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魔王の準備運動③

 ラウルが状況に応じた道具を次々と取り出し、前衛と後衛の間に生じる隙を埋め始めたことで、戦場の流れは完全に富士宮たちの側へ傾いていた。骸甲兵と屍狼獣はいまだ通路の奥から現れていたが、新たな個体が前線へ到達するより早く、ヴィヴィアンとアントニオが先行する敵を削り、カイとナビルが危険な個体を射抜き、ラウルが崩れかけた箇所を道具とトンファーの双方で補っている。100体近い物量を相手にしているはずなのに、いまや敵が押し寄せているというより、前へ出てきた順に処理されているようにさえ見えた。


 富士宮は自らも戦闘へ加われば、さらに殲滅速度を上げられると理解していたが、あえて一歩後方へ留まった。現在の敵は仲間だけで十分に対処できており、ここで自分まで加わる必要はない。それよりも未知の要素を観察し、今後の戦力としてどこまで頼れるのかを見極める方が重要だった。


 その視線の先では、ヴィヴィアンが聖剣を振り下ろし、盾を並べて前進してきた骸甲兵3体を床ごと抉るような白い光で消し飛ばしていた。横合いから屍狼獣が飛びかかっても、彼女はそちらを見ようともしない。足音と気配だけで位置を把握したらしく、剣を振り抜いた姿勢から身体を反転させ、背後へ向けて刃を払う。その一撃で屍狼獣の頭部が消滅し、余波を浴びた別の個体まで壁へ叩きつけられて動かなくなった。


 強いという評価だけでは、目の前の現象を説明しきれない。


 ヴィヴィアンが持つ《魔王》はURランクジョブであり、現在のジョブランクはDにすぎない。富士宮の知るURジョブとは、最終的な性能と引き換えに、成長途中の使い勝手を犠牲にしたものだった。完成すれば戦場の法則そのものを変えるほどの力を得る反面、低ランクの間は必要なスキルが揃わず、同じ成長度のSSRどころか、適性の高いSRにさえ劣ることが珍しくない。


 それがURの普通だったはずだ。


 少なくとも、ランクDの時点で中級アンデッドの集団を雑草みたいに刈り取るような設計ではない。そんなものが普通に許されるなら、前世でどれだけのプレーヤーが未完成URの育成に泣かされたと思ってるんだ。育てば最強ですという言葉を信じてコスト3を抱え、戦力にならない期間を必死に介護して、ようやく開花させるからURには価値があった。


 それをこいつ、育成途中のくせに平然と完成品みたいな顔で暴れてるじゃん

 運営が見たら即日修正を検討する性能だろ


 富士宮は表面上の静かな眼差しを崩さず、《鑑定眼・宵》を発動した。しかし、ヴィヴィアンの能力を示す表示板には濃い靄がまとわりつき、ジョブ名とランクより奥にある情報を覆い隠している。それは単純な秘匿スキルによる妨害というより、鑑定する側とされる側の位階差がそのまま霞となって現れているような感覚だった。


 細かなスキルが見えない以上、富士宮は戦闘の様子から仮説を組み立てるしかなかった。


 まず考えられるのは、《魔王》というジョブ自体が一般的なURとは異なる成長曲線を持っている可能性である。魔族の国家と軍勢を背負う象徴的なジョブである以上、完成するまで役に立たないという通常のUR設計では困る。低ランクから一定以上の統率力と戦闘力を保証され、成長後はそこからさらに理不尽な能力へ到達する、例外的な早熟性を持っているのかもしれない。


 しかし、それだけでは説明しきれない部分もあった。


 ヴィヴィアンの剣技は、ジョブスキルに任せて大火力を振り回しているだけのものではない。敵の密度が最も高い場所を瞬時に選び、味方の射線を塞がず、余計な動きを挟まずに次の標的へ移る。若い外見には似合わないほど戦場の流れを理解しており、初めて組むアントニオの動きにも自然に合わせていた。


 つまり《魔王》が強いだけではなく、ヴィヴィアンという個体そのものが異常に優れている可能性がある。魔王家に連なる血統や種族特性、頭部の角が示す格、あるいは富士宮の鑑定では捉えられない固有能力によって、素の身体能力が並の高位個体を大きく上回っているのかもしれない。


 あるいは、もっと単純に本人の戦闘才能が化け物じみているのか。


 未完成なジョブを、生まれ持った感覚と技量だけで強引に実戦投入しているタイプ。システム上は不足している部分を個体性能で踏み倒し、本来なら使えない段階から結果を出してしまう存在は、育成する側にとって頼もしい一方、将来の上限を予測しづらいという意味で非常に厄介だった。


 ジョブが壊れているのか、血統が壊れているのか、本人のセンスが壊れているのか、それとも全部盛りなのか

 どれにしたってランクDでこの有様なら、完成した時にどうなるんだよ


 富士宮の意識は、目の前のアンデッド軍団よりも、未知のURジョブとそれを操るヴィヴィアンという個体の分析へ深く沈み込んでいた。聖女らしい静謐な横顔の裏側で、未知の高レアユニットを初めて目にしたゲーム廃人の好奇心が抑えようもなく燃え上がっていた。


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