赤き玉座①
そこは暗く、広い大広間だった。
その空間には、王のための間に相応しい豪奢さは何一つとしてない。絨毯もなければ、彫像も金銀の装飾も、信仰を誇示するような壁画すら存在しなかった。あるのはただ武器だけである。
剣、槍、斧、大鎚、短剣、弓、投擲具、見たこともない異形の兵装たち。あるいは明らかに儀礼用ではなく実戦に使われ、しかも幾度も血を吸ってきたことがわかる古びた武器。
それらが壁一面に、整然と、しかし威圧的に並べられていた。
古今東西、あらゆる時代と地域の武器を集めたのではないかと思えるほどの量だった。飾りでも自慢でもない。ただそこにあること自体が、この空間の本質を物語っていた。
大広間というより武器庫、いや戦いそのものを崇めるための神殿と呼んだ方が近いかもしれない。
その最奥に玉座があった。
赤い鉄で作られたその玉座の色は、錆びた赤でも塗られた赤でもなく、鋼そのものが血のような赤を孕んでいる。焼けたまま冷えきらずにいる金属を、そのまま形にしたかのような不気味な色だった。
その玉座は異様な高さの台座の上に置かれていた。
通常の王城ならあり得ない。五十段を超えるほどの高低差がある。だがその高さは不思議と不自然には感じさせないものだった。むしろその玉座に座る者とその下にいる者との位の差を、視覚的にそのまま表しているようで、妙な説得力さえあった。
玉座には一人の少年が座っていた。右肘を肘掛けにつき、右手の甲へ頬を乗せるようにして、半ば退屈そうに身を預けている。全身赤色の鎧と肩から流れる赤いマントに、髪まで燃えるような赤毛の少年だった。
年の頃は十五歳前後にしか見えない。だがその顔立ちは人の美の範疇を逸脱していた。美少年という言葉ではあまりに軽すぎる。この世に存在してはいけないほど整った、美の極地のような容貌。彫像のように整っているのに死んではいない。むしろ生きているからこそ恐ろしい。
しかしその表情はその美しさと噛み合っていなかった。
少年はすべてに飽きていた。この世のすべてにすでに価値を見出し尽くして、それでもなお生きていなければならない者だけが浮かべられる、深い脱力感と倦怠感。世界そのものが手慰み以下にしか映っていないような虚しさが、その少年の端正な顔には張りついていた。
少年ははるか下を見下ろしていた。
玉座から見れば、地を這う影に等しい場所。そこに跪く一つの影があった。
影は頭を垂れ、両手を床につき、玉座を見上げることすら許されないかのように身を低くしている。外から見ればそれが誰なのか判別しづらい。だがこの大陸においてその名を知らぬ者はいないほどの大人物。
ルキウス・カッシーニその人だった。
王国を実質的に支配する執政官にして、教会における支配層の一角たる枢機卿を務める重要人物。貴族たちも騎士たちも、彼の意向を知らずしては動けない。王すらもその見えざる判断の外で政治を行うことはできないとされている陰の実力者。
そのルキウスが、この場においてはただ震える影でしかなかった。
少年が口を開く。
「それで、ルキウス。君の報告はそれだけかい?」
その声は奇妙だった。
絶海の孤島に吹く風よりも鋭く、厳寒の雪山に吹き荒れる吹雪よりも冷たい。それなのに同時に、火山の奥底で煮えたぎる炎よりも恐ろしい熱を孕んでいる。
静かで穏やかですらある。怒鳴っているわけでも苛立ちを露わにしているわけでもない。なのにその一言だけで、ルキウスの背が目に見えて震えた。
「は……はい……」
ルキウスは声を絞り出す。
「その通りで、ございます」
その返答には執政官の威厳など一片も残っていなかった。かろうじて言葉の形を保っただけの、怯えた老臣の声でしかない。
少年は頬杖を崩さないまま、視線だけを少し細めた。
「確かに王国の統治において、黒髪の聖女の重要性は低い」
穏やかに、あまりにも当然のことのように言う。
「君の評価それ自体は、そこまで間違っていないよ。ひとりの聖女として見れば、代替不能な存在ではない。王国の秩序を維持するために、彼女が絶対に必要なわけではない。そうだろう?」
「……は、はい」
ルキウスはそう答えるしかない。
少年は続ける。
「しかしそれは、先代の不死者の王との接触という危険要素を除外した場合の話だ」
その一言が、大広間の温度をさらに下げたように思えた。
ルキウスの肩が、びくりと跳ねる。
「ところが君は、その可能性に思い至っていながら放置した」
声音は変わらない。
「大したことは起きないと思ったのだろう?」
ルキウスは答えられなかった。いや正確には答える必要がなかった。少年はすでに答えを知っているからだ。
ルキウスの沈黙は、肯定と同じ意味しか持たなかったのだから。




