サリーナ、思い返す
サリーナは、聞こえてきた声に瞬いた。
聞こえていないふりをしながら、その場を通り過ぎる。
聞こえる声は拾い上げる。
あれこれと動き出してから、二週間ほどが過ぎた。
たったそれだけだというのに、すでに反応が出ているから不思議なものである。
魔法石付きの文房具も、サリーナがブレンドした茶葉も売れ行きが好調らしい。
特に、魔法石付きの文房具はペンだけではなく、他の物にまで派生しだしたと聞いている。
サリーナがしたことといえば、あくまでさりげなく見せるだけだ。
学院内での広報活動は禁止されているので、興味がありそうな人にタイミングを合わせて使っているところを見せることしかしていない。
普通はペンの蓋に魔法石がついているが、サリーナが使っているペンは持ち手側についている。
持てばそれだけでも興味を持って話しかけられることもある。
サリーナがコンラード商会の後継ぎとされるルシオの婚約者であることは知られているため、むしろ新商品かと積極的に声をかけてもらえる。
噂の絶えないコンラード商会の新商品であれば、よりその価値はあがる。
サリーナは、貴族独特の笑みを浮かべ繰り返す。
「商会の新しい事業なのですって。私も今、参加させて頂いているの」
魔法石に魔法を付与することは、サリーナの仕事ではない。
店の名前を口にして「良かったら」とほほ笑むだけだ。
店主は元々侯爵家の人間なので、もしも貴族が来客すれば、相手によっては顔見知りの可能性も考えられる。
そのため今は店頭からは引いてもらい、代わりにコンラード商会から派遣された人間が接客をしている。
店主は魔法の付与や自作のペンの開発に時間を割いてもらっており、集中できる環境を整えている。
「凄いわね、サリーナ。茶葉の方もサリーナが関わっていると聞いたわよ」
「そんな、私はたいしたことはしていないわ。ルシオ様に教えて頂いているだけですもの」
修業が始まる前になり、皆席につきだすと、チェルシーがそっと話かけてきた。
茶葉に関しては、ルシオの知識を使ってサリーナがアイデアを出しているということになっている。
怪しまれないようにと、ルシオが一気に動いた結果である。
サリーナの言葉に、チェルシーは小さく眉を潜めた。
「もう、そんなこと言って。食欲を押さえるお茶はサリーナのアイデアでしょ? 画期的すぎるわ」
「あれは、飲みすぎはダメよ。容量を守らないと、腹痛をきたすことがあるって聞いたわ」
「わかっているわよ。社交界の為に、頑張らないと」
そういうチェルシーも、しっかりと茶葉を買い上げてくれている。
社交界シーズンが近づいてくるにつれて、貴族令嬢たちのマウント合戦が熱を帯びていく。
流行を探り、ドレスや小物、アクセサリーに気を配るのはもちろん、自分磨きも必死だ。
魔法役を使う貴族もいるのだが、あまりに変貌してしまえば失笑をかうだけなので一般的ではない。
そんな中で、今最も名をあげているのが、コンラード商会が売り出したブレンドの茶葉だ。
庶民向けの茶葉としてベースを作った後、ルシオは客に会わせて茶葉のブレンドを変えるようにサリーナに伝えた。
むくみやすい人、肌が荒れやすい人などの個人の持つ悩みだけではなく、その人の日常的なことも考慮した。
動き回ることが多い人、書類など目を酷使することが多い人、外に出ることが多い人など、ルシオの指示は細かい。
サリーナはその都度茶葉を選びなおした。
「個装になっているのも良いわよね。簡単だってメイドが言ってたわ」
「ルシオ様のアイデアなのよ」
調合した茶葉は、一回分にわけて小袋に入れる。
茶葉の比率が変わらないようにというルシオの考えからで、これも評判がいい。
その茶葉の効果が一番出る飲み方や入れ方をしっかりと伝え、その他に気を付けることや日常的なアドバイスを付け加え、総合的に売るのだ。
調べればどこの茶葉をどれだけ混ぜているかがわかってしまうけれど、ルシオは気にしなかった。
お茶の入れ方、飲むときの注意点や効果的な方法等、プラスの情報を付け加えて売ることで、満足度を得ようとしている。
また、茶葉を購入するためには、基本的には商会にまで来てもらう必要がある。
貴族であれば、邸宅に商人を呼んで気に入ったものを購入するのだが、茶葉は別だ。
個人に合わせてブレンドすることを売りとしているため、必ず商会に足を運んでもらい、聞き取りを行ったうえで、茶葉を購入して頂いている。
茶葉のブレンドや詳しい知識はサリーナが持ちうるものだが、ルシオから事前情報を聞いているのでいくつかの案を出している。
実際に貴族の対応をするのはルシオの父親なので、彼はそれを参考に茶葉を売っている。
ルシオは、茶葉を売り込む相手を一からリスト化していた。
最重要とされた彼らは購入した茶葉に満足したようで、今では客としてだけではなく宣伝効果も兼ねている。
あくまで茶葉は、餌にすぎない。
購入前の聞き取りは、これまで踏み込めなかった個人の体調や精神的なことにまで踏み込むことになる。
加えて、次の商品の提案につなぐことができる。
内輪のことには口の堅い貴族であるが、引き出せたのはルシオの父親の裁量だろう。
個人情報の幅が、これまで以上にぐんと広がっていく。
ただ、一部の貴族からは圧がかかった。
「これは薬ではないのか!」
そう声をあげたのは、魔法薬を始めとする薬一般の事業に関わる貴族の集団だった。
薬であれば、購買の際には王家からの許可が必要だ。
専任の薬師も店舗におかなくてはならない。
だが、ルシオの父親は「これはあくまで、健康への補助食品ですよ」と譲らなかった。
すでに一般的に売られていた茶葉を組み合わせているだけで、元々それぞれの茶葉はそれぞれ違った効能を持つ。
どれだけ頑張っても薬ほどの効果は出ない。
あくまでサポートの一種だ。
飲みすぎることによる副作用は出るかもしれないが、過剰に摂取することで害が起きる可能性があるのは、どの食品にも言えることだ。
「頭が痛ければ、薬師が調合した薬を飲むか魔法薬を飲むかと思われます。そこでお茶を飲もうとは思わないのでは?」
ルシオの父親の言葉には、誰も返せなかった。
現実点で、ブレンドした茶葉にそこまで期待をしている人はいない。
さらに後押しするように、声をあげた貴族の妻や子供たちが、ブレンドした茶葉を「健康補助食品」と高々に叫んだ。
彼らは皆、ルシオが最優先で接客するように指示を出した相手である。
魔法薬や薬を扱う家の身内は、健康には人一倍気をつけておかねばならない。
体調が悪いので魔法薬を飲んだと嗅ぎつけられれば、競合している貴族からしてみれば、不養生として悪く言われかねないからである。
そんな中で気軽に健康をサポートしてくれる茶葉は、彼らにとっては大変ありがたい商品だったのだ。
魔法石の方も、順調だと聞いている。
あの店は王都の外れにあるので、高位貴族が気軽に出向ける場所にはない。
貴族の客層は子爵家か男爵家が基本になるが、高位貴族に比べると母体数が違う。
気軽に手に取ってもらい、個人の持ち手や癖に合わせて調整できるペンの人気は高い。
オーダーメイドのペンはこれまでも売られていたが、手軽さが全然違う。
質では負けても、スピードと価格、魔法の付与を考えると十分に勝算はあった。
気に入って使ってもらえても、ついている魔法石がクズ石のため、魔法の効果が長続きしない。
気に入ればそのまま純度の高い魔法石を付け替えられるし、返却も可能である。
このお試し方式はおもしろがってあれこれ試す人も多く、尚且つ噂のコンラード商会の品であることも加わって、よく売れているようだった。
あれこれ考えている横で、チェルシーがほぉと息を吐いた。
「もう、相変わらず仲がいいったらないわね、ブレンド名通りじゃない」
「チェルシーまでそんなこと言わないで。恥ずかしいわ」
「仲がいいなんて、本当に素敵なことよ」
チェルシーは、誠実なように見えてその逆を行く元婚約者とのあれこれに、本当に腹がたって仕方がなかった。
目の前のサリーナが、少し頬を赤くしていることがとても嬉しいのだ。
「サリーナが幸せそうで、良かったわ」
もう一度頷き、本当に嬉しそうに笑った。
茶葉を売るにあたって、ルシオはサリーナがブレンドした茶葉用に新しい名前を考えた。
コンラード商会から出す、初めてのプライベートブランドだ。
サリーナがブレンドした茶葉は万人受けするものではなく、個人の特性に合わせているため、どちらかといえば一人で落ち着いて飲むことが想定される。
ターゲットとなる女性が、一息をついたり落ち着いたり穏やかになり、かつ前向きで楽しい時間を過ごせるようなイメージから、茶葉は「甘美な秘密」と名付けられた。
箱から袋に至るまで、関係するすべてのものに、その頭文字を組み合わせたロゴが印刷されている。
そのロゴとなった頭文字が、ルシオとサリーナのそれぞれの名前の一文字目と同じなので、噂好きの子女の間で「二人の頭文字だわ」「名前から考えたのよ」「素敵ね」等と言われているのである。
対外的にルシオの知識とサリーナのアイデアにより茶葉を売り出していることになっているので「お二人で手と手を取り合って」だの、加速が凄まじい。
周囲はより、二人の仲の良さに注目するばかりだ。
同級生から微笑ましく「お二人は本当に仲がよろしいようで、羨ましいわ」と言われたサリーナは、本当に驚いた。
相手が貴族令嬢だったので内心を押し殺して「そんなこと」等と笑顔でかわしたが、心の中はばくばくである。
丁度その日にルシオに会うことになっていたので、部屋に通された後、慌ててルシオに報告した。
サリーナとしては、方向性をどのように変えるか相談をしようとしたわけだが、ルシオは「あぁ、それね」と気に留める様子もない。
「そろそろ広がり始めてるな、とは思ってたけど」
「え」
「予想より早く、サリーナまで届いたな」
「えぇ!?」
話の方向がつかめず、声をあげる。
だがよくよく考えれば、ルシオがそこまで考えずにいたとは思えない。
この話はルシオの父親も通しているはずなので、誰もその可能性に気づかないわけがない。
ルシオは何ということもなく、お茶を入れている。
「何のために、ロゴを頭文字でデザインしたと思ってるの。最初から、そう見えるように考えたんだよ」
「そ、そうだったんです、ね」
「そう言われるのは想定内だから。あしらっておいたらいいよ」
「ああ、あしらう、とは」
「仲がいいって言われたんでしょ? 頷いておけばいいよ、そもそもの目的に沿ってるんだし」
こんなことを始めたそもそもの目的は、王家からルシオとサリーナの婚約を守るためである。
簡単に婚約の解消が出来る今、サリーナをルシオの婚約者として周囲に知らしめることは、何よりも優先するべきことだ。
そこから考えると、この展開は好都合でしかないはずなのだが、サリーナは素直に頷けずにあわあわと唇を震わせた。
平然としているルシオは、サリーナの内心のパニックを理解していないようだった。
そういった事情を他人が口にすることへの違和感があることを、わかってはもらえないらしい。
「は、初めて聞きました」
「初めて言ったからね。まぁ、気づいてないなとは思ってたけど。はい、お茶。どうぞ」
「ありがとうございます……」
ルシオがお茶をおいてくれる。
釈然としないまま両手を伸ばし、お茶を一口飲んだ。
散らかる思考をまとめあげ、向かいに座ったルシオに向ける。
意地悪な言い方になってしまうのは、仕方がない。
「わざと、私には教えて下さらなかったんですね」
「まぁ、そうなるかな」
「理由をお伺いしても?」
「伝えたとして、サリーナは受け入れられた?」
「え……」
「すぐに承諾できた? 少しでも早く売り出したかったから、考える時間もほとんどなかったと思うけど」
ルシオに言われて、改めて考える。
商品名の裏の意味が自分とルシオだと言われて、「はい、そうですか」とニコニコ笑って受け入れられるかと言われると、素直に頷けない気がした。
今はあえて二人で出かけるなどして周囲に仲の良さをアピールしてはいるものの、貴族は本来、婚約者との関係を周囲に見せつけるようなことはしない。
あからさまな仲の良さは「はしたない」と言われ、「ここをどこだと思っているのかしら」と陰口をたたかれる世界だ。
今、好意的に取られているのは、二人の関係の間にコンラード商会が挟まっているからに過ぎない。
「すみません……」
さっと答えが出せずに、小さな声で呟いた。
そのまま俯くサリーナに対し、ルシオは小さく笑った。
「何でサリーナが謝るの。むしろ、怒るところだよ」
「え?」
「こんなの騙し討ちだ。俺は、サリーナが嫌がるかもしれないってわかってたけど、気づいていないのをいいことに、知らないふりをした」
顔をあげて、息を飲んだ。
ルシオが寂しそうに笑うから、それ以上言葉が出ない。
「怒ってほしいように、見えますよ」
「そうだね、わかっていてやったから。自己満足のために謝りたいだけだ、ごめん」
頭を下げるルシオを、サリーナは何とも言えない気持ちで見つめた。
ルシオは本当に、悪いと思っているのだろう。
ただ、ルシオは意地悪で言わなかったわけではない。
総合的に考えた結果、言わないことを選んだだけだ。
サリーナの気持ちよりも、目的に向かうための手段を取った。
「ルシオ様、お顔をあげてくださいますか?」
サリーナは静かに告げた。
紫色の瞳を覗き込むように見つめ、言葉を探す。
「気づかなかったのは、私の落ち度です。むしろ、私が足を引っ張るようなことにならなくて良かったです」
「……えぇ?」
ルシオの声が、引きつった。
見開かれた瞳がぱちりと瞬く。
「それ、本気で言ってるの?」
「もちろんです」
「何かあったら言うとかいいながら、俺、わざと黙ってたんだよ」
「私の気持ちを優先して、最大の手が打てなくなるのは困ります」
サリーナは、ルシオの父親の言葉を思い出した。
自分の存在がマイナスになるようなことは、絶対に避けなければならない。
きっぱりと告げる。
「今後も、同じ対応をお願いいたします」
数秒間固まった後、ルシオが盛大なため息をついた。
同時に頭が下に向き、髪が表情を覆う。
「サリーナは、俺をどこまで甘やかすのかなぁ」
「え」
「何だろうね、寛容すぎない?」
「そう、でしょうか。そんなことを言われたのは、初めてです」
戸惑いながら答えると、ルシオがゆっくり顔をあげた。
「……そっかぁ」
そう言って、遠い目をしたまま黙り込んだ。
そのルシオに、サリーナは大切なことだと、もう一度繰り返した。
「ルシオ様、私の気持ちに配慮してくださるのは嬉しいのですが、目的を見失わないようにお願いしますね」
「覚えておく、覚えておくけどさぁ……」
両手で頭を抱えたルシオが、視線だけサリーナに向ける。
黒髪の間から覗く紫色の瞳が、サリーナを捉えた。
「サリーナは、もう少しワガママになっていいからね」
「え、わが……?」
「言ってよ、聞くから。ワガママ言って」
「は、はい」
反射的に、意味が分からないまま頷いてしまった。
おそらくルシオもそれはわかっているのだろうが、それ以上は何も言わなかったので、サリーナは詳しく聞くタイミングすらも逃してしまった。
ルシオの言うワガママとは、何のことだろうか。
茶葉のことや魔法石のことも気になるが、今一番サリーナの頭を占めているのはこれだった。
ワガママと言われても、サリーナは結構自分勝手に動いていると自認している。
ある意味ワガママだと思っているのだが、そういう意味ではないのだろう。
欲しい物をねだればいいのだろうかと思うが、人生やり直しまくった結果、宝石もドレスもたいして興味がなくなった。
読書は好きだが、今のところ足りている。
ふと考えてしまい思考が飛びそうになるのを何とかこらえたサリーナは、真面目に授業を受けねばと顔をあげた。




