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地下庭園の女王②

 富士宮の視界に浮かんだ情報は、《グールクイーン》というジョブ名と、Sまで上昇したジョブランクだけでは終わらなかった。


 毒性を帯びた爪による裂傷、噛みついた相手へ病と呪詛を流し込む感染能力、痛覚を無視して動き続けるアンデッド特有の身体強化に加え、複数の状態異常を同時に蓄積させる固有スキルが並んでいる。


 まともに接近戦をすれば一撃を受けただけで毒や麻痺に侵され、傷口から侵入した死霊魔力によって回復まで阻害されかねない。片腕と片目を失った姿から弱体化しているようにも見えるが、アンデッドにとって身体の欠損は生者ほど決定的な問題ではなかった。


 面倒な近接ボスではあるけれど、そこまでならまだいい


 富士宮は聖女らしい静かな眼差しを保ちながら、鑑定によって開かれた情報をさらに深く読み進めた。ジョブランクが上限まで達した個体には、低位の段階では存在しなかった上位スキルが追加されることがある。《グールクイーン》も例外ではなく、状態異常と身体能力の項目よりさらに奥に、女王種としての性質を示す能力が刻まれていた。


 《死群生成》


 周辺へ蓄積した死霊魔力や死者の残滓を取り込み、自らより下位に位置するアンデッドを生成する能力だった。完全な死体がなくとも、この地下施設のように負の魔力と霊的残滓が濃く滞留する場所であれば、擬似的な肉体を与えて兵士を作り出せる。しかもジョブランクを上限まで高めた個体なら、生成可能な数も作り出されるアンデッドの質も、低位のグールとは比較にならない。


 富士宮の胸中へ、鉛の塊を飲み込んだような苦々しさが広がった。


 よりにもよって無限湧き持ちかよ


 敵が強いだけなら正面から戦って倒せばよい。状態異常が厄介なら耐性を上げるか、攻撃を受けないよう立ち回ればよい。しかし一定時間ごとに雑兵を増やす相手は、戦闘そのものの前提を変えてしまう。慎重に敵を削ろうと時間をかけるほど相手の数が増え、増えた敵を処理するためにさらに時間を奪われるため、一度循環へ入ればこちらの体力と魔力だけが一方的に消耗していく。


 富士宮が能力を読み終えるのと、グールクイーンが残された左腕を振り上げるのはほぼ同時だった。


 黒い爪の先から紫色の光が噴き出し、霧のように地下庭園の芝生へ広がっていく。穏やかな白い人工灯の下で、死霊魔力だけが油を垂らしたような歪んだ色彩を見せ、草の表面へ触れた瞬間、地中へ吸い込まれるように消えた。


「ヴィヴィアン様、お下がりください!」


 カイの警告が静謐な庭園を切り裂いたが、異変はすでに始まっていた。


 均一に揃っていた芝生が、内側から何かに押し上げられたように盛り上がる。柔らかな土が裂け黒い泥に似たものが溢れ出すと、それらは骨や腐肉の形を取りながら急速に輪郭を整えていった。最初に姿を現したのは、錆びた鎧をまとった騎士型のアンデッドであり、その周囲からは膨れ上がった腐肉を持つ人型や、四つん這いで地面を掻く獣型が次々と立ち上がっていく。


 先ほど倒した骸甲兵や屍狼獣と完全に同じ個体ではないものの、戦闘能力はおおむね中級に相当するだろう。数は瞬く間に増え、診療所の前から池の周囲、水路を隔てた芝生の端にまで散開していく。富士宮が視界に入る範囲だけでも40を越えており、なおも紫色の魔力が地面を這っていた。


 綺麗に整えられた庭園の各所から、腐った兵士たちが芽吹くように生まれてくる。その光景は植物の発芽を悪趣味に模倣したものであり、生命を永久保存しようとしたような人工庭園が、実際には死者を育てるための苗床だったことを示していた。


 この芝生、景観のためだけに造られたんじゃない

 地下に溜めた霊魂と死霊魔力を均等に巡らせて、どこからでも兵を生やせるように整備されてる

 公園に見せかけたアンデッド生産農場じゃん

 設計したやつ、どこまで性格が悪いんだよ


 富士宮は内心で吐き捨てながら、再びグールクイーンへ視線を向けた。


 一度目の生成を終えたばかりであるにもかかわらず、女の喉元と胸部には新たな紫光が集まり始めている。魔力を使い果たした様子はなく、残された左手の爪も依然として長いままだった。地下施設に満ちる負の魔力を利用しているのなら、本人の魔力だけを削り切る方法も期待できない。


 長引けば間違いなくこちらが不利になる。


 雑兵の一体一体は、ヴィヴィアンやアントニオの敵ではない。しかし、状態異常を操るグールクイーンを背後に残したまま際限なく増える敵を処理し続ければ、いつかは攻撃を受ける。前衛のどちらかが毒や麻痺で動きを鈍らせれば、押し寄せるアンデッドに囲まれそこから戦線全体が崩壊する危険があった。


 雑魚を全部片づけてからボスを殴るなんて、律儀な攻略をしている場合じゃない

 生成役を残したまま取り巻きと遊ぶのは、負けるための選択肢だ


 富士宮は芝生へ広がる敵の配置を見渡した。ヴィヴィアンとアントニオはすでに前方へ重心を移し、ナビルは銃を抜きながら二人の進路となる線を探している。カイの周囲には収束光線の予備動作である光粒が浮かび、ラウルも腰の《インベントリ》へ手を添え、突破口を作るための道具を選び始めていた。


 全員の準備が整っていることを確認した富士宮は、一歩だけ前へ出た。


「この個体には、下位のアンデッドを生み出す能力があります。周囲の敵をすべて倒そうとすれば、こちらが先に消耗させられるでしょう」


 その声には恐怖も焦りもなく、神から知識を授かった聖女にふさわしい静かな確信だけが込められていた。しかしその内側では、増援を垂れ流す面倒なボスへ対する苛立ちが、冷たい闘志へ変わり始めている。


「雑兵の殲滅は不要です。進路を塞ぐ個体だけを排除し、最短距離でグールクイーンを討ちます」


 富士宮の宣言を聞いたヴィヴィアンは、ようやく歯応えのある敵が現れたとでも言いたげに聖剣を構え、アントニオもまた刀の柄を握り直した。


 白い人工光に照らされた静かな庭園では、生まれたばかりの死者たちが一斉に動き出していた。その奥で次の軍勢を作ろうと紫光を蓄える女王を見据えながら、富士宮は一点突破のための指示を組み立てていった。


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