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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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ルシオ、ひっそりと

ベッドの上で穏やかな呼吸を繰り返すサリーナを、ルシオはじっと見下ろした。

閉じられた瞳は、開く気配がない。

ふわふわとした口調で「大好きです」と言った後、サリーナは静かになってしまった。


ルシオは、力の抜けた頬を指先でつつく。


「言い逃げは、卑怯じゃない?」


漏れた言葉に返事はない。

全く、何を言い出すかと思いきや。


あの眠る直前のセリフは、無意識だろうと思う。

自然と漏れた言葉は、恐ろしいほど、すとんとルシオの胸に届いた。

サリーナの持つ仕草や視線は、とても純粋だ。


欲にまみれた、自分と違って。


「……コレで無自覚なんだから、怖いねぇ」


低く笑ったルシオは、視線を机の端に置いた砂時計に向けた。

時間を歪めているこの空間の中では、時計はあてにならない。


柔らかな頬をつついていた指を首筋にずらす。

髪の隙間から、脈を確認した。


「よく寝てる」


さらりと落ちた前髪を分けて、もう一度頭を撫でた。


ぐっすりと眠るのも、当然だ。


先ほどサリーナが飲んだ熱いお茶の中には、即効性の睡眠薬を入れた。

それも結構な量を入れたので、効き目は抜群である。

力の抜けたサリーナは、すこんと眠りに落ちた。


椅子に座ったまま大きく背伸びをしたルシオは、そのまま目を閉じる。

静かな部屋の中に、サリーナの存在を追いかける。


ゆっくりと目を開けたルシオは、すやすやと眠るサリーナを、小首を傾げて見つめた。

呼吸に合わせて、目を細めた。


「ごめんね」


嘆いた言葉に、自分で笑ってしまった。


何が「ごめんね」だろうか。

自分で眠らせておいて謝るとは、何とも酷い話だ。


もう一度、ベッドで静かに眠るサリーナを見つめた。

特に沸き立つ気持ちが起きないのは、自分で仕組んだからだろうか。


「……ごめんね」


それでも、言葉が漏れた。

申し訳ない気持ちは、確かにある。


嘘をついて、引っかけて、眠らせて。

サリーナが相手でも、必要だと思えばやってしまう自分は最低だ。


こんな酷い男に捕まってしまって、心の底から哀れだと思う。

それでも手放せないのだから、仕方がない。

サリーナが本気で逃げ出せば、ルシオには決して手が届かないだろうとわかっているので、尚更だ。


「……ま、今更かな」


一言で堕ちかけた思考を戻したルシオは、深く息を吐く。

顔をあげて静かに立ち上がり、机を片付け始めた。


暗示と呼ぶか、催眠と呼ぶのか。

その明確な違いなど、ルシオはどうでも良かった。


ただ、サリーナがはまったことだけが事実だ。


ルシオは、サリーナに暗示も催眠もかける気はなかった。

それは、サリーナとの関係のためにルシオが設けた、一線の向こう側にあるものだからである。

会話や行動の誘導とは違い、無意識下に作用する暗示は、サリーナがサリーナであることを奪ってしまう。

裏では平気でやらかすルシオにとって、そこは超えてはいけない一線だったのだ。


暗示に関して疑っているわけではないが、不思議そうに考え込んでいるサリーナに「暗示をかけようか」と提案をしたのはルシオである。

暗示をそういうものだと落とし込めていない様子のサリーナを手早く納得させることができ、かつ睡眠薬入りのお茶を飲ませることができると思ってのことだ。


だが、実際のところ、ルシオはサリーナに何もしていない。


桃の果汁入りのお茶は、本当に桃の果汁が入っていた。

サリーナが味も匂いも感じて当然である。

あれは、フェイクだ。


ルシオは、サリーナがレモン水を飲んでいる隙に、普通のお茶と入れ替えた。

そのまま、桃の果汁が入ったお茶を自分が飲んで片付けてしまった。

カップがとても小さいサイズだったので、サリーナは気づきもしなかった。


サリーナに暗示を「そっとかける」と言ったのも、あえてのことだ。

本気でかけるつもりはなかったのだから、あれ以外に言い方がなかった。


それで、ルシオは終わりにしようとした。

暗示にかかったと信じるサリーナが、怯えて怖がるだろうと思ってやった。

サリーナは、暗示をかけられたのは初めてだと言っていた。

顔色を悪くして「怖くない」と言っていたが、その言葉が嘘だと気づいている。


得体の知れない物は、怖い。

自分が揺らぐほどの恐怖に怯えるのは当然で、サリーナの反応は自然なものだと言える。

そうなるだろうと予想していたのだから、一応謝ったけれど悪いと思っていたわけでもない。


だからこそ、その後のサリーナの台詞には驚いた。


嗅覚と味覚を鋭くしてほしい。

集中力をあげてほしい。


言葉の意味が頭に入ってきた時、ルシオはサリーナの持つ意識の矛先にゾッとした。


リミッターを外す意味を持つその願いを、ルシオは叶える気はなかった。

もちろん、一線の向こう側だからということもある。

ただそれ以上に、やったことがある身としては、疲れ方が半端ではないと知っているからだ。


嗅覚を鋭くすれば、お茶どころか他の匂いにまで敏感になる。

無駄に脳に情報が集まり、その処理のために脳が一気に活動する。

サリーナの身を案じてのことなのに、自分を顧みないサリーナは譲らなかった。


サリーナは、意識がすぐに自分に向く。

何かあれば自分に置き換えてしまい、何もかも自分のせいにする。

それは、人生を繰り返していくうえで自然と身に着けてしまった考え方なのだろうと思っている。

ただ、ここまでだとは思っていなかった。


怖いと思っていたはずだ。

それなのに、サリーナはすぐに立ち直り、再度自分に暗示をかけるように願う。

怖いと感じたものを、役に立つのならばとすぐに自分に向けてしまうのは、あまりにも自分を顧みない行動に見えた。

時間を巻き戻してしまうことができる魔法を使えるからこそ、自分に与える影響を考えることなく、簡単に自分を犠牲にできるのか。


机の上に広がった茶葉を片付けたルシオは、並べられたカップのうち、一つを手に取った。

すっかりと冷えているが、口をつける。


「……おいしい」


今度は隣のカップを手に取る。

味も香りも違うけれど飲めるし、温かければよりおいしいだろうと想像がついた。


疑似薬物が入った、お茶だ。


ルシオの言葉に見事にはまったサリーナは、黙々とお茶を淹れて試し、メモを取り、考えては繰り返す。

こちらの言葉など、届く気すらしなかった。

どこか意識を飛ばした瞳は強く、恐ろしくも魅力的で、ルシオにその止め時を鈍らせるほどだった。


サリーナが、無意識で魔法も使っていたことにも気がついた。

それでもルシオは止めようとはせず、そのまま様子を見た。

リミッターが外れたサリーナの行動を見ておきたいという、邪な気持ちもかなりあっただろう。


そうして出来上がったものが次々と机に並べられていくのを、ルシオはそっと横から手助けしただけだ。


出来上がったお茶は、味が違うものが四つ。

酸味が感じられる物から甘味が強い物まで、ずらりとそろった。


恐ろしいなと思う。

サリーナは、ルシオが頼めば魔法を使うことも厭わないだろう。

心配してくれているのもわかってはいるが、サリーナの方が際限ない魔法のせいで、よほど飛び越えていってしまう。

きっと、枷をどれだけかけても変わらない。


音を立てないように茶器を片付けたルシオは、サリーナの書いたメモをまとめる。

散らばっているので、分析は後回しだ。


茶器を片付けて部屋に戻ってきたルシオは、ベッドに目を向けた。


自分を顧みないサリーナの真っすぐとした瞳に、自分は弱いと思う。

決意の固さはきゅっと結ばれた口元からでもわかり、サリーナが簡単に折れてくれないことを伝えてくる。

ああいうときのサリーナは、何を言っても誤魔化されてくれないし、引いてはくれない。

手を変え言葉を変え、一生懸命ルシオを説得しようとする姿に、いつも負けてしまう。


「それで、やっちゃうんだからなぁ……」


自分に出来ることがあれば、と考えるサリーナは、あのときのルシオのもどかしさなど全くわかっていないのだろう。


本当に、心の底からやりたくはなかった。

それでも引いてくれないサリーナに諦めて、判断をしたのは自分である。

サリーナに負けて、その線を越えた今の自分が、若干恐ろしい。


「先に、引き直すか」


ただ、線は引き直せる。

歪んでぶれても、一線を引き直すことで、自我を保つ。


椅子を引いて座ったルシオは、目を閉じた。

自分が持つ基準に線を引き、絶対に手を出さない内側と外側を、ルシオは明確に決めている。

それが歪むと何が起きるのかわかっているので、正確に刻んでいく。


自分は本当に、サリーナが関わると危ない。

一線の向こう側を軽く越え、簡単に危ない橋を渡り、無理やりにでも通そうとする。

例え道理がおかしくなっても、気にしそうにもない。


丁寧に、自分を中心に線を引き直したルシオは目を開けた。

ゆっくりと呼吸をすれば、気持ちも思考もクリアになる。


ちらりと砂時計を見た。

サリーナが眠り始めてからの時間を考えると、そろそろいいだろうか。

睡眠薬のおかげで、随分と深い眠りについているはずだ。


ルシオは静かに、引き出しに手をかける。

魔法がかけられた引き出しは、事前に登録している人間にしか開けることができない。


両手で、大量の小さな魔法石が入った小袋を取り出す。

袋が歪み、じゃら、と石が擦れる音がした。


ルシオは小袋を持ったまま、サリーナに近づいた。

顔の前に手を置いてみるが、反応はない。

瞼、首元を確認してみるが、深く眠っているようで起きる気配はないようだ。


「そのまま寝ててね」


一言かけて、ルシオは小袋から小さな石を取り出した。

それを、サリーナの顔の横に一つ置く。

そのまま、サリーナを囲うように、ぐるりと一周石を並べていく。

次々にその後ろに並べていけば、サリーナの周辺は石だらけになった。


「何かの儀式だな」


まるで生贄のようにすら見えるサリーナに、思わず苦笑してしまう。

だがすぐに視線を戻し、魔法石を一斉に起動させる。


クズ石である魔法石だが、持続できないだけで魔法の効果はしっかりある。

光り出した魔法石を、ルシオはじっと見つめた。


この小さな魔法石は、サリーナの元婚約者である、ザイードの分身のようなものだ。

本人に手渡して握らせて魔力を込めてもらい、意識すべてを取り込んだ。


フェアスーン王女殿下の取り巻きたちの中で、ザイードだけが守られていた。

サリーナの声と匂いの組み合わせが、ザイードの自我を守り続けた。


声はいい。

だが、匂いだけは、どうしてもわからないままだった。


サリーナの周辺から探るよりも、逆から考える方が早いかもしれないと思ったルシオは、早々にザイードに接触した。

そうして、大量の魔法石を押し付け、ザイードの分身を作り出した。


問題は、ザイードの分身となった魔法石をどうやってサリーナと接触させるかであった。

サリーナには匂いの話はしていないので、気づかれないようにとこそこそ動くしかない。

邸宅に忍び込むわけにもいかず、子飼いを使っても手間がかかる。


ということで、ルシオはサリーナに寝てもらうことにした。

ベッドで深く寝てもらえば、ルシオはやりたい放題である。


今日サリーナを呼んだ本当の目的はこのためで、そもそも睡眠薬入りのお茶を飲ませる気も満々だった。

方法と過程は予想もしていなかった方向からとなったが、結果が良ければすべて良しである。


「……ここか」


ルシオは色が変わった魔法石の記録を取る。

反応して、魔法石の色が変わる。


そこを別の石に交換して、もう一度確認をする。

距離と場所はもちろん、強く反応する場所を探る。


石が反応するところからは、空の魔法石を近づけて匂いを取り込む。


睡眠薬だけではなく疲れもあってか、深い眠りについたサリーナは、すやすやである。

その寝顔を堪能する暇もなく、ルシオは限られた時間を最大限に活用するために存分に動き回った。

この手は、二度は使えないとわかっているからこそ、必死だ。


これ以上はできることがないと自分で言い切る程、ルシオは魔法石を使って繰り返す。

距離と方向を確認し、どこまでが範囲として認識されるのか、その効き目はどこまでなのか、元はどこにあるのか、わからないことだらけなのだ。


どれぐらい時間をかけたのか、ルシオ自身もよくわからなくなっていた。

時間を歪めているこの部屋の中では、ただでさえ感覚が鈍る。

特に今日は目的がコレだったので、時間の歪みは幅は、かなり大きい。


「これで、いいかな」


やがて、好き放題動いてメモを取り、満足いくほどサンプルを集めたルシオは、ふらふらと机に戻ってきた。

魔法石が入った袋を机の引き出しに突っ込んで、代わりに魔法薬を手に取った。

透明な液体を一気に飲み干すと、体が楽になる。

空になった瓶を、隠すように引き出しに押し込んだ。


ぐるりと部屋を見渡して、深呼吸。

薬の効果のおかげもあり、体が楽になってきた。


ルシオはそのままベッドの脇に腰かける。

少しだけ鈍い音がして、ベッドが軋んだ。

もぞりと動いたものの、寝返りすらうつことなく眠るサリーナに、力が抜ける。


その頬に手を伸ばして、優しくなでた。


「サリーナは、あの侯爵家のバカとも婚約したことがあるの?」


何とも酷く硬い声だ。

引き寄せられそうな頬に親指を滑らせる。


「ザイードと王子と、バカと。他に、あと何人いるんだろうね……」


少しだけ指先に力を入れると、ふに、とサリーナの頬が形を変えた。

柔らかくてふわふわで、温かい頬だ。


人生をやり直しているサリーナの最初の婚約者は、ザイードだろう。

明らかに彼には思い入れがあるようなので、そこは間違いがないと思っている。


その後は第一王子だろう。

サリーナの今持っている、異次元の魔力がいつからのものかは知らないが、子爵令嬢のサリーナが第一王子と結婚するのならば、その理由は魔力以外考えられない。

魔力の強さを隠さなかったのか、隠せなかったのかどちらだろう。

一方で、思い入れもそこまでない様子なので、間は空くのだろうか。


その後が、あの身勝手な侯爵令息というところか。

魔力の強さを隠せる今のサリーナから考えると、前の二人よりは後だろう。

彼のことはよく知っているサリーナではあるが、一方で彼に対しても辛辣な評価しかしていない。

魔法石付きの文具を売るときには引っかけることを厭わなかった態度から、何とも思っていないことがわかる。


「全く。どうしてくれようかなぁ」


サリーナが起きる気配がないので、ルシオはむにむにと頬に指を沈めておく。


サリーナの相手が、三人だけとは思っていない。

婚約を解消しても平然としてサリーナなので、おそらくいろいろとあったのだろう。

これから一緒に過ごしていく中で、あと何人そんな男が出てくるのだろうか。

とりあえず、サリーナには整理してもらって、頭の中から追い出してもらわなくては。


そのためならば、たいして関係性のない相手から、茶会の招待状を入手することだって面倒だとは思わない。

どうやって、あのバカの婚約者から約束を取り付けようか。

こちらも何かを提示しなければ、難しいだろうと思う。

すでに学院内の人間関係は抑えているのだ、やり方などいくらでもある。


サリーナは、何故婚約を解消しないのかと言っていたが、ルシオからすれば、サリーナの婚約が解消出来たことの方が不思議だった。

あれだけ執着しているシュベルグ家の御令嬢であるサリーナの婚約解消を、王家が何も言わずに見守っていたとは思えない。

サリーナが何も気づかずにいるということは、おそらくあそこにはサリーナ自身の魔法が関係しているのだろうと睨んでいる。


特に、問う気もないが。


底知れない気持ちが沸き上がるが、幸せそうなサリーナの寝顔と柔らかな頬に笑いが漏れた。


「眠り姫だね、サリーナ」


だとすれば、お姫様を眠りにつかせた悪い魔法使いは、ルシオになる。

一方で、起こすはずの王子様もまた、ルシオなのか。

気づかないうちに眠らせて、王子のふりをして起こすとは、最低である。


優しく頬から髪をすいたルシオは、どうしたものかと考える。

サリーナが飲んだ即効性のある睡眠薬は強力だ。

どれぐらいで終わるのかもわからなかったので、その量も最大値で混ぜた。

このまま寝てもらってもいいけれど、変な影響が出ても困ってしまう。


解毒薬もあるので、そっちで何とかしてもらおう。

お茶を準備しなければ。


最後に、とサリーナの頭から頬を滑った指先が止まる。

薄い唇に、指の先が触れた。


自分の心音が、大きく跳ねる。


固まったように動けなくなった指先から、視線が反らせない。

柔らかい頬とは違って、赤く色づいて、ふっくらとして。


ルシオの喉が震える。

心臓が痛い。


前に傾きそうになる体を、必死に留める。

これは、一線の向こう側だ。


ぎり、と音が鳴るほど歯を噛みしめて、ルシオはその手を離した。

指先が熱くて、痺れている。


痛いほど両手を握り、息を吐いた。


「早く、起こさないとな」


自分の為にも、一刻も早く目を開けてもらわなくては。

一線の向こうが揺るぎかねない。


ルシオはわざと音をたてながら、お茶を入れ始めた。


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