ルシオ、説明する 前編
ルシオは、自分が本当に好き勝手やらかしたことを、しっかりとわかっている。
魔道具や魔法薬を使う前に父親に伝えておくべきだったことを、後回しにしたことも十分に承知の上だ。
本当は、父親が止められないところまで持っていってから、事後報告にしてしまいたかった。しかし、そこまで行く前に父親が割って入った。
サリーナにまで手が伸びた以上、止まらなければならない。
ルシオはカップに手を伸ばし、一口飲んだ。
ゆっくりと戻して、父親を見る。
「俺は、第一王子と契約を結んだとき、情報提供に対して利益を求めた」
父親は何も言わず、頷いて促す。
第一王子と結んだ契約書は魔法がかかっており、父親の骨にもその内容が刻まれている。
あれは、ルシオの情報提供のことと、その身の補償について書かれてあり、利益については何も記載がなかった。
利益を軽く見る息子ではないので、当然要求したと思っていたし、あえて書面に残さなかったことは想像できる。
「第一王子の即位式後のパーティーの時、挨拶をしてほしいって。そのときに」
一度言葉を切ったルシオは、ごくりと唾を飲んだ。
ルシオが何よりも望み、手に入れたいと思っているもの。
口にしたことはなかったし、父親に言う気などさらさらなかった。
それを今、この場でさらけ出さなければならない。
ぎゅ、と拳を握ったルシオは、口を開く。
そして、一気に言い切った。
ルシオが第一王子に提示した利益は、即位式後のパーティーという場所が重要だ。
そのため、宙に浮いた状態で留め置かれている。
残り数ヶ月で、王子はルシオのためにどこまでできるのか。
商会の持つ情報網はわかっているはずなので、無理を通すために動いていることは知っている。
一方で、もしも第一王子がルシオの望みを提示したとしても、ルシオがそれを確実に受け取れるかどうかは別の話である。
第一王子への要求は、ルシオがどれほど手を尽くしても、簡単には手に入らないものだ。
しかも、あくまでルシオの望みを叶えるためのきっかけを生み出すに過ぎない。
王子のおかげで手にできたとしても、周囲から反発される可能性もあれば、納得できないと異議を唱えられる可能性もある。
将来性を考えたとき、邪魔が入らないよう、有無を言わさぬ状態にしておかなければならない。
そのため、残り数ヶ月の間で、ルシオは何としてでも利益を手にするだけの、成果が欲しかった。
目に見える、明らかな成果があれば、誰にも邪魔されることなく利益を手にできる。
それを求めすぎて、ルシオは足を止めことなく、加速した。
自分の身すら担保にし、振り切って突っ走って、身勝手に動いた結果が今だ。
「お前」
始めて聞くルシオの望みに、父親は呆然と呟いた。
ぱちぱちと瞬く。
「お前。それが、お前の望みなのか」
「……最初から、そう言ってるだろ」
ルシオが憮然として呟いた。
何をそんなに呆然としているのか、ルシオの方が問いたいところである。
ルシオの望みは、最初からずっと変わらない。
多少幅が広がったり、奥行きが出たりはしたけれど、その土台はいつだって同じだ。
「そう、そうだよな。そうだったな」
父親は軽く頷きながら嘆いた後、口元に手をあてて動かなくなった。
何かを考えている様子の父親を見ながら、ルシオはカップを手に取った。
乾いた口の中に、水分が戻る。
「……どうりで」
父親は、のろのろと体を起こす。
盛大な溜息をつき、呆れた顔をしている。
「第一王子の周辺がやけに騒がしいのは、それも原因の一つか」
ルシオは答えないまま、もう一口お茶を飲み込む。
味わう余裕もなく、ただただ流し込んだ。
「なるほどなぁ」
納得したかのような声をあげながら、父親は考える。
ルシオの望みが一貫していることは知ってはいたものの、まさかここまでとは思っていなかった。
ルシオが魔道具を好き勝手に使い、自分を顧みないほど加速する理由が、父親には見えなかった。
息子の最終的な目的が、本当にわからなかったのだ。
だからこそサリーナを使ってまでルシオを引き上げたというのに、コレか。
「そりゃあ、確かに。誰もが納得する成果がいるだろうよ」
しかもその成果には、ルシオだけではなく、サリーナも関わらなくてはならない。
その前段階として、サリーナの名前で茶葉を売り出し、彼女を広告塔にして魔法石を売り出したのか。
一体、いつから考えていたのだろう。
ルシオは望みに向かって、ただただ一直線に走り抜けているだけだ。
「……そうか」
ルシオの父親の口から、ため息と共に声が漏れた。
人を容赦なく蹴落とそうとする息子なので、おかしなことまで想像していたのだが、蓋を開けてみれば恐ろしいほど単純だった。
見誤っていたのはこっちだったか、と父親は髪をかいた。
「サリーナ嬢、何も知らないんだろ?」
「言ってないからね」
「その状態でよくもまぁ。彼女、何も聞いてこないのか」
「今のところは」
「信頼されてると思っていいのかねぇ」
この様子では、ルシオはサリーナに何も言うつもりはないらしい。
こういうヤツだよな、とルシオの父親は呆れながらも、何も言わない。
二人の関係は、二人にしかわからない。
そこまで口を出すつもりはない。
かわりに、別のことを質問する。
「で? お前の言う、周囲を納得させる成果とやらは、今どんな状態なんだよ」
サリーナが関わっている業務は、今のところ二つ。
一つが茶葉、もう一つが魔法石を組み込んだ文具だ。
どちらもコンラード商会とサリーナの関係を広めるためには、一役買ってはくれている。
庶民はもちろん、貴族の令息や令嬢を中心になってはいるが、実は裏では父親が茶葉を個別販売しているので、特に彼らの母親たちには名前が知れているだろう。
問題は、もっと地位の高い当主陣だ。
ルシオは黙ったままカバンの中から大量のクズ石を取り出した。
父親は身を乗り出した。
「これ、アレだろ。お前が最近集めまくってる、花の匂い」
「そう、こっちが学院分。これが植物園で、他にもいろいろ」
ルシオ説明しながら小袋に入った石をじゃらじゃらと取り出す。
机の上に乗った石は、一つ一つが小さいが積み重なって山になった。
「これで何するつもりなんだ?」
「フェアスーン王女殿下の後始末」
「……は?」
「あの王女サマが、どれだけの人間を誑かしてきたか知ってるだろ」
隣国から留学という名目でこの国にやってきたフェアスーン王女殿下。
彼女には、本人の意図しないところで周囲を自然と惹きつけ、いつの間にか巨大な派閥を作り出す謎の魅力がある。
魔法を一切使わないそれは、悪意があるわけでもなく、完全に無意識だ。
だが、彼女に一度惹かれた人間は彼女の虜となり、彼女の無茶な要求を叶えようとするし、その突飛な行動を止めるどころか、助長する始末である。
その人物の一人が、サリーナの元婚約者のザイードだ。
「あの取り巻き集団、おもしろいよね。隙と金の匂いしかしない。つつけば絶対に釣れるよねぇ」
にやにやと言う父親は、本当に禄でもない。
王女殿下はかの国の第二王子に嫁ぐことは決まっているが、それはあくまで秘密裏の話なので、学院では話題にすらなっていない。
だが王女殿下の取り巻き集団には通知されているため、揉めているのだ。
同性の令嬢であれば、まだいい。
王女殿下への忠誠心ということで片づけてしまえるので、まだましだ。
問題は異性、令息の方だ。
王女殿下の第二の夫として彼女と一緒にかの国へと向かうザイードを「心の夫」と呼び、羨望の眼差しで見つめるのだ。
内心では、自分が彼女の夫となりたいと思っていることが、浮かび出ている。
そこまで王女殿下に骨抜きにされていた貴族令息たちが、最近揃って学院を休みだした。
表向きは、体調不良である。
話を切ったルシオは、息を吐いてお茶を飲む。
「どうやら、自宅に監禁されて、王女サマへの腐った陶酔を解いている最中らしい」
「ほぉ」
「爵位は継げない奴ばかりだが、政略結婚を控えてたりもするしな。監禁してでも何とかしないと、家の方にも被害がでるんだろ」
「それは、それは。ご愁傷様だねぇ」
興味がなさそうな口調で、父親が笑う。
王女殿下のことは、しっかりと調べていれば、その人となりはわかったはずだ。
いくら相手が王女だといっても、我が子の将来を預ける相手のことを、調べつくさなかったのは落ち度だろう。
隣国はうまく隠してはいたけれど、探れなかったほどではない。
「監禁した程度で簡単に解けるなら、わざわざ王女をこの国に留学させる必要もないって、気づかないと」
「毎日部屋で暴れてるらしい」
「だろうね。無理やり押さえ込んだところで、余計に悪化させるだけだろ、バカだねぇ」
つまりは、解ける気配がない。
哀れなことだと、父親は目の前の石を軽く弾く。
隣国の王女殿下の側近になれるなど、本来は名誉なことだっただろうに。
今回これだけ問題になったのは、サリーナが婚約を解消したことがきっかけだ。
それまでは一応、対外的には、王女殿下は敬意をもった接し方をされていた。
将来の糧になると信じていただろうに、全員もれなく心を奪われていては、笑いごとでは済まされない。
おまけに、王女殿下への責任を問うような証拠もない。
彼女は魔法を使ったわけでもなく、相手を洗脳しようと意識したわけでもない。
理由も方法もわからないのに、彼女へ責任を問うことも、隣国に押し付けることもできない。
父親は、真面目な顔をしているルシオを見つめた。
「お前」
声のトーンを落として声をかけると、ルシオの視線があがる。
紫色の瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。
「そいつらを、正気に戻す気か」
「……そうだよ」
やっぱり、と父親は自分で言っておきながら天を仰いだ。
本当にもう、何から言えばいいのやら。
「お前、それ。パンドラの箱だぞ」
王女殿下に惑わされたとしても正気に戻せるとすれば、人の精神や考えに作用することとなる。
上手に使えば、幅広く人を助けることになるだろう。
しかし下手をすれば、魔法を使わずとも人を操ることや、洗脳することが出来る可能性があるものだ。
人間に悪意がある以上、必ず利用しようとする輩は出てくる。
「……それが一番早いと思ったんだ」
絞り出すようなルシオの声に、父親の口から思わず「そうか」と嘆きが零れた。
王女殿下に心酔している側近たちを正気に戻すことが、何をもたらすか。
それに気づかない息子ではない。
「お前は本当に、ブレないねぇ」
項垂れそうになるのを何とか堪えて、父親は話を変える。
「お前さぁ。言わなかったのって、俺が止めると思ったからか?」
「言えば、絶対に止めただろ」
はっきりと言われてしまうと「まぁな」と頷くしかない。
さすがにリスクが大きすぎるので「いいぞ、やれ」とはとても言えそうにない
うまくいけばこの上ない成果と言えるだろうが、失敗する可能性だって大きい。
相手が貴族であれば、失敗の責任をルシオ一人に押し付けてもいけるかどうか。
ルシオ自身が危険に晒されることもあるかもしれないのに、とても応援はできないだろう。
だからこそ、ルシオは黙って勝手をした。
わかっているのだ、この息子は。
理解したうえで、手をつけたのだ。
誰のためでもなく、すべては自分の欲しい物を手に入れるために。
欲望に恐ろしく忠実で、無茶苦茶だ。
父親は、感嘆したように口を開いた。
「お前、若いなぁ」
「……は?」
ルシオの鋭い視線を受けて、父親は慌てて「馬鹿にしたわけじゃないぞ」と付け加える。
口を曲げて「どう言えばいいかなぁ」と、言葉を探す。
「お前のソレは、若さだよ」
「何が」
「お前にはまだ、わからないかもしれないけどな」
父親は、目の前でむっとしている息子を見つめる。
学院に入学して対応の幅も広がり、口だけは驚くほど達者になったけれど、やっぱり目が離せそうにない。
父親は、机の上のカップを手に取った。
「年を重ねるとなぁ。新しいことに挑戦するのも、自分の望みのために動くことも、だんだんと難しくなるんだよ」
「面倒なだけだろ」
「ま、それもある。体力はもちろん、瞬発力も持久力も、衰えていくばかりだからな」
ルシオの言葉を気にした様子もなくお茶を飲み、息子を見つめた。
「ただなぁ。背負うものが増えていくって方が大きい」
指先をルシオに向けると、ぴくりと反応した。
口を結ぶ息子は、まだまだ若くて、子供だ。
もう少し背負っておく必要がありそうだ、と父親は笑う。
「経験を積んだからこそ見えてくるものもあるし、考える。今あるものが簡単に崩れることも、知ってるからな」
ルシオは、何も抱えていない。
商会の業務を受けているし、立ち上げた事業もあるけれど、それが商会を通す以上、何かあれば責任をとるのは会頭である父親だ。
ルシオの肩には、養う家族も、利益を必要とする商会も乗っていない。
失敗しても、ルシオはたいした影響を受けない。
サリーナだって、姓がシュベルグである以上、ルシオの範疇ではない。
本当に、何も背負っていないのだ。
失敗の経験がほとんどない身軽な今だからこそ、突っ走っていける。
どうしても欲しいと望み、それを手に入れるためだけに、わかっていてもパンドラの箱に手をつけた。
そうやって、必死に行動する息子は、父親からすれば眩しいほどだ。
「お前のソレは、今しかないモノだよ、ルシオ。大事にしろ」
「大事にした結果が、今なんだけど」
渋面の息子を見て、父親は吹き出した。
そこで自身を振り返れるのなら、たいしたものである。
「若さゆえの大暴走ってヤツだ。大惨事になる前に止まって、良かったな」
「無理やり止めたくせに、よく言う」
「感謝しろよ、お前」
にやりと笑うと、ルシオが返事をせずに口を曲げた。
止めるタイミングを失っていたくせに、強がるところも若さゆえか。
小さく息を吐いた父親は、音をたてて手を組んだ。
「それじゃ、続きをどーぞ」
「……手、出す気?」
「行き詰ってる息子に、手を差し伸べてやろうとしているんだけど?」
ルシオが舌打ちをする中で、父親は机の上にある石をざっと見た。
本当によくも集めたなと感心するほど、大量である。
いつからコソコソと動いていたのか、本気で問い詰めたい。
「計画書ないんだろ。何を考えて、どこまでいった?」
絶対に外部に漏れては困るような内容は、何も残さないのが基本だ。
例え燃やしたとしても復元できる魔法がある以上、一番安心なのは盗聴対策を取った上での口頭である。
机の上の石を分けながら、ルシオは考える。
父親が協力をしてくれるのなら、本音としては感謝する気持ちがある。
だが、善意だけで、この父親が手を貸してくれるとは思えない。
手数料を取られるな、と苦々しい気持ちが沸き、ルシオは乱暴にカバンを漁った。




