↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
75/188

ルシオ、部屋にて 後編

壁にへばりついて顔を背けている彼女は、未だに落ち着かないようだ。

ルシオは左右を確認するように、大きく首を振った。


「だ、大丈夫なわけがないですよね、す、すみません」


仮面をつけたまま、ルシオはおろおろと立ち上がる。

どうしたいいのかときょろきょろとして、口を噤む。


そのまま、そろそろと座っていた壁の近くまで歩く。

隅の方に立って、体を小さくした。


ルシオが男だということは彼女にもわかるだろうけれど、小柄で口元しか見えないルシオは、かなり幼く見えるだろう。

不安そうに視線を下に向け、組んだ指先をもじもじと動かしてみる。


やがて、鎖の音が聞こえた。


「……ここは、どこなの」


ルシオはパッと顔をあげる。

壁から少しだけ離れた彼女が、じっとこちらを見ている。


「申し訳、ありません。お答えは……」


言葉を切ってきゅっと黙ると、彼女はそろそろと近づいてきた。

探るような瞳が、ルシオに向けられる。


「あなたたちは、隣国の、関係者なの?」


ルシオは、ぱちりと瞬いた。

まずは確認するべき、一番大切なことを質問してきている。

震えてはいるけれど、精神的には、そこまで混乱していないのか。


答えはもちろん「いいえ」になるが、すぐには答えない。

視線を下げて黙り込むと、彼女が鎖ギリギリまで近づいてくる。


鎖をめいっぱい伸ばしても、一番手前の鉄格子にすら届かず、胸の前で手を組んだ。


「お願い、答えて」


ルシオは視線を下げたまま、ソワソワと首をあちこちに向ける。

もう一度わかりやすく彼女の方に視線を向けると「お願いだから」と重ねられた。


それでも、数秒は迷う素振りを見せる。

ふ、と呼吸を整えてちらりと彼女を見てから、ルシオはゆっくりと首を横に振った。

ホッとしたような吐息が、彼女の口から漏れる。


「……そう」


落ち着いた口調に、ルシオも小さくなっていた肩の力を抜いた。

先ほど父親には、あれだけ嘘かどうかわからないと叫んでいた割には、ルシオの態度はあっさりと信じたようだ。

それだけ、隣国の関係者だと信じたくない気持ちが強いのか。

もしくは、ルシオの態度によるものなのか。


彼女は周囲を見渡す。


毛布変わりとなる布と、色が変色して割れている洗面台が見える。

驚くことに、奥には用を足す容器もある。

だが、壁はなくルシオから丸見えだ。


手首と足首には、それぞれ鎖が繋がれている。

鍵穴のようなものがないので、魔法を使っているのだろう。

足の鎖を見ようと思えばスカートをめくらないとできないが、おそらく手のものと同様だ。

意識を足首に向ければ、鎖の冷えた感触がわかる。

鎖そのものは重たそうだし、持ち上げれば鈍い音がするものの、実際のところは軽い。


やはり、こちらも魔法か。


「ねぇ」


優しい声に、ルシオは驚いたように体を跳ねさせた。

慌てて檻の前に膝をついて、身を乗り出す。


「どうかされましたか?」

「喉が少し痛いのだけど。何か飲み物を頂けないかしら」


彼女の声は、少しだけ高い。

震える事もなく、落ち着いている。

どうやら、ひとまず立ち直ったらしい。


ルシオは困ったように、胸元で手を握った。


「申し訳ありません、それは……」

「無理をお願いしているわけではないの、何でもいいのよ」


そういうわけではないと、ルシオはふるりと首を横に振る。

項垂れるように、頭を下げた。


「不要なものは、お渡しするなと。強く、言いつけられており、まして」

「不要じゃないわよ」


彼女は大げさなほど驚いて、目を見開く。

その後、ゆるゆると瞳を歪めた。


「喉が痛くて痛くて。本当に、辛いのよ」


ルシオに見せつけるように、上を向く。

ほっそりとした喉に指先を滑らせ、顔をしかめた。

指先が白い喉から、鎖骨まで下りた。


ルシオは、仮面から見えている唇をもごもごと動かしながら、彼女の動きを見る。

強い口調が戻っているし、とても元気そうである。


檻の中にいるとはいえ、彼女の方がルシオに対する口調が強い。

ルシオがそわそわと落ち着きなく動いていること、彼女に対する声音や口調により、鉄格子の中と外の立場が逆転している。

ルシオは仮面の下の瞳を細めた。


うまくレールの上に乗ってくれたようで、何よりである。


「ねぇ、お願いよ」


彼女は胸の前で手をぎゅっと握り、小首を傾げてルシオを見上げる。

髪が揺れ、不安そうな瞳や寄せられた眉は、今にも泣き出しそうに見える。


だが、視線はこちらの動きをしっかりと見ているし、わざとらしさが抜けない。

何とも白々しく感じてしまうのはどうしたことか。


下手すぎるな、とルシオは口を開く。


「あ、の」


まずは、時間を稼ぐ。


体の方はしっかりと管理していたのだ、喉が痛いはずがない。

この部屋はひんやりとしていて湿っぽく、カビ臭いけれど、すべて手をかけて作り上げたものだ。

わざと冷やして湿度を調整し、臭いも調合して出している物で、本物ではない。


ルシオは決意したように、顔をあげた。

唇を引き結び、黙ったまま右手で洗面台を指さす。

その先を追いかけた彼女は、身を引いた。


臭く汚れている洗面台。

小さな洗面台はヒビも入っており割れてはいるが、そこからは、ぽたりぽたりと水滴が落ちている。

蛇口をひねれば水が出そうだ。


「待って……。この水を飲めっていうの!?」


しっかりと洗面台を眺めた後、彼女は呆然と嘆く。

彼女は伯爵家の娘であり、王女殿下付きの侍女だ。

平民が使うただの水道など利用したこともないだろうし、ましてはその水を飲むことなどあり得ないだろう。


洗面台の汚れも臭さもわざとだし、出てくる水も匂いをつけただけの綺麗な飲料用の水だ。

例え手ですくって飲んだところで体に影響はないけれど、彼女からしてみれば、手で触れることだけでも、相当な覚悟がいるだろう。


彼女はルシオを顧みる。

その表情は、焦っているようにも見える。


「お願い。コップ一杯だけでいいの」

「その。お、お持ちしたいのは、山々なのですが」


ルシオは体の前で組んだ手を、もじもじと動かした。

言いにくそうに「えっと」と言葉を挟む。


「こ、ここは。檻の、中、なので……その」


消え入りそうな、ギリギリと声ではあるが、静かな部屋の中ではしっかりと届く。

驚愕の瞳がルシオに向けられた。


檻。


ルシオの父親は、先ほどはっきりと「ここが檻である」と宣言した。

牢屋ではなく檻だと言い、彼女を人間扱いする気はないのだと示した。


コップで水を飲むのは、人間のすることだ。

彼女が檻の中にいる以上、コップ一杯だけの水でも持ってくるわけにはいかない。


ルシオは素早く頭を下げる。


「申し訳ありません!」


叫ぶような声に、彼女は「申し訳ないって……」と呆然と呟いた。

ルシオは、そろそろと檻の前に膝をついた。

鉄格子の隙間から覗きこむように、体を傾ける。


「えっと。その水は、飲料できるものですから。あの、手ですくって頂ければ」

「ふざけないで!」


鋭い叫び声だ。

肩を跳ねさせて、ルシオはぴょこんと立ち上がる。


「も、申し訳ありません」


おどおどと謝る。

体を小さくして、不安そうに視線を下へと向けた。


「……何なのよ」


苛立ちを隠さないまま、彼女は髪をかきあげる。

じゃらじゃらとした鎖の音だけが、レンガ造りの部屋の中で響く。


結局、彼女は水を飲むことなく、固い床の上に座り込んだ。

それをちらりと確認したルシオは、両手を胸元できゅっと握った。


怯えを声にのせて、ゆっくりと口を開く。


「ほほ、本当に何も、ご存じないのでしょうか」

「何のこと?」

「その。王女殿下のこと、とか」

「知らないって言ってるでしょ!」


強い口調に、ルシオは急いで立ち上がる。

「す、すみませんっ……」と小さく叫び、慌てて先ほど立っていた場所まで戻り、背筋を伸ばした。

ぜぃぜぃと息を荒げる彼女に「申し訳、ありませんでした」と再度謝る。


「何か、少しでもお伝えすることが、あれば。お水をお持ちできるのではと、思っただけ、です」

「知らないものは、知らないわよ」

「そ、そうですよね。失礼致しました」


ルシオはぺこぺこと頭を下げた。

そのまま後ろに下がり、影になるところに戻る。


「何なのよ、もう!」


鎖の音を鳴らしながら、彼女が叫ぶ。

その後は頭を下げて、動かない。


ルシオは横目で、その姿をじっと見つめる。

彼女は父親に脅され怯えながらも、現状を理解しようとする冷静さも持っている。


もう少し振らないとダメかな、とルシオが考えたときだった。


「信じない。私が死んだことになっているなんて、信じないわよ!」


俯いた彼女の口から、言い聞かせるような言葉が漏れた。

気持ちを保とうと思ってやっているならば、いい方法だ。


彼女の言うことは、実を言えば当たっている。

誘拐してからは数時間しか経過していないし、事故にもあってはいない。

記憶を混乱させてるようにさらったが、死んだことになっているということも嘘だ。


だが、彼女がここにいるからといって、何の混乱も起きてはいない。

この誘拐が表に出ることはない。


絶対的な、協力者がいるからだ。


そもそもの目的は、フェアスーン王女殿下の信奉者を正気に戻す方法を探すことである。

男女問わず、いつの間にか周囲を惹きつける彼女の持つ何かは、隣国でもこの国でも、その原因は突き止められていない。

だからこそ、ルシオは唯一自我を取り戻しつつあるザイードを中心に考えたのだが、父親は全く別だった。


「隣国もこの国も。王女サマ自身のことは、とっくに調べただろうさ」


この国は王家の影という諜報機関を持っているし、隣国だってやっていることは変わらない。

彼女が持つ何かを探る一番の手段は、魔法だろう。

人を操るには、魔法を使うのが一番早い。

現に、この国の王も王妃も、そうやって貴族を縛っている。


だが、どれほど高度な魔法を使ったところで、王女自身には何も出なかった。

怪しい所さえ見当たらない。


重ねて、侍女や友人関係も同じように探ったものの、結局何もわからない。

魔法を重ねてかけても緩めても、彼女の周辺には何もない。

そうして、この国も隣国も、今でも王女を持て余している。


ルシオの父親からすれば、これこそが答えなのだと思う。

魔法を使って調べても、何もない、何も出ないという結果があるのだ。


魔法でわからないならば、他から探るしかない。


ルシオの父親は、まず王女殿下の幼少期からこれまでの人生を細かく調べ上げた。

王女殿下は、生まれたその日から周囲を引き寄せてはいなかった。

それだけでも成果は大きい。


一体、いつから周囲を惑わすようになったのか。

彼女の周囲に何が起き、何がきっかけになったのかを考え、可能性を潰していく。

彼女に惹きつけられた、初めの一人を追いかけた。


そうして浮かび上がったのが、侍女である彼女の存在だったのである。


本当は、彼女を監禁する必要はなかった。

時間をかけて良ければ方法はいくらでもあったし、もっと詰められただろう。

ただ、ルシオは社交界前に成果を出そうとしており、とにかく時間が限られている。


王女殿下の身に何が起きたのか、調べていくうちに推測はできる。

ただ細かなやり方を追うには時間がない今、当事者本人の口から聞くのが一番早い。


誘拐は、犯罪である。

さらに相手は隣国の伯爵家の娘であり、フェアスーン王女殿下の侍女だ。


バレたら大変なことになるのは、ルシオも父親もわかっている。

犯罪スレスレのことは日常茶飯事ではあるが、コンラード家は裏社会の中で生きているわけではないのだ。

バレない自信はあっても、確実なことはない。

だったら、王家を巻き込んでしまった方が早いという結論に至った。


今、この国に留学中のフェアスーン王女殿下の粗い密偵行動を監視しているのは、王妃だ。

一方のルシオも、第一王子から、かの国に嫁いだ後の王女殿下の行動の監視を頼まれている。

第一王子からの依頼となってはいるが、裏には王と王妃がいることは間違いない。

後ろ盾になる権力も含めて、引き込むには丁度良い。


王妃とこっそりと密会したルシオの父親は、集めたデータから必要な箇所だけ抜いて、報告をあげた。

そこまで土台を作ったからこそ、公然と彼女を誘拐できたし、その後の彼女の身柄はルシオの父親に一任されたのである。


今、フェアスーン王女殿下の側には、彼女の顔をした王家の影がいる。

彼女になりすまして、何事もなかったかのように王女の側にいるのだ。


だが、それら事実が何だというのか。

嘘だろうと何だろうと、今この瞬間に、彼女を探している者はいない。

父親の言った通り、この檻の中にいることが、彼女にとってはすべてだ。


「ねぇ、あなた」


やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。

体ごと視線を向けると、スカートを寄せて膝をたてた彼女は小さく微笑んだ。

たてた膝の間に顔を乗せて、下からルシオを見上げる。


ルシオは仮面の下の冷めた瞳とは対照的に、わかりやすく唇を震わせた。


その様子を見て満足そうに唇をあげた彼女は、小首を傾げる。


「あなた、名前は?」


その声に、心臓が大きく跳ねる。

ルシオは小さく息を吐きながら、彼女と向き合った。


ここからが本当に重要だと、ぐっと足先に力を込めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。