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装備更新と幽霊の依頼

 その日も、黒髪の聖女はよく働いていた。


 場所は大聖堂の応接広間。高い天井に、磨き上げられた石床。窓から落ちる光は神々しいが、そこに集う人間たちの心まで清らかかといえば、そんなことはまったくない。


 今日の富士宮ひとみの仕事は、いつもの鑑定会だった。


 貴族や地方領主が、聖遺物だの希少品だの先祖伝来の宝だのを持ち込み、《鑑定眼・宵》を持つ聖女に値踏みをさせる。表向きには「神意に照らした真贋と由来の確認」だが、実際にはお宝自慢と家格マウントの祭典である。


 富士宮はいつもの薄い顔で席につき、内心では少しだけ遠い目をしていた。


 はい、今日も始まりましたー

 貴族の、貴族による、貴族のための鑑定ショー

 私は早くオーエンの店に行って、新装備を見たいんだけどなあ


 最初に持ち込まれたのは、中堅貴族の夫人がうやうやしく差し出した銀のペンダントだった。中央に小さな聖印が刻まれ、縁には細かい蔦模様。品はいいが、いかにも「家宝っぽい」以上の迫力はない。


 富士宮がそっと視線を落とし、《鑑定眼・宵》を起動する。


 透明な情報板が視界に浮かび、来歴と残存効果が流れ込む。


「……巡礼司祭の祝福具の一部です」


 広間が少しざわつく。夫人の顔がぱっと明るくなる。


「では本物ですの!?」


「はい。ただし、高位の聖遺物ではありません。三代前の巡礼司祭が各地を巡る際に携行していたもので、低位の邪気払いの効果が残っています」


 富士宮はさらに淡々と続けた。


「銀の純度は当初より落ちています。現在の効力は、おそらく本来の三割ほどです。身につけることで気休め程度の加護にはなるでしょうが、強い奇跡を期待するものではありません」


 夫人の笑顔が、ちょっとだけしょんぼりした。


 うんうん、わかるよ

 「伝説級の聖遺物でした!」を期待していたんでしょうね

 でも現実はそんなに甘くないのよ?


 次に持ち込まれたのは、地方領主の次男がやたら気取った顔で差し出した短剣だった。真紅の宝石が柄頭に嵌め込まれ、鞘には金糸の飾り巻き。見た目だけならかなり派手で、いかにも「ぼくのすごい武器」感がある。


 富士宮は内心で少しだけ構えた。


 こういうの、だいたい後世の盛りすぎ加工が入ってるのよね


 鑑定結果は、やはりそんな感じだった。


「二百年前の魔獣討伐隊長が、副武装として所持していた短剣です」


「おおっ」


 次男くんが大きく胸を張る。


「ただし、現在の鞘は後年に作り直されたものです。刃そのものは当時のままですが、装飾はかなり手が入っています」


 次男くんの胸が少しだけしぼむ。


「火属性の微弱付与が残っていますので、実用品としては優秀です。ただし、過信は禁物ですね。今もよく切れる武器ですが、神話級の逸品ではありません」


 次男は「なるほど……」と、わかったようなわかっていないような顔で頷いた。


 そして最後に出てきたのが、辺境貴族の男が差し出した指輪だった。


 男自身は、見るからに人の良さそうな顔をしていた。日焼けした肌に、飾り気の薄い服。中央貴族の連中に比べればずっと素朴で、変に見栄を張っている感じもない。


 差し出された指輪もまた地味だった。古い金属製で飾り気は少なく、宝石もない。ぱっと見では、価値があるのかどうかも怪しい。


 中央貴族の何人かが、あからさまに興味を失ったような顔をしたのを、富士宮は見逃さなかった。


 はいはい、わかりやすいわね

 見た目が地味だと即ハズレ判定ですか

 ほんと中央貴族って感じ


 だが《鑑定眼・宵》が示した情報は、その空気を一変させた。


「……古代対魔戦争期に作られた守護リングです」


 広間が静まり返る。


「装着者の魔物耐性を大きく上昇させます。特に、呪詛や魅了などの精神汚染に対して強い効果があります。現代基準で見ても、レジェンダリー級の対魔効果を持っています」


 一瞬の沈黙のあと、どよめきが走った。


 辺境貴族本人は、呆然としていた。


「れ、レジェンダリー……?」


「はい。保存状態も非常に良好ですので、現在でも実戦運用が可能です」


 男の顔がぱあっと明るくなる。


「そ、そんな立派なものだったとは……! いやあ、先祖に感謝せねばなりませんな!」


 その喜び方があまりに純粋で、富士宮は少しだけ心が和んだ。


 いい人そう

 こういう反応、嫌いじゃない

 自慢じゃなくて、素直に喜んでる感じがいい


 だがその一方で、《タナトス》は別のものを拾っていた。


 殺意だ。それも、いくつもの。中央貴族たちの方向から辺境貴族に対して向けられている。


 富士宮は内心でげんなりした。


 あーもう、やっぱり

 辺境の素朴なおじさんが、急に「由緒正しい対魔の名家」になっちゃったからね

 中央の面子が潰れたんでしょうね

 人が純粋に喜んでるのに、そこで殺意を向けるの、ほんとにどうかと思うわよ


 彼女は何食わぬ顔で鑑定会を退出したが、心の中ではすっかり貴族社会に辟易していた。


     *


 翌日、富士宮はようやく気になっていた場所へ行けることになった。


 オーエン・ハーグに任せた雑貨店である。


 場所は王国南部の貧困地域の中心部にある。教会が「俗世との関わりも修行の一つ」と言い張って、聖職者へ申し訳程度に与える商売枠のひとつだ。普通の聖職者なら面倒がって絶対に本気で関わらない。


 だが富士宮にとっては、貴重なガチャ機会であり、秘密拠点候補であり、そして今はオーエンというレア度SSRの事務方ジョブ候補者を配置したばかりの極めて重要な場所でもある。


 同行するのは、ナビル、イニゴ、ハリー、アントニオの護衛四人。


 店に着いてまず富士宮が驚いたのは、店の空気がたった数日で変わっていたことだった。


 雰囲気がボロいのは変わらない。外壁の塗装は剥げているし、看板も微妙に傾いている。だが、中へ入ると、商品棚の配置、客の動線、値札の見やすさ、帳場の位置、全部が妙に理にかなっていた。


 客が自然に回遊できる進路上に、目立たせたい品がきちんと目に入る配置がされている上に、なぜか死角が少ない。潰れかけの店といった雰囲気が、細々とでも生き残っていけそうな店に変わっている。


 オーエン、仕事が早い


 富士宮は内心でかなり感心した。


 まだ数日よね?

 なんでここまで回る感じの店にしてるの

 やっぱりSSR、すごい


 そしてさらに驚くことに、オーエンはもう、パーティメンバーに合わせた装備まで揃えていた。


「皆様の現状と適性を考慮して、いくつか品を見繕っております」


 にこやかに言うオーエンの後ろには、布をかけられた長箱が四つ並んでいた。


 富士宮のテンションが一気に上がる。


 来た

 装備更新

 しかもオーエンが揃えたやつ、絶対ちょっと嫌な性能してるでしょう

 楽しみ


 最初に布が外されたのは、ナビル用の拳銃だった。二丁一組で、黒に近い鈍色の金属光沢が特徴的な銃。銃身は細く長く、無駄のない造形をしている。柄の部分には夜色の革が巻かれ、装飾はほとんどないが、そのぶん研ぎ澄まされた雰囲気があった。


「ノクターナル・ツインズです」


 オーエンが誇らしげに告げる。


「軽量で反動が少なく、精密射撃向きです。左右で重心がわずかに違うため、二丁運用時のリズムが取りやすくなっています。初心者にも扱いやすいですが、使い込むほど本領を発揮する類ですね」


 ナビルは目を少しだけ見開いて、そっと片方を手に取った。持ち上げる手つきが慎重で、でも嬉しそうだ。


 富士宮が鑑定すると、さらに面白いことがわかった。


「通常性能はかなり良いですね。命中補正が高いし、中距離制圧向き。……それに、特殊効果もあります」


 全員の視線が集まる。


「効果名は残響刻印と言います。一度命中させた相手に対して、次弾の命中補正が少し上がる仕様ですね。追い込むほど精度が増すタイプと言っていいでしょう。逃がさないための拳銃、ですか。」


 富士宮は内心でほくそ笑む。


 素敵

 ナビルにぴったり

 理詰めで追い込んで、逃げ道を潰していく感じ、すごく似合う


 次に出てきたのは、イニゴ用の斧槍。長い柄は深い鉄色で、穂先は広く、斧刃は派手すぎないのに圧倒的な実戦感がある。重厚だが鈍重ではなく、「前に立ち続ける者の武器」という感じがした。


「グレイブ・モルドレッド」


 オーエンが言う。


「斬撃と打撃の両方に優れ、集団戦でも個人戦でも使いやすい一本です。柄の強度も高く、ガード用途にも向いています」


 イニゴは黙って受け取り、二、三度振ってみた。空気の裂ける音が、今までの貸与武器より少し深い。


「……いいな」


 短い感想に、オーエンがにこっとする。


 富士宮が鑑定する。


「これも通常性能は秀逸です。間合い維持にすごく向いています。……特殊効果は戦場執着と表示されていて、一度刃を交えた相手に対して、次の打ち合いで押し負けにくくなるという効果です」


 イニゴが少し眉を上げる。


「逃がさず正面から潰す用、か」


「そうですね」


 富士宮は頷く。


 イニゴの前線運用方針に、あまりにも合いすぎている

 オーエン、本当に装備選びがいやらしい

 褒め言葉だけど


 次はハリーの盾だった。


 布を外した瞬間、ハリーが「うわ……」と小さく声を漏らす。


 それはかなり大きな盾だった。塔盾ほどではないが、幅が広く、真正面から人を守ることだけを考えて作られたような防具だ。表面には何層もの金属板が打ち重ねられ、中心には微妙に盛り上がった衝撃受けがある。


「グラッジ・バルクです」


 オーエンは楽しそうだった。


「初心者でも構えやすく、防御面積が広いしノックバック耐性もあります。ハリー様の運用には最適かと」


 ハリーは両手でそれを受け取って、少しよろめきながらも顔を輝かせた。


「す、すごいです……盾って、こんな……」


 かわいい


 富士宮は思った。


 すごく初心者っぽい反応

 ハリーはそういうのでいいのよ


 鑑定結果は、さらに面白かった。


「特殊効果は被虐蓄積です。受けた衝撃の一部を内部に蓄えて、次の押し返しかシールドバッシュに上乗せできます」


 ハリーがぽかんとする横で、イニゴが「ほう」と低く言う。富士宮はかなり満足だった。


「つまり、痛めつけられるほど反撃が重くなるわけです。ハリーのシールドバッシュ・反と最高に噛み合いますね」


 最後に出てきたのは、アントニオ用の長剣だった。


 やや長めの片手剣で、刃文が雨筋のように細く走り、見た目は美しいのに、妙に嫌な気配がある。血を吸うために研ぎ澄まされた、とでも言いたくなる刃だった。


「ブラッドレイン・エッジです」


 アントニオはオーエンから受け取るなり、にやりと笑った。


「……こいつはいい」


 感覚でわかるのだろう。剣との相性を、彼は一瞬で察していた。


 富士宮が鑑定する。


「通常性能は高い切れ味と前進圧力を両立した優れものです。単独火力寄り、と言えますね。……特殊効果は流血追撃で、一度傷をつけた相手に対して次撃以降の威力が少しずつ上がる、というものです」


 アントニオの笑みが深くなる。


「完全にアントニオ向けですね」


「だろうな」


 富士宮は四つの装備を見渡し、内心で確信した。


 オーエンのチョイス、やっぱり仄暗い

 ただ強い装備を揃えたんじゃない

 装備者の嫌な適性まできれいに読んでる


 彼女はそのことを、パーティ全員へ説明した。


「オーエンは、武器の通常性能だけじゃなくて、それぞれの性質に合う特殊性能まで見越して選んでくれていますね。ナビルには追い込み、イニゴには前線維持、ハリーには被弾前提の反撃、アントニオには流血追撃といった具合に、です」


 そこでアントニオが、ぼそっと言った。


「こいつも異常者かよ」


 オーエンは、なぜか褒められたようににこにこしていた。


「ありがとうございます」


「褒めてねえよ」


 富士宮は、そこで静かにアントニオへ視線を向けた。にっこりと、とても冷たい笑顔で。


「アントニオ?」


 アントニオがぴしっと固まる。その反応を見て、ナビルが少しだけ口元を緩めた。イニゴは咳払いで笑いを誤魔化し、ハリーだけが本気で怯えている。


 ハリー、無駄に怯えなくていいのよ?


 装備更新が終わると、富士宮は満足げに息をついた。


「じゃあ、せっかくだしクエストを受けてみましょう」


 オーエンの店は表向きには教会直轄である。つまり、簡易窓口として依頼を受けることも可能だ。新装備の試運転にもなるし、実戦でしか得られない教訓もある。ここは依頼を受けるしかない。


 オーエンが帳場から依頼箱を持ってきて、中の紙束を広げる。


 富士宮は最初、何気なくそれを見たが、すぐに眉が動く。


「……全部、幽霊事件?」


 そこに並んでいたのは、王都で起きている怪異系の依頼ばかりだった。


 深夜に泣く女の声、空き家で浮かぶ影、墓地に立つ青白い男、古井戸から聞こえる呻き声、などなど。テンプレの詰め合わせかと思うほど、見事なまでに幽霊案件である。


 その瞬間、アントニオの顔が目に見えて青ざめたのを、富士宮は見逃さなかった。


 あ

 この子、幽霊ダメなんだ


 それを察したナビルが、少しだけ意地悪く言う。


「まさか、怖いんですか?」


「は?」


「いえ、別に。アントニオなら、こういうの平気なんだろうなって」


 アントニオのこめかみがひくつく。


「当たり前だろ」


「そうですよね」


「当然だ」


「じゃあ受けても問題ないですね」


 富士宮は内心でかなり面白がっていた。


 アントニオが幽霊苦手なの、すごくいい弱点

 しかもナビル、ちゃんと追い込んでる


 アントニオは苦々しい顔で依頼書を睨みつけている。ハリーは「えっ、ほんとに行くんですか」と半分わくわく半分びくびくしている。イニゴだけが、まあ決まったなら仕方ない、という顔をしていた。


 富士宮は新しい装備を眺め、幽霊案件の紙束を見て、少しだけ笑みを浮かべた。


 次のクエストも、きっと面白くなる


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