サリーナ、プレゼントを渡す
今日は朝から休みである。
早起きをしたサリーナは朝食を取り身支度を整え、昨日購入したプレゼントを確認する。
別々の店で購入したので、綺麗に一つの紙袋に入れてラッピングをしておいた。
今日はルチアに会えるので、何としてでもプレゼントを渡さなければと意気込む。
ルチアは喜んでくれるだろうか。
ルチアの好みもわからないまま、サリーナなりに精一杯選んだつもりだ。
何か一つでもルチアに喜んでもらえたらいい。
「駄目だったら、私がもらえばいいのよ!」
お茶だってナッツだって、サリーナは好きだ。
ペンは男性用だが使えなくはない。
自宅用としておいておけば、十分だ。
それに、とサリーナは遠くを見つめる。
あの文具店の店主とは、どうなっているのだろうか。
サリーナが発端なので気になってはいるが、コンラード商会内部に関わることとなれば、サリーナには話さないだろう。
ルチアが何も話さないということはきっと、うまくいっているのだ。
あえて聞くことはやめよう、とサリーナは前を向いた。
ソワソワしながら窓から空を眺めて瞬いた。
王家が使う連絡用の鳥がいない。
「……引いたのかしら」
サリーナが王家の影に気付いてから、一ヶ月が過ぎた。
王家の影は暇ではない。
調査時間としては、そろそろ一区切りつく頃か。
であれば、今から報告があがり、方向性が決まるはずだ。
ルチアの父親の顔が脳裏によぎる。
話をしたことがないので、どんな人なのか想像もできない。
どこかの時代で商人になったときは、大人のルチアとはやりあったが、そのときすでに彼の父親は引退していたので何もわからない。
ただ、生半可な気持ちで相手にできるような人物ではないことは、明らかだ。
胸元をぎゅっと握る。
指先に硬いトップ部分が触れ、軽く息を吐く。
大丈夫だ、と言い聞かせた視線の先に、見慣れた馬車が見えた。
「ルチア様だわ!」
待たせてはいけない、とサリーナはスカートを翻す。
はしたないと言われないように気をつけながら、廊下を抜けた。
シュベルグ家では、平民とはいえルチアに対する信頼が厚い。
それはルチアがしっかりと実績を積み重ねて得た結果といえる。
おかげでサリーナと二人で出かけることなど気にも留められない。
何事もなく、送り出された。
今日の表向きの予定は、コンラード商会の支店で社交界の打ち合わせを行い、午後からはアクセサリーのこともあるのでコンラード商会本店へ行くことになっている。
だが裏では、午後からルチアの父親に会う予定だし、午前中はそのための話をしたいとルチアに言われている。
プレゼントを渡すタイミングはなさそうだな、とサリーナは持ってきた鞄を見た。
だがすぐに目を閉じる。
優先順位を間違えてはいけない、大切なのはルチアの父親である。
馬車の中は、取り繕った会話だけ続けておく。
送迎用として利用しているので魔道具を使う理由もなく、傍受されている可能性を考えてのことだ。
ルチアが大きく息を吐きだしたのは、支店の中に入りドアを閉めてからだ。
「もう、いいかな」
表は今日もお客さんが入っているので、裏口からだ。
しっかりと鍵をかけたルチアが、サリーナの手を引く。
「こっちだよ」
「ありがとうございます」
当たり前のように出された手が嬉しい。
ひんやりとしたルチアの手は、サリーナがペンを買うときに思い出した手と同じだ。
案内されて階段をあがる。
一番奥の部屋のドアを開けたルチアに合わせて、部屋に入る。
何も考えないまま部屋に入ったサリーナは、目を見開いた。
大きな本棚と大きな机。手前には小さな机と椅子。
奥には簡易的なキッチン、壁際にベッドが見えた。
「ルチア様、ここはっ……」
「俺の部屋だけど」
「部屋!?」
サリーナは悲鳴のような声をあげ壁に背中を押し付ける。
ルチアの部屋に入ったのは、初めてだった。
「私……その、入ってもいいんですか?」
机には、たくさんのファイルが見え隠れしている。
本棚だって、目を向けると気になることがたくさんある。
この部屋は、コンラード商会にとっての裏だ。
コンラード商会でも、仕事につながるような部屋には案内されたことがない。
遠目でしか見たことがないルチアの父親の顔が浮かぶ。
会頭であるルチアの父親との間で、話はついているのだろうか。
小さく問いかけると、部屋の中まで歩いていたルチアが顔をあげた。
その瞳が、ふと細くなる。
「……うん。いいよ」
ゆっくりとルチアが頷いた。
ルチアが言うのなら、いいのだろうか。
無理やり納得し、そろそろと部屋の中へ一歩踏み出したサリーナは、少し俯く。
あまり部屋の中を見渡すのはよくない気がした。
「ほら、座って」
「ありがとうございます」
机は何とも簡素なのに、椅子だけはしっかりとした物がついている。
机とは不釣り合いな椅子なので、サリーナのために準備してくれたのだろう。
ルチアが椅子を引いてくれているので、お礼を言って腰をかけた。
「お茶入れるから」
「すみません」
「俺が入れたいから、いいの」
ルチアの入れるお茶は、どれもこれもとてもおいしい。
ルチアの父親に会うことだけでも緊張して震えるのに、プレゼントを渡すことまで考えて頭の奥が痛くなってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
お茶を準備するルチアの手際が速すぎて、あっという間である。
使用しているティーセットも名のある物だ。
部屋に日常的においているのだろうか。
茶葉に詳しいのも納得である。
お茶は柑橘系の香りがして、後味がスッキリする。
指先まで温かくなる気がして、ほっと息を吐いた。
お茶に口をつけたルチアが口火を切る。
「少しは落ち着いた?」
「え……」
「会ったときからずっと緊張してるよね。父さんのせい?」
心臓が変な音をたてた。
緊張はしている、いろいろな意味で。
ルチアの父親に会うことも、もちろんその一つだ。
だがルチアの部屋に案内されたことも驚いているし、鞄の中に押し込んだプレゼントのことも気になる。
あれこれと気が散っている自覚がある。
「……やっぱり、やめとく?」
「いいえ、違います! そうではなくて、ですね」
向けられたルチアの視線が優しくて、ハッとする。
いつだってサリーナの様子に敏感なルチアだ、気にかけてくれるのはわかっていたはずだ。
第一、今日はルチアの父親に会うことが大切な目的なのだ。
そのために、ルチアはわざわざ朝から迎えに来てくれたのである。
それでも、ルチアはちゃんとサリーナの話を聞こうとしてくれている。
今更「やめとく?」と聞いてくれるほど、サリーナのことを考えてくれている。
タイミングも何もない、しっかりしなくては。
さっと行動して気持ちを切り替えよう、と決める。
サリーナはカップをおいた。
「えぇと。ルチア様」
手持ちの鞄からプレゼントを出しながら、気づいた。
渡すことばかり考えていて、何と言えばいいのか全然考えていなかった。
ちらりとルチアを見ると、不思議そうな顔をしながらも待ってくれている。
ぎゅっと唇を閉じて、プレゼントが入った紙袋を机の上に乗せた。
「……良かったら、どうぞ」
「俺?」
ルチアの紫色の瞳が丸くなる。
机の上において、ずずっとルチアの方へと押し込んだ。
恥ずかしくて顔をあげられない。
「その、私。ルチア様に気づかって頂いてばかりなので、何かお返しができればと思ったんです」
「……お返し」
「はい。ただ、ルチア様の好みも全然わかっておらず、本当に情けない限りだと気がつきまして」
サリーナはスカートをぎゅっと握りしめた。
本当に情けない話だ。
婚約者としては失格だ。
「それでも何か、と思い店を回って、少しでも喜んで頂けるようなものを選んだつもりです。良かったら受け取って頂ければと、思って、おります……」
口にしていると、だんだんと胸が痛くなってきた。
自分がいかに甘えていたかを突き付けられて、苦しくなる。
「それで、ですね。今更なのですが、ルチア様のことを知っていけたらと思いまして……いろいろと教えて頂ければ嬉しいです」
体中に力を込めて、サリーナは一気に吐き出した。
心臓が痛い、とてもルチアの顔を見ることができそうにない。
必死に呼吸をするサリーナだが、目を瞬かせた。
返事が、ない。
というか、動く気配もない。
迷惑だっただろうか。
「ルチア様?」
不安になり、そろそろと顔をあげたサリーナは慌てた。
目の前のルチアが、何故か肩肘を机について頭を抱えている。
一瞬プレゼントが気に入らなかったのかと焦ったが、袋は開けられてすらいない。
何かあったのか、とサリーナは立ち上がる。
「ど、どうされましたか?」
「ちょっと、待って」
「え」
「待って。ちょっと……今、ダメ」
手のひらを見せてサリーナをとめたルチアは、それでも顔をあげない。
すごすごと椅子に座ったサリーナは、どうしていいのかわからない。
調子が悪いわけではなさそうだが、様子が変だ。
少しだけ見える耳が赤くなっているのが見えて、心配になってきた。
とりあえず、そっとティーセットをルチアに向ける。
ついでに、緊張して喉がからからなので自分も一口飲んでおく。
頭がスッキリする気がする。
「サリーナさ」
やがて、地を這うような声がした。
ちらりと顔をあげたルチアの瞳が、サリーナを捉えた。
「危機感は、どこにいっちゃったの」
「申し訳ありません! ルチア様のお好みも知らないなんて、本当に婚約者として嘆かわしいことかと思っております」
「いや、そこはどうでもいいから。そうじゃなくてさ……」
まったく会話がかみ合っていないことに気づいていないサリーナは、発言の影響まで頭が回らない。
ルチアは大きく息を吐いて、「わかってないな」とゆらりと体を起こした。
「俺に、どうしてほしいのかな、と思って」
あれ、とサリーナは首を傾げた。
何やら雰囲気が、ピリッと変わる。
何故だろうと思いつつも「えぇと」と必死で口を開いたサリーナは、右手を紙袋に伸ばした。
「う、受け取って頂ければ嬉しいです」
精一杯の思いにも関わらず、ルチアの目が細くなる。
もう一度息を吐き出してから「……そっちかぁ」と嘆いた。
遠くを見ているルチアは、どう見てもあまり嬉しそうに見えない。
やはり、正直にルチアの好みがわからないと言ったのがよくなかったのだろうか。
プレゼントも、いきなりすぎたかもしれない。
「ご迷惑でしたでしょうか……」
「まさか。嬉しいに決まってる」
中身も見ていないのに、言い切るルチアをまじまじと見つめた。
そこに、サリーナに対する信頼が感じ取れて、簡単に気分があがる。
ルチアは開けた紙袋から、瓶を取り出す。
「これ、茶葉?」
「そうです。お疲れのときに飲んでいただけるようなものをと思いまして」
「へぇ」
「ナッツは茶葉にも合わせたのですが、栄養も高くお疲れの体にも効果があるかと」
「サリーナの中で、俺はどれだけ疲れてるの」
ルチアが苦笑している。
だが、サリーナはルチアが忙しいことは知っているし、限界が来ても平気そうに見せるのもわかっている。
回復薬をがぶがぶ飲むようなタイプだろうことは、想像できるというものだ。
でも本当は、いつだって頼られる存在でありたい。
「どうか、ご自愛くださいね」
「うん、ありがと」
最後にルチアが、ケースからペンを取り出した。
その瞳がすっと細くなる。
「……凄いね、これ。魔道具なんだ」
ペンをじっくりと見たルチアが嘆息する。
指が、埋め込まれた宝石を撫でた。
店内では薄くくすんでいた緑色の宝石は、魔法を付与したことにより光り輝いている。
「これを買ったのって、教えてくれた店?」
「はい」
「魔法を付与したのは、店主だよね」
「そうです」
「へぇ」と言った後、ルチアが黙り込んだ。
ペンを天井のライトにあて、宝石の輝きを確認している。
回しながら、よくよく観察しているのがわかる。
ペンそのものの価値も高いこともわかっているだろう。
「複数入ってるね、いい腕してる。どんな魔法を付与してもらったの?」
「ルチア様をお守りできるように。よくお休みになれるように、体に負荷がかからないように」
「……それだけ?」
「はい。後は範囲の問題です」
ルチアの視線を感じながらも、サリーナは黙り込んだ。
魔法石に付与した魔法は、本当に三種類だけだ。
ただし、その効果の範囲を限界まで広げたせいで、魔法石への負荷がかかっている。
そのせいで、魔法石の奥までしっかりと光が入っているのだ。
ルーペまで取り出してじっくりペンを眺めたルチアは「こんなことを聞くのはルール違反だけど」と、顔をあげた。
「このペン、いくらしたの?」
言葉通りルール違反すぎて、驚きから固まった。
「それ、は……」
「少なくとも、魔法を付与した文房具としての価格じゃ買えない。魔道具としての価値と付与と……相当だよね」
「私の個人的な費用で購入できる、ぐらいです」
アワアワと震える。
サリーナだって、わかっている。
この魔道具は、男性婚約者に送るプレゼントの額としては、桁がおかしかった。
自分に毎月振り分けられる金額ははるかに超えていたけれど、元々本以外はお金を使う事がなかったので貯蓄額が膨れていたので、支払い自体は問題がなかった。
「出所じゃなくて、価格が知りたいんだけど」
引く気のないルチアに、サリーナはどうしようもない気持ちになる。
値段については、口にする気はない。
サリーナは引きつりそうな喉を必死に抑え込む。
胸元の宝石がついたペンダントトップを握りしめた。
「値段とか、価値とか……そういったことは聞かずに受け取って頂きたい所存です」
ひゅ、とルチアが息を飲んだ。
このセリフは、ネックレスをプレゼントしてくれたルチアが口にしたものと同じだ。
ルチアが送ってくれたネックレスだって、プレゼントとしては不釣り合いなぐらいに高額だったはずなのだ。
あまり聞かないでほしい、受け取ってほしい。
「……わかった。ありがとう、サリーナ」
ふ、と空気が軽くなった気がした。
思わず大きく息を吐くサリーナを見て、ルチアが「ごめん、意地悪だった」と謝ってくる。
ゆっくりと首を振った。
「受け取って頂ければ十分です」
「もらっておいて何だけど……俺のせいかなと思って」
「え」
「ネックレス。価格、気にしてたでしょ?」
思わず笑みが漏れた。
服の上からネックレスに触れたサリーナは、指先でもてあそぶ。
「正直なところ、気にはなります。けれど、それとこれは無関係です」
「本当?」
「はい。私が送りたいと思ったので、購入しました。嘘ではありません」
ネックレスはきっかけにすぎない。
たくさん助けてもらった、もらってばかりだったから、少しでも返したかった。
それサリーナの本心だと、ルチアにはわかるはずだ。
伝われと願っていると、納得したようにルチアが「そっか」と笑う。
そのまま視線を反らして「そう言えば」と口を開いた。
「あの店の店主のことだけど。取り潰しになった侯爵の実の弟だったよ」
「えぇ!?」
まさかの、想像もしていなかった言葉が飛び出した。
目を丸くするサリーナに、ルチアが苦笑する。
「祖父から引き継いだって聞いてたんでしょ? その祖父が、元侯爵だったみたい」
「え、も、元侯爵様が、文具店を営んでいらっしゃったということですか? あの場所で?」
「そう。元侯爵は隣国の貴族の女性と結婚したから、そっちの伝手で店を開いたみたい。あの店の商品が貴族向けなのは、だからだよ」
「何が何だか……」
サリーナは、店主を思い出す。
公爵家の息子ということは貴族であり、魔法を使えることは納得できる。
だが、接客時の彼の立ち振る舞いは特筆すべきこともなかった。
チェルシーの父親である辺境伯爵は、店主の素性を知っていたのだろうか。
「多分、知らないと思うよ」
サリーナの問いかけに、ルチアが答える。
「文房具の入手ルートが、辺境伯爵領地の横を通るんだよ。変に目をつけられないようにわざわざ遠くのルートを選んだんだと思うけど、そこから大元が隣国貴族だってわかったんだと思う」
「そう、なんですね」
「元侯爵を引退させたのもロクでもない手を使ったんだろうし、弟とはいえ命の危険もあっただろうから、隠しまくってたみたいだね」
そうだったのか、とサリーナはスカートを握りしめた。
知られたくなかっただろうに、彼を無理やり表に引っ張り出したのは、サリーナだ。
良い人材だと簡単に考えてしまっていたけれど、当人からすればとても迷惑な話だっただろう。
「店主に悪いと思ってる?」
「…………おこがましいです」
心を読まれたようなルチアの発言に、びくりと肩が震えた。
のろのろと顔をあげると、ルチアがそっと笑う。
「大丈夫だよ。サリーナには感謝しているって言ってたから」
「ご本人が、そうおっしゃっていたんですか?」
「そうだよ。今はまだ詳しく言えないけど、うまくいくから。大丈夫」
何がどうして感謝されることになるのかもわからないし、大丈夫の根拠も思いつかない。
それでもルチアの「大丈夫」には、力があった。
そう言うということはきっと、大丈夫なのだろう。
ルチアと視線が交わる。
その瞳が柔らかい。
「全部大切にする。ありがとう」
「い、いいえ!」
嬉しくて跳ねそうな体を押さえつけた。
良かった、とホッと肩の力を抜いたときだった。
「覚えておいて欲しいんだけど。お礼とか、気にしなくていいからね」
ルチアが静かに言った。
くるりとペンを回したルチアが笑う。
「俺がしたかったから勝手にしたんだよ。サリーナのためじゃなくて、俺のためだから」
その言い方があまりにも優しかったので、サリーナは目を丸くした。
震える唇で「そんなことはない」と言いかったが、先にルチアが続けた。
「でも、プレゼントは本当に嬉しかったからね。そこは忘れないでください」
「はい」
やっぱり、ルチアはサリーナに優しい
早速胸のポケットにペンを差し込んでいるルチアを見て、心がふんわりとしてくる。
喜んでもらえたのなら、良かった。
漆黒のペンに少しだけ緑色の魔法石が映えて、とても似合っている。
と思いながら見ていたら、ルチアが困ったように笑った。
「サリーナ、ちょっとあっち向いて」
「え」
「いいから向いて」
「はい!」
強めに言われて、反射的に体ごと横を向いた。
示された方にはルチアの執務机があり、その奥に窓が見える。
薄いカーテンが閉まっており、外からは中が見えないようになっているのだろう。
何かあるのだろうか、あまり見てはいけないような気もする。
少し前にルチアにおススメした本がおかれてあるのが見えて、少しだけ力が抜ける。
一応言われた通りに向いているが、いつまで向いていればいいのだろう。
どうしたら、と思いながら瞬く。
視界の端のルチアが、大きく息を吐きだした。
「俺。最近サリーナに翻弄されてるなぁ……」
「え、えぇ!?」
まさかの発言に、思わず首を戻してしまった。
ルチアの何とも言えない顔がある。
「ワザとやってるわけじゃないよねぇ……」
「してないです、そんなつもりはなく……もも、申し訳ありません」
「違う、違う。謝ってほしいわけじゃなくてさ」
顔が真っ青になってきたサリーナに、ルチアが手を伸ばした。
髪をするっと指先が通り抜ける。
瞬いたルチアの口角があがり、瞳が楽しそうに細くなる。
「サリーナってさ、結構俺のことが大事なんだなぁと思って」
「へあ!?」
「違うの?」
それなりの至近距離で恐ろしいことを言われ、言葉が出ない。
ルチアのことは大事だが、それをわざわざ口にできるサリーナではない。
口をぱくぱくとしながら一気に真っ赤になるサリーナを見て、ルチアが笑い出した。
「ルチア様の方が、私を翻弄していますよね!?」
「そうかな」
「そうですよ!」
涙目になってきたサリーナの目元をルチアがぬぐう。
笑いながら「ごめん、ごめん」と言われても、何の意味もないような気さえする。
恥ずかしくて訳がわからなくて真っ赤になったサリーナは、プルプルと震えて怒っているようだ。
それでもルチアは、笑いが止まらなかった。
「可愛いなぁ」
「そういうところです!」
顔を赤くしたまま叫ばれても事実なので、ルチアからするとやっぱり可愛いと思う。
だからこそ、やっぱり譲れないなとサリーナの頬をなでた。
ルチアはそのまま、恥ずかしくなったサリーナが「フィゲロ、フィゲロしましょう!」と叫ぶまで、紅潮した頬をひとしきり堪能したのだった。