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魔王の準備運動①

「前へ出すぎないでください。まだ施設の全容はわかっておりません」


 富士宮が穏やかな声で注意を促したが、ヴィヴィアンは返事の代わりに地面を蹴った。


 石床が低く震え、次の瞬間には彼女の姿が先頭の骸甲兵の目前にまで迫っている。迎え撃とうと盾が持ち上げられたものの、ヴィヴィアンの聖剣はその防御を意に介さず、白い光をまといながら斜めに振り下ろされた。


 盾と鎧と、その内側にある骨格がまとめて一閃の下に断ち切られる。さらに剣から放たれた光の余波が背後の槍兵まで飲み込み、3体の骸甲兵が再生の黒煙を上げる間もなく白い粒子へ変わった。単に力が強いのではなく、アンデッドへ有効な浄化の属性が一撃ごとに乗っているため、彼女の攻撃を受けた個体には再生する余地さえ残されない。


 左右から屍狼獣が跳びかかると、ヴィヴィアンは前へ踏み込んだ勢いをまるで失わないまま、身体を半回転させて聖剣を横薙ぎに振るった。宙へ飛び出していた3体の胴が同時に裂け、その後方にいた2体まで光の円弧へ巻き込まれる。腐肉も骨も床へ落ちる前に焼き尽くされ、通路の中央には一瞬にして広い空間が生まれた。


 豪快でありながら決して雑ではない。敵が最も密集している地点へ最短の踏み込みで入り、広い剣筋によって群れそのものを削り取っている。力と速度と判断が高い水準でまとまっているからこそ可能な、広範囲を制圧する戦い方だった。


 いや、強すぎるでしょ


 富士宮は聖女らしい静かな表情を保ちながら、内心では呆れに近い感想を抱いていた。100体近い敵を前にしているはずなのに、ヴィヴィアンが一度剣を振るうたび戦場から数体単位で敵が消えていく。雑魚処理性能が高いという言葉では足りず、本人の周囲だけ敵の数という概念が機能していないようにすら見えた。


「余ばかりに任せるつもりか?」


 ヴィヴィアンが振り返らずに声を投げると、アントニオは鼻で笑い、刀を低く構えたまま彼女の作った空間へ駆け込んだ。


「誰が任せるかよ。少しくらい残しておけ」


 アントニオの戦い方は、ヴィヴィアンとは明確に異なっていた。正面から敵陣を消し飛ばすのではなく、骸甲兵たちの間へ細い糸を通すように身体を滑り込ませ、最初の一体の膝関節を刀で払う。鎧が傾いた瞬間には、すでに次の斬撃が首の骨へ届いており、頭部が落ちるより早く背後から迫った屍狼獣へ鞘尻を叩き込んでいた。


 鈍い破砕音とともに屍狼獣の顎が砕ける。アントニオは噛みつきを封じた個体の首を返す刀で断ち、そのまま半歩踏み込んで、槍を突き出してきた骸甲兵の懐へ入った。刀の峰で槍の柄を押し上げ、空いた脇の隙間へ刃を差し込み、鎧の内部にある背骨だけを正確に断つ。


 荒々しい態度に似合わず、その剣技には無駄がなかった。敵を完全に粉砕するのではなく、動きを支えている関節や骨を最小限の斬撃で断ち、次の相手へ移っていく。一体を倒すまでの動作が短いため、ヴィヴィアンほど広範囲を巻き込まなくとも、進むたびに確実な死体の列を残していた。


 近接能力だけを見れば、アントニオも間違いなく一流だった。敵の武器と構えを瞬時に読み、懐へ潜り込んで急所だけを正確に破壊する技術は、単純な身体能力だけでは身につかない。しかも薬師へ転職した現在も、かつて磨いた剣技と戦闘感覚は失われておらず、むしろ自己回復という新たな手札を得たことで多少の傷を恐れず前へ出られるようになっている。


 しかしそのアントニオが敵を3体斬り伏せる間に、ヴィヴィアンは正面にいた骸甲兵の一団をまとめて消し飛ばしていた。


 盾兵が横一列に並び、その後ろから槍兵が穂先を揃えて突進する。部隊として見れば完成度の高い前進だったが、ヴィヴィアンは足を止めず、聖剣を下段に構えたまま真正面から踏み込んだ。


 複数の槍が同時に伸びるより早く、白い剣光が下から上へ跳ね上がる。先頭の盾が真っ二つに割れ、持ち主の骸骨が宙へ舞い、その背後の槍兵たちまで光の奔流に呑み込まれた。一撃の直後にはすでに次の踏み込みへ移っており、側面から迫った屍狼獣を蹴り飛ばすと、その個体が別の骸甲兵へ衝突したところへ聖剣を叩き込む。敵2体がまとめて床ごと白光に焼かれ、周囲へ散っていた骨片まで跡形もなく消滅した。


 アントニオが技術によって敵の線を一本ずつ断つ剣士なら、ヴィヴィアンは戦場そのものを力ずくで塗り替える存在だった。アントニオの動きには積み重ねてきた鍛錬の厚みと、敵の構造を読み切る巧さがある。その高度な技術さえヴィヴィアンが持つ圧倒的な出力の前では霞んで見えてしまう。


 アントニオ自身もその差を感じていたらしい。新たな敵へ刀を振るいながら、一瞬だけヴィヴィアンの背中を見て楽しげに口元を歪めた。格上を前に萎縮するのではなく、追いつくべき目標を見つけたような表情だった。


 前衛としてはどちらも十分に化け物だ。ただし片方は鍛え抜いた化け物で、もう片方は存在そのものが理不尽なタイプらしい。


 富士宮が内心でそう評価した直後、ヴィヴィアンの肩口すれすれを細い光線が抜けていった。カイの放った収束光が後列の槍兵を貫き、さらに奥の骸甲兵の頭蓋まで焼き抜く。それとほぼ同時にナビルの銃声が響き、アントニオの死角から跳びかかろうとしていた屍狼獣の眼窩を正確に撃ち抜いた。


 アントニオとヴィヴィアンが生み出した一瞬の隙間へカイとナビルが狙い澄ました攻撃を通すことで、100体近いアンデッドの軍勢は数の優位を活かす暇すら与えられず、入口から順番に削り取られていった。


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