魔王と合流①
件の村はアウロラ村と名称らしかった。
魔王領の古語で「朝焼け」という意味らしいが、今のアウロラ村にはその名前に似つかわしくない焦げた匂いと、土に滲んだ血の湿った気配が残っていた。焼けた荷車が放置され、踏み荒らされた畑がそこかしこに広がっている。火の手自体は大きくなかったが、襲撃の痕跡は十分すぎるほど残っていた。
戦いの後始末は、カイがほとんど一人でこなしている。
富士宮ひとみは、村長の家の前で行われたやり取りを少し離れた位置から見ながら、そんなことを考えていた。
アウロラ村の村長は、小柄で痩せた、いかにも気の弱そうな中年の魔族だった。元から小心そうな顔つきをしていたが、額に黒と金の螺旋角を持つ若き魔王を目の前にした瞬間、腰を抜かしそうになっていた。
無理もない。村が襲われている最中、いきなり魔王本人が現れて王国騎士を斬り伏せたのだ。村長から見ると悪夢としか言いようがないかもしれない。
当のヴィヴィアンはそんな村長の様子を気にした風もなく、胸を張って大声で言っていた。
「駆けつけるのが遅くなってすまぬ!」
さらに無駄な大声で続ける。
「後のことはドーンと余に任せろ!」
ざっくりしすぎでしょ
富士宮は、表面上は聖女らしい穏やかな顔を保ったまま、内心でため息をついた。
悪い存在じゃないのはわかる
むしろかなり真っ直ぐで責任感は強いんだろうな
ただ隣にいる者は大変だろう
その予想どおり、ヴィヴィアンのすぐ後ろから疲れた顔をしたカイが前に出てきた。
「申し訳ありません。詳しいことは私から改めてご説明します」
その声音には疲労と諦めがほどよく混ざっている。何度も同じことをやってきた者のそれだ。
カイは、今回の襲撃者が山賊ではなく王国兵であったこと、魔王の手によりすでに排除済みであること、村の被害状況を確認し、後日デミトリスから補修と警備の応援部隊を派遣すること、しばらく周辺への警戒を強める必要があることなどを、村長に対してよどみなく説明していった。
さっきまで腰を抜かしそうだった村長も、カイが間に入った途端、かろうじて返事ができる程度には落ち着いた。
こういう事務的なやり取りの方が、絶対落ち着くよね
そりゃそうだ
結局、王国兵の死体処理、村の負傷者の確認、焼けた家屋の応急対応など、事務処理の大枠はカイと村長の間でまとまった。ヴィヴィアンはその横で、「うむ!それでよい!」とか、「余もそう思うぞ!」とか、気持ちのよい相槌を入れていた。完全に政治家向きではないのに、なぜか最終決裁者としての風格だけはあるのが妙に腹立たしい。
その後、ヴィヴィアンとカイはそのまま富士宮たちの野営地まで来ることになった。
理由は単純明快だ。このままアウロラ村に長居すると、村長の心臓が止まりそうだったからである。
◇
野営地へ戻る頃には、夜気が冷え冷えと森を覆っていた。
焚き火がぱちぱちと音を立て、木立の影を揺らす。簡易的な野営ではあるが、ナビルが整えているおかげで清潔さの保たれている小綺麗な場所になっていた。
そこへヴィヴィアンとカイが現れた瞬間、空気が少しだけ張り詰めた。アントニオはヴィヴィアンを見て露骨に眉をひそめるし、包帯だらけで寝かされていたヴァルタはすごく胡乱な目を2人に向けた。
ヴィヴィアンもヴィヴィアンで、そういう視線を受けてもまったく引かない。むしろ面白そうにアントニオを眺めているし、カイは「いつもこうだ」と言いたげに小さくため息をついていた。
富士宮は、そこで静かに微笑んだ。
「私のお客様です。だから、静かにしてくださいね?」
声は柔らかいのだが、アントニオとヴァルターがほぼ同時にびくっと肩を震わせて黙った。
はい、よろしい
ヴィヴィアンだけは少し不思議そうに目を瞬いたが、カイはアントニオたちの反応を見て、何かを察したように富士宮を見ていた。
その間にもナビルは、黙々と食事の支度を進めていた。
鍋を火にかけ、乾燥野菜を戻し、保存肉を刻み、簡易的な焼き物まで並べていく。《家令》ジョブがその本領を発揮していき、簡易な野営地に料理の作られる良い匂いが広がっていった。




