サリーナ、お礼に悩む 前編
眠る準備を整えベッドに入ったサリーナは、胸元を握る。
薄い寝間着の上から触れる硬い感触を確かめ、力を抜いた。
「大丈夫、大丈夫」
繰り返して息を吐く。
心がすとんと落ち着いた気がした。
胸元にあるのは、ルシオからプレゼントされたネックレスだ。
連絡手段として渡されたけれど、一つだけついた紫色の宝石はルシオの瞳を彷彿とさせる。
この小さな石と台座に込められた魔法の数々は、ルシオがいかにサリーナの事を考えてくれていたのかがわかる。
その価値がわからないサリーナではない。
「何か、お礼がしたいな」
毛布に潜り込みながらつぶやいた。
サリーナは、ルシオから与えてもらってばかりだ。
人生をやり直しまくっていることを伝えなくても、サリーナを受け止めてくれる。
いろいろと気になるはずなのに「言いたくなければ言わなくていい」と言える人だ。
不安を取り除き、寝不足のサリーナを気遣ってくれる優しさもある。
サリーナが隠し事をしまくっているのを知ってなお、婚約者として大切にしてくれるのだ。
その一つ一つに、サリーナは感謝してもしきれない。
言葉を尽くしても足りない思いを、少しでもルシオに返したい。
そう思いながら寝返りをうったサリーナは「あれ?」と瞬いた。
よくよく考えると、形式的なプレゼントは送ったことがあるものの、個人的にお礼としてプレゼントを渡したことがない。
これは、いろいろと良くない気がする。
こんなにあれこれ気にかけてもらっているのに、とサリーナはネックレスを握りしめた。
「プレゼントを贈ろう」
そうしよう、と頷く。
決意に燃えたサリーナは、何がいいのかを考えながら目を閉じた。
ルシオにプレゼントを贈ろうと考えた翌日、時間を見つけてあれこれ考えてみた。
ネクタイやネクタイピン、腕時計、万年筆、ボタンなど、あれこれアイデアを出してみたものの、どれもこれもしっくりこない。
ルシオはコンラード商会の息子なので、身近に多くの商品はあるし選びたい放題だし、合うものがあれば自分で購入するだろう。
サリーナよりもはるかにセンスがあるので、それ以上の物を選ぶのは難しそうな気がする。
そう思うと、何を贈ったらいいのかわからなくなってしまった。
あまりのことに、唖然である。
プレゼントを贈ろうにも、何も思い浮かばない。
「ごきげんよう、サリーナ」
席についてぼーっと宙を見つめていると、チェルシーが声をかけてきた。
サリーナは慌てて隣を見る。
「ごきげんよう、チェルシー。昨日は、ありがとう。急に予定を変えて、ごめんなさい」
サリーナは、昨日元々チェルシーと一緒に文房具を選びに行く予定だった。
そこに割り込む形でルシオの予定を入れてしまい、結果として突然のキャンセルである。
頭を下げるサリーナに対して、チェルシーは首を振った。
「気にしないで。サリーナ方は大丈夫だった?」
「え……」
「何かあったら言ってね。私、張り切っちゃうから!」
体力ありまくりの辺境伯爵令嬢チェルシーが、右手を握りしめて軽く振った。
相談などはまったくしていないけれど、親友なのだ。
気づいても何も言わないでいてくれる関係は、ありがたい。
可愛らしい仕草なのだが何とも頼もしく、サリーナも笑って頷いた。
今思えば、チェルシーも様子のおかしいサリーナから何か感じ取っていれてくれていたのだろう。
優しいチェルシーのことだ、きっと気をつかってくれていたに違いない。
「ありがとう、チェルシー」
心からのお礼を込めて伝えると、チェルシーは嬉しそうにほほ笑んだ。
そのまま、小首を傾げる。
「それよりも、どうしたの? 調子でも悪いの?」
「ううん、違うわ。ちょっと……その、考え事をしていたの」
「そうなのね。聞いてもいいこと?」
こうやって確認してくれるチェルシーの優しさに、心がふわりと軽くなる。
素直に話をしてみたいと思えて、サリーナは「もちろんよ」頷く。
「ルシオ様に、何かプレゼントを贈りたいと思っているの」
「素敵じゃない。何を贈るの?」
「今悩んでいるところよ。ルシオ様の方が、はるかにセンスがいいんだもの……」
嘆いて頭を下げると、チェルシーが「あぁ……」と呟いた。
サリーナの悩みを理解したのだろう。
「コンラード商会にあるものだと、値段も何もかも筒抜けになるわよね」
「そうなの……」
せっかくプレゼントしても喜んでもらえなかったら悲しい。
おまけに値段も書品の価値も筒抜けになっていると考えると、やりきれない。
サリーナはぎゅっとスカートを握った。
「それに今更なんだけど、ルシオ様の好きな色や好みもわからないの。情けなくて」
「……そう」
それ以上口にすることなく、チェルシーは口を閉じた。
学院が休みのときのルシオは商会の仕事で忙しくしているため、遊びに行ったことなどない。
それでも学院の裏庭で話ができていたので、あまり気にしてこなかったのだ。
学院内で会うときはお互い制服だし授業も被らないので、ルシオの持ち物も使用している文房具も見る機会がなかった。
ルシオが好きな色や形、気に入っている物や大切にしている物がわからないのだ。
好き嫌いはないはずだが、だからといって好きな料理もわからない
「だったら、探しに行けばいいのよ!」
沈んでいたサリーナの上から、とても元気な声が降ってきた。
口の端をあげたチェルシーが、覗き込んでくる。
「ほら見て、このペン!」
そう言って、チェルシーは筆箱からペンを取り出した。
見慣れないペンに瞬く。
「綺麗な色……素敵ね」
「昨日買ったのよ。色もいいけれど、何といっても書き心地が最高なの」
チェルシーがくるりとペンを回して見せた。
初見だと薄いクリーム色のように見えるが、光に当たると反射して金色のようにも見える。
少し細身だが、持ち手のところはやや太く、握りやすそうだ。
先には黄色の小さな宝石がついている。
反射するわけでもなく落ち着いた色味で、高級感が増していた。
サリーナは、じっとペンを見つめた。
見覚えのある、宝石である。
「ほら、サリーナ。とにかく滑らかなの。色も濃くて見やすいわよ」
チェルシーがノートを開き、端にさらさらとペンを走らせる。
「どこで購入したの?」
「小さいけれど、文房具の専門店なの。いろいろなお店でペンは見たけれど、試し書きができるお店は限られるから」
ペンは試し書きをしてしまえば、使用済みとして新品扱いではなくなる。
それが許されるのは一部の店というよりも、チェルシーが伯爵令嬢だからというのもある。
子爵令嬢の自分でも、許されるのだろうか。
チェルシーが、先端についている黄色の宝石をずいっと見せてきた。
「それにここを見て」
「それは、魔法石?」
「さすがシュベルグ家の御令嬢ね」
黄色の宝石は、魔法を付与することができる魔法石だ。
たいした産業もないサリーナの家が子爵家として残っているのは、魔力が高いからだけではない。
その魔力の高さをいかし、代々魔法を魔法石に付与する仕事を請け負っている。
小さな魔法石に魔法を付与することは難しく、高い魔力と正確なコントロールが必要だ。
慣れないと石を割ってしまうこともあり、難しい。
チェルシーはふふんと胸を張った。
「お父様に、よりよい書き心地になるように魔法をかけてもらったわ」
「チェルシーは書き心地ばかりね」
「もちろんよ。これで最高のペンの出来上がりだわ」
ペンに書き心地以外求めていない様子のチェルシーは、にっこりと笑う。
「だからね。サリーナも、いろいろとお店を回ったらいいと思うの」
「えっ……」
「私はこのペンと出会うために、あちこちのお店を回って考えたわ。サリーナも同じだと思う」
チェルシーが白い紙にペンを走らせていく。
「文房具店の地図も書くわ。お店を回るのは時間がかかるかもしれないけれど、きっと運命のように素敵なプレゼントが見つかるわよ」
「そう、かしら」
「そうよ、そうに決まっているわ。私とこのペンのように、いつか出会えるものなのよ」
仰々しく、高々とペンを天へと掲げたチェルシーが、くすくすと笑う。
あまりにも楽しそうなので、サリーナも自然と頬が緩む。
「ありがとう、チェルシー」
「笑顔よ、笑顔」
貴族令嬢として笑みではなく、柔らかくほほ笑んだチェルシーは、あっという間に地図をかきあげた。
曲がり角やわかりやすいポイントも記してくれたメモを受け取る。
素敵なものが見つかりますように、と願いながら、サリーナはそのメモを大切にファイルに挟み込んだ。
放課後、サリーナは従者と共にルシオへのプレゼントを選ぶために町へ繰り出した。
チェルシーとのやり取りも王家の影に見張られているので、時間をかけても一緒である。
教えてくれた文房具店まで距離があるので、近場の店から回ることにする。
まずは、平民向けの手に取りやすい価格と品物がそろっているお店に向かってみた。
日用品が売られており、店内は女性客が多い。
貴族であるサリーナが普段足を運ぶ店ではないないが、学院の制服を着ているので気にする客はいない。
後ろに従者が控えてくれているが、静かだ。
透明なガラスのカップを手にしてみる。
ルシオはいつもサリーナにはティーセットでお茶を入れてくれているが、日常的にティーセットを使っているとは思えない。
普段はどんな食器を使っているのだろう。
貴族は食器一つとってもセットで使用するが、平民はそうではないことも多い。
作った食事に合う食器をその都度選ぶので、こだわりはないのかもしれない。
「茶葉を見に行くわ」
「かしこまりました」
店を出て、今度は茶葉を扱っている専門店へ向かう。
貴族御用達の茶葉のお店だ。
「いらっしゃいませ」
店の主人が慌てて寄ってくる。
サリーナが子爵令嬢だと知っている対応だ。
わざわざ申し訳ないな、とサリーナは片手をあげた。
「お約束もなく、ごめんなさい。少し見てもいいかしら」
「もちろんでございます。一人お付けいたしましょうか?」
「お気になさらないでください。個人的なものですから」
「かしこまりました。何かございましたらお申し付けください」
「ありがとうございます」
本来なら奥へと案内されるところだが、今日は違う。
今日はルシオへのプレゼントを選びに来たのだ、最初から自分で選びたい。
「うーん……」
茶葉を眺めながら瞬く。
ルシオはサリーナと一緒にパフェを食べに行こうとしているぐらいなので、甘いものは平気だろう。
ただ、日常的に食べるのかと言われるとわからない。
甘みのある茶葉と、スッキリとした味わいのある茶葉と、苦みのある茶葉を眺める。
忙しそうなので、疲れた体に優しい物はどうだろうか。
香りの強いハーブティーもいいかもしれない。
以前にルシオがお茶を入れてくれたことから考えると、ルシオも相当お茶に詳しいと思われる。
この店の茶葉はコンラード商会にもおろしているので、今更だろうか。
ルシオがすでに愛用している茶葉だったら、あまり意味がないかもしれない。
「プレンドしようかしら……」
疲れが取れるものか、気分が落ち着くものか、何がいいだろう。
もしくは、香りをメインにおいた方がいいだろうか。
ルシオの部屋は入ったことがないので、様子も何もわからない。
だが、忙しそうにしているルシオを想像して、イメージを膨らませる。
茶葉を混ぜて、尚且つ引き立つようにしてはどうだろうか。
「すみません。茶葉を混ぜて頂いてもかまいませんか?」
「もちろんですとも」
声をかけると、店長が自ら急ぎ足でやってきた。
香りを確かめ、合わせていく。
入れすぎはいけないが、薄いと効果もなくなってしまうので注意して量っていく。
お試しにと入れてみて、実際に香りを味を確かめる。
少し香ばしいが、悪くはない。
「ここまで茶葉にお詳しいとは存じ上げませんでした」
「まだまだ勉強中だけど、そう言ってもらえると嬉しいわ」
プレゼント用に、と包んでもらう。
プレゼントの紐には、薄い紫色を選んだ。
サリーナがルシオの婚約者だと承知の店主は、この茶葉の送り主にとっくに気付いているだろう。
「秘密でお願いしますね」
「存じております」
そっと告げると、優しい微笑みが返ってきた。
これでひとまず、贈り物は手に入った。
店の外に出て、周囲を見渡す。
王家の影がついてきていることは、わかっている。
「もう少し、お店を回るわ」
従者が頷いた。
まだ時間はある。
チェルシーが紹介してくれた文房具店にも行ってみたい。
迷った挙句、お菓子屋さんに来てみた。
忙しいルシオに向けて茶葉をブレンドしたので、お茶菓子もどうかと考えたのだ。
どうせなら、茶葉に合うものがいい。
「……むぅ」
人が大勢入っている店に入ったサリーナは唸った。
悩む、悩みまくりである。
基本的に市販のものになるので、あまりピンとこない。
貴族では毒を盛られることも考えて、菓子を作るのは雇われている料理人や信頼されている職人に限られる。
茶会でクッキーなどの市販のお菓子を頂く事はあるが、大体はその領地で売り出しているので入手先は信頼できる。
生ものの方が良いだろうか。
大体は期限を延ばすために魔法をかけておくので、日持ちも心配ない。
頭を抱えて悩みまくったサリーナは「あ」と目に留まった物を見つめた。
ナッツである。
ナッツと一口に言っても種類は多く、一つ一つ手に取り食べやすい。
忙しいルシオには、ぴったりではないだろうか。
ナッツは疲れているときにもピッタリだし、炒られたものは香ばしさもありお茶も引き立つ。
「これにしよう」
こちらも重さで購入できるので、サリーナは店員を呼んで包んでもらう。
茶葉とナッツと手に入り、ほっとする。
二種類のプレゼントを並べて考える。
ルシオに渡すプレゼントとしては、悪くはないだろう。
ただこれでは「いいものを見つけましたので」と気軽に渡せる手土産でしかない。
それなりの金額はかけたが、できればもう少し形に残る物がほしい。
サリーナはちらりと従者を見た。
彼が何も言わないということは、金額も時間も余裕があるということだろう。
サリーナは、少し遠いけれどチェルシーに教えてもらった文具店に行くことにした。
順路的には最後になるが先に回り、いいものがなければ帰り道にまた考えればいいのだ。
文具店は、店先に小さな看板を出しているだけのお店だった。
ただ伯爵令嬢のチェルシーがこの店でペンを購入したと考えると、その背後はしっかりとしているのだろう。
サリーナは店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
店の中には、年配の男性一人しかいない。
接客などもされることなく、サリーナと従者は二人で目を合わせた。
他に客もいない。
静かで選びやすいな、とサリーナは店内を見渡す。
ノートなどは手に取れるようにおかれてあるが、透明なケースにはペンや筆などが並んでいた。
文具店だけあって、どれもこれも今すぐに使えそうな品ばかりだ。
どの品物にも値札がない。
人生をやり直しまくり令嬢、サリーナはすぐに気が付いた。
すべて、手作りの一点物だ。
すべての物が一つ一つとても丁寧に作られており、見ごたえがある。
「素敵だわ……」
目の肥えた貴族が飛びつきそうな品ばかりだ。
特にペンの品ぞろえは群を抜いている。
基本的に魔法が付与できる魔法石が付いており、色やカットもペンに合わせてある。
ここまでの品になると経営を考えると貴族相手の方がいいだろうに、何故ここに店を構えているのかさえ謎だ。
「あ」
一本の黒いペンが目を引いた。
男性用のペンで、光沢のある黒色は艶やかだ。
よく見ると蓋には蔦のような模様が刻印され、端に小さな緑色の宝石がついている。
やや薄くくすんだような緑色の宝石は、見覚えがある。
サリーナは思わずまじまじと見つめた。
これは魔道具だ。
チェルシーのペンとは質が全く違う。
あのペンは、ペンが主体で魔法石がおまけのようにくっついているだけだったが、このペンは逆だ。
魔法を付与することを前提としてあり、その土台としてペンが選ばれただけだ。
サリーナだからこそわかる、この宝石が魔道具の要だ。
今はくすんでいるが、魔法を付与すればその分色が輝いていく。
チェルシーの魔法石は一つ魔法を付与するだけでも精一杯だろうが、この魔法石は明らかに違う。
「お目に留まるものがございましたでしょうか」
年配の男がこちらへ寄ってきた。
その独特の雰囲気に目を細める。
さっと見たのは、両手の人差し指だ。
魔法は体の中にある魔力を外に放出することにより発動する。
その最初の練習は、人差し指に魔力を集めるところからだ。
この店内には、この男しかいないのだろうか。
「こちらのペンですが、見せて頂いてもかまいませんか?」
サリーナが差すと、男は少しだけ動きを止めた。
やはり、この男はこのペンが魔道具であるとわかっていてここにおいているのだ。
サリーナは首を振る。
「無理ならば、かまいません」
「いいえ、申し訳ありません。少々お待ちくださいませ」
男はすっと微笑むと、ケースからペンを取り出した。
その手は、白い手袋をしている。
「……この店は、お一人で?」
「祖父から受け継ぎ、一人でさせて頂いております」
「そうでしたか」
布の箱に収められたペンをじっと見たサリーナは、顔をあげた。
「試し書きをさせて頂いても?」
「ご準備致します、お待ちくださいませ」
男はペンを片手に引き下がり、白い紙を持ってきた。
布箱の上にペンを乗せ、サリーナへと差し出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
男性用のペンなので、サリーナが持つと少し大きく感じる。
サリーナはルシオの手を思い出す。
少し体温の低いルシオの手は、サリーナの手よりも少しだけ大きく、節のある指先は細くて長い。
白い紙に家名を書く。
それを、上から二重線で消した。
濃い黒色は発色がよく、サインの丸みを帯びたところや跳ね、擦れも綺麗だ。
ペンを置いたサリーナは口を開く。
「魔法はどこまで付与できますか?」
じっと男を見つめると、少し驚いたようにこちらを見た。
このペンは、魔道具だ。
魔道具でれば、要の宝石にはいくつもの魔法を付与することができる。
答え方によって、この男がこのペンの価値を理解しているのかがわかる。
男はそっと息を吐きだした。
「求められる効力によりますが、使用に差しさわりない程度でございます」
「あなたにお願いしたいのですが、引き受けて下さいますか?」
「私のできる範疇でしたら、承ります」
やはり、この男は魔法を付与できるのだ。
それも、複数の魔法を小さな石に付与できるほどの腕をもっている。
この店は、見た目こそ華やかさはないが伯爵令嬢のチェルシーが買い物にくるほどだ。
庶民向けの立地に貴族向けの商品とちぐはぐな印象を受けるが、後ろ盾がしっかりと管理しているのだろうか。
チェルシーはペンを購入した後、父親に魔法を付与してもらったと言っていた。
つまり、この男はあえてチェルシーに魔法を付与できることを言わなかったことになる。
魔法を付与することは大きな売り上げになるにも関わらず、何故そんなことをするのかわからない。
小さな宝石に魔法を付与するだけならば、学院の実習で行われる。
ただ複数の魔法を同時にかけたり、それを商品として提示できるほどまで制度をあげるのは、とても難しい。
サリーナがギリギリ子爵家にぶらさがっているのも、この術があるからだ。
サリーナは口を噤んだ。
背後の存在はさておき、貴重な人材が目の前にいる。
この男が、どこまで魔法を付与できるかが知りたい。
今、この場で見極める方法は一つだ。
「付与するための部屋を見せて頂いても?」
男が息を飲むのが分かった。
予想していなかった言葉だろう。
眉を顰められたが、サリーナは断ることなくほほ笑む。
引く気はない。
魔法を付与するときには、失敗したり暴走することも考えて、専門の部屋で行う。
プレゼント用として密かに付与する依頼もあるので、大体魔法が漏れないようにと設計された、小さな部屋が多い。
その部屋が、見たい。
「こちらでございます」
「ありがとうございます」
男が奥へと入っていく、
従者に目配せをして、サリーナは商品棚の横をすり抜ける。
店の奥は暗いがそのまま歩くと、男がドアを開けた。
「失礼致します」
頭をさげて、部屋へと足を踏み入れる。
ドアも確認したが、魔法が漏れないように二重に魔法がかかっていた。
レンガ作りの部屋の中は少し肌寒い。
手を伸ばして壁に触れれば、部屋中をぐるりと取り囲むように防御の魔法がかかっていることがわかる。
これだけしっかりとした部屋と質の高い防御魔法が必要なのだとしたら、相当腕がいい。
そして、店内にこの部屋があるということは、この男はどこにも所属していない可能性が高い。
質の高い魔法を付与できる人間は、価値が高い。
大体どこかの宝石商か、被服店に専門職として雇われている。
もしくはシュベルグ家のように、王家から職の一環として認められているかである。
だが、この男はおそらく個人事業として行っている。
脳裏にルシオの顔が浮かんだ。
「ご満足いただけましたでしょうか」
丁寧な様子を見せながら、男の口調には少し棘がある。
「えぇ」と頷いたサリーナは、にっこりと口の端をあげた。
「ペンを購入させて頂きます。ところで、あなたの魔法の付与の限界はどれぐらいですか?」
サリーナの問いかけに、男の冷えた視線が驚いたように丸くなった。




