聖女ではない声②
ナビルが何を言っているのかわからない。
「どういう意味でしょうか」
富士宮が慎重に訊き返すと、ナビルは息を整えながら答えた。
「ダークネスフレアに飲み込まれる直前……聖女様の声が聞こえたんです」
「私の、ですか?」
「はい。聖女様らしき声が、“回廊を開きます”とだけ」
富士宮は目を瞬く。自分はそんなことは言っていない。
ナビルはなおも続ける。
「その瞬間、何と言えばいいのか……ネクロスの気配がする場所まで、射線がつながる気がしたんです。上手く説明できません。ですが、あの黒い炎の向こうでもなく、この場でもない、もっと向こう側へ撃てる感覚があって……無我夢中で《クロスファイア》を早撃ちしました」
ナビル自身もまだ信じられていないらしい。言葉を選びながら、自分の感覚を確かめるように喋っている。つまり彼の認識では、富士宮が何らかの力を使って次元の通り道を開き、そこへナビルが撃ち込んだことになる。
だが富士宮にはそんな記憶がない。でもそれなら誰が?
富士宮はそこまで考えたところで、ふとネクロスが消える瞬間の感触を思い出した。
あの時、ネクロスの崩壊の奥に、まるでこちらへ感謝するような感情がほんの一瞬だけ滲んでいた気がする。恨みでも怒りでもなく、もっと柔らかくて、懐かしいものに触れた時のような感情。
声として聞こえたわけではなかった、断片的な印象だけだ。
何だこれ
富士宮は考え込む。
自分の中に埋まっていた何かが、一瞬だけナビルへ干渉したのか
前世の記憶の欠片みたいなものが、勝手に働いたのか
それとも、もっと別の存在が介入したのか
そもそも《次元跳躍》を見た直前に思い出した、あのダークエルフの記憶自体が不自然だった。
最も使っていたはずのユニットで、何度も助けられた主力中の主力。なのに名前も顔も、きちんとは思い出せない。そこへ意識を向けると急に真っ白な靄が濃くかかるみたいに、細部だけが曖昧になる。
何でそこだけ記憶が抜けているのか。
いや、これは抜けているというより――抜かれている?
そう思考を切り替えようとした、その時だった。廃城の奥から気配が近づいてくる。
アントニオとラウルだった。富士宮がそちらへ視線を向けると、やがて二人の姿が暗がりから現れた。
アントニオは片手でヴァルター・クロウを担いでいた。ヴァルターの方はボロボロだった。胸鎧は裂け、羽の片方は傷だらけで、腹部から上半身にかけて包帯代わりの布が乱暴に巻かれている。気絶はしていないらしく、半眼でこちらを睨んでいるが、明らかに行動不能だ。
ラウルはその後ろから現れ、玄関広間の残骸とネクロスの朽ちた右腕を一目見るなり、少しだけ目を細めた。
「……どうやら、こちらも随分と面白いことになっていたようですね」
「ええ、そうですね」
富士宮はいつもの聖女らしい穏やかな口調で答える。
「かなり面白いことになりました」
面白いというより情報量が多すぎる
一回休んで整理したい
アントニオがヴァルターを床へ放り下ろすように置いて、富士宮を見る。
「で、どうすんだよ。こいつ生かして持ってきたけど」
考えるべきことは多い。富士宮はまだ頭の奥に残る違和感を押し込みながら、仲間たちの方へゆっくり歩みながら、聖女らしい穏やかさで告げた。
「まずは村に戻りましょう。これからのことは戻りながら整理します」




