赤き玉座②
少年は小さく、心底つまらなさそうに息を吐く。
「だけど僕はそう思わない」
その瞬間だけ、広間にある無数の武器すべてが微かに震えたように見えた。
「召喚者の残滓は、時にとても強い感情で強者を揺らすからね」
召喚者と残滓、そのどちらも王国の政務や教会法の体系の中には存在しない言葉だった。だが少年は、それを何の説明もなく口にする。
「国の制度でも教会の神託でもない。もっと始末の悪いものだ。執着、敬慕、懐旧、憎悪、あるいは異端の神への狂信に近い感情。それらは時に、国家ひとつぶんの価値より強く働く」
ルキウスは額を床へ擦りつけそうなほど頭を下げたまま、その言葉を聞いていた。
「その結果、この大陸全体を動かす状況さえ起こりかねないんだ」
少年の声には誇張がない。ただ事実を事実として語っているだけだ。
ルキウスの指先が床を掴む。わずかに震えているのは、寒さのせいではないだろう。
「もう何度も言っているから、いい加減わかろうね?」
少年はそこで初めて、ほんの少しだけ倦んだように目を伏せた。
ルキウスはこれまでにも同じ種類の甘さを見せてきたのだろう。担当国家の安定と秩序維持を優先し、大きな揺らぎを軽視した。その結果が今回の放置だった。
それらはたかが一国家の損得勘定で判断してよいものではなかったのだ。少年は、まるでどうでもいい雑事に最後の通告をするかのような温度で言った。
「これが最後だよ?」
その瞬間、ルキウスの全身から力が抜けた。すでに跪いていたのにさらに深く這いつくばる。影が影として潰れるほど低く。額が床へ触れ、もはや人の形を保てないほどの服従の姿勢だった。
「承知しました……」
かすれた声が、やっとのことで言葉になる。
「承知しました、アルパ様」
その名が、そこで初めて広間へ落ちた。
短く、鋭く、余分なものを何も含まない名。
だが、その短さとは裏腹に、ルキウスの声には底知れぬ畏怖が滲んでいた。王国の執政官たる男が、そこまでの恐れを剥き出しにする相手。しかもそれが、十五歳ほどにしか見えない赤毛の少年であるという事実が、この場の異様さをさらに際立たせていた。
アルパは名を呼ばれても、何の反応も見せなかった。ただ頬杖をついたまま、ひどく退屈そうに視線を落としているだけだ。その視線の先で、ルキウスはなおも顔を上げられない。
広間の壁を埋める無数の武器たちが、沈黙の中でそのやり取りを見下ろしていた。剣も槍も斧も弓も、名も知らぬ古代の兵装も、この空間では暴力の記憶そのものだ。その暴力すら、玉座の上にいる少年の前ではただの背景に過ぎないように思えた。
アルパはゆっくりと目を閉じ、また開いた。その動作だけで空気がわずかに熱を帯びたように錯覚する。冷たさと熱が同居している。その矛盾そのものが、この少年の本質なのかもしれなかった。
「もう下がっていいよ、ルキウス」
その言葉はあまりにも軽い。赦しでも慈悲でもなく、ただ今はもう見ていたくないと言わんばかりの無関心から発せられた言葉だった。
ルキウスはすぐには答えられなかった。声を出すだけでも恐ろしいのだろう。ほんのわずかな間を置いてから、かすれた声で「は……」とだけ返し、這うようにしてその場を退いていく。
五十段の距離と埋めようのない位階の差から明白なように、王国を支配する執政官ですら、ここではただ命を繋ぐことだけを考える下位者でしかない。
やがてルキウスの影が闇へ消えても、アルパはしばらく動かなかった。
その目は、今や誰もいなくなった階下ではなく、もっと遠い何かを見ているようにも思えた。
アルパは、誰もいない広間で、ほんのわずかにだけ唇の端を動かした。笑みとも言えない、ごく小さな動きだった。その表情は退屈が少しだけ薄れたようにも見えたし、逆に世界がなおさらつまらなくなったようにも見えた。
広間は再び沈黙へ沈み、壁の武器たちだけが、赤き玉座の主を見守っていた。




