主の残響②
この闇は、前の世界で主が最も苦手としていた相手だ。それにもかかわらず、主が常に対戦を楽しみにしていた好敵手でもある。
外見だけで評価するなら、ただの邪神だ。
何せ死の気配が濃すぎる。柔らかく微笑んでいるように見えても、その笑顔の奥は深い闇で満たされている。まともな生者なら本能的に怯えるだろう。
だが主だけはこの闇に奥に何かを見ていた。それは美なのか、欲望なのか、あるいはどうしても壊したくなる強さだったのか。
ネクロスには、主がこの闇に見出した価値を理解することができなかった。だが主が何度も戦いたがっていたという事実だけは知っている。だからきっと自分には見えない何かがこの闇にはあるのだろう。
ネクロスはわかっていた。自分はもう長くない、と。
主も同胞もいない。このタルタロスも、もはやただの抜け殻だ。
ならばこの戦いは、我々のために用意された世界からの花向けだ。かつて主が何度も戦い、苦手とし、それでも楽しみにしていた好敵手。その相手と最後に相見える機会を得た。ならば存分に戦うしかない。
懐かしい戦いを再現するように、輝いていた主との共闘の時代をもう一度なぞるように。自分が主のためにあった存在だと、最後の最後まで証明するために。
その闇の傍らには小さな白い光があった。
最初、ネクロスはそれを大して脅威と見ていなかった。それは白く細く、そしてまっすぐな光。銃と呼ばれる武器で攻撃してくるが、闇のような脅威はない。前の世界で見てきた、真に厄介な敵の光とは違う。守るように前へ出てきたところを見ると、従属個体かそれに近い下位の存在なのだろうぐらいにしか捉えていなかった。
だがその白い光は諦めなかった。闇を守るように立ち塞がり、何度でも銃撃を放ってくる。
そんな攻撃はネクロスに通じない。
ここで終わらせる
ネクロスは主の得意としていた魂の分割を発動することに成功した。
とても懐かしい感覚だった。一が二になり、視界が広がる。魔術のための射線が爆発的に増えていく。主が何度も勝ちに繋げた必勝の形だ。
魂の分割が成立した時点で、ネクロスはほとんど勝ちを確信した。
完璧な位置取りによる左右からの挟撃を放つ。交差して敵を飲み込む最大出力のダークネスフレアの奔流が闇と光を包み込むはずだった。
闇も、その前に立つ白い光も、このまま焼き尽くす。
勝った、とそう思った瞬間、次元が裂けた。
それは比喩ではなかった。
ネクロスの本体が存在する次元の壁を貫いて、2発の銃弾がネクロス本体へと届いた。
枯れ木のような腕が、銃弾を受けて脆く砕け散る。
主の気配に長く触れていたネクロスだからこそ、その異常をすぐに理解できた。
この技を知っている。とても馴染みがある。
これはかつて主を何度も苦しめた次元を貫く射撃。魂の分割すら無意味にし、本体だけを狙い撃つ、あの闇の最も厭らしい切り札。
ネクロスの意識が大きく揺れる。本体がボロボロと崩れていく。なのにその崩壊は不思議と苦しみだけではなかった。
懐かしい
そんな機能は本来ないはずなのに、涙が出そうになる。
そうか、お前もいたのか
ネクロスは遅れて理解する。
あの闇が連れていた小さな白い光の背後か、あるいは更に奥の目に見えないところに、宵のような存在がいたのだ。
主が最も嫌がっていた異次元射撃の使い手。あの闇と組んで何度も我が本体を撃ち抜いてきた、宵のような存在。
私にも見えないところに潜っていたとは
闇を守ろうとする小さな白い光に、力を与えたのか
なぜ自ら表に出てこない
いや、もはやどうでもいい
重要なのは、最後の最後に思い出せたことだ。
主と過ごした最も輝かしい時代。何度も負け、何度も勝ち、何度も敵を打ち滅ぼし、それでも何度でも次の戦いを待っていたあの時間。
あの闇も宵も、主の感じた高揚も、そしてこうやって崩されていく自分自身すら、全ての思い出が一瞬だけ鮮やかに戻ってきた。
闇よ、感謝する
あの戦いをもう一度与えてくれたことに
ネクロスの意識はそこで静かに霧散していった。
最後に残ったのは痛みでも喪失でもなく、懐かしいという感情に近い淡い熱だった。
主と過ごした最も輝かしい時代を、最後にもう一度だけ思い出せた。それだけで十分だった。
そうしてネクロスの意識は、音もなく消えていった。




