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看破する魔女

 ある日、大聖堂に勇者パーティの生き残りが訪ねてきた。


 その報せを受けた時、富士宮ひとみはちょうど昼の祈りを終えたところだった。表向きには、いつものように静かな聖女として背筋を伸ばし、低い声で侍女へ頷く。


「わかりました。教皇猊下のご意向に従います」


 だが、内心はもう少し騒がしかった。


 まあ来るよね

 勇者もマリアも死んでるもんね

 残りが黙ってるわけないか


 教皇の間へ通された富士宮が見たのは、いかにも魔女と呼ばれそうな風体の女だった。黒いとんがり帽子と黒の全身ローブを纏い、帽子の縁から溢れるふわりとしたボリュームのある金髪といった出立は、いかにもなテンプレの外見だ。

 

 だが、そんないかにも魔法使いな女は、ローブの上からでもわかるほどのグラマラスな体型をしており、ただそこに立っているだけなのに色気がすごいことになっていた。何というか、男が好きそうな要素をより集めて、固めて、人型に流し込んだような、そんな存在感だ。


 富士宮はその姿を一瞥しただけで、ほぼ確信した。


 ああ、勇者の好みだこれ

 好きじゃないわけがない

 マリア・ゴールドといい、何なんだ勇者パーティ

 雄の理性破壊枠が二人もいるのか

 編成が偏りすぎだろ


 …………まあでも、雰囲気だけじゃないなこれ、ちゃんと強い


 教皇の前に立つ女は、ゆるやかに一礼した。


「スティーナ・ブラックステニウスと申します。突然の訪問、失礼いたしますわ」


 声はやわらかく落ち着いた話し方で、礼儀作法も完璧だ。しかし、その声音の奥に、乾いた雷みたいなものが潜んでいるのを富士宮は感じ取っていた。


 《鑑定眼・宵》を起動し、半透明な円柱型の情報板が富士宮にだけ見える形で視界へ立ち上がる。


【スティーナ・ブラックステニウス】

【基本ステータス】

【統率:C】

【武力:E】

【知力:S】

【精神:S】

【魅力:A】

【幸運:B】


 ……うわ。


 富士宮は表情ひとつ変えないまま、内心だけで少し引いた。


 文句なしの一流じゃん

 知力も精神S

 後衛魔術師として欲しいものが揃ってる。

 しかも魅力Aまでついてるの、反則だろ

 華も威圧感も両立するやつだ


 さらにジョブを読むと、


【ジョブ:ノーブルマジシャン・モデル雷帝】

【ジョブレア度:SSR】

【ジョブランク:B】


 富士宮の内心で、若干の歓声が上がる。


 あ、やっぱレア度SSR

 というか名前がもう強い

 雷帝ってついて弱いわけないんだよな

 こういうの欲しいんだよ、護衛組に

 マジで欲しい

 勇者と関係なければスカウトしたかった


 そして、そのジョブ由来の特殊スキル群【黒雷】


 効果を読んだ瞬間、富士宮は思わず心の中で机を叩きそうになった。


 通常の雷撃より速度も威力も数倍になり、攻撃範囲まで拡張する黒い雷を自在に操るスキル群。さらに黒雷を自身に纏わせることで高機動を実現し、黒雷を拳に集中した拳打も放てる。


 理想の後衛火力すぎる

 ずるいだろこれ

 単体も焼けるし範囲攻撃もできるし、速度上げての近接攻撃も可って何だよ

 理想形のひとつじゃん

 勇者が手を出した女でなければ、本気で育成役として欲しかったわ

 残念すぎる


 スティーナはそんな富士宮の内心など知る由もなく、穏やかに微笑んだ。


「本日は、まず謝罪をと思いまして」


 教皇が、老獪な笑みを崩さず頷く。


「ほう、何についてでしょうかな」


「レナートが、こちらの聖女様へ大変なご迷惑をおかけしたと聞きましたの。彼は、ええ……実力は本物でしたけれど、品位にはかなり問題がありましたもの」


 富士宮は静かな声で応じた。


「お気遣い、ありがとうございます」


 教皇もまた、社交辞令として受け流す。


「スティーナ殿に謝罪いただくことでもありますまい。とはいえ、そうしたお気持ちはありがたく受け取らせていただきますぞ」


 ここまでは、穏やかな会談だった。だが元勇者パーティのメンバーがわざわざ大聖堂まで来ている以上、当然これで終わるわけがない。


 スティーナはそこで、少しだけ笑みを薄くした。


「ただ、もうひとつ。確かめたいことがありまして」


 教皇の間の空気が、ほんの少しだけ張る。


「申してみなさい」


「レナートの死についてですわ」


 富士宮は、内心で「あーやっぱりそれか」と思った。


 来るよね

 そりゃそうだよね

 謝罪だけで帰るわけないよね

 むしろ謝罪の方が前座だよね?


 スティーナは落ち着いた口調のまま、しかしはっきりと告げる。


「わたくしは、勇者の死に、教会関係者が関わっていると考えておりますの」


 教皇はさすがに眉をわずかに動かした。


「ほう……それはまた、随分と思い切った見立てですな」


 富士宮は視線を落としたまま、少し困ったことになった、と思った。


 証拠がある雰囲気ではないが、こういう言い方をするやつは逆に面倒だ。勘で当てに来てるタイプの可能性が高い。そこで富士宮は《鑑定眼・宵》をもう一度起動し、円柱を回転させながらより深い情報に潜れる箇所を探した。そうすると、表層からわずかに離れた特殊スキル群のやや奥にそれはあった。


【ユニークスキル:看破】


 富士宮の背筋に、薄く冷たいものが走る。


 【看破】は、本来は魔術師系統と無関係のスキルだ。こういう噛み合わせのランダムさは、ルナアリスでもよくあった。富士宮はその効果を読み、無表情のまま内心だけで舌打ちした。


 その効果は要するに、何の証拠もないところから直感で真実の匂いを嗅ぎ取るというもの。だから証拠を提示して論理的に詰めるようなことはしてこないが、逆に言えば正解へ一直線に近づいてくるということでもある。


 これは嫌なやつだ、と富士宮は率直に思う。しかも、世界の理への干渉度で言うなら、自身の《鑑定眼・宵》とそこまで大差がない。方向性は違うけれど、同格寄りの面倒くささがある。


 教皇は、いかにも困った顔を作った。


「スティーナ殿がそう申されましても、教会が勇者を殺害する実益はございませんぞ。何かの勘違いではないかと」


 それは至極まともな返答だった。事実、教会の立場としてはそれ以外に言いようがない。富士宮も同意するように、ほんのわずかに頷く。


 だがスティーナは、そこで富士宮へ視線を向けた。ゆっくりと、そして静かに。


「あなたが、マリアの次の聖女なのですね」


 その目は、笑っているようでいて、少しも油断していなかった。


「マリアとは違う種類だけど、同じぐらいのお美しさだわ」


「……ありがとうございます」


 富士宮いつも通りの低音で、短く静かに返答する。敬語も崩していない。しかし内心では、冷たい汗が流れていた。見られている、と感じた。スティーナの【看破】が、自分の全身をスキャンするかのようにゆっくりと撫でていくのがわかったからだ。


 見抜かれた、と直感した。正確にはまだ断定まではされてはいない。だが、真実の端は掴まれたという感覚が確かにあった。富士宮は表面上は何も変えずに座っていたが、わずかに指先へ力を込めた。


 スティーナは目を細める。それは、とても楽しそうな顔だった。次の瞬間、彼女はふっと微笑みを戻し、何事もなかったように一礼した。


「本日は、お時間をいただきありがとうございました」


 それだけ言って、くるりと踵を返す。謁見の間を出ていくその背中を、富士宮は静かに見送った。


 教皇が、小さく息をつく。


「……困った客人でしたな」


「そうですね」


 富士宮は短く答えた。だが頭の中では、別の結論が固まりつつあった。


 スティーナは遅かれ早かれ真実に至る。あの【看破】は厄介すぎる。勘だけで正解へ迫り来るタイプは、追い詰めるだけでは諦めようとしない傾向にあるのが悩ましい。


 何とか口を封じられないか

 できれば懐柔したいが、たぶん無理

 最悪、殺すしかないかもしれない


     *


 大聖堂の外へ出たスティーナ・ブラックステニウスは、石段を数歩降りたところで足を止めた。


 背後には、豪奢で重々しい大聖堂と天へ向かって聳え立つ尖塔の荘厳な姿があった。どこからどう見ても、神の名のもとに権威と静謐をまとった巨大建築だ。


 彼女はそれを振り返り、少しだけ首を傾げた。


「……面白いわねえ」


 独り言だった。


 勇者レナート・カールも、マリア・ゴールドも、正直なところ好きではなかった。どちらも明らかな愚物だったからだ。力はあるのに下品で、欲望に醜く溺れて、しかも自分が賢いと思っている手合いだ。勇者パーティの名がなければ、とっくにどこかで関係は破綻していたに違いない。だから、彼らが死んだこと自体へ深い悲しみはない。


 ただ――今度の聖女は、随分と面白そうだった。マリアとは全然違い、今の聖女は、もっと静かで、深くて、何かを隠している気配がある。その隠しているものの匂いが、確かにした。しかも、それはレナートの死と深く繋がっているはず。さらにその奥に、もっともっと暗く深い何かの存在すら感じる。


「少し探って遊んでみようかしら」


 スティーナは小さく笑う。証拠はないけど、匂いはある。それだけで十分退屈しのぎになる。そして、そのためには一人呼んでおくべき相手がいる。


「それなら、勇者パーティを離れたあの剣士の女も呼ばないとね」


 きっと、あの黒髪の聖女の内に漂う違和感を、また別の角度から嗅ぎ当ててくれるだろう。


 スティーナ・ブラックステニウスは、唇の端を上げたまま、王都の通りへ歩き出した。

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