冥羽王への道②
「飛翔や回避を重視するあなたに対し、あの流派で求められるのは地面に足をつけ、相手の攻撃を受け止め、正面から殴り返すための筋力と耐久力です。おそらく修行中は、なぜ自分がこのようなことをしているのかと何度も後悔されると思います」
「ふざけてんのか」
「いいえ。極めて真剣に申し上げています」
富士宮が澄ました顔で答えると、ヴァルターの頬がわずかに引きつった。黒羽を鋼の刃へ変える華麗な完成形を想像した直後に、地上で屈強なモンクたちから殴られ続ける修行を告げられたのだから無理もない反応だった。
いい顔するなあ
最強ルートの入口が種族相性最悪の脳筋修行だと知った時の顔、本当に味がある
申し訳ないけど、こういう遠回り育成の理不尽さを説明する瞬間、ちょっと楽しいんだよね
「しかし、《鉄身化》を習得できたとしても、それだけでは《黒羽刃》は完成しません」
「……まだあるのかよ」
「むしろ、そこからが本格的な始まりです」
富士宮の返答を聞き、ヴァルターの顔から先ほどの期待が少しずつ消えていった。それでも話を遮らないのは、すでに《黒羽刃》という完成形が頭から離れなくなっているからだろう。
「次に必要となるのは、鋼へ変質させた羽根を精密に操る技術です。今のあなたは、黒羽を広げる範囲や密度については調整できても、一枚ずつの動きを完全に制御することはできませんね」
「そんなことをする必要がなかったからな」
「ええ。しかし《黒羽刃》では、一枚単位で敵の急所を狙う操作、複数の羽根を束ねて厚い装甲を貫く操作、無数の羽根を面として展開して攻撃を防ぐ操作を、瞬時に切り替えなければなりません。そのためには、金属操作を極めた錬金術師系統の力が必要です」
富士宮はそこで言葉を区切り、ヴァルターが最も嫌がりそうな部分を、あえて穏やかに告げた。
「具体的には、SSRジョブ《メタルロード・アルケミスト》を取得し、その力を極限まで修めていただきます」
「……SSRジョブを、極限まで?」
「はい」
「それだけで普通は、一生を懸けるような話じゃねえのか」
「その認識で間違いありません。《メタルロード・アルケミスト》へ到達できれば、それだけで金属操作の世界最高峰に立てるでしょう」
「だったら、それが終点だろ」
「一般的にはそうです。しかし、あなたが目指す道においては通過点になります」
ヴァルターの顔から血の気が引いていく。富士宮の言葉が冗談でないことは、聖女としての佇まいと一切揺らがない声音がかえって強く証明していた。
そうなんだよな
普通ならSSRジョブをカンストした時点で、育成完了おめでとうございますって拍手して終わる
それを素材扱いして次へ行かせるのが、このルートの狂ってるところなんだよ
「《鉄身化》によって鋼へ変質する基礎を得て、《メタルロード・アルケミスト》によって金属を自在に操る力を得ることで、初めてあなたはレイブンフォーク固有の上位ジョブへ至る資格を得ます」
「上位ジョブ……?」
「《冥羽王》です」
その名が夜の森へ落ちた瞬間、ヴァルターの表情から苛立ちが消えた。初めて聞いたはずの言葉でありながら、それが自らの種族の頂点に連なるものだと、本能的に理解したのかもしれない。
「冥羽王……」
「闇に羽ばたく者たちを統べ、黒羽を己の手足と同じように操る、レイブンフォークの王たる存在です。《冥羽王》へ至り、その力を極めたうえで、さらに特殊な条件を満たすことができれば、《黒羽刃》は完成します」
「その特殊な条件ってのは何だ」
ヴァルターはすぐに尋ねたが、富士宮は静かに首を横へ振った。実際には条件を知らないわけではない。しかし、ただでさえモンク流派の修行とSSR錬金術師のカンストを要求された直後に最後の面倒な条件まで伝えれば、さすがに情報量が多すぎる。勧誘とは相手が耐えられる量ずつ餌と試練を見せるものだ。
「それを知るのは、あなたが《冥羽王》へ至ってからでも遅くありません。今の段階で必要なのは、その道がどれほど遠くとも、ご自身の可能性を諦めずに進めるかどうかです」
ヴァルターは何も答えなかった。自分とは正反対の武術を修め、本来なら生涯の到達点となる高位錬金術師の力を極め、さらに種族固有の王へ至らなければならない。その道のりを想像すれば顔色を失うのも当然だった。
しかし、その目から光は消えていない。
故郷に残っていれば、誰からも教えられなかった道だった。レイブンフォークらしく生きるための道ではなく、レイブンフォークという種族の限界を越えるための道。彼が閉鎖的な部族を飛び出し、外の世界まで求めに来たものが、今まさに目の前へ差し出されている。
「あなたが望まれるのであれば、私はその道を示すことができます」
富士宮は焚き火を背に、傷ついたヴァルターへ手を差し伸べるように、静かな声で語りかけた。
「決して楽ではありません。むしろ、途中で何度も選択を後悔するほど、遠く険しい道になるでしょう。それでも最後まで歩き続けることができたなら、故郷に留まっていては決して見ることのできなかった景色を、あなたにお見せできます」
ヴァルターは返事をしなかったが、それは拒絶の沈黙ではなかった。傷の痛みも忘れたように富士宮を見上げ、恐怖と期待の間で答えを探している。
その目を見た富士宮は、聖女らしい穏やかな微笑を崩すことなく、内心で勧誘の手応えを確かめた。
よし、もう半分は落ちたな




