表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
121/122

魔王の準備運動②

 ヴィヴィアンとアントニオが前線で破壊を撒き散らし、カイとナビルがその死角を射撃によって塞いでいくなか、富士宮の目を最も強く引いたのは戦闘職ですらないはずのラウルだった。


 ラウルはいつの間にか両腕へトンファーを装着し、富士宮たちの右側面へ回り込もうとする骸甲兵の前へ立っていた。その構えには商人が不慣れな武器を持った時に生じる硬さがなく、肩や肘から余計な力が抜け、足の置き方にも迷いが見られない。骸甲兵が長槍を突き出すと、ラウルは大きく避けるのではなく半歩だけ斜めへ身体をずらし、トンファーの側面で穂先を外側へ流した。


 槍が脇を通り過ぎた瞬間には、もう次の動作へ入っている。手首を返して柄を上から押さえ込み、空いた左手のトンファーを骸甲兵の肘へ叩きつけると、錆びた鎧の内側で骨が砕ける鈍い音が響いた。武器を失った骸甲兵が体勢を崩したところへ、今度は胸甲の隙間を狙って短い打撃を打ち込み、内部の背骨を正確に折る。


 派手さはないものの、動作の一つ一つが異様に効率的だった。敵の攻撃を大きく弾けば別の個体へ隙を晒し、力任せに鎧を壊そうとすれば余計な時間を使う。ラウルはそうした無駄を徹底して避け、最小限の移動と力で、敵が動くために必要な部分だけを破壊している。


 あれ、本当に商人の動きか


 富士宮は聖女らしい冷静な表情を保ちながら、内心ではラウルの経歴を疑いたくなっていた。判断が速いだけではなく、判断した内容を即座に実行できるだけの身体能力と技術まで揃っている。武力に特化したアントニオほど鋭くはなく、ヴィヴィアンのような理不尽な出力もないが、求められた役割を水準以上でこなせるという意味では恐ろしく完成度の高い個体だった。


 さらに後列の骸甲兵が槍を揃え、アントニオの背後を狙って前進し始めると、ラウルは腰へ下げた小さな革袋へ片手を入れた。その袋は見た目だけなら旅商人が小銭や小物を収める程度の大きさしかなかったが、ラウルの腕は肘近くまで抵抗なく沈み込み、次の瞬間には拳ほどもある透明な結晶体を掴んで引き抜いている。


 商人系統スキル《インベントリ》によって、袋の内部には外見から想像できないほど広大な収納領域が形成されていた。重量と容積を大幅に圧縮して大量の物品を持ち運べるだけでなく、使用者が求めた品を瞬時に手元へ呼び出せるため、暗い袋の中を探り回る必要さえない。通常なら荷車や複数人の運搬役を必要とする量の道具を、ラウルは腰へ下げた袋一つに収めているのである。


 ラウルは取り出した結晶体を指先で確かめることもなく、身体を大きく捻って骸甲兵の密集地点へ投げ込んだ。結晶は前列の頭上を越えて後方の床へ正確に着弾し、砕けると同時に濃緑色の液体を周囲へ撒き散らす。封じ込められていたアシッド系統の魔力が解放され、骸甲兵の脚甲へ付着すると、金属と骨が一緒に激しい煙を上げ始めた。


 膝を失った骸甲兵たちが折り重なるように倒れ、その間へ入り込んでいた屍狼獣まで酸に巻き込まれる。牙も爪も腐食して崩れ、前線へ到達する前に数体がまとめて戦闘能力を失った。


 投擲の速度も精度も、便利な道具を持つ商人という範囲を完全に逸脱している。


 普通に強肩すぎるだろ

 下手な投擲職より速いし、着弾地点も完璧じゃん


 富士宮が内心で呆れている間にも、ラウルは次の手へ移っていた。酸によって進路が塞がれたことを察した屍狼獣の一団が左側へ回り込むと、彼は《インベントリ》から別の結晶を取り出し、今度は敵の少し手前へ向けて軽く放る。


 床へ落ちた結晶から炸裂したのは、攻撃魔法ではなく強烈な閃光だった。地下通路を染めていた赤い警報灯が一瞬だけ掻き消され、視覚と魔力感知の双方を乱された屍狼獣たちがその場で足を止める。そこへナビルの銃声が続き、動きを止めた個体の眼窩が次々と撃ち抜かれた。さらにヴィヴィアンが聖剣を横薙ぎに振るうと、残った群れは白い光に包まれ、まとめて通路から消滅する。


 ラウル自身が敵を倒すだけではなく、彼が選んだ道具によって仲間の攻撃まで通りやすくなっている。酸で隊列を崩し、閃光で敵の動きを止め、近づかれればトンファーで急所を破壊する。そのうえ、《インベントリ》の中には回復薬や解毒薬、魔導書、罠、予備の武器まで収められている可能性が高く、戦況が変化するたびに必要な回答を取り出せる。


 戦場へ持ち込める手札の数が、ほかの者とは根本的に違うのだ。


 普通の戦士は自分の武器と習得したスキルで戦い、魔術師は残された魔力と使用可能な術式の中から手段を選ぶ。しかしラウルは、《インベントリ》へ事前に収めた物資の数だけ、新たな選択肢を戦場へ追加できる。敵の属性や地形に応じた道具を用意しておけば、それらを準備動作なしで取り出し、即座に使用することが可能になる。


 便利すぎるだろ、このスキル

 荷物持ち性能だけでも壊れているのに、使う本人の判断力と身体能力まで高いせいで、完全に戦闘用倉庫になってるじゃん


 富士宮がそう評価している間にも、ラウルは前衛の背後に生じたわずかな隙間に入り、屍狼獣の爪をトンファーで受け止めると、その勢いを利用して敵を床へ投げ落とした。続けて《インベントリ》から小さな聖水瓶を取り出し、倒れた個体の頭部へ容赦なく叩きつける。砕けた瓶から聖水が広がり、屍狼獣が煙を上げて動かなくなる頃には、ラウルはすでに次に必要な品を袋の中から取り出していた。


 突出した一つの能力で前衛2人を上回るわけではない。それでも近接戦闘、投擲、道具の運用、状況判断、味方の補助をすべて高い水準でこなし、誰かの手が届かない場所へ先回りして穴を埋めていく。その万能性こそが、ラウルという人材の最も恐ろしい部分だった。


 彼が加わったことで、パーティの手数が増えたのではない。戦況に対して選べる答えそのものが、桁違いに増えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ