勇者を忘れたい聖女と二丁拳銃のガンナー
勇者とのデートは、二週間後に決まった。
決まってしまった、という表現の方が正しい。
富士宮ひとみは、聖女の個室で今日も机に向かいながら、わりと本気でため息をつきたかった。もちろん外から見れば、黒髪の聖女は静謐に物思いへ沈んでいるようにしか見えないだろう。侍女たちはたぶん今日も、「聖女様が深い思索を……」などと勝手に感動しているに違いない。
いやだ
勇者と一日一緒
そう、丸一日だ
会話とか発生するよね、たぶん
しかも向こうはやる気満々
どうしてこうなった
机の上には、いつものように上質紙が並んでいる。
【勇者デートまであと14日】
【現実逃避用育成メモ】
【ナビル通常ジョブ運用】
【ハリー訓練投入】
【アントニオ写本課題進捗:遅い】
聖女の机としてどうなのか、少し考えた方がよさそうな内容だ。だが、憂鬱なことばかりでもなかった。むしろ、ここ最近は嬉しい出来事の方が多い。その最たるものが、ナビルの知力がついにCへ上がったことだった。
「……よし」
富士宮は、小さく呟いた。
ナビル・ユーラッハ。黒髪、翠眼の青年で、被差別部族出身の元奴隷。
その出自に関わらず、知れば知るほど、そして育てれば育てるほど、当たり個体としての強さが見えてくる。
彼の知力がCへ届いたことで、ようやく最初の通常ジョブへ転職する条件が整った。
富士宮が前々から決めていたナビルの最初の通常ジョブは、ガンナー。
この世界に銃火器の概念があると知った時は、かなり驚いた。剣と魔法と勇者と聖女の世界で、拳銃とか銃身とか火薬管理とか出てくるとは思わないだろう、普通。だが、だからこそ面白い。
しかも、ナビルにすごく似合う。ナビルは直感ではなく理詰めで動くタイプだ。戦場ではその観察眼を活かして立ち回るため、補助系統のジョブ適性が高い。また几帳面な性格で無駄を嫌う一面があり、戦場ではそれが前に出すぎず、でも必要な時には確実に仕留めるという傾向に現れている。
その全部がガンナー向きだ、と富士宮は思う。
あと、これはとっても大事なことなのだが、二丁拳銃を撃ちながら守ってくれる黒髪イケメンとか、普通にかなり萌える。
*
ジョブチェンジの儀は、富士宮にとっても初めて見るものだった。
場所は大聖堂の中でも、やや奥まった小聖堂で行われる。小聖堂内は高い天井と静かな空気のおかげで静謐な空気に満ちており、白い石床の反射がそれを増幅させる。
小聖堂の中央、聖なる水に浮かぶ小島のような儀式場で、聖職者が数人ナビルを取り囲み、清めの水と香油をナ用意しながら、短い祈りを唱えている。
ナビルは少し緊張している様子だった。普段の彼はかなり落ち着いている方だが、それでも今日は様子が違う。これまでの奴隷という在り方を、一度断ち切る儀式なのだ。緊張しない方がおかしい。
富士宮は少し離れた位置から、その様子を見ていた。
ナビルが祭壇の前に立つと、聖職者の一人がナビルの額へ水を落とし、香油を頬に塗り、古い言葉で祝詞を唱える。
その瞬間、祭壇から白い光が淡く立ち上がり、ナビルの全身を覆い隠すように広がっていく。
《鑑定眼・宵》で見ると、ナビルの円柱表示がゆっくりと回転し、旧ジョブ【奴隷】の表層が薄れていき、その裏から新しい層がせり上がるように現れる。
【新ジョブ:ガンナー】
その表示を見た瞬間、富士宮はちょっと感動した。
思っていたより、だいぶかっこいい
もっと事務的に「はい次」みたいに終わるかと思っていたのに、ちゃんと洗礼っぽい。人生の節目を乗り越えました、という感じがあるし、演出的にもかなり良い。
富士宮は表情を変えないまま、内心でわりと素直に盛り上がっていた。
かなりいい
こういう儀式、好きかも
ナビルにも似合ってる
すごくちゃんと、人生の違う段階へ移った感じがするから不思議
儀式を終えたナビルは、少しだけ戸惑ったように手を見ていた。何かが変わったことを、本能的に理解しているのだろう。
「……どうですか」
富士宮が問うと、ナビルは少し間を置いてから答えた。
「不思議です。体が、前より少しだけ……軽いような」
「そう」
「はい。でも、悪い感じではありません」
その返答に、富士宮は小さく頷いた。
良かった
本人も感触が悪くないなら、入りは完璧
*
そこから一週間で、ナビルは驚くほど順調にガンナーの初期スキルを覚えた。
ひとつ目は、エイムアシスト。呼吸と姿勢を整えた時に照準補正がかかり、命中精度が大きく上がるスキルだ。遠距離ほど恩恵が大きく、弱点部位を狙いやすくなる。
ふたつ目は、クイックリロード。装填動作の高速化の効果があるパッシブスキル。再装填の隙を減らし、混戦時でも手順を乱しにくくするので、実戦でとても重宝する。
みっつ目は、マークショット。敵の癖や動き、急所の位置を見抜き、次弾に追加補正を乗せるスキルだ。単純火力というより、当てる場所を最適化するタイプで、生真面目なナビルらしさが出ている。
富士宮はこの三つを見た瞬間、かなり嬉しかった。
全部当たり
しかも方向性がきれい
雑に強いスキルではない
ちゃんと「ナビルがどう戦うか」に合っている
「……偉い」
思わず声に出た。
ナビルがきょとんとする。
「え?」
「いえ。順調だと思って」
それだけ言って視線を逸らしたが、内心ではもう少し大騒ぎだった。
やっぱり成長が早い
しかもスキル構成が美しい
エイムアシスト、クイックリロード、マークショット
論理型ガンナーの理想的な入りでは?
とてもいい、あとやっぱりかっこいい
そんな内心は、もちろん表情には出さないようにした。
*
ハリー・マグワイアも正式に聖女付きの小姓となった。
だが、馬車を扱わせているだけではもったいなさすぎる。
潜在ステータスはオールAで、URランクジョブ【神盾将】の芽を持つ最強タンク候補だ。
そんな個体を、馬の世話だけで消費するのは、育成者として完全に悪手だ。
だから富士宮は、加入からほとんど間を置かずに、ハリーをイニゴのトレーニングへ放り込んだ。
結果、最初はだいぶひどかった。盾の構えは素人みたいに甘く、受け方は非常にぎこちない。踏み込みも遅いし、盾というより戦闘行為に関して明らかに初心者なので。
当然、イニゴにもアントニオにも、容赦なく叩きのめされる。
が、ハリーは起き上がる、何度でも。顔をしかめ、息を切らし、痛そうにしながらも、また立つ。
その理由はもちろん、ユニークスキル――「リジェネレイトハート」
軽傷なら短時間で自然回復し、打撲も裂傷も疲労も異様な速度で抜けていく。致命傷には効きづらいが、「普通ならもう無理」という段階から平然と戻ってくる継戦能力だ。
アントニオは最初、本気で嫌そうな顔をした。
「なんで立つんだよ、お前……」
ハリーはふらふらしながらも答える。
「いや、ぼくも痛いんですけど……」
「だったら寝てろ!」
「でも立てるので……」
イニゴはそのやりとりを見て、ほんの少しだけ笑っていた。
「タンク向きだな」
富士宮も、内心で深く頷く。
そう
すごくタンク向き
まだ戦い方が下手でも、立ち続けられるだけで価値がある
しかもこれから受け方を覚えれば、一気に化ける
ハリーが入ったことで、思わぬ好影響も出た。ナビルは、同年代の常識人が加わったことで少し穏やかに訓練できるようになった。アントニオと二人だと、どうしても空気が尖る。だがハリーがいると、会話のクッションができる。
一方、アントニオには別の刺激になった。明らかに自分より弱そうなハリーが、殴っても斬り込んでも立ち上がってくる。それが気に食わないし、悔しく、何より理解しがたい。だから余計に意識するようになり、トレーニングにさらに打ち込むようになった。
超えるべき相手が増えるのは、いいことだ。もっとも、トレーニング後に《悪来》のヘイトを確認すると、相変わらず百に戻っていた。
富士宮は机に額をつけたくなった。
何なの、この子!
ちょっと喧嘩して、ちょっと悔しがって、ちょっと刺激を受けたと思ったらヘイト百
ほんとに扱いづらい
でも伸びてはいるから文句が言いづらい
うう
*
1週間もすると、育成の成果はかなり出ていた。
特筆すべきは、イニゴの精神がAに上がったことだ。富士宮は《鑑定眼・宵》でそれを確認した時、かなり気分が上向いた。
来た
やっぱり生徒が三人に増えたのが大きい
ナビル、アントニオ、ハリーという異なる性格と適性を持つ三人を見ているうちに、イニゴの中で育成者としての自覚が強くなってきたのだろう。
順調、順調
育成は楽しい
気分も上々
あの勇者さえいなければ!
そこまで思ってから、富士宮は少しだけ首を傾げた。
そういえば、あいつの名前、何だっけ?
勇者に対する興味のなさが、ここに極まっていた。
*
勇者とのデートまでは、まだ日がある。ならば、その前に実戦確認をしておきたい。
そう考えた富士宮は、教会宛てのクエストから一番簡単そうなものを選んだ。
ゴブリン退治。冒険者ギルドが有名だが、教会にも意外とクエストは来る。祓い、調査、護送、討伐など、その内容は冒険者ギルドと大差がない。その中でも今回は、もっともテンプレ感のあるやつだった。
だからこそ、富士宮は少し警戒した。
こういうの、初手でゴブリンキングに出くわしそうなのよね
ゲーム的にはありがちだ。「簡単なゴブリン退治」のはずが、行ってみたら巣の奥にキングがいて大惨事。そういうのは定番である。
少しビビりながら受けたが、結果は拍子抜けするほど楽勝だった。
イニゴが、やはり強い。
この段階ではまだ無双枠だ。前へ出れば攻撃を全て受け止めて、崩れない。崩れないどころか、ゴブリン程度ならまとめて掃除できる。
アントニオも、やはり異様な強さを見せた。踏み込みが鋭く、剣への殺意の乗り方が違う。さすがAランクの王国騎士を殺しただけはある。
だが富士宮はそこで少し考える。
今のアントニオは、Bランクのイニゴに勝てない
なのに、過去のギャング討伐戦ではAランクの王国騎士を殺している
条件差か、奇襲か、集団戦の混沌を利用したのか
あるいは“殺すこと”に限れば、アントニオの方が上なのか
この辺りはかなり考察しがいがある
一方、ナビルの活躍は見事だった。ガンナーとしての初陣にも関わらずスキルを使いこなし、エイムアシストで照準を整え、クイックリロードで手数を保ち、マークショットで要所を撃ち抜く。結果、ゴブリン二十体以上を討伐していた。
かっこいい
富士宮は内心で、かなり正直に思った。
ちょっと惚れそう
いや、ちょっとではないかもしれない
距離を取り、状況を見て、無駄なく撃ち抜く
しかも顔がいい
強い、色々な意味で
ハリーはまだタンク初心者なので、動きはおぼつかない。前に出るタイミングも遅いし、受け方も甘い。それでも、リジェネレイトハートのおかげで軽傷で済み、戦線に立ち続けた。これからの伸びを考えれば十分だ。
富士宮自身も、当然ついて行った。訓練の成果は、自分の目で見なければ意味がないからだ。
ナビルは少し心配していた。
「聖女様は、後方にいてください」
その言い方がもう、なんだかとてもいい子だった。
心配してくれた
ナビル、とってもいい子
そこへアントニオが、ぼそっと言った。
「そいつがゴブリンの生態系を破壊する方が心配だ」
富士宮はすぐに決めた。
「写本の課題、倍でお願いしますね。」
ハリーが初めて見る富士宮の雰囲気にびくっとし、アントニオが本気で「またやってしまった」という顔をする。
富士宮は内心でだけ愚痴った。
ハリーが無駄に怯えるから、ほんとにアントニオは少し黙ってほしい
*
初クエストの後、四人と一人で小さな打ち上げをした。
もちろんノンアルである。
イニゴはちょっと飲みたそうだったが、今日は我慢してくれた。
ナビルは少しだけ肩の力が抜けている。
ハリーは緊張しつつも嬉しそう。
アントニオも文句を言いながら席にはいる。
富士宮は、その光景を見て思った。
楽しい
勇者とのデートのことは、一旦忘れたい
今はこの、少しだけ整ってきたパーティの空気に浸っていたい
黒髪の聖女は、無表情のまま椅子に座り、心の中だけでそう願っていた。
たぶん、こういう時間のために、面倒な育成も、危険な暗殺も、全部やっているのだ




