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ハニートラッパーの才能

 オーエン・ハーグからの手紙が届いたのは、昼下がりの少し眠くなる時間だった。その手紙は、表向きにはごく普通の業務連絡であり、南部の雑貨店の近況が書かれてある。売れ筋の雑貨の傾向がわかってきたので仕入れの配分を変えたい、最近は子どもがよく店先を覗いていくので駄菓子の仕入れも増やした、などなど。そして、手紙の最後には、昨夜少し物騒な揉め事があったと簡潔に記載があった。


 富士宮ひとみは、不自然なほど簡潔に書かれた報告を受けて、オーエンの意図を察した。あの男は、一見何気ない事象にこそ、大事な要素を放り込んでくる個体だとすでに理解していたからだ。


 富士宮は、業務連絡の文章に散りばめられた暗号を読み解いていく。法則はオーエンから教えてもらって理解している。オーエン、何で暗号まで作れるんだ、さすがにやばいだろ?


 暗号文によれば、勇者は王都でわがまま放題に振る舞っているらしい。気に入った女性を自分の館へ呼びつけては手を出し、最近では怪しい集団とも関わり始めている。市井ではすでに勇者というより半グレ扱いだという。

 

 うわあ、あいつまたやってる

 ほんとどこに向かってるんだ

 もはや勇者じゃなくて移動式の治安悪化装置じゃん

 あの感じで品行方正は無理だろうと思ってたけども

 実力だけはあるから蛮行を止められない、と

 うん、最悪ね


 オーエンが保護した黒髪の少女は、劇場街で働く売れない踊り子見習いらしい。ある日、勇者が舞台を見に来て彼女へ一目惚れし、一晩を共に過ごしたいと熱心に誘ってきた。その場ではさすがに実力行使はしなかったが、昨夜、劇場からの帰り道で傭兵崩れの男たちに襲われた、ということだ。少女は王都南部出身の孤児で、同じような境遇の者たちが暮らす南部の集合住宅に住んでいるから、中央区域の劇場街から夜道を帰るには、どうしても人気の薄い場所を通らざるを得ず、そこを狙われたのだろう、とオーエンは冷静に書いていた。


 富士宮は暗号文を読み終わると手紙を机へ置き、指先を机に叩きながら考えた。


 もしかすると、かなり使えるかもしれない

 少女を襲ったことへの怒りはあるっちゃある

 でもそれはそれ、これはこれだ

 勇者を嵌める材料として、この少女は優秀な駒になり得る

 さらに能力も高ければ最高

 何かこーゆー特殊イベントで引く個体って、全体的に能力高めなのよねー


 富士宮は一瞬、その少女に直接会いに行こうかと思ったが、すぐにその案を捨てる。黒髪の聖女が、保護されたばかりの南部出身の少女へいきなり接触するのはさすがに目立ちすぎる。


 富士宮は羽ペンを取り、オーエンに返信を書く。その文面は静かで丁寧だった。


「差し支えなければ、保護した女の子を明日の公開ミサへお連れください」

「怖がらせないよう、あくまで自然な流れでお願いいたします」

「無理強いはなさらないように」

「安全確保を最優先にしてください」


 書きながら、内心では別の声が騒いでいる。


 頼むぞオーエン

 自然に誘導してくれ

 そして絶対来てくれ

 お前はそういう誘導、絶対うまい


 手紙を書き終えたあと、富士宮はしばらく机に頬杖をついて考え込んだ。


 勇者を嵌めるための材料は集まり始めているが、ピースがあと二つ足りない。勇者を誘導する先の場の選定や、決行時に利用するアイテムの確保はできているのだが、人材が足りていないのだ。


 一人は、勇者の行動を一時的にでも操作・誘導できる人物。つまり、あのアホの欲望や視線を読んで、気持ちよく自然に動かし、思い通りの場所へ誘い込める人材だ。


 もう一人は、勇者の悪行を広く伝播させる手段を持つ人物。マスコミ、劇場街や酒場での市井の噂、貴族のサロン、教会の井戸端会議でも何でもいいから、とにかく情報を広く伝播させることが必要だ。せっかく相手が自爆しても、それが民衆の隅々まで伝わらなければ意味がない。


 富士宮は静かな顔のまま、胸の内だけで小さく息を吐いた。


 あとちょっとなんだよなあ

 ここまで組めてるのに、肝心の誘導役と伝播役がまだいない

 でも、昨日の少女がもしかしたら……いや、期待しすぎるな

 でもちょっと期待するぐらいなら…………いいよね?


     *


 翌日、大聖堂では参加に身分や条件を問わない市民向けの公開ミサが催されていた。教会の高い天井や磨かれた石床、ステンドグラスから差し込む光は神秘的で、信徒たちのざわめきすら舞台装置の趣を持っている。しかし、そんなざわめきもミサの開会が迫るにつれて自然と薄れていく。その群衆の中心へ、黒髪の聖女が静かに歩んで行く。


 聖女は表面的には今日も完璧だった。足音は極力小さくし、視線は低く固定する。所作は全員が見られるようにゆっくりを意識して、言葉は低音で必要最小限に発するに留める。それだけで、ミサに参加した群衆は勝手に「神秘的だ」と解釈し、所々で感嘆のため息が漏れ出る。


 便利だなあ、この設定


 彼女は祭壇近くへ進みながら、表面上はいつも通りの無表情を保ちつつ、内心ではめちゃくちゃ後方が気になっていた。


 オーエン、ちゃんと連れてきたかな

 ああもう後ろ見たい

 でもここでキョロキョロしたら聖女じゃなくて不審者なんだよ

 耐えろ私


 高位聖職者の神父による祈りの言葉が流れ、信徒たちが一斉に頭を垂れる。それに合わせて富士宮も静かに祈るふりをしつつ、視界の端でミサ会場の後方を確認した。


 オーエンは、会場後方の列の通路側から3席目に座っていた。目立ちすぎず埋もれすぎない絶妙な位置を確保しているのは、さすがに裏組織適正極大の事務方と言える。その隣に、黒髪黒瞳の小柄な少女の姿があった。まだ少し幼さを残した顔立ちだが、姿勢はまっすぐで、底はかとなく華を感じさせる雰囲気の少女だった。なるほど、あの年齢で舞台に立っているというのも頷ける。


 来た来た来た

 よーし、じゃあ見させてもらいまーす

 神聖な鑑定のお時間でーす


 《鑑定眼・宵》を起動すると、透明な円柱型の情報板が、少女の周囲へ静かに重なった。


【リュシエンヌ・ファル】

【年齢:15】

【性別:女性】

【所属:王都中央2番街劇場】


【現在ステータス】

【統率:D】

【武力:F】

【知力:C】

【精神:C】

【魅力:A】

【幸運:D】


【現在ジョブ:踊り子見習い】

【ジョブランク:C】


 戦闘力はないが、魅力が最初から高い

 知力と精神も、見習いとしては悪くない

 現状評価としては、華がある可愛さで、客受けの良い踊り子といったところか


 ここまでは単なる才能のありそうな新人だ。富士宮が欲しい情報はここから先だった。円柱をさらに半回転させると、その瞬間、富士宮の思考が一拍止まった。


【潜在ステータス】

【統率:B】

【武力:E】

【知力:A】

【精神:A】

【魅力:S】

【幸運:A】


 なにこれ


 富士宮は、危うく礼拝の空気を忘れて少女を凝視しそうになった。慌てて視線を少し落とし、呼吸を整える。


 やば

 魅力Sある

 しかも知力A、精神A、幸運Aって何

 戦わない方向の化け物じゃん

 欲しいピースそのまま来たんだけど、何これ怖い


 さらに潜在特性を見るために、円柱をさらに回転させていく。


【潜在特性】

【誘惑系統:極大適性】

【印象操作系統:極大適性】

【対人誘導系統:極大適性】

【情報収集系統:極大適性】


 あ、もう確定だ

 大当たり


 勇者操作役の最適解じゃん

 しかも情報収集まで極大適性って、何?

 こんな都合よくピースが埋まる?


 次に潜在獲得ジョブ候補を見る。


【月影舞姫/宮廷諜花/幻声の奏者】


 聞いたことないジョブなんですけど!?

 多分、ナビルの【神々の執事】と同じ未実装ジョブ

 しかも三連の表記ということは、アントニオの【破壊神の槌】【救世主の剣】のような択一型のジョブ?

 でもあれはジョブが単体で表記されていた

 とすると、これは一つのジョブの中に複数の系統が混在していて、場面ごとに切り替え可能なミックスジョブ?

 単体ごとの性能は強力な単一ジョブに劣るものの、戦術的柔軟性では凌駕する

 いや、まだ確定ではないか

 大事なのは、とりあえずどれも強そうということ

 どれを取っても社交や場の支配の匂いしかしない


 さらに上級ジョブ到達時の獲得候補スキルは、【視線誘導】【感情同調】【場の支配】【変装適性】【聞き出し補正】、その他ハニートラップに必要そうな技能が目白押し。


 うっわ

 これ踊り子じゃなくない?

 社交界と情報網を支配するハニートラップ要員だろ

 変装適性って、絶対バニーちゃんとかになるやつだよね!?

 伸びしろエグいわぁ

 欲しかった個体がほぼ希望どおりに歩いてきたんですけど!


 彼女は一瞬、本当に呆然としていた。昨日まで足りなかったピースの理想系が、目の前の会場に座って敬虔そうな顔をして神に祈りを捧げている。だがその実態は、勇者という人類最強クラスの行動すら誘導できる可能性を秘めた個体だった。


 そして、つい呟いてしまう。


「……見つけた」


 声量は抑えたつもりだった。声は低いまま、聖女らしい静けさを崩さない程度の音量で。けれど、その一言には熱があった。隣に控えていた侍女が、ほんの少しだけ不思議そうに目を向けるが、すぐに視線を戻す。


 誰も深くは気にしない中、富士宮の変化に気づいていたのは、たぶんオーエンくらいだろう。彼はミサ会場の後方からであっても、聖女のその一瞬の温度変化を見逃していないはずだ。


 リュシエンヌ・ファル、十五歳の踊り子見習い、しかしその本質は、潜入と対人誘導の怪物候補。


 富士宮ひとみは、ミサの厳かな空気の中で、静かな顔のまま心の底から笑っていた。


 これで勇者を追い詰められる準備が進んだ

 何よりもこの子、絶対育て甲斐ある

 あーもう、楽しくなってきた


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