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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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サリーナ、考える 後編

小さく小分けにされた果物を食べているうちに、頭の中もスッキリとしてきた気がする。

全体的に酸味が含まれているからだろうか。


とりあえず、疑似薬物とはいえ、味も匂いも舌触りも覚えた。

温度や抽出時間によっての変化も確認してメモを取ったので、ひとまずできることはすべてだと思う。


これ以上は、実際に茶葉がないと難しい。

想像だけあれこれしても進まないので、いろいろと試してみなくては。

茶葉がないので、まずは馴染みの店舗に行った方がいいだろう。


ルシオと共に食器を片付けながら、サリーナは口を開く。


「ルシオ様。私は今から、いくつか茶葉を購入してこようと思います」

「は?」

「一応、新作のお茶についての案を考えるという名目で行こうと思っているのですが、問題はありませんか? あ、お代は私の方で」

「え、何それ」

「えっと、ですから、茶葉を買いに行こうかと。小袋と合わせるのはルシオ様とご一緒のときにしますが、普通のお茶であれば、私一人でもかまいませんよね?」

「待って待って。早いからね、サリーナ」


ルシオが慌てたように振り返る。


「一人で買いに行って、料金払って。それで、配合も一人でやろうとしてるわけ?」

「え、いえ。あの、そんな一人を強調したわけでは……」

「何それ、俺はどこにいっちゃったの?」


むっとしたルシオは、怒っているというよりは拗ねているように見える。

サリーナは誤解だと、小さく両手を振った。


「その、これ以上は、茶葉がないと何もできないと思っただけですから」


ルシオの考えはさておいて、現実として茶葉の現物がないと何もできない。

買いに行こうと思っての発言だったのだが、うまく伝わらなかったらしい。

ルシオは口を尖らせた。


「俺が試作品作るときに、いろいろと買ったものがあるから。使えそうなものがあったら、使って」

「そそ、そうですか」


ルシオの声が少し低いので、サリーナは身を引いた。

怒らせたわけではないと思うが、ちょっと距離を空けた方がいい気がする。


サリーナをじろりと見たルシオから「それから」と、言葉が続く。


「足りないものは俺が準備するから言ってね。そこは遠慮しなくていいから」

「はい」

「絶対に、自分で揃えようとしないで」

「は、はい」

「普通のお茶だけだとしても、配合も俺がいるときにやって。時間は合わせるから、一人でしないで」

「わかりました」

「必ずだからね。今、約束して」


ルシオの目が据わっている。

サリーナは冷や汗が出ているのを感じながら、こくこくと頷いた。


「必ずです、お約束します」

「本当に。俺を何だと思ってるのかな、サリーナは」


何って。

婚約者だと思っている、のだが。


とてもそんなことを口に出来る空気でもないので、サリーナは少しだけ目線を下げた。


大きなため息をついたルシオが、一歩近づいた。

影ができたので、ちらりと視線をあげておく。


「今から、試作しようとしてるの?」

「そう、ですね。どれぐらいかかるか全くわかりませんから、時間がある限りは取り組みたいと思っております」


そろそろと答えると、ルシオが黙った。

そう言えば忘れていたが、今何時だろう。


部屋の中を見渡したサリーナは、首を傾げた。

いつも部屋にかかっている、掛け時計がない。

時計をかけているフックが見えているので、わざわざ取り外したのだろうか。


何故、と瞬いたサリーナは、ルシオを見上げた。

不思議そうな紫色の瞳を、じっと見据える。


「……今、何時でしょうか」

「えーと。何時だったかな」

「ルシオ様!」


サリーナが声をあげると、ルシオが降参とばかりに両手をあげた。

苦笑いがわざとらしい。


サリーナは、じとりとルシオを睨んだ。


「時間、歪めているんですね?」

「少しだけだよ」

「いつからですか?」

「最初からかな、サリーナが部屋に入ってからすぐ」


呆然としてしまったのも、仕方がないと思う。


気づかなかった、

今まで時計がないことすら、全く気付いていなかった。


ぱっと部屋中を見渡すが、特徴的な煙が見えない。

いくら薄く焚いていても煙である以上違和感があるはずが、全然わからない。


どうやって焚いているのだろう。

疑問を口にできないのは、ここがコンラード商会の支店であり、ルシオの私室だからだ。

いろいろなところに伏線を張っているこの建物ならば、何となく納得してしまう。


「どうして、わざわざ」


時間を歪める魔道具は恐ろしく高価ではあるが、状況によっては使用も仕方がないと思っている。

サリーナのために使うことに抵抗はあるものの、説明してくれればちゃんと受け入れる。

それなのに、まるで騙すようにこっそりと使われると、もやもやとした気持ちに包まれてしまう。


一言でも言ってくれれば、頷いたのに。


少しだけ考えるように視線を下げたルシオは、「そうだねぇ」と呟く。


「今日中に、話をつけたかったからかな。話がどう転ぶかわからない以上、長引いても帰宅に影響がないように予防線を張ったんだ」

「……お話、そんなに長引きました?」

「いや、全然。むしろ、話はすぐに終わったから、驚いたぐらい」


あれ、とサリーナは瞬いた。

もしかして。


「では、今はもう、魔道具は使っていない、とか」

「いや、全力で稼働中だけど」

「お話が終わったのなら、止めたらいいのでは!?」

「話は終わったけど、試飲することになったでしょ? だったら、そのままでいいかなぁと思って」


そうか、と何故かわからないけれど、サリーナはすとんと理解した。

ルシオは当初、疑似薬物の試飲までは予定していなかったのだ。


そもそも、ルシオはお茶へのアドバイスを求めてはきたものの、サリーナが一から配合することには反対していた。

触れるのも嫌そうだったぐらいなので、試飲することも考えていなかったのだろう。


ルシオは肩を竦めた。


「俺としても予想外の展開だったけど、まぁこれもありということで」

「すみません、私のせいで」

「何言ってるの?」


そろりと謝ると、ルシオの手が頭に伸びた。

ぽんぽん、と手のひらで軽く叩かれる。


「すぐに自分のせいにするのは、やめましょう」

「あ……」

「これはサリーナのせいじゃなくて、俺の覚悟のせい。サリーナは無関係だよ」


覚悟、とは?

そんなものがどこに、と不思議に思ったのが顔に出ていたらしい。


ルシオが苦笑する。


「もしかして。今、俺のこと引っ張ったの?」

「え」

「やっぱり、手綱握りたいってことかなぁ」

「ち、違います!」


話が飛んだ。

どこかに飛んで行ってしまった。

これだけサリーナを振り回しているルシオが、何を言っているのだろう。


「俺はいつでも、大歓迎ですので」

「何の話ですか!?」


そもそも、サリーナではルシオには叶わないだろうに。


心外すぎて叫ぶが、堪えたように笑うルシオは楽しそうだ。

笑いが止まらない様子のルシオに、サリーナはふるふると震える。


頭の上に乗っていた手が落ちて、頬に触れる。

熱を帯びた頬には、ルシオの低めの指先が気持ちよくて、サリーナは詰まった。


ルシオは明らかにサリーナをからかっているのに、瞳はとても柔らかい。

こうやって触れられてしまえば、サリーナは胸が苦しくなって何も言えなくなる。

普通に話していたはずが、すぐにからかって甘くなって、優しくなる。


何故こんなことになっているのか、わかっているからこそ余計にそう思う。


酷い。

ずるい。

悔しい。


意地悪ばかりで。


今日だけで、何度この言葉を胸の中で唱えたことか。


むぅと頬を膨らませたサリーナは、そのままとん、とルシオに頭を寄せた。

頬を滑っていた手が、後ろに抜ける。


「サリーナ?」

「……私、怒りました」


サリーナは、出来る限り低い声を出す。


「怒っていますからね、えぇ、それはもう、とても」

「どうしたの、急に」

「怒っているんです。ルシオ様が意地悪なことばかり、おっしゃるからですよ」

「えぇ?」


怒りに任せてぐりぐりとルシオに頭を押し付けると、ルシオの手が背中に回った。

ぎゅっと抱きしめられると、驚いてしまったけれど温かさを感じて、ホッと力が抜ける。

一瞬にして許しそうになってしまい、慌てて唇を引き結んだ。


違う。

そうではない。


「怒っているんですからね!」


慌てて気持ちを取り戻して叫ぶが、声が震えた。

それをわかっているルシオは、噴き出した。


「可愛いだけなんですが」

「怒っているんですけど!」

「ごめん、ごめん。そうだった」


白々しいルシオは軽い口調で謝った後、サリーナの頭を優しくなでる。

優しい手つきに、甘えたくなるのを堪えた。


「反省してください。いつもいつも、意地悪ばかりして」

「そんな覚えはありません」


驚愕の事実の発覚である。

まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。


全然わかってもらえていないと、サリーナは離れようと体を起こした。


「え、駄目」


素早く、腰を引き寄せられる。

余計に近づいて、サリーナの肩が跳ねた。


「る、るしお、様!」


驚いて声をあげるサリーナに、ルシオの方はムッとしている。


「自分から近づいてきたのに、それはないでしょ」

「やり方を間違えただけです」

「俺には関係ないですね」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


裏返った声に、ルシオがもぞりと動く。

不本意そうな顔をしている意味がわからない。


「何?」

「も、もう一度、やり直していいでしょうか」

「一応聞くけど、どこから?」


ルシオに尋ねられて考える。

とりあえず怒っていることは主張したいので、距離を空けるところからだろうか。

抱きしめられたら、あっという間にルシオのペースになってしまう。


ということは。


「えーと、離れた辺りからお願いいします」

「認めません」

「ルシオ様!?」

「却下します」


力を入れて抱きしめられて、サリーナは悲鳴が漏れそうなのを何とか堪えた。


これは大変よくない。

流されてしまう。


何とか踏みとどまらなければ。


「わっ、私、おお、怒っているんです、よ」

「それは、何度も聞きました」


ルシオは細くて薄いのに、どれだけ力を入れてもルシオの腕から抜けられない。

足を使ったら、さすがによろしくないだろうか。

もしくは軽く飛んで、頭突きをしてしまうのもありかもしれない。


でも怪我させてしまったら嫌すぎるので、やっぱり足の方がよさそうだ。

蹴り上げるわけにもいかないので、踏む方向でどうだろう。


物騒なことを考えているうちに、怒りがどこかへ飛んでいってしまいそうである。

恥ずかしすぎて、とにかくここから抜け出したい。


「サリーナ」


全力で体を捻ろうとしていたサリーナは、首筋に触れた冷たさの残る指にびくりと動きを止めた。

反射的にルシオを見上げる。


「俺が悪かったです」

「……は、え?」


あっさりと謝られて、目を見開いてしまった。

ぽかんとしていると、ルシオの手が頬から髪へと滑っていく。


「ごめんね」

「え、あ、いえ、そんな」


夢だろうか。

ルシオがしょんぼりと眉を下げている。


現状の理解が追い付いていないサリーナは、ルシオの腕の中の距離が空いたことにホッとする。

近すぎると本当によくないな、と頭の片隅が現実逃避を始めている。


その目の前で、ルシオが小首を傾げる。

黒髪が揺れるのを、ぼんやりと眺めてしまった。


「お詫びに、今から一緒に、茶葉を買いに出かけるというのはいかがでしょうか」

「え?」

「実時間、ほとんど過ぎてないから、時間は十分にあると思うよ。馬車の手配に少し時間は欲しいけど、どうかな」


するりと左手を取られて、サリーナは真っ赤な顔のまま、視線を彷徨わせた。

先ほどとは違う意味で、顔に赤みが増していくのがわかる。


あれほど胸の中で渦巻いていた思いが、簡単に溶けてしまう。

ぷりぷりとした口調が、消えてしまった。


ずるいと思う。

本当に。

こんな人の手綱を握るなんて、サリーナにはとても無理だ。


「どうか、お許し頂けませんか?」


ルシオが困ったような顔をしているのも、ずるいと思う。

わかっているくせにあえて口にするところも、引いた手が温かいのも、こちらを見る瞳が甘いのも、全部ずるい。

すべてが、サリーナだけに向けられた、特別なものだ。


悔しい。


「……歩いて、行きたいです」


悔しいけれど、提案に喜んでしまう単純な自分がいる。

繋いだ手に力を入れると、ルシオが小さく笑ったのがわかった。

見透かされている気がして、視線から逃げるように、頭を寄せて俯く。


「エスコートしてくだされば、許します」


もごもごと小さく呟くと、繋がれた左手からリップ音がした。

ぎょっと顔をあげると、ルシオが左手を握ったまま目を細めた。


「寛大なご配慮に、心から感謝申し上げます」


とろりとした甘さに息を飲む。

許すも何も、こんなこと一つで嬉しくなってしまう自分は、本当に手軽すぎると悲しくもなる。

だが、もうどうしようもないので、諦めて力を抜いてみた。


ルシオが手を引いて抱きしめてくれると、やっぱり安心してしまう。

頭を撫でられる心地よさに、力が抜ける。


ただ、どれだけ慌てたとしても言っておかなくては。

少しだけ顔を覗かせて「ルシオ様」と名前を読んだ。


「話を反らしたこと、わかっていますからね」

「わかっていて、乗ったんでしょ?」


魔道具の話から、思いっきり話が飛んだ。

反らした当のルシオは、ちゃんとわかっていて話の矛先を変えたのだ。

そしてサリーナも、これ以上は踏み込まないという意図を持って、話に乗った。


互いにわかっていてこうなるのだから、本当にどうしようもない。


「まさか、サリーナが自分から飛び込んでくるなんて、思ってもいなかったけど」

「私は、怒っていたんです!」

「でも近づいてきたら、抱きしめると思うなぁ」

「何故!?」


まるで、当たり前のように言わないでほしい。

大人しく腕の中にいるのは、サリーナの優しさなのだ。


そういうことにしておきたい。


赤くなった顔を隠すように俯くサリーナの髪を、ルシオが指先ではらった。

薄く色づいた首筋に、柔らかな黒髪が触れる。


「それは、しょうがないってヤツじゃない?」


髪の合間から覗く耳に、そっと囁く。


「男ですから」


わざと強調して言うルシオに、サリーナの首筋まで血が巡る。

避けた髪から覗く首筋が真っ赤になったのを見て、ルシオは喉を鳴らして笑った。


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