廃城地下②
階段を下りきった先に広がっていたのは、城に付属する地下室などという規模ではなかった。通路は緩やかな傾斜を描きながら、さらに地中深くへ向かって続いている。幅は大型の荷車が2台並んですれ違えるほどあり、天井も高い。軍勢や大量の物資を継続的に運び込むことを前提として造られた構造だった。
壁や床には長い年月による損傷が見られたものの、廃墟というよりは放棄された人工施設という印象の方が強い。床石は均等な大きさに切り揃えられ、壁の接合部分にも無駄がなく、天井には照明用の魔道具を埋め込んでいたらしい溝が一定間隔で走っている。
富士宮は歩みを止めず、鑑定眼を使って壁や床の構造を調べた。
壁材には通常の石だけではなく、鉛や黒石に似た魔力遮断性の高い素材が混ぜられている。外部からの光属性や聖属性の魔力を遮るためのものらしく、地下空間全体が浄化作用から隔絶されるよう設計されていた。さらに地中の奥からは、濁った負の魔力がゆっくりと立ち上っている。偶然その場所に陰脈が通っていたのではなく、施設全体へ魔力が行き渡るよう、人為的に流れを調整した痕跡もあった。
低温で湿度が高く、日光も聖属性も届かない。そのうえアンデッドにとって栄養源となる負の魔力が常時供給されている。
アンデッド工房としては満点じゃん
死体は乾燥しないし、霊的残滓は逃げないし、聖職者が外から浄化を撃ち込んでも壁で減衰する
ここを設計したやつ、死霊術への理解が深いというより、もはや死体の住環境を真面目に考えすぎだろ
さらに細かく確認すると、壁や床には肉眼では傷にしか見えない線が刻まれていた。鑑定眼で見ることで、それが霊魂の移動を妨げ、思念や残留魔力を一定の空間へ固定する術式だとわかる。死体だけでなく魂まで研究材料として保存するための仕組みなのだろう。
富士宮は表面上こそ深刻そうに目を細めたが、内心では施設の完成度に呆れ果てていた。
地方領主が趣味で掘った地下室じゃない
国家予算と天才と狂人を一つの鍋にぶち込んで、数十年煮詰めないと作れない規模だ
ここまで用意して何を完成させるつもりだったのか、想像したくないけど攻略対象としてはかなり当たりだな
通路の両側には一定間隔で部屋が並び、扉が外れた研究室の中には砕けたガラス槽や錆びた金属机、解剖台としか思えない石の寝台が残されていた。別の部屋には大小さまざまな骨や牙を保管していた棚があり、さらに奥の区画には大型の生物を収めることを想定した培養槽の残骸まで存在している。
ここは墓所ではない。死者を安らかに眠らせる場所とは正反対の、死体を分解して組み替え、より優れたアンデッドへ作り直すための研究施設だった。
一行が慎重に進み続けても、通路は終わらなかった。一時間近く歩いても、現れるのは研究室と格納庫、培養区画と緩やかな下り坂ばかりである。カイは史料で想定していた規模を明らかに超えていると眉をひそめ、ラウルも途中で何度か足を止め、帰路を見失わないよう目印を残していた。
しかし、ヴィヴィアンだけは時間が経つにつれて目に見えて退屈そうになっていった。
「何も出てこぬではないか」
「何も出てこない方が調査としては順調です」
カイが答えてもヴィヴィアンは納得していないらしく、鞘から抜いた聖剣を気晴らしのように左右へ振り始めた。狭い通路ではないとはいえ、魔王の膂力で振るわれる聖剣の剣圧は、周囲の空気を鋭く震わせる。
「ヴィヴィアン様、危険ですのでおやめください」
「心配するな。この程度で何かを壊すほど、余は不器用では――」
言い終えるより先に、聖剣の先端が壁へ触れた。
正確には壁の一部に埋め込まれていた赤い石板のような装置へ命中し、それを音もなく粉砕した。
通路にいた全員の動きが止まった。
富士宮は床へ散った赤い破片を見下ろしながら、嫌な予感が背中を駆け上がるのを感じていた。
こういう色のついた装置を、意味もなく壁へ埋め込む設計者はいない
しかも赤だ
どう考えても警報か封鎖のどっちかだろ
頼むからただの照明スイッチであってくれ
いや、この場所で照明スイッチを壊した時点で十分迷惑だけど
直後、天井付近に並んでいた小さな灯りが、一つずつ赤く点灯し始めた。暗い通路の奥へ向かって赤い光が連鎖し、不規則な明滅を繰り返す。続いて左右の研究室や格納区画の奥から、金属同士が擦れ合う重い音が連続して響いた。
「ヴィヴィアン様」
「わざとではないぞ」
「わざとかどうかを問題にしているのではありません」
カイの声は静かだったが、明らかに怒っていた。ヴィヴィアンはわずかに視線を逸らしたものの、反省よりも何が出てくるのかという期待の方が勝っているらしい。
脳筋魔王、やっぱり余計なことしやがった
富士宮が内心で毒づいた時、左右の扉が一斉に開いた。
腐敗した冷気が通路へ吹き出し、その奥から朽ちた鎧と骸骨が癒着した騎士型アンデッドが姿を現した。赤黒く錆びた鎧の隙間から骨が覗き、長剣や片手斧、槍や盾を手にしている。動きは鈍重に見えるが、前へ盾持ちが並び、その間から槍の穂先が突き出される様子には、明確な隊列意識が残されていた。
富士宮が鑑定眼を向けると、《骸甲兵》という名称が浮かび上がる。骸骨と鎧を融合させた中級アンデッドであり、単体よりも集団での防御戦を得意とする兵士型だった。
さらに骸甲兵の足元を縫うように、四足の影が次々と飛び出してくる。毛皮はほとんど失われ、露出した筋肉と骨の間から黒い体液を滴らせ、眼窩には赤い残光を宿している。大型犬ほどの体躯を持つ狼型アンデッド、《屍狼獣》だった。
骸甲兵が正面から進路を塞ぎ、屍狼獣が低い位置から回り込み後衛の脚を狙う。知性の低いアンデッドの寄せ集めではなく、施設の防衛を目的として組み合わせられた部隊であることは明らかだった。
しかも、数が多い。
研究室の奥から、培養槽の陰から、格納区画の闇から、骸甲兵と屍狼獣が途切れることなく現れる。50を越え、70を越え、それでもまだ奥で骨と鎧の擦れる音が続いている。最終的には100体へ届いても不思議ではない勢いだった。
ナビルはすでに銃を抜き、富士宮と敵軍の間へ立っていた。ラウルは腰の袋へ片手を伸ばしながら、通路の幅と敵の配置を測っている。カイの周囲には淡い光の粒が生まれ、指先へ向けて静かに収束し始めていた。
その隣で、騒動の原因を作ったヴィヴィアンだけが嬉しそうに口元を吊り上げていた。
「ようやく出てきたか。これならば、少しは退屈せずに済みそうだな」
彼女が聖剣を構えると、アントニオも前へ進み、刀の柄へ手をかけた。その顔には、ヴィヴィアンとよく似た獰猛な笑みが浮かんでいる。
「100体程度なら、朝の準備運動にはちょうどいい」
迫り来るアンデッドの軍勢を前にして、2人の戦闘狂は怯えるどころか、待ち望んだ獲物を見つけたように笑っていた。
富士宮はその背中を見つめ、呆れと同時にわずかな頼もしさを覚える。
まあ敵を起こした本人が一番やる気なら、責任を取らせればいいか
聖女らしい静かな表情のまま、富士宮は鑑定眼をさらに深く働かせ、100体近いアンデッド軍団を効率よく処理するための戦術を組み立て始めた。




