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人生をやり直しまくる令嬢、サリーナ  作者: 高杉 涼子
おまけ(婚約後のルシオとサリーナ)
18/188

ルシオ、父とボードゲームをする

わかってはいたけれど、その姿を見たときに、ルシオはうんざりとした顔を隠せなかった。

婚約者のサリーナを邸宅まで送り届け、帰宅してからの今である。

休む間もなく戻ってきたら、父親が待っていた。

レンガ作りの部屋の中には、煙が薄く充満している。

時間を歪める魔道具を使用しているのだ。


真ん中におかれたソファに腰かけた父親は、嘆息した。


「待っていた相手に見せる顔じゃないね」

「俺、疲れてるんだけど」

「回復薬あるよ」


はい、と渡され舌打ちしそうになった。

飴でも渡すように言うが、ほいほいと使えるようなお値段の薬ではないはずだ。

儲かっているようで何よりである。

言いたいことはあったが、それでも蓋をあけて一気に飲み込むと顔をあげた。


「精神的なものには効かないな」

「そのセリフはわざと? 突っ込み待ち?」


からかう様な父親の言葉に返答することなく、ルシオは向かいのソファに座った。

そのまま机を引き寄せて、新しく準備したお茶を入れる。


何も言わずにお茶を飲み切る息子を、父親はまじまじと観察する。

帰るときに見たサリーナの顔色同様、こちらも随分と落ち着いたようだった。

実質二時間ほどだったが時間を歪めたことから逆算すると、相当長い間二人きりの時間を過ごせたはずだ。

表面上は上手く隠していたが、王家の影には付きまとわれ、愛しの婚約者には避けられたルシオは、常にピリピリしており殺気が出ていた。

それが綺麗さっぱりなくなっているので、満足できたということだろう。

このままいくとサリーナを攫って国外逃亡するか、彼女に襲いかかりそうで気にしていたが、何事もなかったようで何よりである。

しかし、ルシオのこの落ち着きようは気にならないこともない。

既成事実までいかなかったにしても、相当近いことはやらかしてないだろうか、と嫌な予感が頭をよぎる。

となればその場所がこのソファの上になりかねないので、考えないことにした。


ルシオが鋭い瞳を向ける。


「……クソみたいなこと考えてるだろ」

「通常運転で安心しただけだ」


父親はそう言って、小さな箱を取り出した。

真ん中を押すと箱が展開し大きく広がる。

鈍い音が響き、黒い駒をと白い駒が立ち上がった。

フィゲロと呼ばれる、陣地を争うボードゲームである。


「じゃ、一勝負といこうか」



王家の影に付きまとわれてから、かれこれ一ヶ月。

そろそろある程度の成果を求められてもおかしくない期間だ。

駒を動かす音が響く中、中身のない会話が続く。

くだらないように見えて、手を動かしながら互いのタイミングを計る。

父親は白い駒を手にした。


「多めに見積もっても、全体の六割ぐらいしかわかってないんじゃないか」

「一ヶ月かけてそれだけか。意外だな」

「手があっても隣国程度までのようだな。遠方になるほど手が回らないらしい」

「王家、の影ってわけか」


嘆くルシオはサリーナの言葉を思い出した。

王家の影は、王家のための諜報部員だ。

遠方からいきなり攻め込んでくる可能性はないので、調査対象外になるのだろう。

最も隣国と物資のやり取りをしている時点で、どこまで信用していいのかは怪しいものである。

黒い駒を手にしたルシオに、父親は声をかける。


「婚約者殿は、何か言っていたか?」

「聞かなかったから知らない」

「……お前、わかってるよね。一番詳しいのは彼女だ」


父親の声が低くなる。

鋭い視線を受け止めたルシオは、想像通りの反応に息を吐く。

父親は、ルシオがサリーナの持つ情報を聞き出すことを当然だと考えている。

一方でルシオは、その辺りのことはなかったことにした。


「サリーナから聞き出さなくても、何とでもなるだろ」

「王家相手に失敗はできない。最前の手を考えるのは当然だろう」

「サリーナのことは把握してる。何かあればわかる」

「根拠のない発言には意味がない。お前に何かあったら、何をするかわからない」


父親の不安はもっともだ。

それがすべての発端と言っていい。

ルシオを守るために危険を冒したサリーナが、いつまた同じことをするかわからない。

隣にルシオいればいいだろうが、おそらくそのときはルシオに危険が迫っている可能性が高いので、役に立ちそうにない。


「だったら」


ルシオは黒い駒を手にした。

現状、秘密を抱えたサリーナが頼れるのはルシオしかいない。

それは危険すぎる。


「父さんが、サリーナを引き入れさえすればいい」

「責任が取れないことを引き受ける気はない」

「だったら平行線だ。俺はやらない」


ゆらりとルシオの駒が動いた。

父親の白い駒を取り、その場所を奪う。

片手で白い駒を手にしたルシオは、それを自陣においた。

その駒を見つめた父親は、ゆっくりと白い駒を手に取った。

ずるずると引きずるように動かし、黒い駒の横まで移動させる。

取るか取らないかの、ギリギリの圧力だ。


二人ともわかっている。

ルシオの言う通り、サリーナの扱いは平行線のままでしかない。

父親はコンラード商会を優先するし、その先にいるのはルシオだ。

ルシオの気持ちを汲んでサリーナを婚約者だとは認めたけれど、それだけである。

サリーナの持つ情報はすべて聞き出して当然だと考えているし、それを利用する気でいる。

一方でルシオは、サリーナが最優先だ。

気になることがあれば尋ねるぐらいで、無理やり何もかも探り出そうとはしていない。

目指す場所が違う以上、交わるはずもない。


「そうか」と言った父親は指先を動かし、白い駒で黒い駒に触れる。

ぴり、と空気が変わった。


「お前、図に乗るなよ」


低い冷えた声が部屋に響く。

ルシオを見る瞳が平坦なものになり、黒い駒が音をたてて転がる。


「商会を私物化する気か」


ぴりぴりと肌を刺す空気に、ルシオはごくりと唾を飲み込む。

父親のスイッチが入ったのだ。


「王家からの依頼があれば、損にならない限りは受ける。婚約だけは見逃すが、それ以外まで面倒を見る気はない」


だろうな、と思いながら、転がった駒を手にする。

正直なことを言えば、ルシオだってサリーナとの婚約が継続できれば、王家の諜報活動に手を貸してもいいと思っていた。

コンラード商会以外も取り込んでいるだろうし、そう考えると契約に持ち込むのが得策だ。

全体像を六割しかつかめていないのなら、こちらの有利に運べる可能性が高い。

万が一有利な条件とはならずとも、流す情報は選定してしまえばいい。

王家の覚えもよくなり、商会としてはかなりの売り上げにつながるはずだ。

父親の考えは、もっともだった。


だが、サリーナの命の危険がある以上、このまま「はい、わかりました」と受けるわけにはいかない。

可能な限りサリーナの盾となるし、そのために手を打つ気ではいる。

ただそれでも万が一何かあった場合、サリーナを守ることができる存在がいる。

彼女を傷つけることなく、王家から隠し守るだけの力がどうしても必要だった。

ルシオ一人の力では守り切れなくても、協力者がいれば話は別だ。

何としても父親の協力を取り付け、コンラード商会の力を借りられるよう話をつけねばならない。


ルシオは黒い駒を白い駒の横に移動させる。

これで白い駒は動けない。


「サリーナは俺の婚約者だよ」

「お前だけが後継ぎだと思うなよ、ルシオ」


父親の瞳が鋭く尖る。

実のところ、ここ最近の父親がやけに甘かった認識はある。

特にサリーナに対することでは、大分温情をかけてもらったという自覚もある。


本来、それが我が子であっても簡単に切り捨てることができる人間だ。

大事だ、大切だ、だけでは商会を経営管理することなどできない。


カツン、と軽い音がなり、ルシオが動かした黒い駒が弾かれた。

父親はそれを握り、空いた場所に駒をずらす。

白い駒が並んだ。


「今の彼女を引き入れて、何の得がある」

「……貴族の表も裏も知ってる」


ルシオが静かに告げる。

父親がふ、と笑う。

そんなこと、とうの昔に知っていることだ。


「貴族の横と縦の繋がり、個人の特性を把握して、裏から操ることができる御令嬢は確かに彼女しかいないだろう。王家の影すら手の中だ。だから、どうした」


彼女は恐ろしい。

王家の影すら気づかない間に人を裏から操り、噂を広めた。

そんなことができる人間は、おそらく他にはいない。

本人がそれを自覚せずにいることが、その底知れなさを感じさせた。


「お前がいるときはいいだろう。仲良く好きに暮らせ。だが商会を巻き込むことは許さん、彼女は危険すぎる」


商会には、多くの従業員がいる。

生活がかかっている彼らまで巻き込むわけにはいかない。

彼らがルシオのために動くのは商会の一員として考えているからであって、サリーナは違う。

そう知らしめているのは、会頭である父親だ。


サリーナの存在はとても危うい。

ルシオが後を継ぎ会頭になったときにサリーナを抱き込むつもりならば、ここで切らねばならない。


ルシオが弾かれた黒い駒を手にする。

押しのけるように手で払った。


「サリーナは、王家の内情も知ってる」


表情の変わらない父親の気が向いたことを感じる。

手を伸ばして並んだ白い駒を片手で挟み、持ち上げた。


「王家の影の全容も、王家がどんな情報を何のために欲しいのかわかるよ」


父親は、王家から取引があったら受けるはずだ。

とはいえ、すんなり受けるとは思えない。

話し合いを少しでも有利に運び、有利な条件を引き出そうとするだろう。

その準備として、サリーナの持つ情報は喉から手が出るほどほしいはずだ。


だが、父親は肩をすくめた。


「そんなもの、ある程度予想できる」

「王家の影の指揮系統は?」


被せるように問いかける。

軽い音を立てながら、ルシオが黒い駒を動かしていく。

ひょいひょいと動かした挙句、白い駒を三つも追い出した。


「噂にしかならない影への連絡手段は? 見極め方は?」


駒がどんどん動く。

黒い駒があっという間に広がっていく。


「影になるための基準は? その方法は? 影以外に王家に情報をあげている組織は?」


淡々と言いながら、ルシオは黒い駒をもてあそぶ。

サリーナは、王族であっても即位するまでは存在を知らないはずだ、と言っていた。

現在の王家の影の全容を把握しているのは、王と王妃のみのはず。

それだけ秘匿なことを知っているサリーナが、全容を掴んでいないはずがない。


カツン、と黒い駒が音をたてた。


「サリーナは、学院で習う魔法も習得済みだ。子爵家で先行したわけじゃない。魔道具に関しても、一目で価格と価値を理解している」


サリーナは、コンラード商会から本を買っている。

会頭である父親が、その本の内容を知らないはずがない。

明らかに普通の令嬢が読むような本ではないことぐらい、わかっているはずだ。


「父さんが考えている以上に、サリーナには価値がある」


黙ったままの父親は、追い出された白い駒を脇へと並べる。

迫ってきている黒い駒を押しやり、駒を進めた。

ルシオの質問にすべて答えられるとすれば、それは何にも代えがたい。


「先ほど、彼女には聞かなかったと言ってなかったか」

「そんなこと言ったかな。聞けば返ってくるよ」


しれっと答えるルシオをねめつける。

わざと引っかけたか。


父親の雰囲気が少し変わったのを感じながら、ルシオは「ただし」口を開く。


「サリーナには、俺以外には言わないように伝えてある」


手を伸ばして、進み出た白い駒を取った。

さらにもう一歩奥へと黒い駒を動かし、顔をあげる。


「俺とサリーナは一対だ。情報が欲しかったらサリーナを引き入れろ」

「……他にどんなことを知っている」

「世界」


さらりと告げると、父親は大きく息を吐きだした。


サリーナは、熊を食べたことがあるはずだ。

調理の仕方も知っているだろう。

この国ではありえないことなので調べたところ、かなり遠い国では、害獣を「命」として頂くと知った。

熊の手を高級食材として扱うのは、その周辺の国だけだ。

コンラード商会の手が入っていない国のことを、サリーナは詳しく知っている。


まとう空気が拡散し、呼吸と共に消えていく。


「それは、聞き逃せそうにないな」


ルシオが口にしたサリーナの話は、数は少ないが質が高すぎる。

それだけでも魅力しかない。

おそらく、もっと多くの事をサリーナは知っているはずだ。

そのすべてをルシオにしか言わないと約束することで、サリーナの価値をあげた。


父親は手にした白い駒をぶらぶらと振った。


「そうまでして、婚約者殿を守りたいかね」

「何度もそう言ってる」

「商会に関わらせずに、一緒に仲良く暮らすだけじゃダメなのか」

「王家がサリーナを狙う可能性がある」

「……どういうことだ」

「さぁ」


眉をひそめた父親は、さすがにそこまで考えていなかったようだ。

だが今の段階で、ルシオがそれ以上口にするつもりはない。

会頭である父親がサリーナを守るという、確約がほしい。


動かず口を開かないルシオに、父親は諦める。

代わりにじっとルシオを見つめた。


「商会を捨てる気でいたな、お前」

「父さんだって、俺を切り捨てようとしただろ」


お互いの視線が交わり、ふ、と力が抜ける。

ルシオが首を傾げた。


「俺の優先が変わったんだ」


紫色の瞳が、父親をじっと見つめる。

その奥にどろりとした感情が見えて、瞬く。

さっきまでとは違うルシオが、そこにいる。

薄暗い部屋の中、光のない瞳は父親を見透かすように動かない。


父親は、持っていた駒を奥へとおいた。


「お前……わざと聞かなかったな」


確かめるような父親の言葉に、ルシオの瞳が一層暗くなった。

ルシオは時々、この目を見せるようになった。

耐性をつけるために媚薬を飲んでからだと、気づいている。

普段からは想像ができないほどの、底知れない深さを感じる瞳だ。

恐ろしいほどの執着心が見え隠れして、寒気が走る。

向けられている相手がサリーナである以上、彼女を手放すわけがない。

そこまで固執するサリーナが持つ秘密を、ルシオがそのままにしておくとは考えられない。


返事をしないルシオがそっと口の端をあげたのを見て、父親は自分の考えが間違っていないことを悟る。

ルシオの視線が反れた。


「聞いたら、何するかわからなかった」


視線がボードに落ちる。

サリーナには「言いたくなければ言わなくていい」とは言ったものの、本当は自分のためだった。

おそらく、サリーナはすべてをさらけ出そうとしていた。

彼女が言いたくないことまで、すべて口にしようとしていると気づいた瞬間、このまま聞くのはマズイと反射的に止めたのだ。

必要な情報や知りたいことは、他の会話からだって引き出せる。


ルシオが黒い駒をずらす。


「直感的に、吹っ飛ぶ気がした。あの類の話は知らない方がいい」

「一生知らなかったことにして、ともに生きていけるのか」


父親は思わず嘆いた。

ただならぬ思い入れがある彼女の隣にいて、耐えられるのだろうか。

父親の気持ち等無視して、ルシオはそっと笑う。


「それが今、重要?」


奪った白い駒をルシオがつついた。

父親はそれを無視して、白い駒を手に取る。


これはもう、どうにもならない。

何を言ってもどう手を回しても、ルシオは変わりそうにない。

仮に黙ってサリーナを利用すれば、ルシオは二度と彼女を父親の前には出さないだろう。

ルシオが口にした通り、彼女はルシオと一対なのだ。


「わかった」


大きく息を吐きだすと、ルシオがぴくりと顔をあげた。

手にした白い駒をずらし、黒い駒をそこに置く。


「お前の勝ちだ、ルシオ。今後はコンラード商会の総力をもって、サリーナ譲を守ると約束しよう」

「……言ったね」

「俺の本意ではないことを、忘れるなよ」

「言質を取ったから、本意はどうでもいい」


そう言うルシオがひょい、と取り出したものに、父親は目をむいた。

息子の手にあるのは、会話を録音できる魔道具である。


「お前、何やってんだ!」

「残すとやばそうなところは、後で上書きしておくつもり」

「そういう問題じゃないだろ!」


声を荒げた父親は、慌てて机の足元に仕込んである魔道具を確認する。

この部屋は特別なので、指定された魔道具以外は使えないようにしてあるのだ。


「スイッチは切ったよ」

「おい!」

「気がつかなかった、父さんが悪い」


事もなげに言う息子に、さすがに父親は言葉を返せない。

互いの信頼関係はどこへいった。


「じゃ、二回戦だね」


すっかりと冷えたお茶を飲み楽しそうに言うルシオに、うんざりとした顔を向ける。

さくさくと駒を並べるルシオを見ながら、肩を落とした。


「お前ね。さすがに身内を罠にはめるのは、やめなさい」

「考えておく」

「違う。そこは、わかったって言うところだから」


この調子だと、またどこかでやらかしそうなルシオが「父さんさ」と言葉を切った。

真剣な顔をした息子の顔が、そこにある。


「サリーナを切り捨てるときは、俺も一緒だよ」

「……お前」

「サリーナより先に行って手を引くって言ったこと、忘れてないよね」


商会の総力をあげてサリーナを守ると決めた以上、それは絶対だ。

ただし、彼女が今後、もしも鬼や蛇になった場合、どうするかはわからない。

いざとなれば、父親はコンラード商会を優先するだろう。

サリーナからルシオを引き離すことも、十分考えられる。


それをわかっていて尚、とっくに覚悟を決めた息子の紫色の瞳が細くなる。


「俺を切り離したら父さんが危うくなると思うから。先に言っておく」


何が危ういのか、とは聞けなかった。

命に係わるその発言は、冗談にするには重たすぎる。


がしがし、と頭をかいた父親は、お茶を流し込む。

いろいろと言いたいことがあるが、とりあえず。


「覚えておくよ、ルシオ」


本当はそんな日が来ないことを願う。

そんな父の気持ちもしっかりと理解しながら駒を並べていたルシオは「できたよ」と笑った。


二回戦の始まりである。


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