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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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ルシオ、説明する 中編

フェアスーン王女殿下に心酔した者を正気に戻す一番早い方法は、魔法を使って記憶を消してしまうことだ。

ただそれは積み上げた実績も消してしまうだけではなく、王女殿下に対する冒とくにもなるので、誰も手を出せない。

事故や病気による記憶喪失も考えた者もいたが、どうしも傷がついてしまう。


王女殿下への思いを消す方法もあるが、心酔して接触した記憶だけは残るので、どうしてもつじつまが合わない。

そうして悩むしかなくなった結果、隔離して何とか正気を取り戻そうとしているのだ。

そんなもので、心の奥に染み込んだ思いが消えるはずもない。

閉じ込められた部屋で、必死に出ようと暴れるだけである。


「でも、疑いを持てば戻せる可能性高い。何とか、自分自身で考えさせるように仕向けたい」

「待て待て」


ルシオの言葉を父親が止めた。

むっとしたルシオに「言葉が足りない」と返す。


確かに洗脳を解く方法は、相手に信じているものへの疑問を持たせることが重要になる。

それにより、信じていたものに対する冷静な考えを持つことができる。


「それは、一般論に過ぎないぞ。王女相手に適用するかどうか、どこから判断した」

「ザイードだよ」

「それ、あれか? サリーナ嬢の元婚約者か?」


思わぬ名前に目を丸くした父親に、ルシオは頷いた。


王女殿下が、どうやって周囲を心酔させるのか。

その謎が、今でも放置されているのは何故か。


上手く使えば国家を揺るがすほどの力である。

当然、王家も隣国もその原因を追究したはずだ。

それにも関わらず、この国も隣国も、ただただ王女を押さえ込もうとしているだけだ。


原因追求として利用したのは、魔法だろう。

だからこそ、ルシオは魔法を使わない方法から考えた。


父親にも伝えた通り、ザイードが今回のカギとなる。

あの男はサリーナと婚約していた頃から、王女殿下に懸想していた。

接する時間も長く、立ち位置も王女にかなり近い。

片足どころか全身ズブズブになって、王女殿下に魅了されているうちの一人だ。

王女殿下を支えるどころか、彼女の言いなりの駄犬かと思っていたが、実はそうでもなかった。


評価を変えたのは、サリーナとの接触である。

あのときザイードは、訳のわからない理由でサリーナと接触する王女の案を止めなかった。

だが、サリーナと二人で話をしている中で、あの男はサリーナに無理を言うことはなかった。

王女殿下の意向を組んでサリーナを説得するどころか、非礼をわびた。


その後、ルシオが接触したときには、王女殿下への思いは継続していたにも関わらずである。


「つまり、サリーナと接触したあのとき、ザイードの王女への心酔が一瞬でも切れたことになる」

「長年仲良くしていた婚約者を吹っ飛ばすほどの思いが、そんな簡単に消えるか?」

「何か条件が当たったんだと思う。それを調べてる」

「で、何で花?」


父親は、目の前の石に目を落とす。


実はルシオは当初、フェアスーン王女殿下の方に興味があった。

魔法を使うわけでもなく、無意識で人を惹きつけて、いつの間にか手駒のようにしてしまう才能は、どう考えても追及すべきと思ったからだ。


「彼女はあくまで無意識だ。だから、五感への影響を考えた」


相手に意識して接していない部分、五感に何かあるのではないかとルシオは考えた。


五感とは、人間が持つ視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五つの感覚のことだ。

ルシオは王女に監視をつけて、その一つ一つを分けた。

王女の仕草や癖を調べ、使っているシャンプーや洗剤、香水、食事に至るまで情報を集めた。


そんな中、ザイードが現れたのだ。


「感情に一番響くのは、嗅覚だ」


ルシオは花の匂いを吸収した石を手にする。

父親は唸るように腕を組んだ。


「優先順位が高いのは触覚」


ルシオは何かを思い出すかのように、ゆっくりと口を開く。

ザイードと一緒に歩いてきたサリーナ。


「あのときのサリーナは、学院の中庭にいたせいか、花の匂いがした」


これは、ザイードと別れたばかりのサリーナを抱きしめたルシオが感じたので、間違いない。

いつものサリーナの匂いだけではなく、香りが混ざっていた。


「サリーナの声は硬かった。婚約していた頃とは、雰囲気も使う言葉も違ったはずだ」


いきなり元婚約者を送るように言われたザイードは、驚いただろう。

加えて、これまでとは違う雰囲気を持つ元婚約者を目の前にし、戸惑ったはずだ。

嗅覚を始めとする五感が刺激され、困惑など心理的な異常も重なり、陶酔が少しだけ緩んだのではないだろうか。


ルシオが明らかにおかしいと感じたのは、ザイードに接したときである。

あのときのザイードは、サリーナへの行為をルシオに知られたことを恥じて、それが周囲に広がることを恐れていた。

あれは、フェアスーン王女の行為に対して多少なりとも疑念がなければ思わないことだ。

反省の欠片もないだろうと、予想していたルシオは驚いた。

自分の行動を顧みることができる余力があるのなら、そこから無理やりにでもねじ込める。


だから、容赦なく脅した。

あの男が二度と同じことを繰り返さないように、ルシオはためらいもなく追い詰めた。


「あの男は第二の夫になった今でも、王女への疑念が消えてない。彼女が密偵になることを、俺に相談に来るぐらいだからな」


以前のザイードであれば、それが王女の望みであればと一緒になって乗っていただろう。

だが彼はルシオに相談してくるほど、その意味を正しく理解していた。

ついでに言えば、バレたらどうなるかというリスクまで、考えられるようになっていた。

ただ、だからといって王女殿下に対する思いが消えたわけではない。


一連の話の流れを追っていたルシオは、仮説をたてた。


まず、匂い。

それから、信頼関係がある相手との接触により、疑念を持たせるきっかけを作る。

精神的に不安定な状態であれば、効果が出るのではないだろうか。


さらに、明らかに下の人間から追い詰められることにより、考える力が芽生えるかもしれない。

有無を言わさず追い詰めてしまえば、後には引けない。


「本当は、王女が人を惑わす原因を探ってからの方がいいのはわかってるけど、時間がない。だから、仮説から検証することにしたんだ」


話を進めるルシオの話を、相槌をうちながら聞いていた父親は、引きつりそうな頬を必死に押さえていた。

真面目な話をしているようなので黙っているが、本当は後頭部を一発叩いてやりたい気持ちが沸きあがる。


この、バカ。

本当に、バカ。


苦々しい気持ちが止まらない。

ルシオは、フェアスーン王女とザイードがサリーナに接触したときのことを、盗み聞きしていたのだろう。

全く悪びれた様子もないのはさておき、これはまだ想定内だからいい。


ただ、それを理由に、がっつりとザイードを追い詰めていたことは知らなかった。

手首の痕から、何かしら魔法契約を結んだことはわかっていたが、痕が薄かったので、相手を追い詰めているほどとは思わなかったのだ。


フェアスーン王女の密偵の話は父親の耳にも入ってきてはいたが、ルシオが対応しているので任せていた。

情報の一つとしか考えていなかったが、この様子では、ルシオはザイードを実験台にする気だ。


いろいろと言いたいことは山のようにあるが、とりあえず。


「お前、コソコソ隠れてそんなことやってるから、俺に隙をつかれるんだよ……」

「口を開いたと思ったら、ソレかよ」

「言いたいことが多すぎて、とても間に合わいそうにない」


軽口をたたきながら、父親お茶が入ったカップを引き寄せる。

一口飲んで、ゆるゆると息を吐く。


目の前のルシオもお茶を飲んでいるので、ひとまず言いたいことを口にする。


「仮説はあくまで仮説でしかないぞ。全員に当てはまるとは限らないし、性格にもよるだろ」


すっぱりと切ると、ルシオの眉が寄った。

ザイードがうまくいったからといって、相手が人間である以上、他の可能性を切り捨てるのは尚早だ。

ただ、ルシオの言う通り、時間を考えると優先順位をつけていくしかないのもわかる。


「ま、嗅覚に当たりをつけたのは、いい判断だな」


石を手に取って、指先で転がす。

匂いといっても千差万別なので、どれが一番効くのか調べるのは相当大変だろう。


これが本当に形になれば、恐ろしいことになりかねない。

ただでさえ人を操ることに抵抗のない王家に伝わってしまえば、国のあり方がひっくり返る。

今は魔法石の力で対面での貴族ぐらいしか思い通りにできてはいないが、下手をすれば国全体どころか、さらに広がる可能性がある。


「一応、念のために確認するが。お前、本気なんだな?」

「…………うん」


静かなルシオの返事に、父親は瞬いた。

てっきり「そうだよ」ぐらい即答してくるかと思ったが、これまた随分と弱い。


突っ走っている、ルシオが揺れた。

父親は目を細めて、目の前の小柄な息子を眺めた。


バカだねぇ。


多くの道があり、それぞれのリスクがあることわかっていて、全く不安にならないはずがない。

ここまでになるぐらいなら、もっと早く頼ればよかっただろうに。

父親は、思わずふっと笑った。


「お前ねぇ、もっと人を頼った方が楽だぞ」

「何だよ、急に」

「どーでもいいことは、すぐに人に押し付けてくるのにねぇ」


普段ならもっと簡単に父親を巻き込んで、振って来るくせに、重要なことこそ隠すのか。

ルシオが父親を頼らなかったのは、プライドもあっただろう。

いつか蹴り落そうとしている相手を簡単に頼れるほど、ルシオは大人ではない。


特に、自分に手が負えなくなっていることに関しては、どうにか何とかしようとする。

そうやって今まで何とかできてしまったことが、今に繋がるのだろう。


「自分の力を過信するなよ。個々にできることなんか、知れてるぞ」

「……説教かよ」

「これを説教だと思ってるなら、まだまだ子供だぞ、お前」


図星か、と口の端をあげる父親を、苦々しい気持ちでルシオは見ることしかできない。

本当に腹がたつことに、これ以上は父親の力を借りなければキツイこともわかっている。


父親は肩を竦めた。


「その変なところで頑ななの、何なんだろうね」

「うるさい」

「まだ学生なんだよ、お前」


父親の声に、少しだけ笑い声が重なる。

怪訝そうなルシオに、父親はにやりと笑う。


「親の庇護下の学生だよ。堂々と親の世話になれる、免罪符だ。良かったなぁ」

「馬鹿にされてる気がするんだけど」

「あながち、間違ってはいないな」


事実、バカだと思った。

わざと肯定すると、ルシオの表情が歪む。


「ルシオ、使えるものは使え。親なんか、うまく活用してみせろ」


うまくやるんだったら、使われてやらないこともない。

とりあえず、さっさと支持を出せ。


挑発するような意地の悪い笑みを浮かべてやると、ルシオが思いっきり舌打ちをした。

隠す気がない当たり、振り切れたようだ。


「だったら!」


がつん、と机の上がなった。

降り下ろした拳を握りしめた音を、父親は確かに聞いた。


「匂いの分析を頼みたい。王女に心酔した奴らを、こっちに向かせるための匂いを探りたい」

「いいね、悪くない」


父親のまとう空気がピリッと響く。

知らず、じわりと汗が滲む手を握りしめて、ルシオは顔をあげる。


カバンから、少し大きめのクズ石を取り出し、次々に机の上に並べる。


「王女の取り巻きどものデータだ。ヤツらにとって、要になる人物を探して、接触させるきっかけを作りたい」

「ま、所詮貴族の学生だしな、何人かは捕まえられるだろうよ」


軽く返事をした父親の頭の中が、高速で回りだす。

これが、貴族の当主を巻き込むものだとすれば、当たりはかなり限られる。

その辺の人脈は、ルシオよりもはるかに父親の方があるし、誘導できる。


どうしようかなー、と考えながら、父親はルシオを促す。


「他には?」


あえて声をかけたのは、ルシオの表情に引っかかったからだ。

表情を隠すのが上手になってきた息子だが、取り繕ってもあまり意味をなさない父親の前ではとても表情が豊かである。

ルシオのその一瞬を、父親は逃さずにいるようにしている。


仕方がないヤツだな、と父親は拳に力の入っている息子を眺めた。


「言うなら、今だぞ」

「……あ、と」


声を絞り出した息子は、ぐっと堪えたように言葉を切った。

その様子を見ながら、父親はそっとほほ笑んだ。


きっと、ここがルシオにとっての分岐点になる。

だからこそ、何も言わずにじっとルシオの言葉を待つ。


静かに待っていると、ゆっくりとルシオの瞳が父親に向いた。

怒りでもなく悔しさでもなく、平坦な落ち着いた瞳。


ルシオは並べた魔法石を、二つに分けた。


「こっちが、王女の声のサンプルだ。これは、王女の周囲の空気。こっちから探れる可能性があるなら、試したい」

「お前、そんなものまで集めてたのか。防御魔法も監視もある中、よくすり抜けたな」

「協力者がいるもので」


あの元婚約者か、と父親は苦笑いである。

手駒としては、羨ましい限りである。


「それなら子飼いを使わないと無理だな。そっちからも手をよこせ」

「人手なら無理だよ、誰もいない」

「だったら、子飼いに野良ネズミでも狩らせてこい」


さすがに、いきなり人を使って試すことはできない。

相手を元に戻せる保障がない以上、まずは動物でやってみるしかない。

子飼いの動物を使うのは忍びないので、あくまで野良で試したいところだ。


同意したように頷いたルシオは、大きな魔法石をおいた。

明らかに大きさの違う魔法石に、父親は顔をあげた。


「何だ、これ」

「すでに実験中のデータがまとめて入ってる」

「はぁ!? お前まさか、すでに人間相手に試したのか!」

「相手は罪人だよ、しかも重罪人。そいつらの牢獄に、王女の周囲の空気をまいた」

「お前……」

「内容によって、グループを分けてるから。これ、リスト。暗号使って」

「おいおい」


引きつったというよりは、だんだん呆れてきた。

いくら相手が罪人だとはいえ、すぱっと切ってしまえるあたり、息子の性格が垣間見える。

誰に似てしまったのか。


渡された数字が並ぶリストをを見ながら、父親はソファに背を預ける。

ぼんやりと、机の上に広がった魔法石の山を見た。


本当に大量である。


父親は、目の前でこちらを伺っているルシオを見た。

揺れた瞳の奥に、届くように「よし」と声をあげる。


「まずは、魔法石だな。全部引き取るから、それぞれで項目ごとに、見積書を出せ」

「商会で引き取る気?」


ルシオの眉が寄る。

商会の名前で購入するとなると、それは事業として扱うことになる。


父親は返事をすることなく、花の匂いを集めた魔法石を腕で分けた。

腕の上に、ざらざらと鈍い音をたてながら石が転がった。


「こっちは新事業扱いだな」

「内容はどうするんだよ」

「そんなものは後でどうとでもすればいいし、何とでもなる」


父親は、奥の石の山を指さす。

それをすっとずらした。


「取り巻きどもと王女のデータは、情報として買ってやろう。関係者一式でまとめておけよ。王女の方は情報の入手先に焦点が向くと、やっかいだぞ」

「基本情報と関係者一式についてとだけ、記載しておく」

「無難だな」


魔法石をまとめていくルシオを見ながら、父親はため息をついた。


おそらくこのクズ石の山の入手先は、あの元侯爵家の弟だろう。

石を加工する際に削った魔法石の残骸を集めて、魔法を付与したか。


彼の上司は、本来ルシオの父親になるが、彼自身はルシオに恩を感じているようで、ルシオの助けになろうとする。

かなりの数があるが、魔法の付与は無償の可能性もある。


「この魔法石、全部自分で買ったんだろ。作業費を大幅上乗せして、早めに見積書を出せ」

「ぼったくっても、文句言うなよ」


嫌味のつもりで返すと、父親がけらけらと笑い出す。


「何言ってんだ、お前。黒字を出したところで、税金として、あの王家にむしり取られるだけだぞ。それよりはお前に返して、子飼い内に回してもらう方がいいにきまってる」


そのまま「最終的には、従業員にまで還元しろよ」としれっと付け加えた。


げんなりしつつも、ルシオは用途で分けられた魔法石を、次々小袋に集めていく。

すでに分けられていた袋を引き取ろうとした父親よりも早く、ルシオが袋を手前に引いた。


「何だ?」


取ろうとした小袋が遠のいた父親は、伸ばした手を開いて閉じた。

よこせ、と手のひらを返したが、ルシオは父親をじっと見つめるだけだ。


紫色の瞳がゆっくりと細くなって、瞬いた瞬間に鋭さを増した。


「父さん、何を企んでるんだよ」

「……は?」


思いもよらぬ発言に、父親は久しぶりにぽかんと口を開けた。


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