ヴィヴィアン・グルーガヴァイス
村が近づく頃には、空気の質が変わっていた。
遠くからでも分かる不穏な気配と、大人数のざわつきと焦げ臭さが漂ってくる。わずかだが火の手も見える。間違いなく、誰かが村を襲っているのだ。
富士宮は足を止め、周囲の気配を読む。
この村にまともな防衛体制はなかった。柵も薄く、警備兵と呼べるほどの戦力もいなかったはずだ。にもかかわらず、聞こえてくる喧騒の規模と、火の手の上がり方がどこか噛み合わない。壊滅しているならもっと火が広がるし、逃げ惑う声が中心になる。だが今聞こえてくる音はもう少し統制のある戦闘音に近い。
何か防衛手段があったのか、もしくは少数で防衛できる戦力がいるかのどちらかだと判断した。
「ラウル、あなたと私で先行しましょう」
富士宮がそう告げると、アントニオが即座に顔をしかめた。
「あ?何でだよ」
ナビルも露骨に納得していない顔をする。
「聖女様、それはさすがに危険です。僕も同行します」
「いえ、あなたは火傷がまだ残っています。アントニオも怪我をしているのは同じですし、ヴァルターの監視も必要でしょう」
富士宮はいつもの静かな態度を崩さずに言う。
「村の周囲に格段強い気配はありません。護衛はラウルで十分です」
ラウルはその言葉に少しだけ嬉しそうな顔をした。どうやら富士宮に頼られたことが素直に嬉しいらしい。
アントニオはなおも何か言いたげだったが、最終的には舌打ちだけで飲み込んだ。ナビルも不満そうではあるが、富士宮の判断が変わらないと分かるとそれ以上は押さない。
「すぐ戻ります」
富士宮はそう告げて、ラウルと二人で村へ向かった。
◇
村へ近づくと襲撃者の姿が見えてきた。
一見すれば山賊団っぽい見た目をしている。装備品はばらばらで、顔も布や兜で隠している者が多い。だがその動きに富士宮はすぐ違和感を覚える。
集団の練度が高すぎるのだ。散開の仕方や前衛と後衛の距離感が、山賊にしてはあまりにも手際がいい。
村の外れには魔族の商隊と思しき荷馬車が転がり、その周囲には護衛らしい死体が散らばっていた。遠目から見ても明らかに全滅している。
富士宮は即座に鑑定眼を発動する。
表示されたのは――王国騎士。
やっぱりか
山賊に見せかけているだけで、襲撃者の実態は王国の兵だ。王国が何らかの目的でこの集落を戦略目標に定めたのだろう。特定個人の排除か、あるいは魔王領北部の探りか。
だがその考えを深める前に、富士宮の目へ別の光景が飛び込んできた。
黒髪の長身の男がいた。男は村の中央付近、焼け落ちかけた荷車の上へ立ち、片手を軽く掲げる。次の瞬間、その指先から光の線が走った。レーザーのように収束した光魔法が、突撃してきた王国兵の胸甲を貫き、その背後の兵までまとめて撃ち抜く。
速く精密な光魔法。しかもその出力が異様に高い。
男の口元からは、わずかに牙が覗いていた。
ヴァンパイアか
さらにその男の援護を受けながら、前線で剣を振るう女がいた。
その女は20代前半ほどに見える。長身で、グラマラスな体を簡易的ながら高性能と分かる鎧へ押し込めている。装甲は薄いのに、動くたびに無駄がない仕様であることを感じさせる作りだった。
そして何より振るう剣が異常だった。
聖剣と呼ぶしかない威容を誇る長剣で、その長さも輝きも刀身を流れる神秘的な光も、すべてが選ばれた勇者の剣という感じを放っている。
だがその神々しい容姿と得物は真逆に、彼女の額からは禍々しく太い捩れ角が二本生えていた。
黒と金色の螺旋に包まれたその角は、ただの魔人族ではない。高位の魔人族、それも角の太さと金色の希少性からしてかなり上の位階だ。貴族か、下手をすると王族級。
富士宮は、ほとんど反射で鑑定眼を発動した。
表示を見た瞬間、思考が止まる。
ヴィヴィアン・グルーガヴァイス
現在ジョブ・URランク【魔王】
ジョブランク・Dランク
「へ?」
富士宮は、つい間の抜けた声を漏らしていた。




