レイブンフォークの矜持①
森の夜は深く、焚き火から少し離れただけで人の姿さえ闇の中へ溶け込んでしまいそうだった。火の周囲ではナビルが鍋の中身を確かめ、ラウルが明日以降に使う物資を整理し、アントニオが不機嫌そうな顔で自分の傷へ薬を塗っている。彼らの声は時折こちらまで届いてきたが、富士宮ひとみが向かっている場所には、穏やかな団欒とは異なる張り詰めた空気が漂っていた。
焚き火の光がぎりぎり届く位置に、一人のレイブンフォークが寝かされている。
ヴァルター・クロウは胸から腹部にかけて包帯を幾重にも巻かれ、背中を丸めるようにして横たわっていた。艶のある黒羽は土と血で汚れ、ところどころが無残に折れている。アントニオとの戦いで受けた傷は決して浅くなく、最低限の止血と傷口の洗浄を済ませてはいるものの、満足に身体を起こせる状態ではなかった。
本来なら、アントニオの薬師系統のスキルを使わせれば、もう少し早く動けるところまで回復させることはできる。しかしヴァルターは現時点で仲間ではなく、ほんの少し前まで刃を向け合っていた相手である。完全に治療した直後、礼も言わずに飛び去られれば、こちらが回復薬と労力を無料配布しただけで終わってしまう。
富士宮は慈愛に満ちた聖女らしい表情を崩さず、負傷した青年の傍らへ歩み寄った。
もっとも、その頭の中で考えていることは慈愛や献身とはかなり遠い。
瀕死のレア個体を拾った直後に全回復させて、イベント条件を確認しないまま逃亡されるとか、そんな間抜けなことをするわけがない。まずは性格と成長意欲を確認する。回復はその後だ。保護した相手を打算で値踏みしているように見えるかもしれないが、ゲームでも人材育成でも順番を間違えたやつから損をするのである。
「お加減はいかがですか」
富士宮が穏やかに尋ねると、ヴァルターは閉じていた目を開きわずかに首だけを動かした。瞳に浮かんでいるのは感謝ではなく苛立ちと警戒だったが、それでも無視をしなかっただけ話を聞く意思はあるらしい。
「最悪だ」
掠れた声で即答したあと、ヴァルターは包帯の下の傷が痛んだのか眉間に深い皺を寄せた。
「そうですか。傷が深かったものですから、無理に身体を動かさない方がよろしいでしょう」
「誰の仲間にやられたと思ってんだ」
ヴァルターは吐き捨てるように言ったが怒鳴るだけの力は残っていないらしく、言葉の最後には小さな息が混じった。富士宮はその様子を見下ろしながら、少なくとも今すぐ飛びかかってくる心配はないと判断する。もっとも元気になった後まで同じとは限らない。だからこそ身体が動かない今のうちに、彼が何を考え、何を望んでいるのかを確認しておく必要があった。
「あなたと行動していた方々について、少し伺ってもよろしいですか」
「何を聞きてえんだ」
「あなたとは、以前から同じ冒険者パーティに所属していたのでしょうか」
ヴァルターはしばらく富士宮の顔を睨んでいたが、質問に罠がないと判断したのか諦めたように視線を逸らした。
「違う。デミトリスで一時的に組んだだけだ。仕事の都合が合ったから同行した。それ以上でもそれ以下でもねえ」
「では、長い付き合いがあったわけではないのですね」
「ああ。元々、俺は一人でやってた」
声には仲間を失った悲しみも、見捨てたことへの罪悪感もほとんど感じられなかった。薄情というより、初めから互いに信頼を預けていなかったのだろう。必要な時だけ利害を共有し、仕事が終われば別れる。その程度の関係なら、彼が敗北した者たちのために命を投げ出さなかったとしても不自然ではない。
富士宮はヴァルターの警戒を刺激しないよう、少し間を置いてから問いを重ねた。
「レイブンフォークは、単独で行動される方が多いのでしょうか」
その質問に対して、ヴァルターの表情がわずかに変わった。負傷や敗北への苛立ちとは異なる、もっと根深い感情が目の奥へ浮かんだように見えた。




