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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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ルシオ、引き出す

檻の中で膝をかかえて座る彼女は、鎖につながれている手を頬にあてる。


「名前よ、あなたの」


優しく問われ、ルシオはもう一度唇を開けて、閉じた。

少しだけ時間をかけてから、ゆっくりと問いかける。


「……何で、そんなこと」

「そんなにおかしなことかしら」


檻の中の彼女は、小さく声をたてて笑う。


ルシオは目を細めた。

先ほどまでの様子とは、明らかに違う。

不安な様子など全くなく、穏やかさすら感じる。


言葉を選ばなければ。


ルシオは困惑したように、肩を縮めた。


「名乗るような、ものでは」

「あなた、私を見張るように言われているんでしょう?」


ルシオが答えることなく黙ると、彼女は体を起こして座り込む。

両手を広げて、鎖を見せる。


「こんな鎖がついているんだもの。見張らなくたって、私は逃げないわ」

「そ、れは」

「逃げられないのなら、もがいても仕方がないでしょう?」


背筋を伸ばして座る彼女は、ここが檻の中だということすら忘れたかのようだ。

鎖の音を響かせながら、口元に手をあててほほ笑む。


「私はただ、あなたに。話し相手になってほしいと思っただけよ」


それは、恐ろしく艶のある声だった。

薄汚れたとはいえ、さらりと髪が流れて白い首筋が浮かぶ。

身を引くルシオに、目を細めた。


「ねぇ。名前ぐらい、いいじゃない」


優しく笑う彼女は、鎖の音をたてながら立ち上がる。

スカートの端を持って立ち上がる様は、貴族の御令嬢のそれだ。

戸惑った様子を見せているルシオに向かって、一歩踏み出す。


「どうか、私の話し相手になってくださらない?」


これはまた、とルシオの仮面の下の瞳が尖る。


伯爵家の御令嬢が、格下でもある下っ端の平民に対して丁寧にお願いをしてきている。

優雅さすら感じる笑みは堂々としており、ルシオが断わることなど考えてもいないのだろう。


先ほどとは、口調も態度もがらりと違う。

こういうところは、さすが貴族だと思う。

随分と切り替えの早いことだ、と内心で笑った。


「申し訳、ありません」


ルシオは頭を下げた。

もう少し伸ばして、彼女を焦らしておきたい。


「そんなことが、バレたら。その、どうなるか……」

「言わければ、わからないわよ」


怯えた様にぶるぶると震えるルシオに、彼女は小さな鎖の音だけたてながら近づいてくる。

音に反応して顔をあげたルシオの背が、壁にあたる。


「む、無理です。あの方は……あの方は、恐ろしい方なんです!」

「あの方っていうのは、さっきの男の人のことね?」

「そうです。あの方は、私のことなど、簡単にっ……」

「あの人は、そうやって、あなたを縛っているの?」


彼女の細い声に、ぎくりとルシオは体を強張らせた。

息を飲んで、両手で腕を掴んだ。


「やめて、ください!」


ルシオが高く、震えた声で叫ぶ。

小さく呼吸を繰り返し、頭を振った。


「ねぇ、こっちを向いて」


包み込むような声に、ルシオはのろのろと顔をあげた。

相変わらず短い呼吸をしているルシオを見て、彼女は薄く笑う。


「見て」


そう言って、彼女は右手の人差し指をくるりと振った。

薄い膜のようなものが彼女を中心に現れる。


魔法だ。


ぽかりと口を開いたルシオは、慌てて鉄格子の前に走り寄った。

手をかけると、勢いで音が鳴る。


「な、にを! おやめください!」

「ただの防御壁よ」

「その鎖は、魔法を封じるんです。それに、身に着けていた魔道具も取り払ったと聞いています」

「あら、そうなのね」

「そんな状態にもかかわらず魔法を使ったことが知れたら、あなたの御身が危ないんですよ!」


声を荒げて叫んだルシオに、彼女はくすくすと笑うだけだ。

ルシオはぎゅっと鉄格子を握る手に力を込めた。


「どうか、今すぐ魔法を解いてください。どうか……」


俯きながらの懇願は、小さくなって消えていく。

浅く呼吸を繰り返すルシオを見て、彼女は「仕方がないわね」とだけ言って、指を振った。


「これでいいかしら」


ホッと吐息を漏らしながら、ルシオはそろりと顔をあげる。

手を腹部のやや下で組んだ彼女は、薄く微笑んでいる。


「魔法を使って、お体は問題ありませんか?」


そろそろと尋ねると彼女は笑みを深くした。

開いた瞳が、優しさを帯びる。


「私のことを、心配してくれているの?」

「いえ、その……」


はっきりと答えず黙るルシオは、俯いてしまう。

だが、すぐにちらりと彼女を見るように視線を向けた。


わかりやすい態度に、彼女はくすくすと笑う。


「私は、元々魔力が多いのよ。加えて、使い方も徹底的に叩き込まれただけ」

「……そう、だったんですか」


ルシオは納得したように相槌をうつが、それだけでは筋が通らない。

彼女の魔力の総量は調べてあるし、実家の教育方針、通っていた学校の教育内容、レベルまでわかっているのだ。

彼女自身に力だけでは、防御壁を張れるほどの魔法は使えない。

たが、ルシオは何も知らない顔をして、素直に驚いたように見せておく。


そうしつつも、仮面の下の瞳は、背筋を伸ばして座る彼女の腹部に向けられた。


使ったか。


身の内に隠している、魔法石。

その魔法石を彼女自身に使わせることこそ、ルシオに求められた役割だった。



事の始まりは、父親からの一言だった。


「お前、彼女が魔法を使うように誘導しろ」

「……俺が?」


正直に言えば、ルシオは困惑してしまった。

一方で、全く気にした様子のない父親は、ひらひらと手を振りながら「お前に言ったはずだけど、耳が悪くなったのかな?」と笑っている。

人を煽るのが、大変上手である。


一人の御令嬢に目をつけた父親は、誘拐する前に、徹底的に彼女を調べ上げた。

日常的に監視をつけて、髪や爪等のサンプルまで頂いた。

身に着けている魔道具もすべて把握出来た頃、彼女の体に魔法石があることに気づいた。


場所は、腹部のやや下。

シャワールームにまで入り込んだ子飼いによると、腹部には傷跡も何もなく、綺麗だったという。


「魔法で体の中に取り込んだか、下から突っ込んだか」


さて、どちらだろうか。

父親は報告書を眺めながら、ため息をついた。


魔法を使えば、体に傷を残すことなく魔法石を体に埋めることができる。

だが、魔法石はあくまでも魔法を付与する道具の一つであり、永久的に使えるものではない。

必要に応じて取り出して、魔法を付与したり保守をしたりする作業は、魔法石を体に埋め込んでいるとすれば相当手間になる。


「下から突っ込んだ可能性が高い、かねぇ」


魔法石がある場所は、所謂女性で言う子宮部分に近い。

伯爵家の御令嬢ともあろう女性が、よくもまぁ、そこまですると思う。

体への負担は、決して軽くはないだろう。


問題はこの魔法石をどうするか、である。

身に着ける魔道具とは違い、体内に隠して持ち歩いているほどである。

よほどの魔力を込めており、後ろ暗いことに使っているとしか思えない。


いろいろと怪しいけれど、実際に取り出してみるのも難しい。

だったら、魔法を使わせて分析する方が早い。


ということで考えた結果、父親の口から出たのは「魔法を使うように誘導しろ」である。

彼女を縛る鎖は、彼女自身が持つ魔力ぐらいなら押さえ込む。

それ以上の魔法を使おうとすれば、必ず魔法石の力を借りるはずだ。


それはわかっていても、ルシオはやっぱり解せない。


「何で俺に任せるんだよ」

「何だお前、誘導する自信がないのか」

「煽っても無駄だよ」


いつもなら食って掛かってきそうなところだが、ルシオは平然としている。

目の前の書類を指先でトン、と叩く。


「俺に任せる理由は?」


ルシオは、じっと父親を見た。


父親は、ルシオが同席することも、その他の態度を魔法石で監視することは許していたが、裏に当たる部分に直接関わらせることはなかった。

今までの流れであれば、誘導するのは父親の子飼いが請け負っていたはずだ。


それを今回は、ルシオにやらせようとしている。

ルシオが何か成果を上げたのならわかるが、特にそんな覚えもない。


静かな瞳で見つめられた父親は「理由ねぇ」と言った後、口元に手を当てた。


「そもそも、今回の始まりは、お前だろ」

「表面上だけの理由で、納得すると思うなよ」

「……あえて表面上だけの理由を言っているとは思わないのかな、お前は」

「犯罪に対してじゃなければ、納得するフリぐらいはしたよ」


彼女を誘導するということは、誘拐した彼女と対面し、話をすることになる。

関わっていない、何も知らないで誤魔化すことができないのだから、ハッキリとさせておきたい。

これはルシオの父親にも関わることなのだから、信頼関係が揺らいでいたら話にもならない。


それもわかっている父親は、息を吐いた。


「……今のお前なら、できると思っただけだよ」


トーンの落ちた声。

紫色の瞳が本当に少し丸くなったのを見て、父親は目を細めた。


「お前、変わったよ。誰のおかげかとは言わないが、うまくなった」


ルシオが変わった理由なんか、一つしかない。

上辺だけではない心の動きを知り、想像だけではどうにもならない現実を、今のルシオは知っている。

誰かの真似でもなく想像でもない、自分自身の経験は何にも勝る。


黙ったルシオに、父親は笑いそうになる。

父親に指摘されるのは不本意だろうと思って濁したのに、自分から突っ込んでくるのだから、どうしようもない。


「引っ搔き回すだけ引っ掻き回すから、後は何とかしろ」


同意を得たとばかりに言えば、ルシオの手に力が入ったのがわかった。

思わず笑みが零れる。


「何とかできるだろ、お前なら」


何だかんだと言いながら、求められた成果を出そうと努力のできる息子である。

念のため、方向を変えて発破をかけておくことも忘れない。



そうして、目覚めた彼女と最初に接したのは、仮面をつけた父親になった。

かき回すと言った父親は、その言葉通り、彼女のプライドを傷つけ、煽り、怒らせつつ、脅して怯えさせた。

あえて馬鹿にした態度で接し、彼女にとっては決して見ることのないネズミまで使った。

さらにネズミを使って魔法が使えると見せかけ、彼女を上から見下した。


そうして散々やりたい放題した挙句に、何の提案もなく彼女を投げ出した。


一方のルシオは、逆である。

話し方も態度も、彼女よりもはるかに下手に出た。


ルシオは、弱々しくおどおどとした態度を崩さない。

彼女に対して丁寧に接しつつ、時に煽って、怒りも引き出した。

一つ一つに反応するルシオは幼く、何も知らない無知さは、簡単に言いくるめられそうに見えただろう。


だが、こんな方法で使うとは思ってはいなかった。

想像とは違う魔法に、どうしたものかと瞬時に考える。


一方で、安心したような様子を崩さない。

彼女は目を細めた。


「ねぇ、こっちを向いて」


ゆるりと笑みを浮かべて、口の端をあげる。

一瞬ルシオが怯んだ様子を見せると、ふふっと笑った。


「あなた、優しいのね」

「え」

「どうして、こんなところにいるの?」

「え、いえ」

「脅されているの? それとも、売られたのかしら」


ルシオは身を引いた。

わかりやすい反応に、彼女は心配そうに眉を寄せる。


「ねぇ。あなたも知っての通り、私は隣国の伯爵家の娘であり、隣国の王女殿下の侍女なのよ」

「いきなり、何を」

「先ほど見た通り、こんな手錠では私の魔法を封じるはできないわ。逃げようと思えば、簡単に逃げることができるの」

「逃げる気ですか!?」


ぎょっとして大きな声をあげたルシオは、慌てて両手で口を押える。

身を小さくして「す、すみません」と謝った。


彼女は気にした様子もなく「逃げないと、私の身が危ないもの」とだけ口にする。


「それは確かに、そうですが……」

「そのときは、あなたも一緒にいらっしゃいな」

「え、なっ……」

「私は一人でも逃げられるけれど、あなたをここにおいていくなんて」


身を乗り出す彼女は、本当にルシオのことを心配しているように見える。

悲しそうに目を伏せて、唇を震わせた。


「……でも、その」

「逃げた後は、王女殿下のところで保護してもらえばいいわ。この部屋の中では外部との連絡は取れないみたいだけど、外に出たらすぐに連絡を取るから、大丈夫」

「何で、そこまで」

「言ったでしょう、あなたのことをおいていけないだけよ」


ルシオは唇を震わせて、ひくりと息を吸い込んだ。

膝をついて、鉄格子に触れる。


「僕のことなんて、気にして頂くことなど」

「私が逃げたとなれば、あなたの身だって危ないんでしょう?」

「それは。でも僕は」

「大丈夫よ、私に任せて」


声に、艶が乗った。

パッと顔をあげたルシオの先で、彼女が人差し指を自分の口元にあてて笑う。


「私のことを、信じて」


小さく囁くように「お願い」と強調される。

ルシオはどうしたらいいのかわからないとばかりに、はくはくと口を開くだけだ。


「信じて、ね?」


とろりとした甘さを含む声に、一瞬にしてぞわりと肌が粟立った。

この感覚は、嫌というほど知っている。

仮面の下で、目を見開く。


反射的に、下半身に力が入った。


「一緒に、来てくれるわよね?」


言葉が重なると、背中から首元まで何かが走る。

それを拳に力を入れることで逃しながら、ルシオは引っ張られたように頷いた。


震えた息を吐くと、彼女がにっこりと笑う。


「ありがとう。嬉しいわ」


気持ちが、悪い。


息を吸い込むと、かび臭い匂いに紛れてはいるが甘い香りを感じる。

よくよく感じないとわからないほどに、薄い。


思いっきり吸い込むと、頭の奥がふわりと浮いた気がした。

思考が一瞬霞んだ。


仮面の下で、ルシオは彼女を睨みつけた。


「まずは、逃げるタイミングを考えないといけないわね」


目の前で笑みを浮かべた女の声が、頭の奥で甘く響く。

視線だけは彼女からそらさずに、ルシオは惹きつけられるように鉄格子に近づいた。


「ここを出た後、できれば人目につかないように外に出たいわね。あなた、道はわかるかしら」

「え、と。細くて暗い裏側の道があります。僕のような下の人間しか使わない道です」

「それはいいわね。あなた、凄いわ」

「ありがとうございます。でもあの。そちらのお召し物は目立ちすぎてしまうかと……」

「確かにそうね」

「良ければ、何か着替えをお持ち致しましょうか」

「そうして頂けると、助かるわ」


彼女に微笑まれたルシオは、嬉しそうに頷いた。

足元をどろどろとした重たい物に引っ張られているようだ。

考えが散って、彼女の言葉一つ一つに集中する。


それを逃がす方法を知っているルシオは、薄く開いた唇からゆっくりと息を吐く。

足に爪をたてると、鋭く痛む。


「他には……」と、彼女が口にした瞬間だった。


カン、と大きな音が鳴った。

そのまま、何度も鐘を叩くような高い音が部屋中に響く。


「何?」


驚いた様子の彼女に、ルシオは勢いよく頭を下げた。


「呼ばれているようです。申し訳ありません、一度失礼致します」

「え」


さすがに唖然としている彼女を横目に、ルシオは後ろの隙間に逃げ込んだ。

数歩歩いて、ずるずるとしゃがみ込む。


「気持ち、悪……」


強い魔法。

ルシオを縛ろうとして、引きずり込もうとした。


ぎゅっと目を閉じて、ルシオはポケットに手を突っ込んだ。

指先に触れるのはペンだ。

その先についている魔法石を上から親指で潰すように握る。


サリーナからもらった、魔法石がついたペンだ。


ぎゅっと握ると石が指に沈んで若干痛い。

だが、この痛みの鋭さが、ルシオを引き戻す。

そのまま大きく息を吐いて、立ち上がった。


さらに奥へと進めば、壁がある。

気にすることなく足を踏み出せば、よく知るレンガ造りの部屋に出た。


ひんやりとした部屋の中におかれたソファに、人影が見える。

顔をあげた父親は、ルシオを見て苦笑いを見せた。


「酷い顔してるぞ、お前」


ルシオは何も答えることなく、向かいのソファに音をたてて座る。

そのまま目を閉じた。


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