最強タンク候補を発掘!!
富士宮ひとみは、心の底から辟易していた。
王城からの要請、すなわち勇者レナート・カールの直訴を受けて困った国王からの、事実上の後始末依頼に対して、である。
断れば角が立つ
行ったら行ったで面倒
どう転んでも得は薄い
つまり、かなり嫌な仕事だった。
それでも富士宮は、いつものように感情の薄い顔で準備を整えた。外から見れば、黒髪の聖女は今日も静謐で、俗世の騒ぎに心を乱されることなどないように見えるだろう。
だが内心では、わりと普通に文句を言っていた。
なんで私が
勇者がアホみたいなことを言ったんだから、勇者だけで処理してほしいんだけど
でも国王相手にそれは通らないのよね
知ってるよ?
知ってるけど、納得するのは別の話
しかも、今回は珍しく教皇まで同行する。その意図に富士宮はすぐに気づいた。
このジジイ、私の安全が心配というより、鑑定眼で金を生む道具を失いたくないんだろうな
口には出さない。出したところで空気が悪くなるだけだ。
教皇は馬車の中で、いかにも穏やかな声で言った。
「まあ、そう険しい顔をなさらず」
「してません」
「そうでしたかな」
してない、少なくとも表情筋は。内心はわりと険しかったけれど。
*
王城は、広かった。
いや、広いという言葉では少し足りない。ひたすら大きかった。
富士宮の感覚では、ほとんどディズニーランド級である。
城門をくぐった時点で、普通は「着いた」と思う。
だが、王城は違った。
門を入ったのに、馬車が止まらない。
庭園、兵舎、訓練場、役人の詰め所らしき棟、貴族用の迎賓館みたいな建物。
その合間を、馬車はずっと進んでいく。
富士宮は窓の外を見ながら、内心でだんだん呆れていた。
広すぎる
何これ
これもう城というより、ひとつの都市でしょう
城門から馬車移動で二十分って何
王様、毎朝の移動だけで疲れないのかな
隣でナビルも、さすがに少し驚いた顔をしていた。イニゴはわりと平然としている。王都勤務の経験があるからだろう。
ようやく馬車が王宮前で止まった頃には、富士宮は少しだけぐったりしていた。もちろん顔には出さないが、気分としては「やっと着いた」である。
そして、そこで待っていたのが――アホこと勇者だった。
軽薄そうな笑顔に、きらきらした装備とやたら姿勢のいい立ち方で待っている。いかにも自分が主人公だと思っている男の佇まいだ。
富士宮は一瞬、本気で名前が出てこなかった。
ええと、何だっけ
レオナルド?
いや違う
レナートだった気がする、たぶん。
勇者の方は、富士宮の姿を見るなり、いかにも嬉しそうに歩み寄ってきた。
「待っていたよ、聖女」
キモい
内心でだけ即答した。
その隣で、ナビルが珍しく感情を顔に出していた。ものすごく冷たい目で勇者を見ている。普段の彼は、感情を抑える方だが、今日は抑えきれていない。他方で、イニゴは大人だった。表情を変えず、勇者にも国王側の侍従にも同じ温度で応対している。こういう時のイニゴは本当に頼りになる。アントニオは、さすがに連れて来られなかった。あれを王城へ持ち込むのは、いくら何でも火薬庫に火種を投げ込むようなものである。
馬車の扉が開く。
富士宮が降りようとした、その時だった。
近くに控えていた体格のいい小姓が、ほんの少しだけ馬を刺激してしまった。手綱を引く角度か、声かけの間合いか、ともかく小さなミスだった。
馬が激しく首を振り、馬車が揺れる。
富士宮は、ほんのわずかに足を取られた。
本当に、ちょっとだけだ。
転んだわけでもない。
裾を踏んだ程度の、些細なよろめきだった。
だが勇者は、その瞬間に顔色を変えた。
自分の面子が潰された、と感じたのだろう。
「貴様!」
怒鳴り声が響く。
勇者は躊躇なく、その小姓を蹴り飛ばした。
富士宮は一瞬、死んだ、と思った。
武力Sの勇者の蹴りだ。普通の人間がまともに受けたら、肋骨くらい簡単に折れる。打ち所が悪ければ本当に死ぬ。
ナビルが息を呑み、イニゴの目つきが鋭くなる。
だが、蹴り飛ばされた小姓は、少し転がったあと、何事もなかったように立ち上がった。
しかも、卑屈な笑みを浮かべながら、平然とした様子で喋り出した。
「も、申し訳ございません……」
その異常さに気づいたのは、富士宮とナビルとイニゴだけだった。
周囲の王城勤めの者たちは、「勇者様がお怒りになった」「小姓が失敗した」くらいにしか受け取っていない。むしろ蹴られた本人が平然としているので、重大性を認識できていない。
富士宮はすぐに《鑑定眼・宵》を起動した。
【ハリー・マグワイア】
【年齢:20】
【現職:小姓】
現在値はオールD。
一見すれば、少し丈夫なくらいの凡人だ。
だが、潜在値を見た瞬間、富士宮の内心は大爆発した。
【潜在ステータス】
【統率:A】
【武力:A】
【知力:A】
【精神:A】
【魅力:A】
【幸運:A】
は?
オールA?
ちょっと待って
何この安定感
え、こんなところに落ちてるの?
しかも小姓やってるの?
さらに表示を深く追う。
【タンク系統:特大適性】
【特異派生可能性:URランクジョブ『神盾将』】
キターーーーーーーーっ!!
富士宮は危うくその場で顔を上げそうになった。
最強タンク候補、最強タンク候補キタ
やばい
やばいやばい
タンクがいるといないとじゃ、戦術の幅が全然違う
タンクが前線を固定して、アントニオの火力を解放できて、ナビルの中後衛運用が活きて、さらにイニゴの教官兼指揮補助とも噛み合う
欲しい
すぐ欲しい
今すぐ欲しい
だがその次の瞬間、勇者が富士宮の手を取った。
「中へ行こう、聖女」
ぞわっとした。
内心で、かなり素直に思う。
この勇者、マジキモい
触るな
近い
あと今、ハリーを見てたのに
ナビルの視線がさらに冷たくなる。イニゴは表情を動かさないが、明らかに警戒していた。
*
国王の謁見の間は、さすがに立派だった。
高い天井と赤く長い絨毯。その先に鎮座する王座。室内の壁を彩る豪華な装飾品の数々。いかにも「王様が座る場所です」という雰囲気である。
富士宮は着席の前に、さりげなく国王も鑑定した。
結果は、少し拍子抜けするほど普通だった。
オールCで、特筆すべきスキルなし。ただの凡人だ。
凡人であることは悪くはない。たぶんそれなりにちゃんと王様をやっているのだろう。
でも、面白みはない。
勇者の横暴にも困っていそうな、そんな普通のおじさんだった。
国王は咳払いをして、ひどく言いにくそうに切り出した。
「聖女ヒトミ・フジノミヤ殿。今回のことは、まことに……その……」
そこで言葉が濁る。富士宮は静か目で国王の次の言葉を待つ。
「国の体面もありましてな。勇者と、せめて一日だけでも親しく過ごしていただければと」
要するに、デートしてくれ、である。
富士宮はすぐに断ろうとした。
が、その前に教皇が横から柔らかく口を挟んだ。
「一日だけなら」
富士宮は教皇を見た。
ジジイ
裏切ったな
もちろん、表面上は何も言わない。
だが内心ではかなり言っていた。
私より教会の保身が大事なのは知ってる
知ってるけどさ
でも今ここで「一日だけなら」はひどくない?
完全に売ったでしょう、今
教皇は国王から視線を逸らさない。その顔には、教会と王国の関係悪化を避けたいという、いかにも「正しい大人」の判断が浮かんでいた。正しいからこそ腹が立つのだが。
富士宮が沈黙したことで、国王は逆に慌てたらしい。
「も、もちろん、褒美は何でも取らせる!」
思わず身を乗り出す。
その一言に、富士宮の思考は反射でハリーへ向かった。
欲しい
ハリーが欲しい
今ここで押さえないと、たぶん後で面倒になる
そして、口が勝手に動いた。
「先ほど入口にいた小姓を、馬車係としていただけますか」
言った瞬間、富士宮は一瞬だけ固まった。
しまった
少し早かったかもしれない
まだ取引条件をちゃんと確認していない
でもハリーは魅力的すぎた
反射で言ってしまった
国王は明らかにほっとした顔をした。
「その程度でよいのなら、もちろん」
通ってしまった、と同時にデートの条件も固まった。
富士宮は心の中でだけ、遠い目になった。
うわあ
やらかした
でもハリーは欲しい
タンクは大事
最強タンク候補なんて、そう簡単に落ちてない
なのに代償が勇者と一日とか、割に合ってるのか合ってないのか、判断に困る
でも戦術的価値は高い
くっ……
結局、富士宮ひとみは嫌々ながら、勇者レナート・カールとの一日デートを受けることになってしまった。
勇者は喜色満面だったし、国王は安堵の表情を浮かべている。教皇はやや申し訳なさそうな顔をしつつも黙して語らない。ナビルはかなり不機嫌そうだが、イニゴは大人の顔で全部飲み込んでいた。
そんな周囲の反応を眺めつつ、富士宮は、いつもの無表情のまま、内心だけで思っていた。
面倒
だからハリーは欲しい
だから1日だけ耐えよう
頑張れる、多分
一日が、ひどく長くなりそうな気がしていた。




