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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
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サリーナ、機密を告げる

サリーナは首もとで揺れるネックレスを、手で握ったり閉じたりしてもてあそぶ。

やらなければ、と思いつつも行動できないのは、後ろめたいことがあるからだ。


ルシオはサリーナのために、何度も心を砕いてくれている。

助けてもらったことは数知れず、支えてもらったことなど数えきれない。

感謝をしても、しきれない。


フェアスーン王女殿下のことも、今やサリーナには無関係となった。

「こっちで引き受けるから、大丈夫」とルシオが言うので、そういうことなのだろう。


息を深く吐き出して、目を閉じる。


ルシオと父親と登城日は、もう来週へと迫っていた。

一応遠方の国の品を見たいということだったので、品選びや運ぶ準備の確認を含めた最終調整が行われているところだ。

登城よりも数日早く品物は搬入するので、より大変だろう。


サリーナは、ルシオに王宮の内部については伝えてきた。

基本的に情報を隠すことはなく、質問にはきちんと答えた。


必ず「私が知っていることと、違う可能性もあります」とだけ付け足しておいたので、ルシオならわかってくれていると思っている。


必要な情報は聞き出せたのか、あるときからルシオはサリーナに質問をしなくなった。

だから、あえてこちらから言う必要もないのだと、言い訳をしてきた。


でも本当は、伝えなければならないことがある。

一番大切なことであり、王家の根幹に関わることだ。


「やっぱり、お伝えしておかないと」


ゆっくりと顔をあげたサリーナは、ネックレスを握りしめていた手を開いた。

震える手で、それを摘まみ、口を開いた。



コンラード商会、本店のルシオの執務室のソファに、サリーナは腰を下ろした。

ルシオに「話したいことがある」と伝えた翌日、すぐにルシオは時間を取ってくれた。


一応いつも通りに見せてはいるけれど、昨夜はうまく眠れなかった。

緊張していることは、ルシオに伝わっているだろう。


「お茶、どうぞ」

「ありがとうございます」


温かいお茶を入れてくれたルシオは、そのまましゃがみ込んだ。

サリーナを見上げ、小首を傾げる。


「俺、どっちに座った方がいい?」

「え……」

「隣でも正面でも。話がしやすい方に座るよ、どっちがいい?」


サリーナが話しやすいように、と気を使ってくれている。

考えたサリーナは「正面に座って頂きたいです」と、小さく呟いた。

「うん、わかった」と頷いたルシオが正面に座り、カップを押す。


「話はちゃんと聞くから。まずは飲んで」


喉がカラカラなサリーナは、黙ってカップを引き寄せた。

冷えた指先がしびれる。


口をつけて気づいた。

サリーナが調合した茶葉の一つ、リラックスできる茶葉だ。

あえて選んでくれたのだろう。


「おいしい、です」

「良かった」


優しさに、泣きたくなる。

もう一口飲んで、カップをおいた。


正面のルシオの瞳が、こちらを向いている。

見透かされているようで、居心地が悪い。

すっと視線を反らしてしまう。

話を切り出さないといけないとわかっているのに、何から言えばいいのかすでに迷っている。


悶々と考えるとサリーナより早く、ルシオが口を開いた。


「話ってさ」

「え」

「王家の影への、指示の出し方のこと?」


いきなりの本題に、サリーナは固まった。

唇を小さく震わせる。


「ど、どうして……」

「あ、やっぱりそうだったんだ」

「ななな、何故!?」

「んー? まぁ、それぐらいかなって思っただけだよ」


くるりとカップを回したルシオが、何ということもなく告げる。

ルシオは「当たったねぇ」と笑っているけれど、サリーナはそれどころではない。


思わず、自分の両頬を包み込んだ。

眉を寄せて唸るサリーナを見て、ルシオが呆れたように息を吐く。


「そんなことしても、可愛いだけだよ」

「ち、違います!」

「違いません。真っ赤だし」

「それは、おお、驚いたからですよ!」


顔を真っ赤にするサリーナを見ながら、ルシオが「事実しか言ってないけどね」と表情を崩す。

恥ずかしくてたまらないサリーナは、どうしようもなくなってしまい、もう一度カップに手を伸ばす。


カップに触れて、瞬いた。

息が、しやすい。


「サリーナ」


穏やかな声だ。

カップを机においたルシオが、優しく微笑む。


「本当は、言いたくないんでしょ?」

「いえ、あの」


確信めいた言葉に、サリーナは反応できない。

視線を彷徨わせたサリーナを見て、ルシオは「やっぱりなぁ」と思う。

サリーナに、言いたくないことを無理に言わなくてもいいと告げたのは、ルシオ自身だ。

それは自分のためでもあり、サリーナのためでもあった。


それで終わりだったはずだが、今更サリーナが、わざわざこうやって必死に口を開こうとしている。

質問をすれば素直に答え、教えてくれるサリーナが口ごもった話題は、一つだけだった。


それが、王と王妃の直轄とされる、王家の影への指示の出し方である。

王家の影の存在は都市伝説と化している噂レベルなのに、実際に影はいるし、人数もかなり多い。

周囲に悟られないように指示をだす方法は、ルシオにもよくわからない問題の一つである。

鳥を使うことはわかっているが、それ以上についてはサリーナは口を開かない。


それ以上聞かずいた理由は、ルシオも父親も王家の影になるつもりはないからだ。

王家の影の動きには注視しているが、指示を妨げるような行動をして、目を付けられるようなことだけは避けたい。


「俺はね。今でも、サリーナが言いたくないことを無理に聞く気はないんだけど……」


ルシオは黙る。

本当は、無理強いはしたくはない。


だが、サリーナがここまでもごもごとしているのは、その話題を本当は口にしたくないけれど、自分や父親に関わる話だからとしか考えられない。

それがわかっていて、さすがに放置はできない。


「知っていれば、手がうてる。大丈夫だよ」


もう一度柔らかく告げると、サリーナがのろのろと顔をあげた。

白く見える顔は不安そうだが、ゆっくりと頷いた。


「これを知っているのは、王と王妃。それから……おそらく、私だけです」

「……それはまた」


それが本当ならば、どう考えても国家機密である。

どこからその情報を得たのか、とルシオは思わず遠くを眺めた。


「お伝えすることを迷ってしまった理由は、二つ、ありまして。一つは、本当に内密の話なので、知ってしまえば戻れなくなります。危険なことに、巻き込まれるかもしれません」


一度視線を下げそろそろと顔をあげると、ぱちりと視線があった。

紫色の瞳が、不思議そうに瞬いている。


「その内密の話を知っていることが危険なら、サリーナは?」

「わ、私ですか?」

「サリーナだって、危ないよね? だったら余計に知っておいた方がいいと思うけど。婚約者なら尚更」


ルシオは、それが国家に関わることであろうと、気にする様子はない。

サリーナは自分の手元を見つめた。

この手を何度も取って、引いてくれたのはルシオだ。


ルシオは、もう少しかなと、苦笑してみせる。


「俺のこと、信じられない?」

「いいえ、まさか!」


震えたサリーナの視線が、ルシオにしっかりと向いた。

その瞳の奥に強さを感じて、ルシオはそっと笑う。


「おっしゃる通り、影の指示の出し方について、お伝えしておきたいです」

「うん」


サリーナは、組んだ指先が白くなるほど握りしめながら、口を開いた。


「王と王妃は、影を操ります」

「……え?」


震える口から出た静かな言葉に、ルシオは目を見開いた。



王宮の中心、王と王妃の部屋は仕切るための壁があるものの、大きな一部屋となっている。

その真下、下水道などが通っているよりも深い地下には、高密度のとても大きな魔法石がある。

大人が両手で抱えるほどの大きさをほこる魔法石こそ、この国を統べるための要だ。


元々王家は、この国でも魔力が高い一族の集まりだ。

その上で、朝と晩の二回、王と王妃は部屋の中心に立ち、地下の魔法石から力を得る。


元々持っていた魔力に加え、魔法石から得た強力な力を使い、王と王妃は影を操る。

そのやり方は、随分と勝手だ。


「必要に応じて、脳に直接指示を出します。登城が必要であれば、王宮にあがってもおかしくない人物までを経由し、違和感を持たれないよう王宮全体を操ります」

「…………えぇ?」


思わず、口元に手を当てたルシオが唸った。


サリーナの話が嘘だとは思っていない。

だが、到底信じられる話ではない。

王家の影はもちろん、王宮全体となると規模は計り知れない。


影には、同時に複数の指示を出すこともあるだろう。


それをすべて操っているということは、相当な魔力とそれをコントロールをする力が必要だ。

能に直接指示を出せるというなら、精神的な魔法にもたけているはずだろう。

加えて、相手がどこにいるかを把握できるだけの探知能力もいる。


黙り込んだルシオを、サリーナはそっと見つめる。


そう、王家にとって魔力の高さは何よりも重要だ。

二回目の人生で、ただの子爵令嬢でしかないサリーナが第一王子の婚約者となり王妃になったのも、誰よりも魔力が高かったことに加え、コントロールする術をよく知っていたからである。


「えーと」


ルシオは頭の中を整理していく。

幅が広すぎて、聞きたいことが多すぎる。


「王族の魔力の強さは前提として。影を操るのは、魔法石の力ってこと?」

「そうです。第三者を意のままに操るほどの魔力は、王族にもありません」

「操るための、条件は?」


さすがルシオだ、よくわかっている。

第三者でもある影を操れるということは、下手をすれば国民全員を操れることにも繋がる。


だが、実際にはそんなことはできない。

王と王妃が完璧に操れるのは、王家の影だけだ。

指示を正確に伝え、思ったように動いてもらうほどに操るためには、操る方も大変なのだ。

そのため、より楽になるように前提条件と呼ばれる制約をつける。


サリーナは、ぐっと息をつめた。

ここからは、本当に重要機密だ。


「王と王妃の前で、王家の影になると宣誓するだけです」

「……嘘でしょ、それは表の話でしょ。そんなレベルで操られたらたまらないんだけど。第一それじゃ、王宮全体は操れないよ」


人を正確に操るほどの制約となれば、相当強い負荷がかかる。

それだけでは王宮全体には届かない。


サリーナは、ぎゅっと唇を噛んだ。


「王宮は、至る所に王と王妃の魔法を貯めておけるんです。王宮全体を操るときには、その貯めた魔力を使います」


使わなくて済めば、それはそれである。


「影の方は。宣言をすると、その瞬間に、魔法石に名前が刻まれます。その人の魂の一部を魔法石に移すんです」

「は!? え……え?」


サリーナの発言に、ルシオが目を見開いた。

だがすぐに眉を潜める。


気づいたのだ。


魔法石は、どれだけ高濃度で大きい物だとしても、結局は魔法を付与できるだけのただの石だ。

石自体が魔力を持っているわけではないので、魔法を付与しなければただの石でしかない。

おまけに、一度魔力を付与しても、使っていればいずれその力は失われてしまう。

王と王妃は、魔法石から魔力を吸い上げることしかしない。


では、魔法石の魔力は、どこから補充しているのか。


答えは、王家の影の魂だ。

魂は、人の生命であり、高エネルギーの塊である。

多くの影の生命エネルギーを吸い取って魔力とし、魔法石は魔力を保持し続けている。


さすがに顔色が悪くなってきたルシオは、「ちょっと待って」と顔をあげた。

がたりと立ち上がり、サリーナの頬に手を伸ばす。


「まさか、サリーナ」

「え」

「取られてないよね!?」


ルシオの恐ろしい剣幕に、サリーナは目を丸くした。

だが正確にその意味を読み取り、慌てて頷く。


「わ、私は大丈夫です、宣言も何もしていません、魔法石とは無関係です」

「……そう、良かった」


力が抜けたようにソファに沈み込み、ルシオは大きく息を吐いた。


「それさぁ。影の奴らは気付いてるの?」

「彼らは何も知りません……」

「うわぁ、生贄かよ」


ルシオは苦々しく嘆いた。

王家の影は、自分たちの魂が魔法石に刻まれ、命を吸い取られていることなど気づいてもいない。


なるほどな、とルシオは目を閉じた。


ずっと、おかしいと思っていたのだ。

王家の影は、王家の為の組織だということはわかっている。


数多く存在する影は、一人の人間だ。

与えられた指示に従うとはいえ、それぞれの考えがあり、己の価値感を持っているものだ。

同じ指示でも人によって動きも違うし、報告はどうしても個人の裁量が含まれてしまう。


だが、王家の影は崩れない。

どこまでも、王家を中心とした考えで、動きが統率されていた。


人は、操られ続けていると、だんだんと染まっていく。

影として操られていく過程で自我がなくなり、王と王妃の考えに沿っていったとしても、おかしくない。


「怖すぎるだろ……」


そこまで思考を落としたルシオは、サリーナを見た。

俯いているので表情が見えない。


あまりに内情に詳しすぎるサリーナも、魔法石に名前を刻まれているのかと焦ったがそうではないらしい。

それならそれで、と考えたルシオは、降って湧いてきた疑問に固まった。


人の生命エネルギーを食い散らかす、高濃度の魔法石。

そして、王宮の至る所に、王と王妃の魔力をためておけるという話。


「サリーナ」


そういえば。

先ほどサリーナは、言いたくない理由は、二つあると言っていたはずだ。


「魔法石の整備って……誰がしてるの?」

「つっ!?」


不自然なほどに、サリーナの肩が揺れた。

縮こまるサリーナを見て、ルシオは顔を歪めた。

かちりと、何かがはまる。


「それってさ」


そうか。

そういうことか。


「サリーナの、お父さん?」


手を痛いほどに握ったサリーナが、小さく頷いた。


魔法石の保守作業といえば、シュベルグ家だ。

魔法石に魔法を付与できる人間は他にもいるが、この国において魔力の高さとその扱いにおいては、シュベルグ家の右に出る者はいない。


「シュベルグ、家は。父は」


紙のように真っ白な顔をしたサリーナが、口を開いた。


「王家の影では、ないんです」

「…………うん」


サリーナは、この話を知っているのは王と王妃とサリーナだけだと言っていた。

つまり、サリーナの父親は何も知らないことになる。


「高濃度の魔法石の管理ができる人の命を削るのはもったいないからと、外れたんです。その代わりに、当主を引き継ぐ際に、王より誓いを刻まれます」

「そう……」


誓いとは聞こえがいいが、ようは契約だ。

この国の根幹に関わり、王家の秘密に関わるものである。

一生をかけて守る契約、破れば命すら脅かすだろう。


「父は定期的に王宮へとあがり、保守作業を行っています。その記憶は……父にはないんですよ」


スカートの上の両手が震えた。


サリーナの父親は王家の影ではないし、魔法石に名前を刻まれているわけではない。

だが、王と王妃に操られているという意味では、影と大差はない。


二度目の人生で王妃になって初めてその事実を知ったとき、どれほど衝撃を受けたのかを言葉にするのは難しい。

良い当主であり、優しい父親が黙々と仕事をして淡々と去っていく背中は、忘れられない。


「サリーナ、隣に行ってもいい?」

「え、あ」


返事よりも早く立ち上がったルシオは、サリーナの隣まで移動する。

不安そうな瞳が自分を見上げてくる。

座ると同時に、すっかりと色を無くした両手を取った。


「そんなに握りしめたら、跡になるよ」


いつもは温かいサリーナの手が、氷のように冷たい。

手のひらにはくっきりと爪の跡がついている。


「傷になってる、後で薬を持ってくるから」


赤い線をなぞりながら、ルシオはサリーナを見た。

色を無くしたサリーナの表情が歪む。


「ありがとう、教えてくれて」


小さく呟いて、サリーナの両手を握る。

ふるふると首を振るサリーナに、ルシオは優しく微笑んだ。

あまりに苦しくて、サリーナは必死に言葉を探す。


「ごめんなさい」

「え」

「本当は、もっと早くお伝えしなければと……わかって、いたんです」


時間は有限だ。

ルシオと父親が巻き込まれないように、本当はもっと早く伝えなくてはと思っていた。

だが言い訳ばかりを繰り返し、結局今日にいたるまで先延ばしにしてしまった。


ルシオも父親も、王家の影になる気はない。

それを知っているからこそ、宣言はしないだろうと自分に思い込ませた。


本当は、言いたくはなかった。


この恐ろしい事実は、サリーナにとって無関係ではない。

二度目の人生で王妃となったとき、国を優先する思考しかなかったサリーナも、魔法石の力を利用した。

「大義の為なら、少しの犠牲は止むを得ない」と、王妃教育の中で徹底的に叩き込まれた。

国を治めるために必要な犠牲として、影の命を脅かした。


ルシオが言った「生贄」という言葉が、サリーナの胸に突き刺さる。

何ということを、していたのだろう。


「申し訳、ありません」

「いいから!」


鋭く声をあげたルシオは、震えるその肩を引き寄せた。

ピクリと跳ねた体を、そのまま腕の中に引き込む。


「謝らなくて、いいから」


ルシオは小さく呟いて、硬くなっているサリーナの背中をあやすように撫でる。

俯いてしまったサリーナは、何も言わない。


「大丈夫、十分だよ」


ルシオは言い聞かせるように、ゆっくりと言った。

正直なことを言えば、ルシオが今の話を聞いて思ったことは、何とかなるかな、である。

すでに、いくつかの可能性が浮かんでいる。


だが、思い込みはよろしくない。

この件に関して誰よりも詳しいサリーナに確認して、しっかりと策を練らなくてはならない。


「サリーナ」


小さな子供にするようにとんとんと背中を叩いていると、だんだんとサリーナの息が整っていく。

しかし、一向に顔をあげようとしないサリーナに、ルシオは少しだけもどかしくなる。


「どうしたらいいのか、一緒に考えてくれる?」

「もちろんです」


勢いよく顔をあげたサリーナを見て、ルシオは満足そうに目を細める。

冷えた頬に指を滑らせると、瞳が大きくなった。


「やっと、顔をあげた」


思わず笑うと、サリーナの瞳が丸くなった。

触れていた頬によく知る熱が戻ってきて、腰に回した手に力が入る。

それに気づいたようで、サリーナが身を引こうとよじった。


「あの。ち、近い……気が」

「そうだね」

「あの、向かいに! 向かいに座ってお話を!」

「最近我慢してたからかなぁ、何か凄く冷静。俺、今安全だから、大丈夫」

「い、意味がわかりません!」


腕の中で、サリーナが真っ赤になりながら必死である。

説明したところで面倒なだけなので、わからなくてもいっか、とルシオは早々に会話を切り上げてサリーナを抱きしめた。

花のような香りを吸い込むと、胸の奥が温かくなる。


「ルシオ様?」


さすがに驚いたようで、サリーナの戸惑う声が聞こえた。

後頭部に手をあて、髪をすく。


「大丈夫だよ、サリーナ」


もう一度、染み渡らせるように優しく囁く。


「大丈夫だからね」


何が、とか。

どう、とか。

そんな具体的な話がなくても、ルシオの言葉には力がこもっている気がした。


「……ありがとう、ございます」


小さく頷いたサリーナは、ほっとして力を抜いた。

完全に強張りがなくなったことを知ったルシオは、さらに腕に力を込めた。


必要なことを引き出すのは、自分の役目だ。

頭の中を整理しながら、ルシオはゆっくりと口を開いたのだった。


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