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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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サリーナ、引き起こして

婚約の解消。

サリーナに次いで、二組目の婚約解消である。


表立って騒げないとはいえ、俄かにざわつく学院内を、サリーナはそっと見渡した。


何事も起きませんように、とサリーナは教科書で口元を隠す。

目を一度閉じて、小さく息を吐いた。



ルシオに「話があるから、時間もらえる?」と、通信機越しで言われたのは、いつだったか。

いつものように私室でお茶を飲み、一息ついたルシオが話しだした。


「あの二人、もうすぐ婚約を解消するよ。まだ話し合いの最中だけど、確実なのは間違いないから、そのうち学院中で噂になると思う」

「……そうですか」


相変わらずの情報の速さに驚きつつも、サリーナはカップに口をつけた。

一口飲んで、じっとカップを見つめる。


ルシオの言う「あの二人」が誰を指しているのかは、言わずともわかる。

サリーナの三度目の人生で夫となった侯爵令息と、先日茶会に招待してくれた侯爵令嬢の二人だ。


脳裏に、茶会で見た侯爵令嬢の表情が浮かぶ。

薄く笑みを浮かべた彼女を見ていると、婚約を解消する気がしていたので驚きはない。

おそらく婚約の解消を言い出したのは、令嬢の方からだろう。


ただ、これからどうするのだろう。


「随分と、大きな騒ぎになるでしょうね」

「サリーナのときとは、状況が大分違うからねぇ」


ルシオの言うことは、最もである。

同じ婚約の解消でも、サリーナのときとは状況が違う。


婚約を解消したのは、どちらも高位貴族である侯爵家の人間であり、魔法科に所属する学生だ。

特に、男の方は、爵位を継ぐ予定もなかったので騎士科に在籍していたザイードとは違い、魔法科に所属する、将来の侯爵令息である。

将来侯爵となったときに妻が不在だなんて、失笑どころの話ではない。


だからこそ、高位貴族の親は、子供たちが幼いうちに婚約を結んでしまうのだ。


それが今になって、婚約を解消するとなれば、どうなるのか。

婚約を解消したのか、されたのかではなく、婚約を解消した事実が重要だった。

結局は、その程度の男だと見なされることになる。


高位貴族の足の引っ張り合いの中では、婚約の解消はかなりのダメージとなる。

公爵家の跡継ぎとしては、早急に次の婚約を結ぶ必要があるだろう。


同じく、女性の方もどうするのだろうか。

元々高位貴族の御令嬢であり、将来は侯爵夫人となるべく教育を受けてきた女性だ。

今更改めて、同格の婚約を結ぶのはかなり厳しい。

一生一人で過ごすには、あまりにも身分がありすぎるし、人の目も噂も飛び交うだろう。


思わず、胸元を握る。

ペンダントトップの硬い魔法石に親指で触れ、サリーナは目を閉じた。


自分のせいだとは思うのは、おこがましいことだ。

どう考えてもきっかけはサリーナとの茶会なのは間違いないが、最終的に決意したのは彼女自身なのだ。

侯爵令嬢としての矜持に対して、むしろ敬意を払うところだろう。


「だからって、サリーナが気にすることはないからね」

「……はい」


静かに顔をあげると、ルシオが苦笑した。

ぱちぱちと瞬いて「そうじゃなくてさ」と、小首を傾げた。


「侯爵家の彼女、これからのことはちゃんと考えてるからって意味なんだけど」

「……え」

「すぐに、新しい婚約の話が表に出ると思うよ。即位式のパーティーには、新しい婚約者と二人で参加するんじゃないかな」


さらりと言われた言葉に、サリーナは呆然とした。

何の話か、さっぱり頭に入ってこない。


「あ、新しい、婚約、ですか?」

「うん、そう。そこがはっきり決まっていたから、解消に踏み切ったんだと思うよ」


ルシオがはっきりと言うので、間違いはなさそうだ。

しかし、である。

公爵家の御令嬢と釣り合う様な相手が、未だに一人身で残っていたとは思わない。

そんな男性、いただろうか。


困惑が顔に出ていたのだろう、ルシオが小さく笑っている。


「サリーナ、取り潰しになった侯爵家のことを覚えてるよね。婚約した頃の話だけど」

「は、はい。もちろんです」


突然の話に頷きながら、思い出す。

取り潰しになった侯爵家とは、ルシオを含めたコンラード商会が王家に目をつけられるきっかけとなった家だ。

媚薬を使い、魔道具を使い、領内を好き勝手した挙句、ルシオまでもその毒牙にかけようとした一家である。

王家の影が動いて取り潰された後は、それぞれが相応の罰を受けて離散したはずだ。


その一家がどうしたのだろう。


「あそこの娘、元々伯爵家の息子と婚約してたんだよ、覚えてない?」


ルシオの言葉に、そう言えばと思い出す。

婚約者がいるにも関わらず、ルシオの話をサリーナにしてくるような女性だった。


「侯爵家が取り潰されたから、当然婚約は取り消しだ。婚約者がどこかに消えた後も、彼は誰とも婚約をしないまま今日まで至る、と」


サリーナは、小さく「あ」と言葉を漏らす。


「新しい婚約者とは、その方のことですか?」

「そういうこと。爵位は落ちるけど、彼自身の人柄には何も問題は無い。積極的に新しく婚約者を探そうとしなかったのは、ワガママ娘の婚約者としての日々に疲れてのことだったらしいよ」

「……そうでしたか」

「目立った行動を注意したり、手を回したり、いろいろと頑張った挙句、お取り潰しだからねぇ。学院を卒業するまで時間もあるし、ご両親も彼の気持ちを優先して、見守っていたんだってさ」


なるほど、とサリーナは頷いた。

常識のある男性の様だし、そんな彼を見守るだけの度量がある両親も、しっかりとしているようだ。

そんな相手とならば、改めて婚約を結んでもいいと判断したのだろう。


「秘密裏とはいえ、当人同士の顔合わせはすでに済んでるからね。これからの関係は二人で築いていくにしても、あの不貞野郎と結婚するよりは、彼女もよほど幸せになれるんじゃない?」

「そうですね」


そうだといいな、とサリーナは口の端をあげた。


未来はわからない。

新しい婚約を結んだ二人がこれからどうなるのか、サリーナにはわからないことだ。


ただ、悩んで傷ついて選んだ結果が、幸せにつながればいいと思う。


力を抜いたサリーナは、お茶の入ったカップをおく。

手がカップから離れたことを確認したルシオは、目を細めた。


「それでさ。ここからが、本題なんだけど」


少しトーンの変わった声に、サリーナは顔をあげた。

今までの話もなかなか重たかったと思うが、本題は今からだったのか。


背筋を伸ばしてこくり、と頷くと、ルシオが静かに口を開く。


「女性の方は、新しく婚約を結ぶ目処がたっているし、問題は無い。ただ、男の方は別だ」


サリーナはぎくりと震えた。

ルシオの言う男というのは、サリーナの三度目の人生で夫だった男のことだ。


「やっぱり、男爵令嬢とのことが大分問題になったんだ。このままいけば、次期公爵の座もなくなると思う」


サリーナの背筋にひやりと何かが走った。


不貞男であろうと、サリーナの元夫である。

男爵令嬢に癒しを求めつつも、次期侯爵としての教育はしっかりと受けていたし、こなしていた。

それがすべて真っ白になってしまうなんて、考えられないことだ。


「そのせいで相当荒れててさ。一応学院には通っているし生活も整っているから、一見問題なさそうにも見えるけど……俺としては、ちょっと気になるんだよね」


ルシオが一度、しっかりと息を吐いた。

向けられた視線が、サリーナに真っすぐ刺さる。


「あくまで俺の予想だけど。サリーナに、変に絡む可能性を捨てきれない」

「わ、私にですか!?」

「男爵令嬢との逢引のための連絡手段は、魔法石付きの文具だよ。そのきっかけは、サリーナだ。加えて、大した仲でもないのに、わざわざ茶会に呼ばれたことも知ってるはずだよ」

「……それは、確かに」


ルシオに言われてみれば、サリーナはがっつりと絡んでしまっている。

男爵令嬢の存在を知っていることを匂わせたこともあるし、茶会では実際に婚約の解消を後押しをした。

サリーナの立ち位置は、とても中途半端だ。


「苛立ちや怒りがサリーナに向かう可能性は、十分にあるよ。だから、学院内では絶対に一人にならないで。帰りも迎えに行くから、図書館で待ち合わせしよう」

「わ、わかりました」


ルシオの言うことは、もっともである。

男の怒りが自分に向いていると想像しただけで、ゾッとする。


学院ではまだ座学中心なので実践的な魔法は学習していないが、防御魔法を使ってしまってもいいだろうか。

しかし相手は格上の公爵家である。

やりすぎれば問題になりかねないし、線引きは難しそうだ。


「ご両親にも許可をもらってあるから、朝も迎えに行くから。一人で登校しないでね」

「……そ、んなことまで」


まさかの親まで出てきて、サリーナは驚きから頷けなかった。

外堀を埋めるのが、早すぎる。


対するルシオは、不服そうに顔をしかめた。


「登校中に何も起きないって補償もないんだから、当然でしょ? 何かあるって確定しているわけでもないんだから、大々的に護衛をつけるわけにもいかないし。俺が、一番適任だと思うけど」

「……すみません、ありがとうございます」


誰が適任というよりも、ルシオが他に任せる気がないことだけが伝わった。


ルシオがそこまでしっかりと考えてくれているのならば、ありがたく受け取ることにする。

とにかく、一人にならないようにしようと手を握る。


「念のため、ネックレスについている魔法石の確認をしたいんだけど。外してもいい?」


そう言いながら、ルシオが立ち上がる。

サリーナは「もちろんです」と、急いで後ろ髪を片手でまとめた。


「そのまま、椅子に座ってていいから」

「は、はい」


サリーナの後ろにルシオが立ったので、外しやすいように少しだけ下を向く。

いつもは服の下にあるペンダントトップを引っ張って取り出した。

少し色が薄い気がしなくもない。


「触るよ」


ルシオの声と共に、ひやりとした指先が首筋に触れた。

金属音がして、紫色の魔法石が揺れる。


「一応、交換しておこうかな」

「お手数をおかけします」


石を光に透かしながら言うルシオに、頭を下げた。


本当はサリーナ自身でも魔法を付与できるのだが、ルシオは絶対にそれを言わない。

金銭的なことも気になるけれど、ルシオが何も言わない限りはサリーナも口を出す気はなかった。


「ちょっと待ってて」


机の上に道具を広げて、台座から魔法石を取り外しているルシオは、慣れた様子である。

カチャカチャと音を鳴らしながら、あっと言う間に魔法石を付け替える。


「よし、終わり。サリーナ、後ろ向いて」


新しい魔法石がついたネックレスを持って、ルシオが再び立ち上がる。

付けやすいように、サリーナは先ほどと同じように後ろ髪をひとつにまとめた。


胸元にちらりと見える紫色の石。

付け替えられたのだから同じ石ではないけれど、良く知る紫色にホッとしてしまう。

首元で揺れる魔法石を、指先で軽く握った。


「こっち、向いてくれる?」


ルシオがそう言うので、サリーナは椅子に座ったまま体を反転させた。

膝をついたルシオが手を伸ばし、そっと魔法石に触れる。


「……何かあったら、遠慮なく使いなよ」


その言い方は、随分と不穏だと思う。

ルシオがここまで言うということは、そういうことなのだ。

サリーナの瞳が揺れたのを見たルシオは、眉を潜めた。


「あの不貞野郎には監視をつけてるから動向はわかるけど、学院内じゃそばにいられないし、俺が動けないこともあるからさ」

「……状況的に、かなりよくないということですね?」

「そういうわけじゃないんだけど。ああいうタイプは、何をしでかすか読めないんだよね。本人にとっては失うものが何もない、無敵状態だから」


立ち上がったルシオは、そのまま机にもたれかかる。

視線は、胸元のネックレスだ。


「学院内は、俺の手中外のことが多い。もしもアイツが授業中にサリーナを襲ったら、科も違う俺じゃ何もできない」


ルシオの言葉は、サリーナの想像をはるかに超えている。

授業中にいきなり立ち上がる男を想像し、サリーナは思わずネックレスを握りしめた。


学院内は貴族の令息、令嬢が通うので、外部からのセキュリティは高い。

魔法でかなり制限をかけているので、不審者は絶対に入れない。

それだけ周囲には警戒しているのに、内部はかなり緩いのだ。

ある程度の緩みを持たせており、その範囲内の行動なら許容される。


「何がきっかけになるかわからないから、予防策は出来る限りうっておきたい。可能性を潰していかないと」


そう口にするルシオの表情が真剣だったので、サリーナは言葉が出なかった。


三度目の人生で、隣に立っていた男を思い出す。

今、ルシオに「失うものは何もない」と言われるほど、追い詰められているのか。


サリーナは、机の端にかかっていたルシオの手に、自分の手を重ねた。

ひんやりとした骨ばった手を包み込んで「ルシオ様」と名前を呼ぶ。


「他に、気を付けておくことはありますか?」


一人にならないようにすることは、難しいことではない。

他にでもできることがあれば、注意しておかなくては。


優しい声が「サリーナ」と名前を呼んだ。

顔をあげた先で、紫色の瞳が、サリーナをじっと見ている。

反らせずに瞬くと、ルシオがふっと笑った。


「前にも言ったでしょ? 俺はいつだってサリーナを守るし、害するものを許すつもりはない」

「はい」


ルシオがくるりと手を返して、サリーナの手を握った。

繋いでしまえば、やはりルシオの方が大きいのだとわかる。


「不安にさせることになるってわかってたけど、過剰にならなくていいからね。俺が話をしたのは、サリーナ自身に気を付けて欲しかっただけだし」

「わかっています、大丈夫です」

「だったら、それでいいよ」


サリーナに「それでいい」と言うルシオは、何かある前に止めようとしていることぐらい、わかっている。

頷いて、ほほ笑んだ。

ルシオのことは、信頼しているし、疑うことなどない。


何故かルシオは一度息を飲んだ。

苦笑いをしつつ、サリーナの頬に指先で触れる。


「本当は……。サリーナを危険に晒す気なんか、なかったんだけどなぁ」


サリーナの心臓が跳ねた。

漏れた言葉は低くて小さくて、絞り出すような声だった。


「やめてください。私が始めたことです」


離れそうな手を反射的に握る。

ぎゅうと力を入れて、ルシオの指先を引っ張った。


「私の方こそ。ご迷惑ばかりおかけしてしまい、申し訳ありません……」


魔法石のことといい、不定男のことといい、きっかけはサリーナである。

ルシオを巻き込んでしまっていることは今更だが、当たり前だと思ってはいない。


ルシオの優しさに、乗っかっているだけだ。

たくさんたくさん気にかけてもらって、助けてもらっている。

サリーナは、頭を下げた。


「いつもいつも、ありがとうございます」


片手はルシオに握られて、片手はルシオの手を握りしめている。

離れたくない思いが、握っている手にこもった。


「やっぱり、そうなるんだねぇ」

「え」


瞬くサリーナの前で、ルシオが握っていた手を解く。

そのまま膝をついてしゃがみ込み、サリーナの頭に触れた。


「謝罪もお礼も、いらないよ」


椅子に座っている分、ルシオの視線がサリーナよりも低い。

紫色の瞳が柔らかく細くなって、両手ごと包まれた。


「どっちにしても、俺がやりたくてやったんだし」

「で、ですが、そもそも私が言いだしたからですよね。私が気にしていたから、手を貸して下さったのでは?」

「きっかけになったかもしれないけど、その先の判断は俺だよ。サリーナじゃない」


ひたりと視線を据えたまま、ルシオは「サリーナじゃないからね」と繰り返す。

下からの強い圧に、ひくりと息を飲み込んだ。


「あのね。この婚約解消は、俺個人にも大分利点があったんだよ」

「そ、そうなんですか!?」

「そうだよ、商会まで恩恵を受けたぐらいだし。サリーナは迷惑をかけたって言うけど、それ以上のメリットが返ってくるから、本当にお礼を言わないといけないのは俺の方だよ」


何があったのかは不明ではあるが、ルシオの役にたったということだけはわかった。

迷惑をかけたことは変わらないけれど、その分ルシオやコンラード商会に返せることがあるのなら嬉しい。


「……それは。良かった、です」


ルシオにここまで言われて、さらに何かを言うような気にはならない

もごもごと押し黙ると、ルシオが小さく笑って、あやすように頭を撫でた。

髪がルシオの指先に絡まって、抜けていく。


「ありがとうございます、ルシオ様」

「せっかくだし、お礼だけは受け取っておこうかなぁ」


ルシオが軽い口調で笑うので、サリーナも小さく噴き出した。

ふわふわする気持ちは、ルシオがくれたものだ。


とろけそうな気持の中で、サリーナは大きく息を吸い込んだ。

何よりも、ルシオに迷惑をかけないようにしなくては。

何かあれば、ルシオは無理すら押し通すし、やってしまうとわかっている。


無意識に、手が胸元に伸びた。

とりあえず、人が多いところにいようと、サリーナは明日からの動きを考え始めた。


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