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このパーティ、実は強い?

 最初のぶつかり合いは、想定どおりだった。


 湖畔の別荘地、その一角で半壊した建物の中心。夜風は冷たく、爆散した壁の木片と石粉がまだ宙を舞っている。月明かりの下、紫の鎧を纏った魔族リー・ランは、まるで最初からそこに立っていたかのように落ち着いていた。


 それを眺めながら、富士宮ひとみは戦闘陣形について思考を巡らせた。


 勇者は逃げた

 想像を超える速さで、しかも見事なまでに自分だけ

 ほんとうに最低だな、あの男


 さて、それはともかく手持ちの個体でどう勝つか


 前線はイニゴで決まり

 ナビルは中距離制圧の戦術で行くのが固いだろう

 ハリーはまだ初心者なので、適度に介入させるに留める

 自分は最後の保険

 

 富士宮は、すっと息を吸った。


「イニゴは、前衛で前線維持を重視した立ち回りをしてください。ナビル、射線は中距離から張るように。間違っても近接の距離は避けてください。ハリーは下がりすぎず、でも無理には出ない位置で戦況に応じて行動してください」


「了解しました」


 イニゴは短く返答し、続いてナビルは無言で頷く。ハリーは少し青い顔をしていたが、それでも「はいっ」と返してきた。


 リー・ランが、そこで薄く笑った。


「面白い人間どもだ。勇者が消えた後も、まだ戦う気か」


 その声は低く、よく通る。挑発というより、本当に少しだけ感心しているような口調だった。

 富士宮は返さない。返事をしても意味がないからだ。


 代わりにイニゴが先に動いた。ハルバードを構え、重心を落とし、最短で間合いを詰める。


「――っ!」


 ハルバードマスタリーの補正を受けた一撃が、月光を裂きながら魔族に迫る。リー・ランはそれを真正面から受けるのではなく、槍頭を鎧で滑らせるように逸らした。だが、イニゴはそこまで読んでいる。すぐに柄を返し、ワイドスイープ気味の横薙ぎへ移行する。


 リーは一歩下がる。


 そのわずかな隙に、ナビルの銃声が響いた。


 乾いた破裂音が鳴り、エイムアシストで補正された弾道が、リーの膝の外側を正確に撃つ。続けて二発目、クイックリロードで腕の装備の隙間を削り、間を置かずに三射目、マークショットの補正が乗っているため、ただ当てるのではなく、リーが重心を崩しやすい腰部の継ぎ目へきれいに銃弾が刺さる。


 富士宮は、ほんの少しだけ内心で頷いた。


 やっぱりナビルのガンナーは合っている

 雑に火力を出すんじゃなくて、戦況を読んで嫌な場所へ弾を置ける

 ほんとに偉い


 だが、相手はゴブリンではない。

 リー・ランのジョブ【魔先将】は、単騎突撃時に全能力へ大きな補正がかかるタイプだ。速度も、踏み込みも、打撃の重さも守備力も、時間が経つほどに増していく。実際、ナビルに撃ち抜かれた傷も、それほどのダメージは当てていないように見える。現状は前衛のイニゴが安定して近接戦を行えている。だが、長引けば長引くほど、じわじわ削られるのは見えていた。


 案の定、数分後にはその兆候が出始める。


 リーの突進を受け止めたイニゴの足が、ほんのわずかに後ろへ滑る。続けて、次の打ち合いで、ハルバードの柄が軋む。受け流したはずの衝撃が、肩から腰へ抜けきらずに残っている。ナビルの援護がなければ、もっと早く押されていただろう。


 だが富士宮は、この時点ではまだ焦っていなかった。


 なぜなら、すでに序盤で数発、ポイズンショットが通っているからだ。


 ナビルが新たに習得したそのスキルは、単なる毒付与ではない。即死毒でも、麻痺毒でもない。反応速度、筋出力、集中力、継戦能力といった戦闘に必要なディテールを、じわじわ蝕む持続弱体化スキルだ。


 リー・ランの動きは、よく見れば少しずつ鈍くなっていた。最初の踏み込みと比べると、左足の返しがわずかに遅く、肩口のねじりもほんの少し甘い。


 富士宮は内心で小さく笑った。


 やっぱりナビルは万能

 火力を出しながら状態異常まで撒けるの、ほんとに偉い

 このまま持久戦に入れば、イニゴの基礎ステータスと経験で押し切れる


 そう読んだ、その時だった。


 富士宮には前世の記憶から換気される嫌な予感が走る。


 こういう強敵っぽい敵は、残りが減ると急に戦い方を変える

 ゲームの定番

 死闘後半のえげつないギミック


 何かある

 第二形態か、大技解禁か、広範囲攻撃か

 何にせよ、この中ボスみたいなのが素直に削り切らせてくれるわけがない


 そして、案の定だった。リー・ランが後方へ飛ぶように距離を取り、同時に2本の角の根元から紫黒の光を走らせる。その光がリー・ランの全員を覆い尽くすと、続けて鎧の継ぎ目からエネルギーが漏れ、全身が一瞬だけ膨張したように見えた。


「……面倒だな」


 魔族がそう呟いた次の瞬間。


 全放射型のエネルギー波が、別荘跡の中心から放たれた。


 前方だけではなく、横にも、後ろにも、斜めにも、空間そのものを叩きつぶすみたいな紫黒の破壊光線を飛ばす範囲攻撃。


「っ、まず――」


 富士宮が声を発するより早く、紫黒の光が扇状に広がり、イニゴはその場で受けざるを得ないと悟ったように防御姿勢を取る。ナビルは射撃姿勢からの移行が一拍遅れていて、光の直撃をまともに受けてしまいそうだ。


 全滅する


 そう思った瞬間、


 ハリーが盾を構えてパーティメンバーの前へ出た。


「ハリー、下がりなさい!」


 富士宮は反射的に叫ぶが、ハリーは止まらなかった。


 いつもの彼なら、もう少し戸惑い、青ざめ、足がもつれているだろう。だが今の彼は顔色こそ悪いが、目に迷いがない。


「だ、大丈夫です……!」


 その声には、不思議な自信があった。富士宮は違和感を覚え、即座に《鑑定眼・宵》を向ける。


 円柱表示が走る。そして見えた。


【新規取得スキル:シールドバッシュ・反】


 は?


 一瞬、思考が止まった。


 シールドバッシュ・反


 シールドバッシュ自体は、ルナアリスでも存在したスキルだ。だが、かなり地味な部類だったと言わざるを得ない。盾で敵を殴り、怯ませることで敵の戦線を少しだけ崩すことしかできない、タンクの補助的な行動用スキルという認識だ。


 ところが、富士宮の見るハリーのシールドバッシュ・反は違う。


 効果①【受けた攻撃エネルギーを蓄積】

 効果②【蓄積した攻撃エネルギーに応じて、追加防御補正を付与】

 効果③【追加防御補正に応じた攻撃エネルギーを反射する】


 つまり、ただのシールドバッシュではない。一度は防御力に変換されるので多少の効率低下は否めないものの、強力なカウンター攻撃スキルだ。


 富士宮が困惑している間にも、ハリーは盾を構え、リーの全放射型エネルギー波を真正面から受けた。


 普通なら吹き飛ぶし、下手をすればすぐに死ぬ。だがハリーは、膝を震わせながらも、踏みとどまる。


 リジェネレイトハートによる微量自動回復を活かして破壊光の圧力に耐え続ける。そして、おそらく無意識に働いたタンク適性により開花したシールバッシュ・反によってさらに防御力を増して光を押し留める。


 光の奔流が終わろうとする頃、ハリーの盾の表面がスキルの発動を示す白い光に包まれると、リーの発した紫黒の光を受けて軋み、その直後、逆方向へ衝撃エネルギーが跳ね返った。


「――っ!?」


 リー・ランが、衝撃エネルギーを正面から受けて後方に弾き飛び、別荘の壁面に強かに全身を打ちつけて跪く。だが、肉体的なダメージよりも心の衝撃の方が大きかったらしく、明らかに反撃を予想していなかった顔で目を見開く。


 怯んでいる


 そう考えた富士宮の思考を連続する一発の銃声が断ち切った。


 ナビルが、一瞬の迷いもなくリーに向けて銃撃をしたのだ。


 エイムアシストで照準補正をし、マークショットで姿勢を崩しやすい部位を確認して狙われた一撃。しかも、その部位にはすでにポイズンショットの蓄積がある。


 弾丸がリーの肩口を打ち、次弾が脇腹へ入り、リーの重心が大きく崩れた。


 その瞬間、イニゴが動く。ここぞという場面での踏み込みは、さすがだった。ハルバードを低く構え、ガードクラッシュからの流れでリーの防御意識をずらし、最後は首筋へ斜めに刃を走らせる。


 深く、躊躇のない一閃で、魔先将リー・ランの首が飛んだ。数拍遅れて、首の切れ目から青い血を吹き出させながら体が崩れる。


 夜が、急に静かになった。誰もすぐには声を出せなかった。富士宮は、しばらくその場で立ち尽くしたまま、目の前の状況を整理していた。


 勝った

 しかも、予想外の形で

 ハリーが敵の大技を跳ね返し、ナビルが即応して敵の体勢を崩し、イニゴが落ち着いて首を断った。

 この勝ち方はただの偶然ではない

 全員の役割がちゃんと噛み合った結果だ


 最初に口を開いたのはハリーだった。


「い、いまの……僕、ちゃんと、できてました……か?」


 本人が一番信じられない顔をしている。


 イニゴは息を吐き、ハルバードを下ろす。


「できたから立ってるんだろう」


 ナビルは銃を下げながら、肩で息をしていた。それでも目だけは、まだ油断なく周囲を見ている。


 富士宮はすぐに《鑑定眼・宵》を起動した。


 勝利直後の成長確認を見ないわけにはいかない。これはゲーマーとして当然だ。


 まずイニゴ


【ハルバードマスタリー Lv2 → Lv3】

 斧槍の基本運用精度が上昇する。間合い支配力が増し、格上の突進や体重の乗った打撃に対しても、柄の操作だけで軌道を逸らしやすくなる。特に受けから反撃への移行速度が向上する。


【ガードクラッシュ Lv2 → Lv3】

 防御姿勢の相手を崩す性能が強化される。受けそのものを割るだけでなく、崩した直後の追撃補正が加わるため、コンボの起点としての性能が大きく上がる。


【新規派生取得:ラインホールド】

一定時間、自身の正面空間の制圧力を大幅上昇。敵の突破、押し込み、突進への耐性が増し、前線の支点としての価値が高まる。


 富士宮は内心で頷いた。


 やっぱり

 イニゴは前線の支柱として完成度を上げてる

 しかもラインホールドを取るのはかなり偉い

 これで本格的に止める役としての色が出てきた


 次にナビル


【エイムアシスト Lv1 → Lv2】

 静止状態だけでなく、軽い移動直後でも照準補正が残るようになる。実戦中の追従射撃精度が向上。


【クイックリロード Lv1 → Lv2】

 装填速度の上昇に加え、焦りや被弾直後でも手順が乱れにくくなる。混戦時の低下率が低下。


【マークショット Lv1 → Lv2】

 急所補正に加え、敵の体勢を崩しやすい部位や行動を阻害しやすい部位への補正が上昇。制圧支援としての性能が上がる。


【ポイズンショット Lv1 → Lv2】

 能力減衰毒の浸透性と持続時間が向上。格上相手でも反応速度低下と筋出力鈍化が通りやすくなる。


 ナビル、偉すぎる。

 もうただの火力枠じゃない

 支援、妨害、制圧、全部できる

 しかも今の戦い、全部仕事してた

 ナビル、本当に偉い


 最後にハリー


【シールドバッシュ・反 Lv1 → Lv2】

 受けた攻撃の反射効率が上昇。真正面から受けた衝撃を、より高精度かつ高威力で返せるようになる。大技に対するカウンター性能が強化。


【新規取得:ガードスタンス】

 盾を構えた際の姿勢安定性を向上。被ノックバック耐性と防御時の姿勢維持能力が上昇。タンクとしての基礎能力を形成。


【リジェネレイトハート:覚醒進行】

 回復速度がさらに向上。軽度の魔力衝撃や打撲からの復帰が早まり、継戦能力が増す。


 富士宮は、ここで少しだけ本気で息を呑んだ。


 ハリー、思ったより成長が早い

 壁役としての成立が予想より前倒しになってる

 しかもシールドバッシュ・反、やっぱりおかしい

 ルナアリスの知識とズレてる

 ゲームにはなかった進化が、現実では起きてる


 富士宮はゆっくりと視線を上げた。


 イニゴが前に立ち、ナビルが中距離で支え、ハリーは受けて返すことができる。

 ここにアントニオの爆発力が乗る。

 

 すると――。


 このパーティ、意外に強いのでは?


 かなり本気で、とんでもないところまで行くかもしれない。


 富士宮ひとみは、壊れた別荘の前で、つい笑みを浮かべていた。月明かりの下、その笑みは静かで、少しだけ危うく、そして間違いなく楽しそうだった。


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