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不死者の王

 オーエンの店で受けた最初の幽霊案件の依頼書にはこうあった。


 ・墓地に立つ青白い男の存在を確認されたし

 ・報酬千ゴールド


 富士宮ひとみは依頼書を見て、少しだけ眉を寄せた。


「安いですね」


 するとオーエンが、いかにも事務的な穏やかさで答える。


「教会宛ての依頼は、もともとボランティア寄りのものが多いですから。特に怪異系は『困ってはいるが金は出せない』という方が多いですね」


「なるほど」


 富士宮は頷いた。


 まあ、そんなものだろう

 王国の貧困地域から寄せられる教会クエストに、大金がぶら下がっている方がおかしい

 だいたい、この手の依頼は信用を買うためのものでもある


 それに、墓地に立つ青白い男

 いかにも雑魚イベントっぽくて、最初に受けるにはちょうどいい


「ここから一番近いのはこれなのですね?」


「はい。この店から向かうなら、夜道でも一時間ほどです」


 富士宮は依頼書を机へ置いた。


「じゃあ、これにしましょう」


 こうして、王都南部のさらに外れにあるという廃墓地への深夜調査が決まった。


     *


 問題の墓地は、想像していたよりさらに寂れていた。


 ずいぶん昔からある墓地らしいが、いつからここにあったのか、誰がどこに埋葬されているかもわからない。墓碑の文字はすり減り、倒れた石も多い。周囲に人家はなく、整備する人間もいない。打ち捨てられたまま、時間だけが積もってできた廃墓地だ。


 王都の南部はもともと貧しい地域だが、そのさらに外れともなると、深夜には人の気配は本当に消え、灯りもない。あるのは、こちらが持つランタンの光だけだった。富士宮一行は、その頼りない灯りをぶら下げながら、深夜の道を歩いていた。


 整然と並んで歩けているわけではなく、一人だけ露骨に隊列を乱している。

 アントニオは、なぜか常に富士宮とナビルの斜め後ろを歩いていた。


 アントニオはかなりわかりやすく怖がっていた。肩の力の入り方がいつもと違うし、やたら足音を殺しているし、何より妙に口数が少ない。ナビルも当然、それに気づいていた。


「ずいぶんと近いですね」


 ぽつりと、前を向いたまま言う。


「は?」


 アントニオがすぐに噛みつく。


「僕と聖女様にずいぶんと近づきますね、と言ったんです」


「気のせいだろ」


「怖いんですか?」


「怖くねえよ」


「そうですか」


「そうだよ」


「じゃあ、もっと離れても大丈夫ですね」


「……てめえ、いい性格してるじゃねえか」


 ナビルの声は静かだったが、少しだけ面白がっているのが伝わり、富士宮は内心で感心する。


 ほんと、ナビル、いい性格してるわね

 普段は真面目で控えめなのに、アントニオ相手だと妙に遠慮が消えるの、ほんと面白い


 そして何気なく《鑑定眼・宵》でアントニオの状態を覗くと、ヘイト表示がぴこんと揺れた。


【ヘイト:100】


 あ、戻った

 さっきまで九十五だったのに


 富士宮はもう、半ば諦めたような気持ちで心の中だけでため息をついた。


 最近、アントニオのヘイト管理は、だいぶ諦めている

 下がったと思ったら喧嘩して戻る

 刺激を受けたと思ったら戻る

 ちょっと悔しいことがあると戻る


 何なの、この子

 扱いづらさの権化みたいな存在だ

 でも、それも含めて性能なのがまた困る


 ようやく墓地へ着いた頃には、ランタンの火が周囲の墓石をぼんやり照らし、夜気が妙に湿っていた。


 イニゴが警戒するように前へ出て、ハリーも盾を構えて隣へつく。ナビルはその少し後ろに立ち、中衛の位置取りをして視界を広く確保する。訓練の成果が出た自然な動きだ。富士宮は当然最後衛に陣取る。


 そこで、アントニオが自分の隣にいることにはたと気づいた。


「……何でアントニオが後衛なのですか?」


 問いかけると、アントニオはすぐにそれっぽい顔を作った。


「俺は後ろから突進した方が破壊力が増すんだよ」


「へえ」


「狭い場所だと前にいても逆に動きづらいしな。こういうのはタイミングが大事なんだよ、タイミングが」


「そうですか」


 富士宮は、聖女の杖でアントニオの脇腹を軽く小突いた。


「いたっ!」


「今のは屁理屈に対する神罰です」


「何だよそれ!」


 ナビルが小さく吹き出し、イニゴが「静かに」と低く言う横で、ハリーだけが、緊張しているのにどこかほっとしたような顔をしていた。


 そうして一行が墓地の中心近くまで進んだ時、周囲の地面がぼこぼこと盛り上がった。土を割って現れたのは、骸骨姿の兵士たちだった。


 錆びた兜と朽ちた鎧と装備し、手には剣や槍の残骸を持った十体ほどの骸骨兵たちが襲いかかってくる。富士宮は即座に《鑑定眼・宵》を発動する。


 スケルトンナイト、死霊系統モンスター、基礎能力は全体的に低い、特殊スキル持ち個体なし


 明らかな雑魚枠だったので、「あ、普通に雑魚」とつい声に出してしまい、しまったと思った。聖女の神聖性が失われてしまう。


「聖女様、何か仰いましたか?」


 と、ナビルが振り返る。富士宮は取り繕うように「いえ、問題ありません。」と答え、何とか難を逃れたとほっとする。今の、アントニオに聞かれていないよな?


 戦闘は本当にあっという間に終わってしまった。イニゴが前衛で三体まとめて相手をしている間に、ハリーが盾で敵の中衛を横から押し込み、数体の体勢を崩させる。そこにすかさずナビルがエイムアシストで補正された射撃を的確にスケルトンナイトの頭部へ連続して通していく。あっという間に四体の骨が砕け、体が崩れ、ランタンの火に照らされて骨片が散る。


 富士宮はそれを見ながら、内心で満足していた。


 うん、いい感じ

 雑魚掃討の連携はだいぶ完成してる

 ハリーもちゃんと前に出てるし、ナビルの中距離支援も安定してる

 イニゴは言うまでもなく安定してるし


 最後の一体が崩れ落ちたところで、富士宮はふと違和感を覚えた。


 アントニオはどこ?


 ランタンを少し持ち上げて見ると、墓石の後ろからこちらを見ていた。


 情けない

 何してるのこの子

 ほんとに幽霊苦手なんだ

 いやまあ、可愛いっちゃ可愛いけど、本来は前衛でしょうあなた


 と、富士宮がアントニオに微妙な感想を抱いたその時だった。アントニオの後方、墓石の列の間を縫うようにして、ひとりの男が歩いてきた。


 「青白い」


 それが第一印象だった。年の頃は四十代、軽鎧に飾り気のないショートソードを装備している。格好だけ見れば、その辺にいそうな冒険者だ。だが、肌の色が明らかに生者のものではない青白さで、月明かりの下でなお不気味なほど血の気がなかった。


 富士宮はとっさに鑑定しようとするが、男の方が早かった。


 蹴る音をほとんど立てない踏み込みで、一歩で富士宮との距離が縮まる。気づいた時には、ショートソードの切っ先が、もう目の前にあった。


「聖女様、危ない!」


 ナビルの叫びが、少し遅れて聞こえた瞬間、富士宮の思考だけが、一瞬引き延ばされたようになる。


 あ、しまったぁ

 反応が一歩遅れた

 いや、ここからでも躱せるけどね、私

 でも、ここで私が普通によけたら強いのバレちゃうなぁ

 どうしよう

 うーん、でも刺されるのも嫌

 さすがによけるしかないか


 そう観念した、その瞬間だった。横からアントニオが飛び込んできた。


 ブラッドレイン・エッジが差し込まれ、青白い男のショートソードの軌道をぎりぎりで逸らす。刃と刃が噛み合い、嫌な金属音が夜の墓地へ響いた。


 そのままアントニオは、富士宮を庇うように前へ立つが、足は盛大に震えていた。


 めちゃくちゃ怖がってる

 なのに私を守るために前へ出たんだ


 富士宮の胸の中で、何かが変な方向へ揺れた。


 ちょっと待って

 何このイベント

 怖がってるのに守ってくれる不良系主人公って、強すぎない?

 ボサボサの赤髪で、ワイルド系で、口も悪くて、普段は噛みついてくるのに、いざという時は前に出るの?

 しかもよく見たら、顔、結構可愛いのでは?


 うぅん、ダメダメ

 私にはナビルという本命が

 でもワイルド系も捨てがたい

 いや、でも本命は本命だし

 でもこれはメロい

 あぁ、どうしましょう!


 富士宮が内心で一人大騒ぎしている間に、アントニオと青白い男の戦いは熾烈になっていた。驚いたことに、青白い男はアントニオとまともに打ち合っていた。アントニオの踏み込みは鋭く、流血追撃の性質を持つ長剣は、一度でも敵に傷をつければ加速する。それでも青白い男は、ショートソード一本で受け、流し、踏み替え、応じていた。とてもただの幽霊の動きではない。


 イニゴがすぐにアントニオの横に到達する。


「ナビル、右から援護!」


「はい!」


 ナビルの銃声が響き、青白い男が一瞬だけ体を捻って弾をかすらせながら避ける。そのわずかなズレをイニゴが見逃すはずがない。ハルバードが低く閃き、男の足元を払うように薙いで体勢を崩す。そこへアントニオが斬り込んだ。青白い男の首筋目掛けて剣を振り下ろそうとする動きだ。


 勝ちが見えた、と感じた瞬間、富士宮はふと我に返る。


 そういえば、鑑定してない

 一瞬強いかと思ったけど、結局大したことなかったわね

 でも肉体を残した死霊兵って少し珍し――


 そこで、《鑑定眼・宵》が表示した情報を見て、富士宮の思考が完全に止まった。


【ブラヒム・ディアス】

【現在ジョブ:屍肉兵】

【ジョブランク:B】

【基本ステータス】

【統率:E】

【武力:C】

【知力:C】

【精神:D】

【魅力:F】

【幸運:E】


 ここまでは、まあそうだろう。


 少し強いアンデッドで、そこそこ動ける死霊兵。しかし問題は、その先だった。


【潜在ステータス】

【統率:B】

【武力:S】

【知力:A】

【精神:S】

【魅力:A】

【幸運:C】


 え?


 富士宮の目が見開かれる。


【取得可能ジョブ:不死者の王】

【レア度:SSR】

【死霊兵系統上級ジョブ四種のコンプリート後、到達可能】


 一瞬、呆然とした。


 墓地クエストで、こんなの出る?

 報酬千ゴールドでしょう?

 なのに何で、実質SSRどころじゃない当たり個体が歩いてるの?


 いや、でも……すごい

 不死者の王!

 アンデッド支配特化!

 しかも自己バフ豊富!

 何それ、めちゃくちゃ欲しい!!


 次の瞬間、富士宮の喜びが爆発した。


「待ってください、アントニオ!!」


 アントニオが、ちょうどブラヒムの首を飛ばそうとしていたところだった。


「は!?」


 アントニオがびくっと止まる。さっきまで守ってくれていた直後なので、反応がやけに素直だった。


「首を飛ばしちゃ駄目です!」


「何でだよ!?」


「この人と話をさせてください!」


 夜の墓地に、奇妙な沈黙が落ちた。ナビルが何を言われたのかわからない顔をして、イニゴは眉を寄せ、ハリーにいたっては口を半開きにしている。もっとも、アントニオが一番混乱していた。


「話し?」


「そう、お話しするのです。まだ分かり合える可能性があります」


「アンデッドだぞ!?」


「それでもです!」


 つい強い口調になってしまった。富士宮はこほんと咳払いし、すぐに取り繕う。


「……失礼しました。でも、この方はきっと話し合える存在だと、聖女としての直感が告げているのです」


「わけわかんねえよ」


 そりゃそうだ


 だが富士宮の頭はもう完全に、戦闘ではなくスカウトモードへ切り替わっていた。


 不死者の王、レア度SSRランクのジョブ

 その特異能力はアンデッド支配

 しかも武力S、精神Sで単独戦闘も最強級にまで育つ

 これ、絶対拾わなきゃ駄目なやつでしょう


 富士宮は、まだ完全には崩れていないブラヒム・ディアスへ、一歩進み出た。


「ちょっと、お話ししませんか?」


 夜の墓地で、聖女は目を強く輝かせていた。


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