そして、その瞬間はちゃんと来た。


     *


 まず一人目、富士宮の脳裏に、ぱっと光るような情報が立ち上がる。


【ニコラス・フュルクルク】

【男性/21歳】

【現在ジョブ:工夫】

【ジョブランク:C】

【現在ステータス】

【統率E/武力D/知力F/精神C/魅力E/幸運B】


 一見すると、ただの肉体労働者だ。そこそこ身体が強くて、なぜか精神と幸運が少し高い。ただ別に珍しくない、とも見える。しかし、潜在ステータスを開いた瞬間、


【潜在ステータス】

【統率D/武力S/知力C/精神A/幸運S】


 富士宮の内心で、拍手が起きた。


 はい来た!!!

 武力S!

 しかも精神A、幸運S!!


 この時点でだいぶえぐいのに、さらに取得可能ジョブを見て、富士宮はほとんど顔が緩みそうになった。


【潜在獲得可能ジョブ:ティターン】

【URランク/潜在ジョブランクS】


 はい神

 棒術系統最高峰

 神話級の破壊能力

 単身で大軍に突っ込むタイプか

 これ、雑貨店組の護衛として理想個体じゃん


 富士宮の脳内は完全にホクホクしていた。


 棍棒系で純粋暴力担当、しかも精神高いなんて素晴らしすぎる

 さらに幸運Sで命中補正まであるとか、棒術系の弱点わかってるなあ神様、いやルナアリス運営か?

 どっちでもいいや、とにかくありがとう!


 二人目、


【アルバロ・レコバ】

【男性/17歳】

【現在ジョブ:魔道具屋見習い】

【ジョブランク:B】

【現在ステータス】

【統率D/武力D/知力C/精神D/魅力E/幸運B】


 生産職寄りの若者なのに、妙にステが高めだし、しかも幸運がBもある。


 富士宮は少し期待しながら潜在を開き、そして心の中で喝采した。


【潜在ステータス】

【統率C/武力C/知力S/精神S/魅力D/幸運S】


 Sが三つ

 やっば

 ルナアリス仕様では、潜在Sが三つある場合、ユニークスキルが一個確定する。


【ユニークスキル:七色の適性】


 富士宮は心の中で目を剥いた。


 炎・水・雷・木・風・光・闇の全属性に適性がある。さらに属性魔術習得速度上昇し、全黒魔術に威力バフまで乗る鬼畜仕様だ。


 何で魔道具売ってんのよ!!

 お前そっちじゃない、ぶっ放す側でしょうに!!

 この世界、適性と職業のミスマッチ、たまにエグすぎるだろ!


 そして追い打ちとなるのは潜在ジョブ。


【取得可能ジョブ:星屑の賢者】

【URランク/潜在ジョブランクS】


 富士宮はもう悶絶した。


 来たよ、メテオ枠!!

 初期は確かに塩辛いよ?

 ジョブランクが低いうちは、天文学者みたいな微妙性能しか出ない

 でもランクAから一気に化けるのよ、このジョブ

 星屑を操り上空から攻撃する、そう、つまりメテオ!!


 リアルメテオ見たい見たい見たい見たい!!

 これ護衛組の魔法火力候補決まりじゃん!!

 しかも幸運Sで命中補正まであるの、やっぱ運営わかってる!


 この時点で、富士宮はかなり幸せだった。だが、最後に来た三人目は、幸福の種類が少しだけ違った。


【ジェシカ・パーク】

【女性/18歳】

【現在ジョブ:娼婦】

【ジョブランク:E】

【現在ステータス】

【魅力E/その他すべてF】


 広場の端で人垣に行く手を塞がれ、立ち尽くしているだけの少女。目に精気がなく服もくたびれている。この巡礼を見に来たわけではなく、ただ通りがかっただけなのだろう。


 貧困層でもさらに最底辺の存在。ステだけ見れば、そう言って差し支えない。


 しかし――。


【潜在ステータス】

【統率C/武力S/知力B/精神S/魅力C/幸運A】


 富士宮はそこで、本気で肩が震えた。


 来たよ、これ

 暗殺向け理想個体

 しかも武力S、精神S

 ただの器用貧乏な影役じゃなく、純粋な暴力も持ってる理想の暗殺者だ


 取得可能ジョブを見ると、


【マスターアサシン】

【レア度:SSR】


 はい確定

 全世界の暗殺者の頂点、来ましたー

 直接的な暴力も環境利用も暗器も何でもできる人ですー


 ほんとに欲しかった!!

 聖女の暗殺代行者、これだよこれ!!

 しかもメンタル死んでる系だから、雑に扱ったら絶対壊れるやつ!

 でも逆に、ちゃんと拾ってちゃんとケアしたら化けるやつ!!

 やばい、やばい、今日神引きすぎる!!


 その瞬間、富士宮の肩がわずかに震えた。


 群衆がざわめく。


「聖女様……?」

「どうしたんだ……?」


 しまった

 あまりの嬉しさに感情が表に出てしまった


 富士宮は一瞬で聖女らしい厳かな顔を作る。目元をほんの少しだけ揺らし、儚げに息を吐き、低い声で言った。


「……みなさんの信仰心の厚さに、つい感極まってしまいました」


 我ながら完璧である。普段は神秘的で感情をあまり見せない聖女が、一瞬だけ見せた儚さ。 広場の大半が、呆然とその表情へ見惚れた。


 でも中身は、


 キタキタ来たーーーーーっっ!!!

 300連でUR二枚抜き!! SSRまでついてる!!

 何この神引き!!

 やばい、今日もう帰って祝杯上げたい!!


     *


 巡礼が一通り終わったあと、富士宮は何事もなかったようにオーエンへ向き直った。表向きには、いつもの静かな聖女だ。


「本日は、有意義な巡礼でした」


「それは何よりです」


「取り急ぎ、保護対象について少しお話があります」


「承知しました」


 オーエンは、その一言でだいたい察したらしい。

 彼の目に、ほんの少しだけ「大物を引きましたね?」という色が混じる。さすが察しがいい。


 富士宮は短く指示を出した。


「ニコラス・フュルクルク、アルバロ・レコバ、ジェシカ・パーク。この三名へ接触してください」


 オーエンが静かに目を細める。


「優先順位は」


「最優先はジェシカ・パークです」


 そこは即答だった。


「メンタルのケアを含めて、丁寧に保護してください。食事と休息を与え、安全な寝床と清潔な衣服を確保してください。育成よりも生活基盤の確立が先決です」


「承知しました」


「ニコラス・フュルクルクは雑貨店の護衛候補として考えています。アルバロ・レコバは将来性の高い魔術職候補です。逃さないように」


「かしこまりました」


 オーエンは一礼した。


 富士宮は、最後に広場をもう一度見渡し、広場に残っている群衆に軽く手を振った。表向きには、黒髪の聖女が静かに南部の人々へ手を振っているだけ、だがその胸の内は、完全に神引きを終えたソシャゲ廃人のそれだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ