語られざる古戦①
焚き火の火が、夜気を押し返すように小さく弾けた。
富士宮ひとみは、そんな光景を視界の端に入れながら向かいに座るカイへ目を向けた。
「先ほどのお話ですが」
富士宮は焚き火の明かり越しに静かに切り出した。
「不死者の王について、もう少し詳しく伺えますか」
カイは意味ありげに小さく瞬きをした。
「ええ、構いません」
そう言ってから、彼は一度だけ焚き火の向こうを見た。ヴィヴィアンはまだアントニオへ「その脇差の拵えも素晴らしいな!」などと言っている。しばらくこちらへ意識は向きそうにない。
カイは息を整えた。
「ただ、これはすでに魔王領でも昔話として語られている程度の話です。史書もかなり散逸してしまっていて、どこまで正確かは断言できません」
「相当前の出来事であることは承知しております」
富士宮は頷く。
「それでも構いません。今の私には、その断片だけでも大変重要です」
カイはその言葉に少しだけ真面目な顔になった。
「……そうですね。あなたにとっては、そうなのでしょうね」
焚き火の火がまた一つ弾ける。
そしてカイは、静かな声で語り始めた。
◇
富士宮がネクロスと交戦したあの廃城は、約500年前、この周辺一帯を治めていた魔族の城だったらしい。
当時の城主は魔王の系譜に連なる一族の一人であり、古くから魔王領へ忠誠を誓っていた。辺境伯に近い立場だったのだろう。人族との境に近い危険な土地を任されるだけの力と格式を持ち、それなりに強い軍も抱えていた。
ここまではよくある地方有力者の話だ。問題はその後だった。
「約450年前、突如としてその城主は【不死者の王】を名乗りました」
カイはそう言った。
「そして一方的に、魔王領からの独立を宣言したのです」
富士宮はそこで微かに眉を寄せる。
独立宣言だけならまだ理解できる。地方有力者が増長した、あるいは何らかの思想に走った、と考えれば珍しくはない。だが【不死者の王】という名乗りは違う。それはSSRランクの強力なジョブにして、この世界の頂点の一つを指す存在だ。
不死者の王は、独立を宣言しただけでは終わらなかった。宣言直後に膨大な数の不死者の軍勢をどこからか召喚し、領土を接していた王国・共和国・魔王領の三国へ、それぞれ数万体規模の軍を送り込んだのだという。
その規模のあまりの大きさにに、富士宮はわずかに目を細めた。
ルナアリスで言うなら、1年に1回開催される所属国対抗のイベント戦争でしか聞かない規模だ。通常の国家間の小競り合いではない。しかもそれがアンデッド主体となると、相手をする鬱陶しさが桁違いであることは容易に想像できる。
「各軍勢には【ネクロス】と呼ばれる高位魔人種が何体も配置されていたと伝わっています」
この世界では【ネクロス】の正体が枯れ木の姿をしたアンデッドとの認識がないのだろう。カイは【ネクロス】を魔人と表現し、話を続けた。
「その【ネクロス】たちは、個々が強力な存在であるにも関わらず、互いに反目することもなく極めて高度な組織戦術を用いて侵攻を続けたとされています」
富士宮は短く息を吐く。
やめてほしい
ネクロス複数運用の軍勢とか、死の結末しかない
しかも数万単位の不死者の群れがそれに従う?
当時の魔王領、よく滅びなかったな。
「王国と共和国にも軍は送り込まれましたが、どうやら牽制が目的だったようで本格侵攻には至りませんでした」
カイは焚き火の炎を見つめたまま言う。
「どうやら本命は、最初から魔王領だったようです」
富士宮は確かに、妙に生々しい意図を感じた。ただの独立ではなく、魔王領に対する明確な敵意を感じる。
不死者の王自身は最後まで前線へ出ず、城へ籠もったまま軍を指揮していたらしい。それにもかかわらず、魔王領の各地はあっという間に押し込まれ、当時の魔王領は滅亡寸前まで追い詰められたという。
その指揮能力の高さに思い至り、富士宮の脳裏に前世のあるプレーヤーの姿がよぎる。




