サリーナ、茶会へ 前編
サリーナは、笑みを浮かべたまま話の流れを追っていた。
表情は穏やかではあるが、周囲に気を張りまくっているので疲れがたまる。
「今日は、ご招待をありがとうございます」
サリーナの斜め向かいに座る御令嬢が、頬に手を当てながらそっと嘆く。
それに賛同するように、周囲も同意の声をあげる。
今日のサリーナは、御令嬢たちだけの茶会に参加している。
社交界シーズンが始まる前になると、学院の放課後に茶会が開かれる。
人脈を広げるための一環なので、主催するのは高位貴族の御令嬢ばかりだ。
子爵令嬢のサリーナは主催などしたこともなく、招待されるばかりである。
しかも、魔法石の保守作業中心のシュベルグ家は、派閥などとも縁が遠いため、招待されたとしてもお情けである。
本日茶会を開いたのは、とある侯爵令嬢である。
サリーナが三回目の人生で結婚した男の、今世での婚約者だ。
同じ学院に通い、科も学年も同じなので、もちろん顔は知っているし話をしたこともある。
だが、茶会に招待されるほどの関係はなかったはずだ。
茶会はこれまでの交流だけではなく、新しく人脈を広げる面もあるので、特に親しい令嬢たちだけで集まるというものでもない。
ただ、それにしてもサリーナが今回招待を受けるには、関係性があまりにも希薄だった。
ルシオだな、と思う。
手元に届いた招待状を思い出しながら、サリーナは背筋を伸ばした。
どういう手を使ったかはわからないけれど、相手は侯爵家の御令嬢である。
何かの取引をして、招待状を手に入れたとしか思えない。
届いた招待状を見ても、サリーナの両親が驚くこともなかった。
いろいろな方面に、話が通っているのだろうなと思う。
一応、ルシオにも報告はしている。
軽く笑って「サリーナの好きにやっておいでよ」とだけ言ったルシオは、本当にたいして気にしていない様子だった。
ルシオが接触したならば、サリーナの行動一つが、商会に影響を及ぼす可能性があると思っているのだが、そこまでではないのだろうか。
あの侯爵家の令息と、未だに婚約を続けている御令嬢。
立場が低いわけでもないのに婚約を解消しないのは、解消後の身の振り方が不明確だからなのだろうか。
高位貴族の令息たちは皆、しっかりとした立場の婚約者がいる。
彼女が今婚約、または破棄したところで、新しくと名乗りを上げてくれる人はいないだろう。
ルシオはおそらく、サリーナと侯爵家の令息との関係に気づいている。
匂わす程度で口にしはしないルシオは、うまく説明ができないサリーナのことをよくわかっていると思う。
今思えば、自分は大分やらかしていた。
サリーナは、組んだ指先に力を込めた。
二人のこれからなんて、サリーナにはわからない。
最初の人生で二人がどういう関係だったか覚えていないので、何も見えてこない。
三度目人生での夫とはいえ、それ以外の人生で誰と結婚したかなんて、サリーナは興味がなかった。
わからなくて当然だ。
だったらもう、好きにしてしまってもいい気がする。
ルシオが任せてくれたのは、そういうことなのだと思いたい。
「サリーナ様も、今日はぜひ楽しんでくださいね」
「ありがとうございます」
主催者である彼女からの言葉に、サリーナは笑顔を崩すことなく答える。
こうやって茶会に呼ばれるのは、実はかなり久しぶりのことだった。
社交界前にこそ増える茶会であるが、別に年中いつだって行ったってかまわない。
学院に通う理由の一つに人脈を広げることもあるのだから、当然だ。
サリーナは、少し前にいろいろな相手からの茶会の招待を受けた。
時期は、ザイードとの婚約を解消したときである。
サリーナの魔法で婚約の解消は簡単になった世界なので、その第一号はサリーナ自身だ。
解消に至った理由をわざわざ話すこともないためか、面白半分に噂が流れ、興味本位に茶会への招待状が届いた。
その後に、すぐに平民であるルシオと婚約を結んだときも、同様だ。
それまで以上に招待状を受け取った。
噂の渦中にいるサリーナの話を聞きたい相手もいれば、名前を売りつつあったコンラード商会のことを聞きたい相手もいた。
ザイードと婚約をしていながら、ルシオと付き合っていたのではと言う、サリーナの不貞まで噂が出ていたことも知っている。
そんな事実はないけれど、火のないところからでも煙をたたせるのが貴族の噂というものだ。
サリーナは、招待状をほぼ無視していた。
両親に確信した上でのことなので、特に影響はなかった。
気をつかったチェルシーが小さな茶会を開いてくれたので参加したものの、本当にそれぐらいだったのだ。
飛び交う悪評は早々に鎮火したし、そのうち招待状をもらうこともなくなったので気にもとめていなかったが、今思えばルシオが何かしたのではないかという気がする。
「こちらは、先日隣国から取り寄せたばかりのものなの。ぜひ召し上がって頂けると嬉しいわ」
テーブルの上には、お茶とケーキがおかれた。
少し前まではサンドイッチやスコーンが定番だったが、最近はケーキらしい。
本日テーブルについているのは、サリーナと主催の侯爵令嬢を含めて五人。
招待された他の三名の御令嬢は、侯爵令嬢とかなり親しい間柄だ。
一名だけサリーナと同じ子爵家の人間がいるが、たいして仲良くもないので話のきっかけにもならない。
誰ともたいして関係もないサリーナは、ただただ愛想笑いを浮かべるばかりである。
明らかに一人浮いているサリーナではあるものの、誰もそのことを口にしない。
主催者である侯爵令嬢にとって、本当に信頼している間柄の御令嬢たちなのだろう。
当然ではあるが、茶会の始まりは些細な日常会話から始まった。
特にお題があるわけでもないので、出された課題などの話等から弾んでいく。
それから、もうすぐ交代する王位の話になった。
現王の即位式には生まれていなかったので、全員即位式をこの目で見るのは初めてのことだ。
実際には子どもであるサリーナたちが出る幕はないが、親は忙しい。
主催者でもあり、あの男の婚約者でもある侯爵令嬢が「こんなに喜ばしいことですのに」と眉を下げて一息ついた。
「フェアスーン王女殿下は、残念ですわね」
瞬間、サリーナのカップを持つ指に力が入る。
周囲の令嬢が賛同するように話を広げる中で、サリーナはとりあえず微笑んでおく。
「即位式よりも前に、ご出立なさるのでしょう?」
「本当に急なことで、驚きました」
「かの国は、この国とも隣国とも大分異なる風習をお持ちのようですし……王女殿下のご心労もはかり知れませんわ」
フェアスーン王女殿下。
隣国からこの国に留学しているという王女殿下は、かの国の第二王子と結婚するために、学院を退学して、向かうという。
そして、サリーナの元婚約者でもあるザイードも、第二の夫という形で一緒に行くのだ。
わかりやすい展開で話は進み、ザイードの名前が飛び出した。
一人が「学院を退学なさってまで、王女殿下と共にあろうとなさるなんて」と、続ける。
実際の結婚までには時間があるものの、学院を退学してまで向かうのは異例である。
一応「この国とも隣国とも違うかの国の風習、教育を受け、慣れていくため」ということになっているものの、政治的な意図が働いたのではないかと思うのは当然だ。
しかも、今でこそ元気に学院に通っているものの、王女殿下の取り巻きの令息たちがこぞって休みだし、御令嬢たちも荒れていたので、何かあったのではないかと、こそこそと噂をしてしまうのは仕方がないことといえる。
それでも、あくまで彼女たちは貴族の御令嬢たちだ。
想像でしかないことは口にせず、事実だけを口にして含みを持たせるだけである。
王女殿下の取り巻きたちは現在落ち着いているし、学院でも問題にはなっていない。
心を許せる間柄でもないサリーナの前では、下手なことは口にできない。
結局前向きな事実として、フェアスーン王女殿下とザイードが結婚するという話でしか盛り上がれない。
「サリーナ様のご協力あってこそ、かしら」
侯爵令嬢の視線が、サリーナに向いた。
落ち着いて見返して、そっと頭を下げる。
「……とんでもないことです」
「お二人が婚約を解消なさったからこそだもの。影の功労者ね」
内心はさておいて、相手は隣国の王女殿下である。
表立って話をするわけにもいかないためか、話がなかなか進まない。
事実を口にするだけしかできない彼女たちにとって、サリーナは重要な情報源だ。
フェアスーン王女殿下と第二の夫になってまで、彼女についていくことに決めたザイードである。
その二人の関係を聞き出そうとするのであれば、王女殿下と一緒にかの国へと向かうザイードの元婚約者、サリーナが手っ取り早い。
何を言われても笑顔を崩さないサリーナに、侯爵令嬢がほぅ、と息を吐く。
「サリーナ様から解消を口にされたと伺ったけれど。もしかして、お二人のためだったのかしら」
「お互いの将来を考えて、合意に至っただけのことです」
肯定も否定もせず、顔に笑顔を貼り付けたまま、サリーナは答える。
確かに婚約を解消したいと言い出したのはサリーナではあるが、その事実は表に出していない。
そこまで大きな注目を浴びても困ると思ったので、事実を隠しても問題がないように、魔法をかけるときに緩めておいたのだ。
魔法の効果は自分でわかっている。
婚約の解消について知っているのは互いの家族だけのはずだが、どこからか漏れたのだろうか。
もしくは、鎌をかけているのか。
どちらだろう。
サリーナの家族には利もないし、解消されたザイードの家も変わらない。
利点が思いつかないので、誤魔化してしまえと言葉を切ったサリーナの横で、一人の令嬢がパッと顔をほころばせた。
「やはり、あれは醜悪な噂でしたのね」
噂。
それも、醜悪な。
何のことだか意味がわからない顔をして、黙ったまま瞬く。
それを、さらに別の令嬢が掬い取る。
「噂というのは……サリーナ様の婚約の解消について流れていた、あのお話のことをおっしゃっているの?」
「えぇ、本当に耳障りな噂でしたでしょう?」
同意を求めるようにサリーナに視線が向けられたが、サリーナはこてりと首を傾げるだけだ。
ゆっくりとほほ笑む。
「何のお話か、わかりませんわ」
これで話を切ってしまいたいという意図を持って、言葉を返す。
それでいいかと確認のために、主催者である侯爵令嬢の方を見ると、視線が合う。
こくり、と頷かれたので、了承を得られたのだろう。
サリーナが肩の力を少し抜いたときだった。
隣にいた令嬢が、サリーナの方に身を乗り出した。
「サリーナ様は、ご存じありませんでしたのね」
「信じられない噂ですわ、サリーナ様が婚約中に二人の男性と」
重なる言葉をカチャン、となった食器の音が消した。
明らかなマナー違反に、一瞬にして静かになる。
令嬢たちの顔色が、さっと変わった。
音を鳴らしたのは、侯爵令嬢自身である。
彼女を相手に、マナー云々を言えるような人間はいない。
ソーサ―に乗ったままのスプーンから、彼女はゆっくりと手を離した。
「……失礼」
侯爵令嬢は一言だけ告げ、優雅な仕草でお茶を飲む。
誰も声を発しない中時間をかけて一口飲み、今度は静かにカップをおいた。
顔をあげ、視線がサリーナに向けられる。
「ごめんなさいね、サリーナ様」
「……いいえ」
驚いたものの、それを表情には出さない。
子爵令嬢のサリーナよりもはるか上の身分の御令嬢が、サリーナに謝ったのだ。
主催者として、責任を取ったのである。
その意味がわからないほど、サリーナはもちろん、周囲の御令嬢たちも馬鹿ではない。
「お気遣い、感謝いたします」
サリーナは、口元に笑みを浮かべたまま、頭をさげた。
それにより、ピリッとした空気が、ホッと力を抜いたように変わる。
周囲の御令嬢から、謝罪と感謝の視線を受けながら、サリーナは時間をかけながら周囲を見渡した。
先ほどとは違って、話の主導権はサリーナにある。
彼女たちがサリーナに対して申し訳ない気持ちがあるようなので、噂の方から話をしてしまうことにする。
「もしかして。私が婚約を解消したことで、何か醜悪な噂が流れておりましたか?」
まさか自分から話を蒸し返すとは思っていなかったのか、隣の子爵令嬢が目を見開く。
微笑みを返しながら、サリーナは困ったように頬に手をあてた。
「残念なことに説明の機会がなく、今日に至った次第です。よろしければ、婚約の解消について少々お話させて頂いても?」
侯爵令嬢の視線が、じっとサリーナに向けられた。
その瞳を正面から見返して、サリーナは微笑む。
終わった話を、サリーナから蒸し返した。
その意図に気付かないような御令嬢ではないだろう。
「えぇ、もちろん。かまわないわ」
ゆったりとほほ笑んだ彼女は、目を細める。
誘うような瞳に、サリーナは静かに「ありがとうございます」と頷いた。




