サリーナ、動き出す 前編
ルシオの父親に会って、数日が経過した。
学院に通っている間は、いつもと変わらない。
魔法科のサリーナと教養科のルシオはほぼ接点がないし、昼食を取るときも基本的には一緒になることはないので学院で話をすることはない。
ただ、対外的に手紙のやり取りが増えた。
サリーナの持つネックレスの存在は隠しているので、一応手紙で見られてもかまわないような文面でのやり取りが続いている。
王家への対策として出た案をまとめるためにも、結構な頻度で商会まで足を運んでいる。
学院に通う平民の中には在籍中に結婚をする人もいるけれど、体面を気にする貴族は別だ。
そのためサリーナが結婚するのは学院を卒業後になり、まだまだ時間はある。
そこに目をつけて「今からゆっくりと覚えて頂ければ」というルシオの父親の一言で、話はついた。
そして今日も、サリーナはコンラード商会本店の奥の部屋にいる。
大きな机と椅子が並んだ部屋で、サリーナは頭を下げる。
「今日も、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、お願いいたします」
サリーナの向かいには、年輩の男がいる。
優しそうに微笑んだ男は、ルシオにプレゼントしたペンを購入した、文具店の店主である。
広い机の上には、ペンを中心とした文房具と、ケースに入った小さな魔法石が並べられていた。
「では、確認をしましょう」
席についたサリーナは、右端におかれてある魔法石を手に取った。
先日、ルシオと父親とした話の中で、いかに王家からサリーナを離すかが重要な話題の一つとなった。
王家に目をつけられないようにしたいが、ルシオの婚約者としての立場も示したいとなると、どうしたらいいのか。
結果として、コンラード商会からサリーナ発案の商品を出すことで話がついた。
コンラード商会からすると、自社ブランド扱いになる。
元々コンラード商会の名前が一気に広がったのは、サリーナのおかげだ。
サリーナは物が良かったから注目を浴びただけだと思っているが、ルシオと父親の考えは違う。
子爵令嬢であるサリーナが身に着けたからこそ、高位貴族も反応した。
シュベルグ家は政治的には中立の立場で嫌がられることもなく、多くの人が受け入れるには一番良い相手だった。
もちろん、サリーナの人となりもあっただろう。
サリーナ自身が十分に広告塔となり得ると判断したからこそ、その名前を前面に押し出すことにしたのだ。
もちろん、売上の取り分も計算し、サリーナの両親にも話をつけたうえでのことである。
そして、選ばれた品物が魔法石だった。
「こちらの石は、色味が弱いかと思うのですが、商品としては削らないと使用できないでしょうか」
「試供品として使えるかどうかでしょうね」
サリーナの言葉に店主が小さな魔法石を手に取り、ライトに当てながら虫眼鏡で覗き込む。
慣れた手つきのそれは、元とはいえ侯爵令息とは思えない。
ルシオに初めて彼を商会されたとき、サリーナは敬意をこめてカーテシーを披露したが、すぐに「今はただの一般人ですよ」と丁寧に頭を下げられた。
それから何度顔を合わせても、店主は決して身分については口にしない。
「サリーナ様は、本当に魔法石を鑑定するのがお上手ですね」
「そう言って頂けると嬉しいです。父の仕事を見て学ぶ機会が多かったからかと思います。感謝しなくてはいけませんね」
微笑みながら、サリーナは別のケースを手に取る。
サリーナが、実はすでに魔法を付与できるということは店主には伝えていない。
あくまでシュベルグ家の人間として、魔法石を見極めることができるということで通している。
ちらりと店主を見たサリーナは、ルシオの言葉を思い出した。
「サリーナから話を聞いてからすぐに、父さんに連絡をとったんだよ」
ルシオは静かにサリーナに告げた。
サリーナから文具店の話を聞いたその日、ルシオはすぐに父親に連絡を入れた。
話を聞いた父親はすぐに手はずを整え、翌日店が開くよりも早く店に突撃したのだ。
ルシオの父親は、その店で値札を見ることなく欲しい物を買いつくし、現金で一括払いをした後、店主に業務提携を持ちかけた。
コンラード商会は商品として魔法石を扱っているが、付与できる魔法はかなり限られている。
魔法を付与する技術を持つ魔法使いが、いないからだ。
魔法を付与するためには、そもそも魔法が使えないと始まらない。
魔法を使えるのは、そのほとんどが貴族だ。
その中でも魔法石に魔法を付与するためには、かなりのコントロールが必要になることに加え、仕事にしようとするならばさらに人数が限られてしまう。
魔法が使える平民は狙い目だが希少で、良い人材であれば取り合いになる。
残る貴族の中でも、後を継ぐ必要のない男性ぐらいしかいないのが現状であり、人材の確保は難しい。
サリーナの父親も、学院の様子には目を光らせているほどだ。
そんな状況なので、ルシオの父親にとって店主は、どう考えても手に入れたい存在だった。
いきなりの話で怪しまれるかと思った父親だったが、店主の男は静かに話を聞いた。
サリーナが試し書きで家名を名乗っていたことから、誰かが訪ねてくるかもしれないと思っていたという。
「あなたの望みは何ですか?」
ルシオの父親の問いに、店主は静かに「平穏な生活です」と答えた。
店主の男は取り潰しになった侯爵家の弟であり、その血筋が証明できれば侯爵家を再興することもできる。
だが、すでに平民として生きており家庭を持っている男は、それを望まなかった。
温かく穏やかな暮らしの補償だけが、彼の望みだった。
ふむ、と考えたルシオの父親は、だったらとばかりに別の交渉を持ちかけた。
「それで、店を権利ごと買ったんだ」
平然としたルシオの言葉に、サリーナは「ひぇ」と小さく叫びそうになった。
人通りが少なく小さいとはいえ、奥には魔法を付与できるほどしっかりとした部屋が備え付けられていた店だ。
一体いくらで購入したのだろうか、怖くて聞けそうにない。
店を権利ごと買い取った後、ルシオの父親は店主をコンラード商会の従業員として雇い入れた。
そのまま店を任せれば、今と何も変わらない。
「名義も代表も俺だから、父さんに報告はするけどいちいち許可を取る必要もないし。店員は入れるけど基本的には三人だから、何も気遣う必要ないよ」
そんなことを言われてもと、サリーナは唖然としてルシオを見つめた。
名義も代表もルシオだということは、店を購入したのは商会の資金ではなくルシオ個人の資産からということだろうか。
そして、何かあればルシオ一人が責任を負うことになる。
サリーナは体が冷えていく気がした。
ルシオにここまでやらせてしまったのは、サリーナだ。
サリーナの立場を守るために、ルシオは店ごと買いとってしまった。
顔色が白くなっていくサリーナを見て、ルシオが小首を傾げる。
「あのね。言っておくけど、サリーナは関係ないからね」
「え?」
「今、自分のせいって思ったでしょ。違うよ、サリーナのことは後付けだよ」
どういうことかと瞬くサリーナに、ルシオが「だからね」と続ける。
「コンラード商会としては、高度な技術を持つ者を専任として雇いたかったんだ。だからサリーナのことがなくても、どのみち店は買い取ったと思うよ」
けろりと「いい買い物だったよ」と笑うルシオに、サリーナは言葉が返せなかった。
サリーナのことが本当に後付けだとしても、何としてでも売り上げをあげなければ、ルシオが借金で破綻してしまうかもしれない。
ただでさえ店を買い取ったのだ、責任は重大である。
それを口にしては失礼かと思いつつも、サリーナには割り当てられたお金があるので、遠回りに協力させてほしいと伝えたところ、ルシオは笑い出した。
「そんなこと言われるなんて、思ってもみなかったなぁ」
「不躾なことを申していることは重々承知しているのですが、何卒」
「俺、稼いでるよ」
「そういったことではないのです」
「たいして使っていないうちに勝手に貯まってたものを、使っただけだよ。丁度いいところにあった、先行投資なんだけど」
「丁度いいような金額ではないですよね!?」
「金額が問題なの? 借入してないよ」
ルシオはサリーナの提案を受け入れる気は一切ない様子で、不思議そうに返してくる。
何とかお金を受け取ってもらいたくて、もごもごするサリーナに、ルシオは箱に入った魔法石を渡した。
「俺としては、こっちに手を貸してほしいかなぁ。魔法石に関しては、俺よりサリーナの方がわかるでしょ?」
ルシオこそ相当詳しいだろうに、この言いようである。
丸められたと思わなくもなかったが、結局サリーナは箱を受け取った。
あのときの決意を決して忘れてはいけない、とサリーナは呼吸を整える。
目の前の店主の人生を動かしたのは、サリーナだ。
静かに暮らしていたのに主で舞台に引っ張りだし、ルシオに繋げることがどういうことか、わかっていた。
サリーナは店主と二人きりになったとき、勝手をしたことについて謝罪した。
だが店主は穏やかに「私の方こそ、見つけて頂き嬉しかったですよ」と笑っただけだった。
店主は今も、黙々と魔法石を確認している。
机の上に並べられた小さな魔法石は、どれも一般的には「クズ石」と呼ばれる売り物にするには弱い物だ。
付与できる魔法も知れているし、効果も持続しない。
ただ当然のクズ石ではあるが、それをルシオは大量に仕入れて持ってきた。
「最初はお試しだからいいんだよ」
大量の小さな魔法石を前に、笑いながらルシオは言った。
すでにレベルで分類された魔法石を確認し、ルシオは続ける。
「常連客に試供品として無料配布するから、この石でいいんだ。最低でも魔法は5回ほど使えればいい」
「その後はどうなさるおつもりですか?」
「挨拶がてら売り込むことになるけど、それはこっちの仕事だ。サリーナには、宣伝を頼みたいな」
魔法を付与済の魔法石がついた魔道具は、土台がペンだとはいえ決して安くない。
売り込むといっても、そう簡単ではないだろう。
サリーナは不安になるが、ルシオは気にした様子もなく手早く支持を出していく。
そして今日は、クズ魔法石の中でも上等なものを選別し、貴族用に仕分けている。
虫眼鏡を使って光の反射を確認し、形を整えるのは店主の役目だ。
扉のノックの音がして返事を返すと、ルシオが顔を出した。
「お疲れさま、どうですか?」
「頑張っておりますとも。こちらが本日の仕分け分です」
「もうそこまで終わっているんですか。さすがですね、早いなぁ」
顔を上げた店主に合わせ、サリーナも手を止めた。
机の上をざっと見渡したルシオは、ティーセットが乗っているカートを引いてくる。
「休憩しましょう、お茶を持ってきましたので」
「ありがとうございます」
サリーナも店主もほっと息を吐いた。
魔法石が小さいので、一つ一つ確認するのは目も疲れるし、気をつかう。
机の空いたスペースに移動して一息つく。
ルシオが入れてくれるお茶は、やっぱりおいしい。
少し赤みのあるお茶は、酸味があるものの香りがよく、フルーティーな味わいだ。
「どうぞ」
ルシオがサリーナの前に、パウンドケーキが乗ったお皿をおいた。
休憩するとなると、ルシオは必ずお茶とセットで何か口に入れられる物を持ってきてくれる。
通常であれば三人同じものを並べるのだが、それぞれの別の物を置く。
社交界に向けて甘いものを控えているサリーナには、甘さが控えめなパウンドケーキを。
店主用にはボリュームのあるシフォンケーキをおいて、サリーナの隣に座る。
シフォンケーキは白いクリームがたっぷりと乗っており、ふわふわしていておいしそうだ。
店主は、小皿に乗ったオレンジ色のシフォンケーキをまじまじと見つめている。
「ルシオ様、これは……」
「先日から、王都で売り出した店のオススメです」
サリーナの隣に腰かけたルシオが、サリーナの耳に顔を寄せて「引き抜いたんだ」とそっと告げる。
じっとシフォンケーキを見つめていた店主の瞳が潤み、唇が震えていく。
「あぁ、すみ、ません。その……これは、昔よく食べていたものですから」
「よければまだありますので」
ルシオが言うと、店主も「ありがとうございます」と目の端をぬぐった。
二人のやり取りを、サリーナは静かに見つめる。
このシフォンケーキは、元侯爵家の領内にあった店で出されていたものだ。
あの御令嬢が茶会を開くときは必ずお土産として手渡されていたほどで、サリーナも知っている。
わざわざそれを、この場で準備したところが凄い。
クリームの上からフォークを指している店主は、嬉しそうだ。
元々侯爵令息だった男が理不尽に家を追い出され、生きていくのは相当大変だったろうと思う。
人生やり直しまくり令嬢のサリーナとは違い、魔法が使えるとしても知れているだろうし、平民として慣れないこともあっただろう。
それでも今こうやって、家庭を持ち生活し、自分だけで生計をたてているのだから尊敬に値する。
「おいしいです」
目じりを下げて笑う店主の表情が本当に幸せそうで、ルシオもサリーナもついつい一緒に笑ってしまった。




