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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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ルシオ、その裏で 前編

ルシオは、ドアを開ける。

足でドアを押さえたまま、大量の白い箱が乗ったティーカートを中へと押し込んだ。

煙に顔をしかめつつ、ゆっくりとドアを閉めた。


レンガ造りの部屋の中では、カートを押すのも慎重になる。


「おぉ、待ってたぞー」


ソファにだらりと座る父親が、こちらを向いた。

その瞳が、カートの上にずらりと並ぶ白い箱に向く。

父親の頬が引きつった。


「何、それ全部お茶なの?」

「そう、全部です」


頷いたルシオは、父親の様子など気にせずにカートを押して、机の横につけた。


ルシオが今日、サリーナと話をするのは聞いていた。

その結果どうなったかは知らないが、二人で茶舗に行ったという報告は受けた。


「お前、どうなってんの。さすがに、こんなに試作品があるとは思ってなかったぞ」

「試作品だからね、試さないと話にならないでしょ」

「俺は、どうでもいいヤツまで飲む気はないぞ」


父親が顔をしかめた。


ルシオが持ってきた箱の中身は、疑似薬物入りのお茶が入ったカップである。


魔道具を使って時間を調整しているのも承知の上なので、サリーナと話をしたルシオが、試作品を試すことはわかっていた。

成果を知りたいので、途中経過を報告するように指示を出したのも、父親だ。

ただ、その数だけは想定外だった。


「報告しろって言ったのは、父さんだろ」

「取捨選択はしろ。夕飯が入らなかったら、どうするんだ」


父親の心配事が、心底どうでも良すぎたので無視をしておく。

聞かなかったことにして、机に白い箱を並べた。

並べてもなお、カートの上には箱が残ってしまう。


父親は、諦めたように頬杖をつく。


「どれから開ければいいんだ?」

「一番左からかな。それが一番、甘くない」


そう言いつつ、ルシオが渡してきた紙には、茶葉のかけ合わせが書かれてある。

なるほど、と父親は頷いた。


向かいのソファに座ったルシオは、厚みのある紙の束を手に取る。


「その番号の横にチェックが入っているヤツは、サリーナが試作したヤツだから」

「んん?」

「量と配分書いているのは、そのせいだよ」


言い放った息子を、父親はまじまじと見つめた。

ルシオは何事もなかったかのように、けろりとしている。

特に荒れてはいないようだ。


「ふーん」


父親は箱を開ける前に、渡されたリストを確認する。

よくよく見れば、ほとんどサリーナが試作しているものばかりではないか。

一番左にある白い箱の中身も、サリーナが作ったものだった。


「まぁ、俺は。飲める茶ができれば、誰が作った物だろうと気にしないよ」


そう言いながら、父親は一番左におかれてある白い箱をコンコンと叩く。


気持ちに嘘はない。

ルシオの父親にとって何よりも重要なことは、薬物入りのお茶がおいしくなることであり、誰がそれを考えたかではない。


だが、ルシオは別だろう。


見逃そうとは思ったものの、この件には関わっている人間が多いので立ち止まる。

念のため、言っておかなくては。


「お前、納得してるんだろうな。生半可な覚悟じゃ、途中で狂いかねないぞ」

「したから、ここにあるんだろ」


ルシオが、一番奥にある箱を指さした。


この一件は、ルシオが求める成果である。

それにはサリーナの協力を得るよう考えていた。

いつ、どのタイミングでサリーナを巻き込むのか、ルシオはずっと探っていた。

本当は、もっと先が見えたときに話をしたかったのは知っている。


だが今のルシオの力だけでは、薬物入りのお茶はいつまでも仕上がりそうにもなかった。

どれだけぐたぐたと悩んでも先へと進まないので、どこかで妥協は必要だっただろう。


そこまでしても、ルシオはとても消極的だった。

例え体に影響がない疑似薬物を使用するとはいっても、ルシオはサリーナが偽物にすら触れるのを嫌がっていた。

助言を求めるためには飲んでもらわないと話にならないが、決して前向きな様子ではなかった。


そのルシオが、である。

サリーナが試作するのを、許したのか。


「手広くやると、すぐに溢れて零れ落ちかねないから、やっかいだねぇ」


本人が考えた上での判断ならば、父親が何かを言うようなことでもないだろう。

ただ、手中から外れてしまわないよう、目を光らせておくだけだ。


話は終わりだと、父親は一番左の箱に手をかけた。


「じゃ、どんなものか飲んでみますか」


開けた瞬間、ふわりとフルーティーな香りがする。

全く想像していなかった香りに、驚いてしまう。


「……おお?」


思わず声が漏れた。

そろそろと、湯気が立つカップを手に取る。


少し酸味を感じる香りは、カップを持つとさらに広がった。

父親は、まじまじとカップを見つめた。


「え。これ、ちゃんと入ってんの?」

「当たり前だろ」


薬物の匂いが一切しない。

鼻につく独特な香りが、全くわからない。


そんなこと、あるのだろうか。


「考えても仕方がないか」


サリーナの方が茶葉には詳しいのは間違いないので、気にしないことにした。

目の前に座る息子の視線もあるので、さっさとカップに口をつける。

途端、薬物の味を感じてしまい、眉が寄った。


「……匂いだけじゃなぁ」

「試作品だって言ってるだろ」

「まぁ、それでも随分マシになったな。この香り、どうしたんだ?」

「俺が集めてきた、花の香りの掛け合わせ」

「何だ、そっちでも役に立ったのか。いろいろやっておくもんだねぇ」


もう一口だけ飲んだ父親は「味がなぁ」と嘆いて、カップを箱に片付けた。

まだまだ試作品はたくさんあるので、いちいち飲み干してはいられない。


「匂い、どうしたらこんなに変わるんだ? サリーナ嬢の案だろ」

「そっちは中和しただけ」

「それだけで、こんなに綺麗サッパリ消えるかぁ?」

「何、いちいち全部説明しないといけないの?」


試作段階で、すべてを話す気はないらしい。

ちらりと手元の紙を見たものの、詳しく書いていないので、本当のところはわからない。


「形になれば、報告する」


ルシオが話を切ったので、父親はそれ以上何も言わず、二つ目の箱を開けた。

香りが先ほどとは違う。


ルシオが静かなので、こちらも淡々と試作品を味見して、感想をただただ告げていくだけだ。


それにしても、である。

サリーナが作ったとしたら、少なくとも一緒に試飲しただろう。

偽物とはいえ味も匂いもそっくりな薬物もどきを受け入れ、普通に触って飲むことができるサリーナには驚きである。


貴族の御令嬢が触れるものでもなければ、口にするようなものでもない。

例え味と香りを寄せた偽物だと言われても、それが本当かどうかはわからないだろうに。


信頼されているのか、もしくは。


ルシオの父親は、甘味が強くなってきたお茶をすすりながら顔をあげた。

話がつながらないので、こちらから動くことにする。


「お前、彼女にどこまで話したの?」

「どこって。王女の侍女がきっかけで、暗示と薬物を使ったってことだけしか言ってない」

「……他には?」

「あとは、王家が絡んでるってことぐらいかな」

「それだけ?」

「それだけ」


聞こえた言葉の意味が、落ちてこない。

首を傾げながら、父親はお茶をぐいと飲んだ。

香りはどれも問題ないので、だんだん慣れてきたほどである。

だが、一気に飲むと後味がどろりとしている。


水を軽く飲んで、息を吐く


「侍女の処遇や、今後の話とか。王家が噛んでるなら、元婚約者のこともあるだろ。何も気にならないものかねぇ」

「さぁ?」


どうでもいいので、ルシオの返事は適当だ。

サリーナが元婚約者の話をするのはいい気がしないので、気にもとめていない。


「質問があれば答える気でいたけど、何もきかれたなったから」

「何だそれ。信用にしても、おかしくない?」

「信用じゃない。あれは、知らないことの意味をわかってるだけだよ」


ルシオは一応、伝えておく。


こちらが拍子抜けするほど何も質問してこないサリーナではあるが、わかっている。

主軸をルシオにおいているからこそ、あえて何も聞かないだけだ。

何もかもを知ればスッキリするだろうが、知らない方がいいこともあると引いている。

知らない方が幸せで、気にせずに生きていけることもある。


「好奇心があるんだか、ないんだか。よくわからん話だ」


父親の疑問は、的を射ているなとルシオは思った。


サリーナは、過去へと戻ることができる。

そうやって何度も繰り返していけば、たいていのことは流す力が身についてしまうのもわかる。

気になることは徹底的に調べる父親からしてみれば、サリーナの行動は理解できないのだろう。


サリーナに伝えたことよりも、言わなかったことの方がはるかに多い。

黒幕のことも元婚約者のことも、何も伝えなかった。


「俺も、何も言わなかったからね」

「お前は、わざと言わなかったんだろ」


ルシオは、知っておけば何とかなるほどの少ないことしか、サリーナには言っていない。

聞かれたら答えようと思っていただけなので、とりあえず最低限で抑え、切った。


黒幕の存在もそうだ。


暗示と薬物で好き放題していた侍女だが、その黒幕は伯爵である彼女の父親ではなかった。

もちろん事情は把握しているうちの一人であり、ある時期までは黒幕だった。

だが、本当の黒幕は何を隠そう隣国そのものだった。

薬草茶の販売促進だけならば伯爵家だけの話で済んだが、実は父親である王が絡んでいるという、とんでもない状態だった。


自分の娘である王女が、臣下である伯爵家にいいようにされていたことに対し、最初は怒り心頭だったという。

だがすぐに王は切り替えた。


侍女に手名付けられるような王女である。

たいして役にもたたないと判断されたフェアスーン王女は、あっという間に王の駒扱いとなった。

単純で素直で愚鈍な娘を、王は侍女を使っていいように操り、思うがままに行動させた。


侍女が好き勝手できたのも、当然のことである。


隣国の王家は「王女が手に余る」ということでこの国に留学させたが、本当の目的は別だ。

例え外聞的に奔放な王女であっても、王女は王女である。

留学すれば、彼女の周囲を保護する必要があり、周囲には貴族を配置せざるを得ない。

そこから王女を中心に周囲に心棒者を形成していけば、この国にダメージを与えられる。

王女の周囲の令息や令嬢は、いずれこの国を支える一人となるからだ。

ついでに、この国で知った情報も流してもらえればいい。


この国の王妃は王女には目をつけており、情報は精査していたようだが、実際に横流しをしていたのは侍女だ。

侍女である彼女がやったことは、反乱行為であり許されるものではない。

たが、すき間を縫って王女を手玉に取り暗示をかける手腕は、うまく使わなければ損だ。

そうして、侍女はもちろんのこと、伯爵もそろって密偵となった。


そんな王女の状態を、この国が見抜けなかったのは、魔法に頼りすぎたからだとルシオは思っている。

魔法は、あくまで道具の一つでしかない。

支持を出す人間の采配によって、得られるものは変わる。

魔法を使って調べるのなら、もっと使い方を考えるべきだったのだ。


侍女は暗示と薬物は使っていたが、魔法は一切使っていなかった。

自身にも「これはこの国の為であり、王女の為」と強めの暗示をかけていたので、悪意もなかった。


そうして、今になってしまった。


「これからいろいろ動くうちに、サリーナも気づくかもね」


そう言ったルシオは、父親が飲み終わったものを片付けていく。

新しい物と入れ替える。

父親はそれを眺めながら「かもなぁ」と同意する。


「病気療養中の取り巻きたちも、あと数日もすれば登校できそうらしいぞ。ひとまず落ち着いて、日常生活を送れるほどにはなってきているみたいだな」

「登校したところで噂もたつだろうし、社交界へ向けて茶会の開催も増えていくだろうし。周囲は好き勝手言うでしょ」

「その辺はどうせ、学院が抑えるだろうさ。ただのおバカさんの集団じゃあるまいし、少しは仕事してもらわないと困るってもんだよ」


口調はかなり適当な父親は、新しいカップに手をつける。

香りはいいのだが、とにかく味に問題がある。


薬物入りのお茶を美味しいものにしようとしているのは、薬物依存症に陥っている、取り巻きどものためだった。


そもそもルシオは、彼らを正気に戻すために、この件に手をつけた。

王女殿下のことを憂い、暴走し暴れる彼らを正気に戻すことができれば、貴族である彼らの家族や関係者から、相当な恩を買うことが出来る。

それがいずれ自分の望みに繋がると思ってせっせと頑張っていたのだが、薬物相手ではかなり悪手だった。


暗示と薬物の組み合わせは、足し算というよりは掛け算で、相乗効果は恐ろしいほど大きい。

魔法でなかったことにできなくもないが、それは王でも王妃でも不可能だった。

薬物の摂取により受けた脳へのダメージは、回復はできても完治はできないからである。


元の状態に戻そうとするならば、それは時間を巻き戻すことと同じだ。


ならばせめて回復を、と思っても、現実的にはかなり難しい。

回復するためには、少なくとも一ヶ月以上は費やす必要があり、ただでさえ学院を休んでいる令息にとっては、先がない。

例え短い期間で回復できたとしても、これから一生傷ついた脳と薬物依存と付き合っていかなければならないのだ。

隠し通して行うことなど、王家が情報を抑えてもかなり厳しいと思われる。


王の決断は早かった。

薬物をギリギリの量で摂取させ続け、飼い殺しにすることにした。


彼らの両親を押さえ込むのは、貴族を操っている王と王妃にとってはとても簡単なことである。


おそらく、サリーナのような婚約の解消もない。

そうできないように、先に両家を抑えてしまった。


彼らはこれから、一生薬物を摂取して生きていくのだ。

その代償がどうなろうとルシオには関係ないけれど、ひとまず平穏に時は過ぎていくように見えるはずだ。


王家の影の命を奪って成り立つ魔法石の存在を知らない第一王子ではあるが、この件は把握している。

今でこそ全面で動いてはいないが、いずれ王となれば責任は移る。

関係性を引き継いでおくことは、より重要となるだろう。


一方で、王と王妃は、隣国に対して表立って抗議はできない。

暗示と薬物に関しては侍女の女の自白のみで、物理的、かつ絶対的な証拠がないからである。

話をしても、かわされるだろう。

相手が王女である以上、魔法で捏造されたとでも言われて、両国の間に亀裂が走ったら大変なことになる。


だが、泣き寝入りは許されない。

そうして、王家の影を侍女と変装させて、王女の側に送り込んでいる。

今度はこちらが隣国の情報を盗む番、ということらしい。


結局は情報戦になっていきそうだ。


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