聖女ではない声①
富士宮ひとみは、黒い炎に飲み込まれると感じた、その直前の感覚をはっきり覚えていた。
左右の斜め前方に位置を取ったネクロス2体が最大出力のダークネスフレアを放ってくる。避けきれない、そう思った瞬間だった。
ナビルの銃口が、左右へぶれた。
放たれた銃弾は2発。その乾いた発砲音は、ダークネスフレアの黒い唸りに呑まれそうなほど短かった。しかし《タナトス》の黒い視界の中で、富士宮は確かに見た。
ナビルの目の前の空間が歪んだのだ。まるでそこだけ水面のように薄く揺らぎ、現世と別の世界が繋がったみたいに、空間の一部が縦に裂けた。ナビルの撃った弾丸は、そこへ吸い込まれるように消えていく。
何だ、それ
富士宮の思考が一瞬だけ止まる。直後、次元の向こうから枯れ枝が折れるような音がした。
軽く、乾いていて、それでいて妙に生々しい音。まるで骨が折られたみたいな、嫌な手応えを含んだ音だった。
次の瞬間、あれほど玄関広間を埋め尽くしかけていたダークネスフレアが、嘘のように消えた。
左右から迫っていた黒い炎の壁がふっと薄れ、霧のように崩れたかと思うと、その場に残されたのは広間の中央へ崩れ落ちた黒いローブと、床石の上で朽ちるように転がる一本の右腕だけだった。
そこで富士宮は何が起きたのかを理解した。
ナビルが次元を越える銃撃で、ネクロス本体を撃ち抜いたのだ。
富士宮は慌ててナビルを見る。
ナビルはその場に立ったまま、肩で息をしていた。ゼイゼイと荒い呼吸をつきながら銃を握った手は震えている。いつもの落ち着いた目も、今はさすがに興奮と少しの動揺で揺れていた。自分のしたことが本人にも信じられていないらしい。
富士宮は即座に鑑定眼・宵を発動し、表示された結果を見た瞬間、少しだけ息を呑んだ。ナビルに新しいスキルが2つ追加されていたのだ。
ひとつ目は――《霊波感知》。霊体の存在と位置を感知しやすくなるスキルだ。霊体型の魔物との極限戦闘の中で感知系統が覚醒したと考えれば、まだ辻褄は合う。
だがもうひとつが不可思議だった。
ユニークスキル《次元跳躍》、自身の体やスキルの一部を空間を越えて届かせられる能力だ。
これ、知っている
なぜか今まで忘れていたが、前世の富士宮パーティの主力だったダークエルフの、メインスキルのひとつだ。射撃系ユニットと相性が良すぎる特殊スキルで、遮蔽物もフィールド仕様すらも飛び越えて射撃を通すことができる。
何でこのタイミングでナビルにそれが発現するの?
そして何で私は今の今まで、このスキルのことを忘れてたの?
富士宮は内心でかなり混乱しながらも、表面上だけはどうにか聖女の落ち着きを繕おうと必死だった。
「ナビル、何があったのですか?」
声は穏やかに、呼吸も整えて、努めて静かにナビルに問いかけた。
ナビルは驚いたような顔をした。
「え?」
それから本気で不思議そうに首を傾げる。
「聖女様が力を授けてくれたのではないのですか?」
富士宮の思考がまた一瞬止まる。




