サリーナ、動き出す 後編
今日の予定分の魔法石を確認した後、ルシオは馬車を手配して店主を見送った。
手土産として渡したシフォンケーキを大切そうに抱え、店主はわざわざ手を振ってくれた。
侯爵令息だったとは思えないほど、フレンドリーである。
同乗してそのまま帰宅してもよかったのだが、ルシオは「サリーナはこっち」と、手を引いた。
「どうかされましたか?」
「思ったよりも早く終わったからさ、寄り道してから送りたいんだけど、どうかな」
「帰宅時間に問題がなければ、かまいませんが……」
いきなりのことに、戸惑ってしまう。
ルシオの様子からして、ただの寄り道ではないことは明らかだ。
ルシオに手を引かれながら、手配してあった別の馬車に乗り込む。
後に残ったルシオは業者と話をしているが、その内容までは聞こえない。
扉が開き中に入ってきたルシオが、サリーナの向かいに座る。
サリーナは首を傾げた。
最近は隣に座ることが当たり前になっていたので、この距離は違和感がある。
ただ「隣に座らないんですか?」と聞くのははばかられ、代わりに別のことを問いかけることにする。
「どこへ向かわれるんですか?」
「茶葉をおろしている店だよ。サリーナが俺にプレゼントしてくれた、茶葉を売っている店」
う、とサリーナは詰まった。
この辺りで一番多くの種類を扱っていると選んだあの店は、コンラード商会とつながりがあることはわかっていた。
一応店主には口止めはしておいたが、やはり口約束だけでは弱かったのだろうか。
「できれば、購入先は秘密にしておきたかったです……」
「それって、値段がわかっちゃうから?」
「そう、です」
プレゼントにいくらかけたかなんて、できれば知られたくない。
もごもごと頷くことしかできない。
「うーん。正直に言えば、調べたときに大体の価格は想像できるから知らないとは言えない。でも、知りたかったのはそこじゃないよ」
「では、何を?」
「純粋な興味だよ。俺は、わざわざプレゼントの価格を調べるなんてしません。俺をなんだと思ってるの」
「すみません、そんなつもりでは」
改めて考えると、失礼すぎる。
申し訳ないと体を小さくするサリーナに、ルシオは気にしていないと、軽く手を振る。
「それから店の名誉のために伝えておくけど、店主は何も言ってないからね。購入先がわかったのは、俺が調べたからだよ」
サリーナはぎくりと震えた。
一瞬でも、あの店の店主を疑ってしまった自分が恥ずかしい。
「茶葉の種類、入れてあった瓶や包装の仕方って、店によって個性が出るからさ」
サリーナは、信じられない気持ちでルシオを見つめた。
それはそうかもしれないけれど、購入したときはそこまであまり考えていなかった。
何故か会話が不自然に途切れ、馬車の中に何とも言えない空気が漂う。
規則的な馬車の揺れを感じていたサリーナは、息を吸い込んだ。
「ルシオ様」
「サリーナ」
見事に二人の声が重なった。
一瞬目が合った後、ルシオが「どうしたの?」と続ける。
しかし、話をしようとしたのはルシオも同じではないのだろうか。
「えぇ、と。あの。ルシオ様こそ、どうされましたか?」
「俺の話は後でもいいよ。サリーナからどうぞ」
順番を譲ってもらったはずなのだが、サリーナは何も言えずに言葉を切った。
先ほどまでの勢いが消えてしまい、取り戻すのに時間がかかる。
「俺から先に言おうか?」
ルシオの気遣うような言葉に、サリーナは息を吸い込んだ。
これを逃すと二度と言えない気がして、「いいえ、大丈夫です」と声が震えないようにと背筋を伸ばす。
「私は明日から、今日頂いたペンを使用する予定です」
「うん」
「どの方に興味を持っていただこうか、どう返答を返そうか考えています。ただその。何かご不安があれば、おっしゃって頂ければ嬉しいです」
だんだんと語尾が小さくなっていくサリーナに対し、ルシオはきょとんとしている。
数回瞬いた後、頭をかきながら「あぁ、そっか」とだけ嘆いた。
「さっき俺が、そこそこでお願いしたいって言ったことを気にしてる?」
「頑張りすぎるなというのは、私が役にたちそうにないからですか?」
質問に、質問で返す。
膝に乗せた両手をぎゅっと握りしめながらも、サリーナは顔をあげた。
はっきりとさせておきたかった。
自分で口にしたくせに返答を聞くのが怖くて、サリーナは俯きそうになるのを堪えた。
強い決意と共に口にした言葉を聞いたルシオは、「あのねぇ」とだけ呟いた。
「そんなこと思うわけないでしょ、むしろ怖いぐらいだ」
「え」
「だって俺、知ってるからね。本気になったサリーナの影響が、どこまで及ぶか」
からかう様な口調に、サリーナは瞬いた。
見つめる先のルシオの唇が、静かに「噂」と動く。
サリーナは息を飲んだ。
そもそもの始まりの話のことだ。
サリーナが広めまくった噂の影響は、今でも響いている。
「あんまり頑張りすぎなくていいからね」
きゅ、と唇を結んだサリーナに、ルシオがもう一度優しく告げる。
しっかりと頼りにされていることがわかり、サリーナは小さく頷いた。
「言葉が足りなかったな。ごめんね」
「そんな、謝らないでください! あの場ではその話はできませんし、その……私が一人で考えすぎていただけですから」
「俺がちゃんと伝えていたら、そんな顔させなくてすんだよ」
眉を下げて言うルシオに、逆に慌てた。
サリーナの方こそ、ルシオにそんな顔をしてほしいわけではない。
そして、知っておいてほしいことがある。
「ルシオ様、以前に何かあったら必ず相談するようにとおっしゃられていたこと、覚えておられますか?」
「それはもちろん」
「その言葉があったからこそ、私は今、ルシオ様にお尋ねすることができました。以前だったらきっと……黙っていたと思います」
人生をやり直しまくりの中で出会ったどの人たちよりも、ルシオはサリーナに言葉を尽くしてくれている。
心配して謝ってくれて、サリーナの話を聞いてくれるルシオだからこそ、サリーナも自分の気持ちを伝えようと思えるのだ。
「言葉が足らないのは私の方です、申し訳ないぐらいです」
「……これはまた、随分と甘やかすなぁ」
「そ、そんなつもりはないのですが。不快でしたか?」
「まさか、何で」
笑っているルシオの表情が優しいので、サリーナはちらりと外を見た。
店に到着するまでには、まだ時間がある。
ここまで口にしたのだから一緒だ、と顔をあげた。
「あの、ルシオ様も何かあればおっしゃってくださいね」
胸元で手を組んで、ぐっと乗り出した。
わかってほしいと願いを込めて見つめた先で、ルシオが笑う。
「うん、わかってる」
「私の話は以上です。ルシオ様のお話は……?」
やり切ったとばかりに肩の力を抜いたサリーナに対し、ルシオは少しだけ詰まった。
ゆっくりと顔をあげたそこには、真剣な瞳がある。
「店に着いたら、サリーナが俺にくれた茶葉をもう一度作ってほしい。実際に合わせているところを見たいんだ」
「それは、かまいませんが……」
そんなことを言われると思っておらず、首を傾げてしまう。
そんなすぐに飲み切るような量ではなかったはずだが、もう飲み切ったのだろうか。
疲れたときに少しでも役にたてればと思っていたのだがと、ぽかんとしているサリーナがおもしろいのか、「もらった茶葉は、まだ残ってるから」とルシオが笑う。
「では、何故」
「あれ、サリーナのオリジナルでしょ? どうやってるのかなと思って」
「特別なことは、何もしていないですよ」
サリーナは慌てて手を振った。
過度な期待をされているようで恥ずかしいが、茶葉の成分と、量を調整して混ぜただけだ。
「それでもいいよ」
「……何か気になることがおありでしょうか」
探るような問いかけは、相手が貴族ではなくルシオだからこそできる。
一瞬だけルシオは口を噤んだが、気を取り直したように肩をすくめた。
「気になるというかねぇ。サリーナさえよければ、茶葉を売り出そうと考えててさ」
「え? う、売り出すって…茶葉ですよ。すでに売られていますよね」
「違う、違う。そうじゃなくて、サリーナがブレンドした茶葉だよ。実際に混ぜているところを見てみないとどこまでいけるかわからなかったから、伝えてなかっただけ」
「私が、ブレンドした茶葉……」
ぽつりと小さく呟く。
「私、やってしまいました、よね?」
声が小さくなる。
茶葉を混ぜた知識はサリーナがやり直しをしまくった結果、手に入れたものだ。
あのときはルシオへのプレゼントということで考えていなかったけれど、よくよく考えるとそこまで茶葉を合わせるのは一般的ではない。
もしかしなくても、やってしまったのではないだろうか。
ルシオは目を瞬かせた後、何故か面白い物を見るかのように口の端をあげた。
「へぇ。急だね、どうしたの?」
「私、ご迷惑をおかけしたのではないかと思いまして」
「いや、全然迷惑じゃないけど。ただ、どうしたのかなぁって思っただけだよ」
ルシオの真っすぐな瞳に耐えられそうになくなり、サリーナはそっと視線を反らした。
本当に迷惑をかけていないのだろうか気になるが、とても読み取れそうにない。
自分の浅はかさが情けなくてぎゅっと目を閉じたサリーナの耳に、ルシオの声が聞こえた。
「何もないよ、気にしなくていい」
「販売を考えていらっしゃるのなら、何もないはずがありませんよね」
「俺が手を出せる範囲なら、何もないのと一緒だよ。だから、何もない」
「それは、何かあったということでは?」
「何、そんなに気になるの?」
「当たり前じゃないですか……」
「そう?」
サリーナの焦りなど気にしていないルシオは、おそらく答える気がない。
どうしようもない気持ちが溢れてきて、ひくりと喉が震えた
「俺はね」
静かな声が聞こえた。
ゆっくり視線を戻すと、優しい瞳をしたルシオがいた。
「サリーナが、したいようにしたらいいと思ってるんだよ。それで何か起きても、カバーするし」
「わ、たしは……私は、ご迷惑をかけたくはないです」
「どうしてそれが迷惑になると思うの? 俺が気にしてないのに」
「ルシオ様だけではなく、他の方にまで巻き込んでしまっています」
魔法石一つとってもそうだ。
結局ルシオは店を買い取ったし、あの店主は表舞台に引っ張り出される。
茶葉のことだって同様だ。
「……じゃあ、手を貸してよ」
「え」
「迷惑をかけていると思うなら、その分手伝ってくれればいい。サリーナにしかできないことがある」
「茶葉のブレンドですか?」
「まぁ、そうだね。個人の目的に合わせて数種類の茶葉をブレンドできるなんて、ある意味技術だ」
「筋書きは、どうなさるおつもりでしょうか」
サリーナが持つ茶葉の知識は、人生をやり直しまくって手に入れた物だ。
世界中を渡り歩き経験したからこそのもので、元々サリーナが持っていたわけではない。
茶葉とは無縁の生活を送っていたサリーナが、いきなり茶葉に詳しくなれば、両親を含めて周囲は怪しむだろう。
「筋書きって……サリーナはそれでいいの? 嫌じゃないの?」
そっと質問を返してきたルシオは、自分で言いだしたはずなのに口調が弱い。
サリーナが「嫌」と言えば、それ以上は何もしないままでいてくれるだろう。
無理にサリーナを引っ張ることだってできるだろうに、あくまで尊重してくれる。
「嫌では、ありません」
「本当に? 動き出したら、後には戻れないよ」
確認するルシオの瞳が揺れている。
その奥に、サリーナを気づかう優しさが見えた。
「カバーをしてくださるんですよね」
つい先ほど、そう言ったのはルシオだ。
念を押すように問いかければ、ルシオは口の端をあげた。
「当たり前でしょ」
「では、大丈夫です。何も問題はありません」
「俺、責任重大だなぁ」
サリーナは、目の前にいるルシオを真正面から見つめた。
少しだけ、瞳を鋭く見せる。
「ルシオ様……話を、ずらしましたね」
「ご理解頂けているのなら、乗って頂けますか?」
目元を和らげたルシオが胸に手をあてて、恭しく頭を下げた。
元々はサリーナが迷惑をかけたのではという話だったはずだが、ルシオは今でも何も言わない。
サリーナは目を閉じて、力を抜いた。
「……喜んで」
座ったまま広がったスカートの裾をつまみ、少しだけ腰を曲げる。
この状態では、これが限界だ。
それを見たルシオが、薄く笑う。
「あのさ。早速なんだけど、茶葉のことで相談したいことがあって」
そこまで言ったルシオが口を閉じた。
不思議に思い「何でしょうか?」と問いかけると、のろのろとルシオがこちらを向く。
珍しく言いにくそうに視線を揺らしたルシオの瞳に、力がこもる。
「客先に、フェアスーン王女殿下とその周辺一帯を考えてる」
思ってもみなかった名前が飛び出して、サリーナは目を丸くした。
周辺一帯と言われ、ついでに元婚約者の顔まで一緒に思い出した。
そういえば、フェアスーン王女殿下はコンラード商会に何度も通っていると聞いている。
「もしかしたら、接触してくる可能性がある。嫌なら避けていいから。あと他にも会いたくない人がいるかなと思って……その辺りのサリーナの気持ちを聞いておきたいんだけど」
ルシオの声が、少しだけ小さくなった。
会いたくない人とは、と眉を寄せて考えたサリーナは、ぐっと堪えた様子のルシオを見て、思わず口の端をあげた。
「王女殿下はもちろん、そんな方はいませんよ。何もありません」
くすくすと笑ってしまうのは、仕方がないと思う。
ルシオがこちらを探るように見ているが、本心なのだから平気だ。
元婚約者のことを口にするのは、本当に久しぶりである。
「あの方がこれからどのように歩まれるかわかりませんが、思いを遂げられたらいいなと思っているだけです」
「そう、なんだ」
「はい、ですからお気になさらずに」
頷いたサリーナは、わざと大きなため息をついて、指先を頬にあてて首を傾げた。
ここはしっかりと伝えておかねばならない。
「よもや、私がどなたの婚約者かお忘れでは?」
「そんなわけないでしょ」
サリーナのわざとらしい拗ねた声音に、ルシオの声も尖る。
視線が交わり、二人そろって笑い出す。
馬車の中では隣に座ることが多かったが、こうやって正面に座って話をすることもいいかもしれない。
ふわふわとした気持ちの中、サリーナは笑みを深めた。




