サリーナ、動き出す 中編
部屋の中に、柔らかい空気が流れていく。
湯気のたつカップを片手に店主を見つめていたルシオは「そういえば」と口を開いた。
「サリーナが使うペンは、もう確認済みですか?」
「いいえ、これからです」
首を振って告げた言葉を、店主が補足する。
「本日、調整済みのものをお持ちしております。後ほどご一緒に確認をお願いできますか?」
「もちろんです、早めの方がいいでしょうし……よければこの後すぐにしましょうか?」
「お時間に問題なければ、ぜひお願いいたします」
「こちらは問題ありませんよ。サリーナも、それでいい?」
「はい」
ルシオの言葉に、サリーナもこくんと頷く。
魔道具と化したペンを売りだすにあたってサリーナができることは、自分が実際にを使っているところを見せることである。
そのための物は、いくつかすでに準備済みだ。
早く手元に届けばその分、使用することでアピールすることができる。
ルシオが小さく息を吐いて、店主を見る。
「話は変わりますが。あれから周囲に何か変化はありませんか?」
「おかげさまで特に何も。むしろ妻はコンラード商会にお世話になっておりますので、喜んでいましたよ」
「奥様にも感謝申し上げます。こちらこそ、優秀な人材を引き抜けて大喜びですから」
「私どもの勝手を聞いてくださったこと、大変感謝しております」
「やめてくださいよ。こちらの要望と合致しただけですから、たいしたことはしていません」
ルシオがそっと笑った。
文具店に関しては、店主が元々侯爵家の人間だとは知られたくないということだったので、彼の存在は非公開にしてある。
隣国からの伝手で店を開いたことは間違いないので、魔法に関しては隣国で学んだということで通すらしい。
店主は魔法を付与するだけでは食ってはいけないと、デザインを学び、魔道具を作る技術も学んできた。
侯爵令息だったとは思えないほど、しっかりとしている。
これからは何かあれば、コンラード商会が動く。
大きな後ろ盾があることは、店主やその家族を守ることにつながるだろう。
「魔法の付与ですが、進捗はいかがですか?」
「すでに仕分け磨き終わったクズ石に関しては、付与済みです。あちらにお持ちしております」
「何かお気づきの点はありませんでしたか?」
「相談させて頂いた以外は特に。色味も削り磨いておりますので、当初の石よりもかなり見栄えが良くなっているかと思います」
「本当にありがとうございます」
ルシオの言葉に、店主は奥の箱に目線をずらす。
すでに魔法が付与された魔法石と、ペンが納められているのだ。
「検品をすれば、すぐにでも使えますね。助かります」
「何かあればすぐに対応致しますので、ご連絡ください」
「頼りにしています」
ルシオがにこにこ笑うと、店主が恥ずかしそうに頭をかいた。
この二人がここに至るまで、何度も何度も話し合いをして意見交換をしているのをサリーナは知っている。
ルシオは付与できる魔法を細かく分類した。
身分や性別、年齢に分けて考え、ペンとセットになるように組み上げた。
サリーナの意見だけではなく、元侯爵令息の店主の意見も聞いて落とし込んだ。
クズ石はその状態によって、付与できる魔法も変わってくる。
壊してしまえば終わりなので、その見極めにも随分と時間がかかったし、大変だった。
もちろんサリーナも手伝った。
魔法を付与することはしないことになっていたが、魔法石を見極めることは経験上得意なので、ここぞとばかりに張り切った。
休憩とは言いつつも、結局話は魔法石のことだったり販売方法だったりするので、サリーナの頭の中はギリギリだ。
店主も侯爵令息としての知識があるうえ、文具店を経営していたこともあり話が弾む。
本来のサリーナだったら、話には参加しているものの二人の話を聞くだけだっただろう。
だが今日は、何かにつけてルシオが上手く話をふってくれるので、輪に入ることができた。
こういうところが、ルシオはやっぱり凄いなと思うし、感謝しかない。
同時に、もっと勉強しなくてはと改めて感じる。
休憩とは言いつつも結局魔法石の話をしつつ、お茶を頂く。
その後ティーセットを片付けて、サリーナ用の魔道具を見ることとなった。
魔道具に付与できる魔法は、法律で細かく決められている。
ペン一つとっても、チェルシーがこだわった書き心地ぐらいなら問題ないが、字を綺麗に書けるようにする、他人の筆跡をまねる、勝手に文字を書く等はできない。
その一方で、チェルシーのように、貴族は魔法石がついたペンを使っていることも多い。
いつなんどきでも同じ濃さで文字が書けることと、インクがなくなる前には魔法石の色が変わるこの二つは、特に人気がある。
貴族当主であれば、日常的に使用しているペンには魔法が付与してあるだろう。
つまり、その辺りは売り出すとしても狙えない。
ペン型の魔道具にどんな魔法を付与すればいいのかと悩みながら唸っていたサリーナとは違い、ルシオは軽く笑った。
「逆だよ、サリーナ。魔法石の土台がペンっていうだけたよ」
何事もないかのように言い放ったルシオは、ペンという土台を全く気にせずにサリーナの要望を尋ねてきた。
ペンに何があれば便利なのか考えたサリーナから真っ先に出た答えは「時間を知りたい」だった。
サリーナは、実は時計が欲しかった。
だが貴族令嬢は普段時計を身に着けないし、基本的には時間を気にすることがない。
もちろん授業は時間単位で受けるし、待ち合わせなども時間を確認するため時計は必要なのだが、家にも学院にも時計はあるので個人的に時計を持たなくても問題ない。
さらにプライベートで出かけるときには必ず誰かが付くので、時間を知りたければ聞けばいい。
放課後に遊びに行くことになれば従者はつかないけれど、店の中には時計があるし、王都であれば柱時計がいくつもあるので、困ることはない。
むしろ、あまりにも時間を気にしている姿は、貴族令嬢としては余裕がないとみなされる。
それでもサリーナは、時計が欲しかった。
人生をやり直しまくっていることも影響しているのか、サリーナは時間には敏感だ。
ルシオとの待ち合わせ、帰宅時間や図書館の閉館時間を含め、時間を確認したいことは多い。
チェルシーの購入したペンには、小さな魔法石が蓋の先についていた。
あのペンを見て、持ち手の先に時間が書いてあれば便利なのにと思ってしまった。
周囲の目もあるので時計であることを知られたくはないが、自分にだけわかるようにしたい。
何ともワガママな願いだったが、ルシオも店主も興味深そうだった。
貴族令嬢がアクセサリーとして時計を欲しがることはあるが、実用的になると珍しい。
ルシオと店主が紙を広げて、向かい合う。
「だったら、個人の魔力に反応するようにできませんか? 本人がペンを持った時だけ、時間がわかるようにするとか」
「可能でしょうが、ただのクズ石では難しいですね。クズ石の中でも純度の高い物を選んでみても、何回できるかどうか……」
「だったら、持った時にスイッチが入るとか。跳ね上げる形で……ペンのここに入れ込めないでしょうか。やっぱり重たくなりますか?」
「ペンそのものが細いので、重さよりも壊れやすくなる可能性もありますね」
「じゃぁ、条件はとうです? 例えば二回振ったら時間が表示されるとか」
「まだ現実的ですね。それならばクズ石でも可能でしょう。ただ、貴族の御令嬢が頻繁にとる行動ではないかと思われます」
「そうですよねぇ。となると、やっぱり魔法石を交換できるようにして、発動条件で変えた方がいいのかな。いかがですか?」
「私もそれが一番いいと思います。さりげなく押せますし、回数制限があるなら尚更」
ルシオと店主の間で飛び交う意見を、サリーナは入り込む余地もなく眺めることしかできなかった。
人生やり直し令嬢のサリーナは、魔法だけは神様レベルで使えるので、重ね掛けも含めて指先一つでできてしまう。
相手が純度の高い魔法石であってもクズ石であっても、サリーナは同じように高度な魔法をかけられるので、工夫を考える必要がなかった。
今更だが、アイデアを練り出すことには、全然慣れていなかった。
あのときの自分を思い出すと、何とも情けない気持ちになる。
これまでどれほど魔法に頼り切って生きていていたのかと、恥ずかしい気持ちになってきた。
蘇る記憶に項垂れそうになりながらも、サリーナも机の上を片付ける。
ルシオがカートを扉の横へと移動させ、机の上を綺麗に吹き上げた。
「布を引きますね」
ルシオが白い布を机にひいて、端を押さえる。
その上に、店主が鞄から取り出したケースを並べ始めた。
ケースの中には、それぞれ魔法石がついたペンが一本ずつ入っている。
白い手袋をはめて蓋をあけ、ペンを取り出して前へとおく。
「サリーナ様、どうぞ」
名前を呼ばれ、サリーナは一歩踏み出した。
並べられたペン六本は全て、サリーナのために作られたペンだ。
ペンとはいえ、ついている魔法石のレベルは純度が高いので、鑑定すればペンではなく魔道具の扱いになるだろう。
少し細身だがどれもシンプルでスッキリとしたデザインだ。
学院で使うのならば、これぐらいがいいだろう。
通常はペンの蓋に魔法石をつけることが多いが、すべて逆サイドに魔法石がついている。
「すべて調整済みですよ。魔法石を押して頂ければと思います」
サリーナはペンを一本手に取り、後ろについていた魔法石をぐっと押し込んだ。
その途端、ペンが一気に軽くなる。
持ちあげただけではわからないが、書くために持つと恐ろしく軽い。
サリーナの少し小さな手に合わせて持ち手を削っているだけではなく、指に合わせて丸みのある三角形になっており、とても持ちやすい。
チェルシーではないが、書き心地や色彩にこだわる人は多いが、あまり軽さを重視したことはなかった。
しかしこれから実技重視になるとレポートを書くことが増えるので、軽いペンはありがたい。
「サリーナ様の持ち手と重心を合わせてあるので、滑らかに書けるはずですよ」
店主が白い紙を出してきたので、サインを書いてみる。
確かに軽いけれど、滑るようにペン先が動いた。
人生やり直しまくり令嬢なのでペンは数えきれないほど使ってきているが、そのどれよりも書きやすい。
「時計はこちらです」
差し出されたのは、薄い黄色のペンだ。
先には、光の加減でオレンジ色に光る魔法石が付いている。
「うまく読み取れるといいのですが……」
魔法石を指先で押し込むと、魔法石の奥に現在の時刻が表示された。
魔法石そのものが小さいので見づらいが、読み取るのは十分だ。
数秒たつと、時間は消えてしまった。
「いかがでしょうか」
「イメージ通りです、本当にありがとうございます」
サリーナの返事に、店主はホッと肩の力を抜いた。
丁寧な仕事をしてくれているのだと、気持ちが入る。
その他のペンも、一つ一つ確認していく。
サリーナのペンについている魔法石はクズ石ではなく、価値のある魔法石だ。
宣伝を兼ねているので、早々に動かなくなってしまっては困るのだ。
どのペンも、石を押し込むことで魔法がかかるようにと設計されている。
「私、頑張りますね」
持ち帰るようにと丁寧にペンを包んでいる店主に向かって、サリーナは声をかけた。
頑張って作ってくれた店主、手を貸してくれているルシオ、見守ってくれているであろうルシオの父親とサリーナの家族のためにも、自分の役割はこなさなくてはならない。
店主は目を細めて「よろしくお願いいたします」と笑ってくれたが、ルシオは苦笑している。
サリーナはそっと声をひそめる。
「何か、ありましたか?」
もしや、頼りにされていないのだろうかと思ったが、ルシオはゆるりと首を振る。
瞳が細くなった。
「俺的には、そこそこでお願いしたいかなって」
「え?」
「あんまり頑張りすぎないでね」
意味が解らずに瞬いたサリーナだが、ルシオはそれ以上口にする気はないらしい。
視線が店主へと向いた。
店主と話を始めたルシオの背中を、サリーナはただただ見つめた。
いつも最後まで言葉にしてくれるルシオが、言葉を切るのは珍しい。
部屋には店主がいるからか、言わないだけだろうか。
真意を聞きたくても、ルシオはすでに店主とあれこれ話をしているので、声をかけるのもためらってしまう。
何だかとても寂しい気持ちが湧いてくる。
それを押さえ込むように、サリーナはぎゅっと両手を握りしめた。
とはいえ、やることが減るわけではない。
気持ちを切り替えようと目を閉じたサリーナは、確認の続きだと目線を上げた。
次回更新:後編




