冥羽王への道①
富士宮が穏やかな微笑を向けたまま黙っていると、ヴァルターは何か居心地の悪いものを感じたらしく、土を掴んでいた手を緩めながら訝しげに眉を寄せた。
「何だよ、その顔は」
「失礼しました。あなたがご自身の可能性を確かめたいと考えているのであれば、私からお伝えできることがあると思いまして」
富士宮の声音は、傷ついた者を安心させる聖女のものとしてどこまでも柔らかく整えられていた。その言葉だけを聞けば迷える若者に神の導きを与えようとしているようにしか思えないだろうが、実際のところ彼女の頭の中ではヴァルターをどの順番で育て、どの地点まで引っ張り上げるかという計画が、すでに具体的な形を取り始めていた。
素材は文句なしだ。《モリオンフェザー》持ちのレイブンフォークなど、探して見つかるものではない。しかも本人は閉鎖的な故郷の育成方針に不満を持ち、自分だけの可能性を求めて外へ出ている。ここで最終形を見せてやれば、少なくとも話を聞かずに逃げることはない。
まあ、育成経路を最後まで聞いた後でも同じ顔をしていられるかは知らないけど。
「あなたの《モリオンフェザー》についてです」
富士宮がユニークスキルの名を口にした瞬間、ヴァルターの眼差しに再び警戒が宿った。自分の能力を知られていること自体が気に入らないらしく、折れた黒羽をわずかに震わせながら何も答えずに富士宮を睨み返してくる。
「現在のあなたは、黒羽を広範囲へ散らすことで相手の視界を塞ぎ、気配や位置を誤認させるために使っていますね。撹乱能力として見ればすでに十分な水準へ達していると思います」
「だったら何だ。使い方が間違ってるとでも言いてえのか」
「いいえ。間違っているわけではありません。ただそれは《モリオンフェザー》が持つ可能性の、ごく一部にすぎないということです」
ヴァルターの目つきが変わった。先ほどまで浮かんでいた反発の色がわずかに薄れ、その代わりに、聞き逃すまいとする意識が表へ出てくる。やはり自分の限界を越えたいと願う者は、未知の完成形を示唆されれば無関心ではいられない。
富士宮はその反応に内心で満足しながらも、表面上は神託を語る聖女らしい静けさを保ち、焚き火の向こうに広がる夜の森へ視線を向けた。
「私が神より授かった知識の中には、レイブンフォークが到達し得る、いくつかの成長の形も含まれています。その一つが、《モリオンフェザー》を鋼へ変質させる道です」
「鋼だと?」
「はい。今の黒羽は数と広がりによって相手を惑わせることを主な役割としています。しかしその羽根一枚一枚が鋼の硬度を持ち、さらに刃のような鋭さを備えたなら、同じ能力はまったく別のものになります」
富士宮は片手を上げ、夜空に広がる見えない羽の群れを描くようにゆっくりと指を動かした。
「無数の鋼羽を敵へ向ければ広範囲を切り刻む刃の奔流となり、反対に自らの周囲へ巡らせれば矢や剣を防ぐ防壁となります。あなた方レイブンフォークはもともと高い敏捷性と隠密性を備えていますから、夜の闇へ紛れて、敵があなたの姿を捉えるより先に知覚の外から鋼の羽根を撃ち込むこともできるでしょう」
ヴァルターは返事をしなかったが、その瞳は富士宮ではなく彼女が指先で示した闇の一点へ向けられていた。夜空を埋める黒い羽が、ただ視界を奪うだけではなく、無数の刃となって敵陣へ降り注ぐ光景を想像しているのだろう。わずかに開いた唇と知らず知らずのうちに強くなる呼吸が、彼の内側に生まれた興奮を隠しきれずにいた。
そう、それだよ
黒羽のカーテンで視界を潰して、鋼の刃を浴びせる陰湿極まりない戦法
正面から戦う気なんか欠片もないのに攻撃力も防御力も一級品という、相手にしたらクソほど腹が立つ完成形だ
富士宮はその光景を思い浮かべ、危うく本心から笑みを深くしそうになったが、すぐに慈愛を含んだ表情へ戻した。
「その完成形は、《黒羽刃》と呼ばれています。《モリオンフェザー》が持つ撹乱の性質を捨てるのではなく、そこへ殺傷力と防御力を重ねた攻防一体の能力です」
「本当に、そんなことができるのか」
ヴァルターの問いには、疑いだけでなく期待が混じっていた。富士宮はすぐには答えずあえて一拍置いてから、確信を込めて頷いた。
「可能です。ただし容易ではありません。《黒羽刃》へ至るためには、あなたがこれまで培ってきた戦い方とはまったく異なる道を通る必要があります」
「どんな道だ」
食いついたことを確信した富士宮は、内心で小さく笑う。最強になれるかもしれないと聞いた直後の者は、たいていの場合その代償を軽く考える。ヴァルターも今は、多少厳しい訓練を積めば届くものだと思っているのだろう。
残念ながら、そんなに親切な育成ルートではない。
「まず、肉体の一部を鉄へ変質させる感覚を身につけなければなりません。そのためには、モンク系統に属する《鉄身武術剛鎧派》で修行を積み、奥義である《鉄身化》を習得する必要があります」
ヴァルターはしばらく黙った後、聞き間違いを疑うような顔で富士宮を見上げた。
「待て。モンクだと?」
「はい」
「俺はレイブンフォークだぞ。空から仕掛けて、相手が気づいた時には退くのが俺たちの戦い方だ。何で地上で拳を振り回す連中のところへ行かなきゃならねえ」
「鋼の羽を生み出すためには、まずご自身の肉体を金属へ近づける感覚を理解する必要があるからです。《鉄身武術剛鎧派》は肉体の一部を鉄へ変えることに特化した流派ですので、あなたがその感覚を得るには最も適しています」
「適してねえだろ。どう考えても正反対じゃねえか」
「種族的な相性は、率直に申し上げれば最悪でしょう」
富士宮があまりにも素直に認めたため、ヴァルターは一瞬言葉を失った。




