レイブンフォークの矜持②
「多いってわけじゃねえ。むしろ逆だ」
ヴァルターは低く答え、夜空を覆う枝葉の向こうを見上げた。
「レイブンフォークは忠誠を重んじる。同族か、同じ鳥人系統の中でも自分たちが上だと認めた相手に仕える。獣人領の正規軍に入る連中も多いし、強い族長や将軍の下につけば死ぬまでそいつに従う奴もいる」
「それはとても結束の強い種族なのですね」
「外から見りゃそうだろうな」
ヴァルターの声には、誇りよりも苦々しさが混じっていた。
「だが忠誠を向ける相手を間違えなければ、という条件つきだ。あいつらは一度決めた形を変えたがらねえ。誰に従うか、どんな戦い方をするか、何を誇りにして生きるかまで、昔からのやり方を繰り返してやがる」
部族の伝統を語っているはずなのに、その口調には明らかな反発がある。富士宮は表情を変えずに話を聞きながら、ヴァルターが故郷を離れた理由が、単なる武者修行や金銭目的ではない可能性を考え始めていた。
レイブンフォークには、忠誠を捧げる者と誰にも従わず生きる者がいる。目の前の青年が後者であることは、これまでの言動からも明らかだった。しかし誰にも従わないという選択が、生来の気質だけで決まったものとは限らない。むしろ忠誠を強く求める共同体に馴染めなかった者ほど、反動として孤独を選ぶこともある。
「あなたは正規軍へ入ろうとは思わなかったのですか」
「思わねえ」
ヴァルターは間を置かずに否定した。
「誰かの旗の下に並んで、上から言われた通りに飛んで、命令された相手を殺すなんざ御免だ。俺は誰にも従わねえし、誰かのために羽を使うつもりもねえ」
断言する声は強かったが、その強さは富士宮には少しだけ不自然に聞こえた。自分自身へ言い聞かせるように同じ言葉を繰り返し、迷いを押し潰しているようにも感じられる。
ただの反抗的な野良鳥なら、わざわざ獣人領を離れて人族や魔族が入り混じる土地まで来る必要はない。故郷の外へ出たこと自体に、彼が口にしていない目的があるはずだった。
「それでは、なぜここまで来られたのですか」
富士宮はあえて正面から尋ねた。
「獣人領で単独の仕事を続けることもできたでしょう。それにもかかわらず、人族の領域に近い場所まで移動されたのには何か理由があるのではありませんか」
ヴァルターはすぐには答えなかった。視線だけを富士宮から逸らし、焚き火の方へ向ける。赤い火の粉が風に巻かれ、闇の中へ消えていく。その光を追う横顔からは、先ほどまでの露骨な敵意が少し薄れていた。
「……閉鎖的なんだよ」
やがて彼は、押し殺すような声で呟いた。
「レイブンフォークという種族が、ですか」
「ああ。生まれた時から役割を決められて、羽の使い方まで昔の連中に口を出される。俺が別のやり方を試そうとすりゃ、そんなものはレイブンフォークの戦い方じゃねえと言われる。外の技術を学ぼうとすれば、誇りを捨てる気かと騒がれる。どいつもこいつも昔から同じことばかりだ」
ヴァルターの指が芝と土を強く掴んだ。負傷した身体へ力が入ったせいで痛みが走ったのか、彼は一度言葉を止めたが、それでも今度は話を打ち切ろうとはしなかった。
「俺はあいつらが嫌いなわけじゃねえ。故郷を捨てたつもりもない。だがずっと同じ場所で、同じ奴らに囲まれて、同じ戦い方だけを続けて、それで自分の限界を決められるのが我慢ならなかった」
その言葉を聞いた瞬間、富士宮の中で散らばっていた情報が一つの形にまとまった。
誰にも従わないという強情さを持ちながら、未知の土地まで足を運ぶ行動力がある。伝統を嫌悪しているのではなく、伝統だけを唯一の正解として押しつけられることに反発している。そして何より自分の力がどこまで伸びるのかを確かめたいという欲求がある。
はい、確保
富士宮は、聖女らしい静かな眼差しを保ったまま、内心で即座に結論を出していた。
頑固で口が悪く協調性にも難があるが、成長意欲は高く既存の環境には不満を持っている。しかも《モリオンフェザー》という希少なユニークスキル持ちであり、前世の知識を使えば最終盤まで通用する育成経路にも心当たりがある。ここまで条件が揃っている人材を目の前にして、見逃すという選択肢は存在しなかった。
というか、こんな当たり個体を拾っておいて故郷へ帰してどうする
二度と会えなかったら普通に後悔する
性格に難があるくらい、育成ゲームなら誤差の範囲だ
従わないなら従いたくなるだけの未来を見せればいい
富士宮は逸る内心を悟られないよう、わずかに目を伏せた。
「ご自分の可能性を確かめるために、故郷を離れたのですね」
ヴァルターは、その言葉を否定しなかった。しばらく黙った後、悔しそうに唇を歪めながらようやく小さく答えた。
「……悪いかよ」
「いいえ。少しも悪いとは思いません」
富士宮は穏やかに微笑んだ。その表情だけを見れば、傷ついた青年の夢を肯定する慈悲深い聖女そのものだったが、その頭の中ではすでにヴァルターへどの職業を経験させ、どの能力を伸ばし、最終的にどの戦闘体系へ到達させるかという育成計画が、猛烈な速度で組み上がり始めていた。




