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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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サリーナ、休む

何を言えばいいのか、ぐるぐると考えているサリーナは「よし」と小さく聞こえた声に顔をあげた。

こちらを向いたルシオが、笑みを浮かべる。


「難しいことは、後で考えることにしよう。せっかく休憩してたんだし」

「は、はい」

「体調は問題ない?」

「もちろんです」


サリーナの返事に「そっか」と頷いたルシオは、立ち上がった。

そのまま手早く机の上を片付け、拭いていく。

サリーナも、小さなカップを手に取った。

傾けて煽り、一気にお茶を流し込む。


「ごめん、焦らせたよね」

「おいしかったです、ありがとうございました」


気にしていないと笑い、カップを手渡す。

立ち上がると、頭の中がスッキリとしている気がした。


サリーナは、向かいでカップを手に取るルシオの横顔を見つめた。


「ルシオ様」

「何?」

「私に、暗示をかけて頂けませんか?」


ぴたりと動きを止めたルシオは、ゆっくりと顔だけ動かした。

視線が刺さる。


「味覚と嗅覚が鋭くなるように。集中力が、あがるように」


見返したまま、サリーナは言葉を続ける。


薬物入りのお茶を作るために、使えることは何でもしておきたい。

先ほど味覚と嗅覚が変わったとき、考えていたことだ。


ルシオなら、出来るだろう。


ルシオがカップをおいた。

視線を下げたままのルシオは「嫌」と一言だけ返してきた。


「どうしてですか? 先ほどは、あんなに簡単にかけてくださったではありませんか」

「さっきとは話が違うよ」


眉を寄せたルシオは、ため息をついた。


「サリーナの言ってることは、リミッターを外すってことだよ。どれだけ体に負担がかかるかわかってるの?」

「……それは」


そんな言い方は、ズルイと思う。

だってサリーナは、リミッターを外したことなどない。

外した影響がどれほどあるのかなんて、やってみたことがないのにわからない。


今まで魔法でひょいひょいとズルをしてきたせいである。


「俺は、やらないからね」

「何かあれば、止めて下さればかまいませんから」

「やりません」

「味覚だけでも、かまいません!」


サリーナは食い下がる。

だが、ルシオはため息を共に首を横に振った。


「そういう問題じゃないから」

「ルシオ様」

「あのね、俺はやったことがあるから言ってるの。経験した上での判断だからね」


やっぱり、と思う。

サリーナよりも早く手を付けていたルシオが、気づいていないとは思っていない。


サリーナは、苦しくなって唇を結ぶ。


ルシオは、サリーナを心配してくれているのだろうと思う。

わかっているけれど、諦めようと思えない。


ルシオの優しさに、何故か置いて行かれているような寂しさを感じてしまう。

こうやって共有させてくれているのに、肝心な時にルシオは踏み込ませてはくれない。


悲しいし、苦しい。

自分がとても弱く感じられて、苦しい。


サリーナは息を吸い込んだ。

思い出すのは、ルシオの父親の顔だ。


ルシオの足を引っ張るようなことはしたくない。

サリーナがルシオの力になれるよう、できることはやりたいと思う。

それが、明らかにこの世の常識を外れたような魔法でない限りは、許されると思いたい。


一方で、ルシオの気持ちもわかる。

無理をしようとするルシオを心配になる気持ちは、いつだってくすぶっている。


「ルシオ様の、お気持ちに反してしまうことは申し訳なく思います。ただ……ただ、ルシオ様のお側にいるときだけは許して頂けませんか?」

「……やらないって言ってるでしょ」

「無理も無茶も、ルシオ様がいらっしゃる限り、私からすることはありません。ルシオ様と一緒ならば、私の安全は保障されていますよね?」


ルシオの顔色がさっと変わった。

サリーナの意図が伝わったのだろう。


無理も無茶も認めないと、ルシオははっきりと言っていた。

だがそれは、サリーナの持つ異次元の魔法のことで、通常使える魔法に関しての話は別だ。


例えば。

学院で習う魔法ならば。

ルシオがよく眠れるようにと、魔法をかけたことがあるサリーナだ。

そうやって、人の精神に影響を及ぼす魔法を、応用してしまえば、リミッターを外すことはできてしまう。


でも、それはしたくはない。

ルシオとの約束を破るとまではいかないが、限りなくグレーに近い部分だと思う。

勝手はしない、ちゃんとルシオと向き合いたい。


「ルシオ様、お願いします。ルシオ様の支持に従いますから、どうか」


サリーナは頭を下げた。

ルシオが何も言わないので、部屋の中が静かになってしまう。


顔をあげるわけにもいかず、サリーナはぎゅっと手を握りしめた。

ルシオの気持ちを踏みにじってまで自分の意見を押し通そうとしていることに、負けそうになる。


大きなため息が聞こえた。


「……何で、そこまでするの?」


のろのろと視線をあげると、顔をしかめたルシオがいた。

視線が合うと、反らされる。


「期限まで、まだ大分日は残ってる。魔道具を使えばさらに伸びる。サリーナが今、そこまでする必要はないでしょ」

「そうやって伸ばした挙句、何も成果が出なかったらと、怖いだけです」

「……成果は、出るよ」


小さくもはっきりと告げた声に、サリーナは目を細めた。


サリーナが成果を出せなかったとしても、ルシオは何とかしてしまうだろう。

その場しのぎのものでも、魔道具を使ってでも魔法石を使ってでも、ルシオはやってしまうのだ。


そんな無理やりなことを、ルシオにさせたくない。


「ルシオ様一人に負担をかけたくない私の気持ちも、ご理解頂きたいです」

「俺は、自分の範疇でやってます」

「……そうは思えないのですが」


サリーナが触れただけで痩せたことに気づいたというのに、何を言っているのか。

顔色が悪かったことだってあるし、やつれていたことがあるのも忘れていない。


魔法薬を飲んだところで、何もかも戻るわけではないのに。


じとりとした視線でルシオを見ると、気まずそうに瞬いている。

ルシオだって、わかっているはずだ。


「あーもう。何でこうなるかなぁ」


ルシオは、がしがしと頭をかいて項垂れた。

思わず声をかけそうになったところを、堪える。


黙ったまま、じっとしておく。


「わかった。わかったよ、サリーナ」


下を向いたまま、ルシオが低い声で言う。

ため息を共に、頭を上げた。


「暗示、かけたらいいんでしょ?」

「ありがとうございます!」

「そんな嬉しそうな顔しないで。俺、本当に、やりたくないんだからね」


やや強めの口調のルシオは、瞳が据わっている。

本気で嫌なことが伝わってきて、少しだけ申し訳ない気持ちが湧いた。


でも、仕方がない。

譲れないと思ったのだから、諦めてもらわねば。


「サリーナ、座って」


頷いて椅子に座ると、ルシオが歩いてきてサリーナの横に立った。

視線をあげると、真剣な瞳がある。


「本当に、いいんだよね?」

「……ルシオ様のことは、信じています」


笑って答えた。

ルシオのことは信じている、その言葉に嘘はない。


詰まったように言葉を切ったルシオは、ゆっくりと苦笑した。

手を伸ばして腹部で組むサリーナの手を取り、ぎゅっと握られる。

ひんやりと手だと思う。


「サリーナがどう言おうと、終わりを決めるのは俺だからね」

「はい」

「解いた後は負担が残るから。俺が認めるまで休むって約束して」

「お約束します」

「……必ず俺の言うことを守ってね。絶対だよ」

「わかりました」


しっかりと答えると、紫色の瞳からふっと力が抜けた。

心配してくれていることが伝わってきて、温かい気持ちになる。


「……じゃ、目を閉じて」


ルシオの言葉に、サリーナは両目を閉じる。

触れたままの手に、少しだけルシオの指先が絡んだ。



引っ張られる感覚は、何とも不思議なものだった。

乱雑に絡まっていた糸が解けていくように、するすると頭の中に答えが浮かぶ。

答えが消える前に手にすると、その次にどうすればいいのかがわかる。

何故か導かれるように、頭の中がクリアになっていった。


のめり込むような集中力が切れたのは、パンという手のひらを打つ音のせいだ。

ぴくりと体を震わせたサリーナは、気づいたように息を吸った。


「……え」


ぼんやりと辺りを見渡すと、しかめっ面のルシオがいた。

その手が伸びる。


「そのまま、動かないで。ちょっと触るよ」


冷えた手が、おでこに触れる。

そのまま首筋に降りていくのを、目で追いかけた。


自分が椅子に座っていることに気づく。


いつ、座ったのか。

ぼんやりとした頭が重い。


「サリーナ。ここがどこか、わかる?」

「ルシオ様の、部屋、では?」

「何していたかは覚えてる?」

「茶葉を、合わせて。お茶を作っていたかと」


目の前のルシオが、明らかにホッとしたような顔になった。


「痛いところはない?」

「ない、です」

「気持ち悪いとか、悪寒がするとか」

「ないです」


首を横に振ると、頭の重さで体が傾いた。

ルシオが支えてくれる。


「大丈夫?」

「すみません」


体を起こして、瞬いた。

何だろう、長い間夢を見ていたような気がする。


ゆっくりと視線をあげた。

ルシオの紫色の瞳が、とても近い。


「あの。近い、気がするのですが」

「……他に言うことあるでしょ」


大きく息を吐いたルシオが、サリーナの頬に触れた。

指先がいつもよりも冷たく感じるのは、サリーナの体温が高いせいだろうか。


「これ、飲んで」

「は、あ……」


渡されたのは、湯気が立つ薄い色のお茶だった。

何だろう、と思いつつ口に含む。


思った以上に熱い。


「ゆっくりでいいから、最後まで飲んで。落ち着くから」

「……ありがとうございます」


ほぅ、と息を吐くと、呼吸が整う気がした。

薬物入りのお茶とは違う苦味と、とろみがある。


不思議な味だ。


サリーナの隣の椅子に座ったルシオが、優しく背中を撫でてくれる。

抱きしめられているような安心さがある。


「おいしかったです」

「良かった」


ルシオは受け取ったカップを机におく。


「もう一回触るよ」


そう言ったルシオの手のひらが、もう一度おでこに触れる。

きゅ、と目を閉じると笑う気配がした。


「サリーナ、立てる?」

「は、はい」


ルシオに手を取られて、サリーナは立ち上がる。

狭いため、ルシオが空いた手で椅子を動かしているのを眺めながら、どうしたのだろうと考える。


視線を机の上に向ければ、お茶のカップがずらりと並んでいた。

自分でやったような記憶がおぼろげに残っているけれど、実感が何故か遠い。


「ルシオ様?」


優しく手を引かれて「こっち」と言われて踏み出すと、ルシオのベッドの側まで連れていかれた。


そのまま引き寄せられるかのように、二人してベッドに腰かける。

繋がれていた手を解いたルシオが、その手でポンポンとベッドを叩いた。


「はい、寝て」

「……は!?」


予想外すぎる言葉に、サリーナはぽかんと口を開けた。

何を言われたのか、頭の中に入ってこない。


「ル、ルシオ様!?」

「大丈夫、洗ってあるから。ほら、横になって」

「え、ちょ、待ってください! 何故!?」

「休むって約束したでしょ? いいから早く寝て」


寝て、と言われても。

このベッドに横になれというのだろうか。

無理なのだが。


「いいいい、椅子で休みますから」

「俺の言うことを、守るって約束だったはずだよ。ほら、早く」

「え、いえ、む、無理ですよ!」


何やらムッとしているルシオだが、こちらもそれどころではない。

ルシオのベッドに横になるなんて、そもそも恥ずかしすぎる。

それに加えて、こちらは学院帰りでスカート姿だ。


「ルシオ様、落ち着いてください。こっ、この格好でこの場所は、どうかと思います!」


何もかもが無理すぎて、サリーナはとりあえず立ち上がった。

ベッドから離れたい、今すぐに。


赤い顔を必死で隠すサリーナは、一歩下がる。


ベッドに座ったまま、そんな様子を眺めていたルシオの眉が寄る。

ふらりと首が傾き、ぐっと瞳に力が入った。


「……ぐちゃぐちゃ言ってると、押し倒すよ」

「んぇ!?」

「俺、今機嫌悪いから。我慢もあんまりする気がない」

「ルシオ様!?」

「やると言ったら、やるよ。自分で横になるのと、俺に押し倒されるのと、どっちがいい?」

「他の選択肢は!?」

「あるわけないでしょ」


即答である。

サリーナは、真っ赤な顔をしたまま震えた。


ルシオは本気だ。

いつもなら少しは許してくれる優しさが見えるが、今回は全く見えない。

どちらにしても、救いがなさすぎる。


ルシオが立ち上がった。

思わず一歩引くと、椅子に足があたる。


バランスを崩したサリーナの腕を、ルシオが取った。


「フラフラでしょ? もう限界だよ」

「ルシオ様」


引かれるままに、サリーナはもう一度ベッド脇に立った。

ルシオが毛布をめくる。


「入って」

「……私、スカートなんです」

「履き替えたいってこと? 貸そうか?」

「そういう、問題では」


サリーナよりも体重が軽そうなルシオの服が、入らなかったらどうしよう。

それは女性として問題になりそうなので、ふるふると首を横に振った。


どうしよう、と視線を彷徨わせていると、低音が聞こえた。


「これ以上は、待てないんだけど」

「は、はいっ……」


ぴゃ、と飛び上がったサリーナはベッドに手をかけた。

ルシオの据わり切った瞳が、ルシオの本気度を伝えてくる。


そろりと振り返ると「早く入って」と言われてしまった。


「……失礼、します」


半分泣きそうになりながら、サリーナはもそもそとベッドにあがった。

両親にバレたら、相当叱られてしまいそうなことをしている。


どうしよう。

恥ずかしい。


心臓が痛いほどに音をたてている。


「はしたないと、思います」

「そういうの、ホントにいらない」


早口でスパンと切ったルシオは「早く」と急かしてくる。

これ以上何も浮かばずに、サリーナはスカートを伸ばして横になる。

仰向けになったものの、天井を見ていいのか横を見ていいのかわからない。


視線をうろうろとさせるサリーナに、ルシオが毛布をかけた。

その上から、優しく数回叩く。

その手が視界に入ったので、反射的に目を閉じた。


真っ赤な顔に、ルシオの少し低い体温が気持ちいい。


「恥ずかしくて、どうにかなりそうです……」

「そうですか」


棒読みで返事をしながら、ルシオは手を伸ばして椅子を引き寄せる。

椅子に座り、サリーナの頭を撫でた。


「休んで。寝てもいいから」

「何かしでかしそうで、落ち着きません」

「しでかしたところで、今更です」


そう言うルシオの口調が柔らかいので、サリーナはむぐと口を閉じた。

とんとん、と叩く規則的な刺激に、力が抜ける。


「……ルシオ様」

「何?」


やはり、疲れているのだろうか。

瞼が重たい。

頭を撫でてくれるルシオの手も、規則的な音も心地がいい。


ふわりとした気持ちのまま、サリーナは口を開く。


「ご迷惑を、かけてばかり、で。申し訳、ありません」

「……そんなことないから。俺は、思ったことないよ」

「ルシオ様は、嫌がっていたのに。無理を、お願い、して。申し訳、なかったです」

「いいよ、もう」


優しい声に、ホッとした。

視線を向けると、ルシオの紫色の瞳がとろりと柔らかくなる。


「私。頑張ります、からね」

「そういう話は全部、休んでからね」


そういう話とは、何だっただろうか。

鈍い思考の中で、サリーナはほぅ、と息を吐いた。


ふわふわする。

するりと髪をすく手に、頭を寄せたくなる。

サリーナは重たい瞼を閉じた。


「……大好きです」


ぽつり、と呟いたサリーナは、甘えるように力を抜いた。


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